《Sils-Maria /シルス・マリーア》

瀬谷こけし


Sils-Maria.
Aus “Lieder des Prinzen Vogelfrei“

Hier sass ich, wartend, wartend, --- doch auf Nichts,
Jenseits von Gut und Böse, bald des Lichts
Geniesend, bald des Schattens, ganz nur Spiel,
Ganz See, Ganz Mittag, ganz Zeit ohne Ziel.

Da, plötzlich, Freundin! Wurde Eins zu Zwei ---
--- Und Zarathustra gieng an mir vorbei ...



シルス・マリーア

『皇子フォーゲルフライの歌』より
(拙訳)


ここにわたしは坐っていた、待ちながら、待ちながら、--- しかし何も待たずに、
善と悪の彼方、ときに光を楽しみ、
ときに影を楽しみ、すべては直に戯れであり、
すべては湖、すべては真昼、すべては目的をもたない時の流れ。

その時、突然、女友よ! 一つが二つになった---
---そして ツァラトゥストラがわたしの傍らを通り過ぎて行った...。

シルヴァープラーナ湖
画像

画像


シルス湖(以下同じ)
画像

画像

画像




 『喜ばしい学問』の巻末につけられた『皇子フォーゲルフライの歌』の中に収められた「シルシ・マリーア」というこの詩は、ツァラトゥストラがニーチェの思索の中でどういう位置を持っているかを考えるための最も基本的な文献と考えられる。ツァラトゥストラはニーチェの身体から分かれて生れ、通り過ぎて行った。真昼の、シルス・マリーアの、目的のない時の流れという充実の中から生まれてきたものだ。そして、『ツァラトゥストラ』第一部の思索(「背後世界論者について」等)を考慮すれば、満ちた思想である永遠回帰の思想に達するための前歴やその苦悩を語りうる存在として、その叙述の形式を可能にする人物として生まれてきたものだ。
 タイトルは「シルス・マリーア」であるが、わたしはこの詩はいわゆる「ニーチェ石」の東ニ三百メートルのところに広がる草原の中のベンチに座って体験した経験だったのではないかと考えている。とすれば地名で言えば「シュルレイ」で、目の前に湖はシルス湖ではなくシルヴァープラーナ湖ではないかと感じている。というのも、シルス湖岸はシルヴァープラーナ湖岸に比べて感じが暗く開放感が乏しいからだ(張り出した岬が視線を遮り開放感を乏しくしている)。---そんなことはたいした反論にならないと言うひとがあるだろう。もちろんそうなのだが、シルヴァープラーナ湖岸のシュルレイの草原はシルス・マリーアを記念すべき「力強いピラミッド状のブロック」のすぐそば、ほとんど一帯の場所にあるのだ。「目的なく流れる時」という純粋な生成としての時間把握がこの詩の中で定着させられているが、その時間把握は宇宙論としての永遠回帰の思想の論証に役立てられるであろう。

 伊東静雄がこの詩を友人池田勉に紹介していることを知る人は知っているだろう(昭和11年4月13日、『全集』書簡104)。そしてこのような感想を述べている。「この詩はおそろしい詩ぢゃありませんか。一つのものが二つになった! 私もこの頃この分離の幻想を如実に感じてをるのです。そしてその分散のために白昼の電光を待ってをるのです」。雷光の効果(「名声と永遠1」)をも含めて伊東静雄はニーチェの『ツァラトゥストラ』の思想をよく理解していたと見える。
 ニーチェは「シルス・マリーア」という地名を、シルス湖とシルヴァープラーナ湖の両湖の湖周を含めた一帯を含めた地帯として理解していたように思えるのである。
(写真はシルヴァープラーナ湖とシルス湖。同様な光線状態で撮影できなかったのが残念)



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック