《「現在のならず者どものアテーネ」》

瀬谷こけし

グラウビュンデン州の山
(サン・モリッツ近く)
画像

画像




 あるドラマの中にこんなセリフが出てくる:
>---何しろ、いいかね、おれはいつも言ってるんだが、まともな男(ein honetter Mann)を作るには、どんなやなぎの切株を材料にしたっていいけれど、悪漢(ein Spitzbube)をこさえるには、知恵(Grütz、脳みそ)がいるよ。---それにはまた、独特の国民的天才(ein eigenes Nationalgenie)というやつ、まあ、おれの言う悪漢的風土(Spitzbubenklima)がぜひ必要だな。だからおれはすすめるよ。グラウビュンデン州へでかけることだ。あそこは、現在のならず者どものアテーネだよ。(実谷捷郎訳、筑摩書房;( )内の補足は引用者)

原文は以下だ:
>--– denn siehst du, ich pfleg' immer zu sagen: einen honetten Mann kann man aus jedem Weidenstotzen formen, aber zu einem Spitzbuben will's Grütz--– auch gehört dazu ein eigenes Nationalgenie, ein gewisses, daß ich so sage, Spitzbubenklima, und da rath ich dir, reis' du ins Graubünder Land, das ist das Athen der heutigen Gauner. (Kindle 版)

 このセリフが出てくるのは、おわかりの方もあると思うが、シラーの『群盗』(Schiller, Friedrich. Die Räuber)、その第二幕第三場である。スイスのグラウビュンデン州についてなかなかひどいことが言われているが、これもシラーの時代の地域認識として心得ておいたらいいことだ。現在では、サン・モリッツを含む、上下エンガディン地方の、言わずと知れた世界的な避暑地だ。---そこがかつては「ならずものたちのアテーネ」と呼ばれていた。アテーネは、かつてギリシア時代に学芸の天才をあまた生み出した聖地を意味するだろう。「(先鋭的)悪漢」(Spitzbube)にも天才が必要だ、と言われているのである。---他方で「まともな男」(フランス語で[honett]を使っている)の方は、どんな柳の木でもできる、と言っており、ここにはミシェル・フーコーがラ・メトリの『人間機械論』とフリードリッヒ二世の改革として示す、「練り粉=人間」を素材に、訓練によってどんな人間でも作れるとする思想とその実践の結果が読み取れる。『群盗』は1781年に完成しているが、ラ・メトリからわずか30年、シラーの思想と仕事はラ・メトリの思想の系列の上に置いて考察する必要があるだろう。

 ニーチェが愛し、1881年以降夏の定宿にしていたシルス・マリーアもこのグラウビュンデン州にあったということは、少し頭に入れておく必要があるだろう(1889年1月はじめのブルクハルト宛の手紙)。



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック