《上田閑照先生にお会いしてきた》

瀬谷こけし
https://youtu.be/U14BU33v0wY
Panikguru Udo Lindenberg - Alles klar auf der Andrea Doria (feat. Panikorchester)



 友人と宇治の方にお訪ねしてお目にかかってきた。先生は広い部屋で『八宗綱要』などを広げて読んでおられた。長くご無沙汰してきた。わたしは問われるままにお答えしていた。わたしが京都造形芸術大学を定年で退職をしたということをお伝えしたら、もうそんな歳かと驚かれていた。そしてご自分がすでに92歳であるということを少し考えておられるようだった。70歳だと思ったらもう80歳で、80歳だと思ったらもう90歳になっていた、と、時の過ぎ去ることのなかにある不思議をそんな風に語っておられた。ご自分自身はほとんど変わることもないのに年齢は瞬く間に増えていって、ともかく今92歳であることは事実なのだと。
 わたしはここ4年ほど、1882年を中心にニーチェの足跡をたどっていることをお話しした。とりわけルー・ザロメとの関係と、『ツァラトゥストラはこう言った』の執筆の場所に焦点を当てて。ジルス・マリーアで経験した雷が、『ツァラトゥストラ』のなかに響いていると感じられると言った時、先生にも感じられるところがあるように見えた。スイスの高地での雷や稲妻の特別なとどろき。「超人」と「稲妻」とのイメージの深い関わり。わたしが『ツァラトゥストラ』理解のために跡をたどっていることがしっかりと意味あることだと理解して下さったように感じた。一昨年ナウムブルクから絵葉書をお送りして以来生にお目にかかる機会も、文書をやりとりすることもなかった。だが先生にこのように理解していただけるのはとてもうれしいことだった。そして先生の学問の方法からわたしが最近やっと身につけることができてきたやり方を語り、それに敷衍して説明され、それが大事なことだと語ってくださった。哲学の仕事の要点がそこにあると。テキストの最重要点の押さえとそれへのまっすぐな応答として自分の思考の根底をそれにぶつけて形成してゆくという行為のことだ。わたしはやっとそれを身につけることができ、そして通信教育の授業でも学生にその作業をさせることを要として指導してきたということをお伝えした。わたしは上田先生のお仕事から自分の仕事のやりかたを学びえたのだ。
 そしてもう一つ、具体的に『善悪の彼岸』56番でニーチェが記している〈circulus vitiosus deus〉を「悪循環の神」などと訳すことは誤りで、ここはまずラテン語文法的に正しく「悪循環・神」と置いた上で、「悪循環が神である」と読むか「悪循環即神」と読むかどちらかを考えなければならないということが今年の日本宗教学会でわたしが発表したことの要点の一つだが、これが、以前大学院生の時、演習での発表で、わたしが正確に解釈せずに使っていたこの表現を、この表現は世に普通訳されている「悪循環の神」ではなく「悪循環・神」と読むところから始めねばならない指摘して下さったのが先生だった。やっとその先生のご指導を生かして思考を進めることができたのだ。その発表要旨をお見せしたところ、10センチ近くある読書用虫メガネを使って、部分を真剣に読んで下さり、その要旨を受け取ってくださった。
 どんなにうれしいことだっただろう。

 あまりお疲れになられてもいけないと思って、四五十分で失礼したが、ほんとうにありがたい時間をいただくことができた。

(上掲のUdo Lindenberg の歌は、3年前のイタリア旅行で訪れ迷ったジェノヴァの「Andrea Doria通り」の縁で。先生にお会いした後同行した友人とある喫茶店でそんな話をしていた)



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