《森の許し》

瀬谷こけし

狼森、後方の山は岩手山
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 宮沢賢治には「狼森と笊森、盗森」という作品があって、四人の百姓が「この森に囲まれた小さな野原に」やってきて森に向かって「ここへ畑起こしてもいいかあ」とか、「ここに家建ててもいいかあ」とか尋ねて、それぞれ「いいぞお」という森の答えを聞きとって定住を始めるという話がある。これはこれで、ひとがある土地を切り開いてそこに定住を始めるときにあって然るべきやりとりだと思うのだが、ひとつ謎が残っていた。それは「いいぞお」という森の答えが、ほんとはどういう声なのかという疑問だった。賢治はここでも問題を突き詰められず観念で終わってしまっているのではないかという疑問だ。ほんとうは「いいぞお」を意味する森のほんとうの答えの徴があるはずだと思うのだ。
 こんな疑問に対して高谷好一さんがこんな実例を記して教えてくれているのに最近気が付いた。それを紹介する。それはインドネシアスラウェシ島ゴロンタロのムサ・イスマイル氏から聞いたという話だ。

> ムサ・イスマイル氏が祖父から聞いた最後の村開きの様子は、次の通りだったらしい。
> まず、村を開く時だが、長老があの辺りが良かろうといって目星を付けた。そして長老たちでそこに向かったのだが、途中で鳥占いをしたそうだ。ブル・ハントゥという特別な鳥がいて、必ず啼いたので、その鳥の鳴き声で吉凶を占ったという。吉だとなると目指す場所に行き、そこに生えている幼木を引き抜く。根まで切れずに引き抜けたら、森の神の許しが出たといって、そこに決めた。三度試みて三度とも根が切れたら、神の許可は得られなかったといってまた別のところを探した、という。
(高谷好一『世界単位論』2010年、p.10)

 お分かりだろうか? 賢治の作品にはこの「森のほんとの声を聞く」というプロセスが欠けているのだ。幼木を引き抜いて、根まで切れずにすっと引き抜けたら、それがほんとうの森の答え、森の声だというわけだ。またその目星を付けた森に行ってよいかどうかということ自体先に然るべき鳥の啼き声で占う必要があったということだ。高谷さんが教えてくれるこういう話は、賢治の考えを否定するものではなく、それを具体性において充実させるものだ。しかし、賢治の書き物に具体性という欠落があることに気づかず、書き物を神聖視してしまうのはよくないことだと思う。賢治の書き物の内容の重要な欠落に気づき、それが修復できるものかどうかを検討すること。この作業を怠れば、賢治の仕事を先へ進めることはできないだろう。

===== 補足 ある質問に答えて(2018.5.17) =====

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 ていねいなご意見有難うございます。
 白老のアイヌ記念館の野本正博さんからビデオを見せてもらい、また話を聞かせてもらったことなのですが、記念館で丸木舟を再現しようという企画をして、まず木を切りに行った時の話です。森の中をいろいろ探し、目当てとする木を見つけて、いざ切る時です。もちろんイナウを捧げたり、酒を捧げ、入念な儀礼をしてからのことだと思いますが、まさに切り倒したとき、その木からシマフクロウが飛び立ったというのです。そのとき皆が大喝采をして、この企画の成功を確信したということです(ビデオにもその様子が写っていました)。2007年のことでしたが、その年に無事に舟づくりが完成して、進水にも成功して、わたしが行った時には舟は記念館に置かれていました。板の隙間に苔を詰めるなど細心に伝統の通りに作った舟だそうです。 宮沢賢治流に言えば「この木もらっていいかあ」と尋ねたのがイナウを捧げてする儀礼で、「いいぞお」という森の答えが切り倒した時シマフクロウが偶然に飛び立ったことになると思います。賢治の「狼森と笊森、盗森」では、「いいぞお」という森の言葉が人間の言葉にとどまり、森自身の異変や反応で示されていません。これは重大な欠点だと思います。そしてこの作品は、森自身の異変や反応が示されていないので、民俗学にとっても意味のある事例にはなりえないと思います。もちろんこの作品に意味がないといいたいわけではまったくありません。最後に岩手山が最高裁のような権威として出てくるのもこの地域の山の精神的地政学として十分納得できるものですが、しかし冒頭部の森の「いいぞお」のやりとりが「おはなし」になってしまっているという欠点に盲目になってしまってはいけません。修復の可能性で言えば、森の言葉がもっとわかる作家が登場すれば、より微分化された精緻な話として作り変えることができると思います。そのように微分化した新しい物語の生産が本来の「修復」になると思います。修復されるべきは(動植物を含む)森とひとの応答の真実だということになるのでしょう(例えば宮崎学さんの写真や説明にはそういう真実がたくさん含まれていると思っています)。





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