《山中智恵子 『黒翁』より》

瀬谷こけし

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 山中智恵子の第十三歌集『黒翁』(1994年発行)の「さらばすばるよ」と「星を踏む」より数首ずつ(「>>」は際立った秀歌と思う歌)。

>>さらばわれもブラック・ホールに沈まむか春の夜闇のかぐはしきゆゑ    「さらばすばるよ」
>さらば昴よ 谷村新司歌ひゐるこの宇宙(コスモス)も砕けはてむか
>葡萄峠とふ峠のありし雪深きむらさきの世をまた越ゆべしや
>>眠る鳥の静けさを恋ひ高麗(こま)びとは鳥の形代柱に架けし
>狂女には忘れな草がよく似合ふ沐浴のときひらめくことば
>>われもまた非職の兵仗たづさへむ飛礫の巷はたのしくあらむ
>>プレアディスより螢は生まれてみなづきの胸にすだけりあはれ見ぬ恋
>禹歩(うほ)にして宇宙(コスモス)歩むひたみちに世紀の鬱をはらはむとして   「星を踏む」
>星を踏むわがこころあり禹歩といふその逍遥のはるかなりしか
>星踏むは空の旅人逝く春のこころの底の鬱より出づる
>バビロンに人の霊魂(たましひ)売られゐしとはかなき夜の黙示録あり
>>契りきなかたみに月は蝕(は)えにつつみごもる獏も知らぬ夢さへ
>知るや命こゑを列ねてゆく雁のそのつかのまの髪のあはれを

 禹歩とは古代中国(夏)の聖王にちなんだ歩き方で、「左右合、右左合」の三歩格(三拍子もしくは六拍子)を繰り返す。夜その練習にセブンイレブンまで買い物に行った。なかなかうまく歩けない。こんな歩き方をしていると消防団などから呼び止められてしまそうだが。ワルツのできるヨーロッパ人はわりと得意なのではないかと思う。そうたいした時間の歩きではないが、走りにせよ速足にせよ、二拍子での歩行は、歩行から間を取るというゆとりを奪っているということを感じることはできた。歩行だけではない、身体の動かし方の多くが二拍子の体系に組み込まれてしまっていることはないか?
 まずは歩行から、三歩格のゆとりを取り戻してゆきたい。

(歌集『黒翁』は1994年5月13日、山中さんから郵送でいただいた)


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