《夜の神の水 (Heilignuechternes Wasser)》

瀬谷こけし

  先日日本歌人京都の忘年歌会が今熊野の澤正で開かれた。食事も歌会もともに魅力的な会だったが、その歌会でわたしが出した歌は次のものだった。

> くちづけに熱き頭(かうべ)を冷やさんと夜の神(ニュクチュルヌス)なる水を呑みたり

この歌は多少問題にされたが、それはルビのように使われた「ニュクチュルヌス」のことだった。わかる人にはわかることだろうがこの歌はヘルダーリンの「生の半ば」の一節に対する一解釈として詠まれたものだった。
 その一節とは、

Ihr holden Schwäne,
Und trunken von Küssen
Tunkt ihr das Haupt
Ins heilignüchterne Wasser.

の詩句のことだ。この「heilignüchtern」とは何なのだろう? 「heilig」は聖なるという意味だが問題はとりわけ「nüchtern」(ニュヒテルン)の方だ。試しにドゥーデンのウニヴェルサール辞典を見てみると、朝の勤行の前の飲食をせず身を慎んだ状態を語源とする語だという風に出てくる。覚めた、覚醒したというような意味の言葉だと言うのである。だがこの詩では「nüchtern」は水の性格を限定する形容詞として使われている。「神聖に覚めた水」である。それはどういうことなのだろうか? この言葉によってヘルダーリンは正確に言って何を言おうとしているのだろうか。むしろ彼はこの水を通して新しい危険な領域に、新しい未知の危険な神のもとに踏み込もうとしているのではないだろうか。

  「nüchtern」の語によって彼は「nocturunus(夜の)」と「夜の神 (Nyctelius)」とを同時に指差そうとしているようにわたしには思えるのである(オヴィディウスが『アルス・アマトリア』の中で試みたように)。「神聖な神の水の中に頭をひたす」とは、頭を潜(かづ)けることで、神聖ななかでも神聖な行為ではないだろうか。そしてそれは、神聖な神の水を呑み、身の内に充分に入れることを含むのではないだろうか。こうして新しい夜の神の信徒に、あるいは司祭になるのではないだろうか。ヘルダーリン自身はこの白鳥のように、ズセッテを失ってのち、新しい夜の神バッカスの信徒になっていったのではないだろうか。その水を身内に入れることによって。

 そういう読解をわたしはこの一首の中で示したかったのだ。それでも「ニュクチュルヌス」の音は変だと言われるかもしれない。まず残したかったのはヘルダーリンの詩の「nüchtern」の「nü」と「夜の神ニュクテリオス(Nyctelius)」の「Ny」とに共通する「ニュ」の音だ。ラテン語の「夜」(ノクス(nox))と「夜の」(ノクトゥルヌス(nocturnus))フランス語の「夜」(ニュイ(nuit))などから見て「ノ」音と「ニュ」音が通音するのはよくあることだと思ってよいだろう。そんなわけでわたしは、「ニュクチュルヌス」の語でヘルダーリンの詩の「ニュ」を残してラテン語の「夜の」の「nocturnus」を意味の軸として用いることによって、ヘルダーリンが夜の水に見た神聖さの実体を指し示したかったのだ。そしてこの夜の水の中にある新しい神聖な神の名ニュクテリオスは、バッカスの別名でもあるのだ。詩人ヘルダーリンのニュクテリオスへの帰依(『パンと葡萄酒』に見て取ることができる)は、この夜の白鳥の行為と共通するのではないだろうか。
 こうしてヘルダーリンはより深い神のみもとに急ぐ。

 ヘルダーリンの「生の半ば」は以下である。

 Hälfte des Lebens

Mit gelben Birnen hänget
Und voll mit wilden Rosen
Das Land in den See,
Ihr holden Schwäne,
Und trunken von Küssen
Tunkt ihr das Haupt
Ins heilignüchterne Wasser.

Weh mir, wo nehm ich, wenn
Es Winter ist, die Blumen, und wo
Den Sonnenschein,
Und Schatten der Erde?
Die Mauern stehn
Sprachlos und kalt, im Winde
Klirren die Fahnen.
(『Hölderlin: Gesammelte Werke (German Edition)』(Friedrich Hölderlin 著)より)


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