《詩人とは誰か? 『ツァラトゥストラ』の「救済」のテキスト》

瀬谷こけし

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 ちょっと長く引用してみよう。

>  Ist er ein Dichter? Oder ein Erfüller? Ein Erobender? Oder ein Erbender? Ein Herbst? Oder eine Pfugschar? Ein Arzt? Oder ein Genesener? ①
  Ich wandle unter Menschen als den Bruchstücken der Zukunft: jener Zukunft, die ich schaue. ②
  Und das ist all mein Dichten und Trachten, dass ich in Eins dichte und zusammentrage, was Bruchstück ist und Räthsel und grauser Zufall. ③
  Und wie ertrüge ich es, Menschen zu sein, wenn der Mensch nicht auch Dichter und Räthselrather und der Erlöser des Zufalls wäre! ④
  Die Vergangenen zu erlösen und alles “Es war” umzuschaffen in ein “So wollte ich es!” --- das hiesse mir erst Erlösung! ⑤
(Zar, II-20 Von der Erlösung, KSA.下線強調並びに各パラグラフの後ろにつけた番号は引用者)

 次いでここの箇所の日本語訳を紹介しておく。

> 彼は詩人なのか? それとも真実を語る者なのか? 解放者なのか? それとも束縛する者なのか? 善人なのか? それとも悪人なのか? ①
 わたしは未来の断片たる人間たちのあいだをさまよっている者なのだ。わたしが予見するあの未来の断片たる人間たちのあいだを。--- ②
 こうした断片であり、謎であり、残酷な偶然であるところのものを、ひとつのものに凝縮し、総合すること、これこそわたしの努力の一切なのだ。 ③
 もし人間が、創作者でもあり、謎の解明者でもあり、偶然の救済者でもあるのでなければ、どうしてわたしは人間であることに堪えられよう! ④
 過ぎ去った人間たちを救済し、すべての『そうあった』を、『わたしがそのように欲した』につくりかえること---これこそわたしが救済と呼びたいものだ。 ⑤
 (氷上英廣訳『ツァラトゥストラはこう言った』(上)2-20「救済」、岩波文庫。下線強調とパラグラフ番号は引用者)

 こうして日本語訳を見ると、訳者もまた苦労をして訳していることが感じられる。それはとりわけ四カ所の[dicht-]を核に含む語の捉え方、訳し方に関してである。ニーチェはここで[dicht-]を核に含む二様の語をきわめて接近させている。その二様の語とは動詞[dichten]という語にして見ると、大きく見て1)「濃厚にする」と2)「詩作する、創作する」という語の二つである。ニーチェはここで語源説を説いているとまでは言わないが、「詩作する、創作する」の意味の[dichten]の本質を「濃厚にする」という意味から捉え直そうとしているように見えるのである。詩作するとは、凝縮することではないのか? 生成のただなかにある偶然的なものを取り集め、加速し、濃縮して決定的なところにもたらすことではないのだろうか? 詩作の本質について、そして詩人の本来的な使命について、このような解釈をこのニーチェのテキストは示唆しているのである。そのわたしの解釈をテキストを細かくたどり示すことは難しいことではないが、今はその煩瑣を避けておきたい。ただ上記の③段落だけを訳して、目下の任を果たすことにしたい。以下である。

> そして、未来の断片であり、謎であり、おぞましい偶然であるものを、担い集めて一つのものに凝縮すること、このことこそわたしの詩作と奮励努力のすべてなのだ。
(拙訳)

 どうだろうか。「in Eins」がやはり難しい。



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