《1853年夏 ニルムスドルフの月夜の晩》

瀬谷こけし


画像



 「1844年から1858年の自伝」の中でニーチェはニルムスドルフ(Niemsdorf)に滞在していたある晩のことを特別に記している。それは1853年の夏休みのことと推定されている。ニルムスドルフは現在のチューリンゲン州の村だが、そこはナウムブルクとワイマールを結んだ線を挟んで、イエーナと対称になるあたりに位置する村で、彼のおじさん、アウグスト・エンゲルベルト・ニーチェ(Augst Engelbert Nietzsche)がそこの牧師をしていた。この滞在にはニーチェの大好きなアウグステおばさん(Augste Nietzsche)も同行していたようだ。
 その月夜の晩のことについてニーチェはこう記している。

> Auch noch des Aufenthaltes in Nirmsdorf errinere ich mich wo der liebe selige Onkel Pastor war. Wohl weiß ich noch, wie der Mond des Abends auf mein Bett strahlte und wie ich die goldene Aue in Silberglanze vor mir; wie dann die Tante Auguste sprach:
„Der Mond ist aufgegangen
Die gold’nen Sternlein prangen usw.
Ach, nie werde ich diese Zeit vergessen. [KGW, I,1, S.295]
> ぼくはニルムスドルフに滞在したことも覚えています。今は亡きやさしい伯父さんはそこの牧師でした。ぼくは今でもよく覚えているのです。夜の月の光がぼくのベッドの上に射しこんでいて、窓の外の金色の草地が銀色に輝き、そしてそのときアウグステおばさんが詠じたのです:
  『月が出た
  金色の星たちは燦然と輝き』……
 ああ、この時のことをぼくは決して忘れない。(拙訳。ちくま文庫版全集15、p.219、川原栄峰訳参照)

 とても感動的な瞬間であったに違いない。月の光に銀色に染まる目の前の神秘的な光景。そしてその光景のエッセンスを捉える言葉、そして朗詠。詩と光景と感動が一致する瞬間をこのとき少年ニーチェは心に刻み付けたのだ。九歳のときのこの経験はニーチェに、留まるべきものを言葉によって打ち立てる詩人の使命を教えたように見える。




ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック