《秋山の》

瀬谷こけし

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 昨日27日、日本歌人関西合同新年歌会があった。若いひとの歌がそれなりに面白くて、それなりに見どころはあったと言うべきだが、わたしとしてはむしろ評者の突っ込みの甘さ、読みの甘さと狭さに、疲れてしまった。きちんとした読みのないところに文学の生命はないと思う。歌の低下の一つの理由は、短歌の共通のトピックがテレビCMになってしまったことだろう。他に忖度ニュース解説も入れるべきか。源氏物語を共通のトピックにしていた新古今時代に比ぶべくもない。写生の技術もまた低下するばかりのように見える。

 それはともかくとして、わたしの出詠歌は次のものだった。

> 鳥も鳴かずものも動かぬ秋山のもみぢあはれと誰に告げむか

これは前にブログで紹介したことがあると思うが。
https://25237720.at.webry.info/201811/article_1.html
結句を少し修正した。

お分かりの方はお分かりだろうが、この歌は万葉集巻七、1409番の次の歌を本歌にしている。

> 秋山の黄葉あはれとうらぶれて入りにし妹は待てど来まさず *
(秋山 黄葉[心+可]怜 浦觸而 入西妹者 待不来)

歌は挽歌に分類されている。その秋山に入り目にした黄葉のあはれに心破れ戻れなくなった妹の心に感ずるところあって詠んだものだ。
 あはれが歌の世界で(あるいは日本文化の中で)死滅していないことを希求する。


*中西進はこの第二句を「あはれび」と訓むが、音調のなめらかさからわたしは佐竹昭広に従って「あはれと」と訓みたい。

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