《郡山開成学園専務理事》

瀬谷こけし

 郡山女子大学に赴任する前だったと思うが、大学に理事長関口富左(ふさ)先生にご挨拶に伺った。その時、ご夫君でもある専務理事、関口正氏も同席されていた。わたしはその時関口正氏がおっしゃったひと言が忘れられない。わたしの名前「正恒」をよい名前だと言ってくださったのである。専務理事が示してくださったこの歓待の言葉にどれだけほっとしたことか。そのこともあって、何の不安も懐くことなく郡山女子大に赴任してきたのだった。
 後で知ったことだが、郡山は明治の初めの安積疎水の開削が知られているが、この安積開拓の事業を現地の総責任者としてなし遂げたのが中條政恒(ちゅうじょうまさつね)であり、開成山大神宮の中には彼の事業を録した石碑もある。中條政恒は宮本百合子の祖父でもあり、郡山女子大の資料館には百合子が使っていたというアップライトピアノもあった。中條政恒は郡山女子大とも縁の深い人物だったのだ。
 専務理事の頭のなかには、「まさつね」という同音の名前と、同じ「恒」の字をもつことで、中條政恒との連想が強く働いていたのではないかと思う。
 わたしとしても、偶然とはいえ、浅からぬ縁を感じることであった。

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 ついでに言うと、中條政恒の長男の名前と、わたしの母方の祖父の名前も同じだったのだ。どんな縁があったのだろうか。全くの無関係でもないのかもしれないと思う。ちなみに後藤新平は中條政恒の塾生だったのだ。

《カワセミ》

瀬谷こけし
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 午後4時ごろ家を出ると、ちょうど高野川を川鳥が動き回る時間になる。それで、川を見ながら歩いて退屈することがない。まずは白鷺がいて、川の魚を狙っているようだった。それからちょっとで羽根が青く胸にオレンジの色の鳥が水面30cmぐらいのところを川下にすっと飛んで行った。追いかけたが岩などに止まることも戻ることもなく去って、カメラに収めることはできなかった。カワセミ(翡翠)だった。それでカメラの設定を高速連写にしたが、それを活かすこともできなかった。そしてしばらく行って車道を渡って、すると今度はキセキレイが、セキレイらしい尻尾を振って下流から上流に向かってこれも水面50cmぐらいのところを飛んで行った。これは一度岩の上に止まったが、カメラを向けるとすぐに気づかれて、逃げて行った。もう一度繰り返し、今度は岩の後ろに止まったと見えたが、同じことだった。胸の黄色の羽毛がひときわ美しい鳥だった。低い水面を飛ぶのは猛禽の攻撃を避けるためだということを川口孫治郎が言っていたが、カワセミの滑るように水面近くを飛んでゆく姿には驚くとともに感動した。生きて飛ぶカワセミを見たのは初めてだった。
 カワセミとキセキレイ、この二羽の鳥を見れたことが、今日の散歩の最大の出来事だった。
 写真は白鷺。

《高野川の川色》

瀬谷こけし
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 今日はほんとに久しぶりに夕方前に散歩に出かけた。散歩と言っても若干の買い物の用事があってゆくのだが。今まではとても暑くて散歩になど出かけられなかったのだ。買い物も原付で出かけてささっとすませて帰る、というやり方だった。できるだけ経済的に暮らそうと、クーラーはできるだけ使わない。結局使ったのは一日だけだった。風通しのために窓はできるだけ開ける。それと扇風機と氷や水や保冷材の類で体を冷やしていた。冷蔵庫を利用した方がクーラーよりは電力消費が少なくて済むだろう。そして10日ほどは高山に避暑に行っていた。
 そんなことで、上高野の散歩道の景色も久しぶりに目にすることになった。最初に気が付いた異変は、河原の葦がかなり倒れ、乾いていたことだ。はじめは獣が走り回ったのかと思ったが、倒れ方が二か所とも同じように川下の方に倒れていたので、これは多分大水が流れたのだ。そういえば台風10号が「関西を縦断」(ほんとは横断ではないかと思うが)したときは高山に行っていて、その様子を経験しなかった。家の周りの様子からは雨も風もたいしたことはなかったと感じた。だが川の水量は増えていたのかもしれない。
 そしていろいろと変化を感じたが、新鮮だったのは川の色で、これほど川色の美しい高野川は見たことがなかった。そして気が付いたのは、川の比叡山から流入してくるところに白っぽい帯のような川砂帯ができていたことだ。これは白川砂と同じものだろう。山の花崗岩が崩れ流され、下ってきたものだ。そしてこの白い砂の帯がその近くの川の色を美しい薄い緑にしていたのだ。高野川のこんな美しい川色は見たことがなかった。
 そして散歩は、前に発見した「八瀬新滝」の現状を確認し井堰の方まで足を延ばした。

《ニーチェの「哄笑」は誤訳である》

瀬谷こけし
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 ニーチェを読むにあたってわたしが最も大きな恩を受けているのは氷上英廣の仕事、とりわけ『ツァラトゥストラはこう言った』の日本語訳である。だがしかし彼が同書の第三部の扉で、「あなたがたのなかの誰が、崇高になって、しかも同時に哄笑することができるだろう?」と訳すとき、ここにはやはりついてゆけないものを感じるのである。ちなみにそこのところのドイツ語は;

>Wer von euch kann zugleich lachen und erhoben sein?

