《ニーチェの『道徳の系譜』II-3の部分訳》

瀬谷こけし

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 先日某大学のドイツ語応用の期末テストに出した文章とその拙訳を紹介します。「《負い目》《やましい良心》その他」(»Schuld«, »schlechtes Gewissen« und Verwandtes.)と名付けられた『道徳の系譜』(Zur Genealogie der Moral)第二部には人類の先史時代の類的活動についてのきわめて深い洞察があり、マルセル・モースの『贈与論』よりもさらに深く新しい贈与論・交換論があります。『ツァラトゥストラ』をともかくにせよ読み終えた人は『道徳の系譜』に進んでもらいたいところです。

»Wie macht man dem Menschen-Thiere ein Gedächtniss? Wie prägt man diesem theils stumpfen, theils faseligen Augenblicks-Verstande, dieser leibhaften Vergesslichkeit Etwas so ein, dass es gegenwärtig bleibt?«... Dies uralte Problem ist, wie man denken kann, nicht gerade mit zarten Antworten und Mitteln gelöst worden; vielleicht ist sogar nichts furchtbarer und unheimlicher an der ganzen Vorgeschichte des Menschen, als seine Mnemotechnik. »Man brennt Etwas ein, damit es im Gedächtniss bleibt: nur was nicht aufhört, weh zu thun, bleibt im Gedächtniss« – das ist ein Hauptsatz aus der allerältesten (leider auch allerlängsten) Psychologie auf Erden. Man möchte selbst sagen, dass es überall, wo es jetzt noch auf Erden Feierlichkeit, Ernst, Geheimniss, düstere Farben im Leben von Mensch und Volk giebt, Etwas von der Schrecklichkeit nachwirkt, mit der ehemals überall auf Erden versprochen, verpfändet, gelobt worden ist: die Vergangenheit, die längste tiefste härteste Vergangenheit, haucht uns an und quillt in uns herauf, wenn wir »ernst« werden. Es gieng niemals ohne Blut, Martern, Opfer ab, wenn der Mensch es nöthig hielt, sich ein Gedächtniss zu machen; die schauerlichsten Opfer und Pfänder (wohin die Erstlingsopfer gehören), die widerlichsten Verstümmelungen (zum Beispiel die Castrationen), die grausamsten Ritualformen aller religiösen Culte (und alle Religionen sind auf dem untersten Grunde Systeme von Grausamkeiten) – alles Das hat in jenem Instinkte seinen Ursprung, welcher im Schmerz das mächtigste Hülfsmittel der Mnemonik errieth.

「ひとはいかにして人間-動物に記憶をもたらすのだろうか? ひとはいかにしてこの半ば鈍くて半ば散漫な瞬間的-悟性に、この肉体を備えた健忘症に、何かを刻み付けて、それをありありと思い浮かべつづけられるようにするのだろうか?」...。この大昔からの問題は、お分かりいただけるだろうが、かならずしも繊細な答えや手段によって解決されるものではなかった。さらにもしかしたら、人間の全先史時代を通じて、人間の記憶技術以上に恐ろしく不気味なものは存在しないかもしれない。「ひとはあることが記憶にとどまるように、それを焼き付けるのである。痛みつづけてやまないものだけが記憶にとどまる」-- これこそがこの世のもっとも古くからの(また残念ながら最も長くつづいている)心理学の第一命題なのである。ひとは自問したくなるかもしれない、今もなおこの世で厳粛さや、真剣さ、秘密や、薄暗い色合いの事柄が人間や民族の生のなかで存在するところではどこでもあるおぞましいことが作用を及ぼしていて、そのおぞましさをもってかつてはこの世のあらゆるところで約束がなされ、担保が出され、誓いがなされていたのではないか、と。われわれが「真剣に」なる時には、過去が、きわめて長くきわめて深くきわめて厳しい過去が、わたしたちに息を吹きかけ、わたしたちの中に湧き上がってくる。人間がみずから記憶することが必要と思ったとき、血や拷問や犠牲なしにことが済んだことは一度もなかった。きわめて戦慄すべき犠牲や担保(そこには初子犠牲も含まれる)、はなはだしく嫌悪感をもよおさせる人体の切断(例えば去勢)、あらゆる宗教儀式のきわめて残酷な典礼(実際あらゆる宗教は最も下層の根底においては残酷のシステムなのだ)-- こうしたことのすべての起源は、苦痛の中にこそ記憶術の最も強力な補助手段があると見抜いたあの本能にあるのである。




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