《清水寺の犀門》

瀬谷こけし

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 京都清水寺の坂井輝久学芸員のご説明によると、江戸時代の旅行案内書には清水寺の「西門」(さいもん)のことを「犀門」と記したものがあるということだ。それで西門の修復工事の時にどこに「犀」があるのか丹念に探したそうだ。その結果見つかったのが北外側のこの動物彫刻。実際の動物の「犀」は大正年間になるまで日本の国内に運ばれてきたことはないのだそうだ。だがこの西門を装飾する動物像は、言うならば鹿と猪の間の子のようにみえないだろうか?
 わたしはずっと『スッタニパータ』に中に記されるお釈迦様の「ただ独り犀のように進め」という教えを尊重してきた。だがそのイメージの犀はもちろん鼻の先に一本の角(あるいは鋭い円錐形の突起)を生やしたあの実在の動物の犀だ。釈尊自身もその動物の犀をイメージしていたことだろう。あの前面に切り裂く「角」を生やして進んでゆく犀。ところが日本人は長いこと釈尊のいう「犀」を何やら(食用家畜にもなりそうな)軟弱な動物としてイメージしてきたのだろうか? そうだとすれば何とも情けないことだ。

 しかし、わたしが清水寺の西門に「犀」のイメージを見るとしたら、それは、建物の北面に懸る鹿猪風の彫像ではなく、切り裂く「角」を後ろの三重塔の尖塔の形で生やした西門全体の姿だ。石段の西下からみれば西門はそんな風に見える。これならば釈尊の言う「ただ独り犀のごとくに歩め」という教えの動物の犀のイメージシンボルにならないだろうか? ---清水寺の設計者に、どこかにそういうイメージがあったことを祈りたいと思うところだ。



=== 追記 2018.11.12 =====
『スッタニパータ』の「犀の角」の章の話、あれは「犀の角」ではなく「犀」と訳さなけれればならないと語っているサイトを見つけた。つまり「剣の角」=「犀」という意味だという説明である。その意味はやはり「切り裂いてただ独り進め」ということなのだろう。そのサイトのページはここ。
http://thierrybuddhist.hatenablog.com/.../2015/08/21/050000



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