《田村蘊の作品》

瀬谷こけし

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 田村蘊先生を偲ぶ展覧会「眠られない机」に展示されていた作品をじっくりと見ていた。そうすることが故人に対する一番の供養だと感じる。どれも初めて見る作品だった。そして見ていると少しずつ分かってくるものがあった。何よりも尖ったもの、具体的には円錐、三角錐、四角錐などで表現される錐形のものがもつ鋭い尖端。その鋭いもの、尖ったものをどうしたら収めることができるのか? 彼はこういう問いをずっと思考していたように見えてきた。いろいろな方法があり、いろいろな方法が試みられてきた。その制作順をわたしは知らないので、順序は推測になるが。
 1)まず、細い線の造形によって左右から挟むこと。
 それから、 2)その線を太くしていって、容積を持たせてゆくプロセスがある。
 これらでは、先端が突出してしまわないように、左右の造形物が錐の尖端と同じ高さになるように作られている。
 さらに、3)上に向かって尖る造形と逆に下に向かって尖る造形とをくっつけるという方法が見られる。これによって、下向きの突端という新しい観念が生まれる。
 そしておそらく次に来るのが4)上に向いて尖った錐体と横に向かって尖った錐体とが組み合わされ、尖ったものの危険性が造形的な美意識の中に収まるようになる。
 そしてさらに驚くべき造形が生まれる。それは、5)凸体で作られた錐体が、逆に凹体で作られたものと近接的に組み合わされ、先端の危険さをもたないマイナスの錐体が生み出されてくる。突出の危険性が、稜線という線状のものに吸収されて行くのだ。
 これらはどれも突出の危険を、先端を叩き潰すことによってではなく、同じ高さの温和なものを隣接させることによって吸収してゆくさまざまな方法と見ることができる。
 こうして単独では危険な尖ったものを、努力によって穏やかな複合体の中に吸収してゆくという思考の試みでもある。彼はこうした思考によって、突出したものを救おうと思考を重ねてきたように見える。何という優れた努力だろう。何と優れた哲学だろう。田村先生の器の大きさをつくづく実感したことであった。
 そしておそらく最後の努力は、突出のテーマをやや離れ、生をたまたま落ちたその土地の土との関わりで強く生きてゆこうとする植物の努力を、その土地の土の妥協との共同の形成努力として見てゆこうとする「実生」と名付けられた試みであるように見える。これは、草木国土悉皆成仏の努力の中に生を探究する試みであっただろう。彼のこのような試みの中には申し分のないひとつの探究的な生き方の姿が見える。見事な姿を示してくださった。


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「実生」作品群。一枚一枚地名が付されている。
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