である。この「lachen」を「哄笑する」と訳すことに違和感を禁じ得ないのである。ここは「笑う」とするのが最良ではないだろうか?

 その理由はひとつには日本語の「哄笑」とドイツ語の「lachen」とは大きな隔たりがあると思うからである。ちなみに手近にある『広辞苑』第5版を見てみると「大口をあけて声高く笑うこと。大笑。おおわらい」と出ている。わたしはこの説明にもやや疑問を感じるのだがそれで『字通』の「哄」を開いてみると、1.大声、相和する声、多くの声。2.たぶらかす」と出ている。つまり、哄笑には多声であることが欠かせない要素なのではないだろうか。哄笑とは大勢が一時にどっと笑うことを意味するのであろう。『平家物語』の那須与一の条に「陸には源氏ゑびらをたたひてどよめきけり」と言われるようなどよめきに似た集団的な行為。『漢字源』を開いて「哄」を見てみると1.どっと大声をたてる。どよめく。2.わいわいはやしたてる、」と出ている。ここでツァラトゥストラが言おうとしているのは「笑い、同時に高められていること」ではないのか。多数でどっと笑うというようなことではなく。

 以上がその第一の理由である。第二の理由はニーチェの説く笑いの最も高度な次元の問題である。しかしそこに進む前に、まず『ツァラトゥストラ』第三部の扉に引かれたテキストを全文紹介しておきたい。

> „Ihr seht nach Oben, wenn ihr nach Erhebung verlangt. Und ich sehe hinab, weil ich erhoben bin.
> Wer von euch kann zugleich lachen und erhoben sein?
> Wer auf den höchsten Bergen steigt, der lacht über alle Trauer-Spiele und Trauer-Ernste.“
(君たちは高められることを求めるときに上を見る。だがわたしは下を見下ろす、なぜならわたしはすでに高められているからだ。/君たちのなかの誰が笑い同時に高められてあることができるだろう?/最も高い山に登る者はすべての悲嘆の劇と悲嘆の厳粛を越えて笑うのである。|拙訳)

 第三部がまさにこの笑いを主題にすることがこの扉のエピグラフに示されている。そしてそこに示される最高の笑いがいわゆる「牧人の笑い」であるが、まずその笑いをどう訳すべきかの要になるところを短く示そう。

> Nicht mehr Hirt, nicht mehr Mensch, --- ein Verwanderter, ein Umleuchteter, welcher _lachte_ ! Niemals noch auf Erden lachte je ein Mensch, wie _er_ lachte!
(Zar, III-2,“Von Gesicht und Räthsel" 2, KSA)

ここのところの氷上訳は:

> もはや牧人ではなかった。もはや人間ではなかった、一人の変容した者、光につつまれた者であった。そして哄笑した。これまでこの地上で、彼が哄笑したように、これほど哄笑した人間はなかった! (岩波文庫『ツァラトゥストラはこう言った(下)』「幻影と謎2」p.24。)

氷上はここで[lachen](lachte)を「哄笑した」と訳すのであるが、この訳はニーチェが表現したことと本質的にずれている。というのも、ニーチェは単純に「笑った」(lachte)と書いているのである。そしてその笑いについて、「これまで大地の上で人間が、彼が笑ったように笑ったことはいまだ一度もなかった」と説明を加えているのである。それは哄笑ではなく、高らかな笑いでもない。これまで人間が耳にしたことのない笑いであった、とニーチェは記すのである。哄笑にせよ高らかな笑いにせよ、人々の耳にしたことのある笑いであり、いわば言葉によって妥当に指示されうる笑いにすぎないのである。ニーチェの記す変身した牧人の笑いは、ひとびとの経験を絶した笑いであり、この世で誰かが笑うのを誰も聞いたことのない笑いなのである。しかしそれが笑いであることは間違いがないのである。われわれとしてはそれを爆発的な笑いであったろうと推測するのであるが。以下上記引用個所の拙訳を示しておく。

> もはや牧人ではなかった。人間ではなかった。---ひとりの変身した者であり、ひとりの光につつまれた者であった。その者が笑った! これまで大地の上で人間が、彼が笑ったように笑ったことはいまだ一度もなかった! (拙訳)


===== 2019.0926 =====
*「隔字」による強調表現を、(グーテンベルク・プロジェクトに倣って)強調部分の前後のわきにアンダーバー「_」を置いて示すように変更しました。


ツァラトゥストラは こう言った 下 (岩波文庫)
ツァラトゥストラは こう言った 下 (岩波文庫)