《アルプ・シュレイの近くに 『ツァラトゥストラ』第四部「求めてなった乞食」》

瀬谷こけし


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 『ツァラトゥストラはこう言った』第四部に「求めてなった乞食」(Der freiwillige Bettler)という章がある。その中に、これまで誰も注意したことのある人を知らないが、次の文章がある。まず氷上英廣の日本語訳で示そう。


>しかし、それにもかまわず山道を行き、登ったり、くだったり、時には緑の牧場のそばをすぎ、時にはむかし奔流があれ狂って、その川床となったらしい、石だらけの荒涼とした谷間をわたって行った。そのとき突然、かれの気持ちがまたほのぼのと暖かくなり、やさしくなった。

 「どうしたのだろう?」とかれはみずからにたずねた。「何か暖かい、生気をおびたものが、わたしを元気づける。そうしたものが近くにいるらしい。

 (『ツァラトゥストラはこう言った』下、岩波文庫、p.219)


 ドイツ語も示しておく。

> Indem er aber weiter und weiter stieg, hinauf, hinab, bald an grünen Weiden vorbei, aber auch über wilde steinichte Lager, wo ehedem wohl ein ungeduldiger Bach sich zu Bett gelegt hatte.- da wurde ihm mit Einem Male wieder wärmer und herzlicher zu Sinne.

„Was geschah mir doch? fragte er sich, etwas Warmes und Lebendiges erquickt mich, das muss in meiner Nähe sein. (Projekt Gutenberg)


 問題にしたいのは下線をほどこしたところである。

 ここでニーチェが描いているのは、スイス、シルス・マリーア近くのコルヴァッチ山腹の「パノラマ道」の200mほど下方の、そしてアルプ・シュレイ(Alp Surlej)のすぐ上手まで続く「(かつて氾濫時に川床となったと思われる)荒れた石床道」(wilde steinichte Lager)のことではないだろうか? この「石床道」については、一昨年シルス・マリーアを訪れた時、少し気になって記したことがあった。というのも、何よりも東側の農家のある方から道を歩いてきて、この、どうしてこんなものができたかよくわからない「石床道」まで来た時、上方からカウベルの音が聞こえてきて、ずいぶんほっとしたことがあるのだ。ニーチェもこの場所で、彼の場合は「石床道」を下から上がってきて、農道に達したあたりで、その上方に放牧される牛を感じ、そして発見したのではないだろうか。このような石床道と放牧場との関係は、ニーチェの経験した場所の中でもめったにないものだろうと思われるからだ。

 彼は上掲引用の少し後でこんな風に描いている:


> かれはあたりを見まわして、自分の孤独を慰めてくれたものをさがした。と。見よ、そこには一群の牝牛が丘の上に寄り集まっていた。かれらに近づいたので、その匂いがかれの心を暖めたのだ。(同前)


> Als er aber um sich spähete und nach den Tröstern seiner Einsamkeit suchte: siehe, da waren es Kühe, welche auf einer Anhöhe bei einander standen; deren Nähe und Geruch hatten sein Herz erwärmt. (ibid.)


 わたしが2017年8月26日のブログに書いたことを再掲しておこう。



===============
> その太い道を少し下へ辿ると、今度は幅15mほどの土石流の跡と思える土石道が下に続いていた(この土石流の上方、標高2300mあたりのところで先ほどブルドーザー二台が工事をしていたが、その工事の音が止まった。さっきのい岩雪崩のせいだろうか? 谷筋は違うのだが)。そこの土石流跡に乾いた牛のフンらしきものが一つだけ落ちていた。これはとても励ましになった。四つ足が歩けるなら人間も歩ける。こうしてわたしは道を外れ、土石流の跡らしきものの上を歩いていった。約1km程だろうか、掴まる木も草も岩もないので、自分が滑落しないように十分注意しながら下りた。下りた先には人が集まっていて、飲食を提供してくれそうな家が見えた。後で聞いたのだがここがアルプ・シュレイ(Alp Surlej)というところだった。

===============

 わたしはそれを「土石流」の跡と見たのだが、それはニーチェの見て感じたものとほとんど違わないだろう。

 きっとニーチェは『ツァラトゥストラ』の「求めてなった乞食」=「山上の垂訓者」をこのコルヴァッチ山山腹の放牧場で、牝牛に囲まれる牧夫を見て、そこに現代の山上の垂訓者の姿を読み取ったのだろう。---わたしはこの時残念ながら『ツァラトゥストラ』のこの段を思い出すことなく、したがってあえて牝牛や牧夫を見に行くことをせず、「ピラミッド石」に急ごうとしていたのだった。


ツァラトゥストラはこう言った 下 (岩波文庫 青639-3)
ツァラトゥストラはこう言った 下 (岩波文庫 青639-3)

瀬谷こけし

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 『ツァラトゥストラはこう言った』第四部に「求めてなった乞食」(Der freiwillige Bettler)という章がある。その中に、これまで誰も注意したことのある人を知らないが、次の文章がある。まず氷上英廣の日本語訳で示そう。


>しかし、それにもかまわず山道を行き、登ったり、くだったり、時には緑の牧場のそばをすぎ、時にはむかし奔流があれ狂って、その川床となったらしい、石だらけの荒涼とした谷間をわたって行った。そのとき突然、かれの気持ちがまたほのぼのと暖かくなり、やさしくなった。

 「どうしたのだろう?」とかれはみずからにたずねた。「何か暖かい、生気をおびたものが、わたしを元気づける。そうしたものが近くにいるらしい。

 (『ツァラトゥストラはこう言った』下、岩波文庫、p.219)


 ドイツ語も示しておく。

> Indem er aber weiter und weiter stieg, hinauf, hinab, bald an

grünen Weiden vorbei, aber auch über wilde steinichte Lager, wo ehedem

wohl ein ungeduldiger Bach sich zu Bett gelegt hatte.- da wurde ihm mit

Einem Male wieder wärmer und herzlicher zu Sinne.

„Was geschah mir doch? fragte er sich, etwas Warmes und Lebendiges

erquickt mich, das muss in meiner Nähe sein.


 問題にしたいのは下線をほどこしたところである。

 ここでニーチェが描いているのは、スイス、シルス・マリーア近くのコルヴァッチ山腹の「パノラマ道」の200mほど下方の、そしてアルプ・シュレイ(Alp Surlej)のすぐ上手まで続く「(かつて氾濫時に川床となったと思われる)荒れた石床道」(wilde steinichte Lager)のことではないだろうか? この「石床道」については、一昨年シルス・マリーアを訪れた時、少し気になって記したことがあった。というのも、何よりも東側の農家のある方から道を歩いてきて、この、どうしてこんなものができたかよくわからない「石床道」まで来た時、上方からカウベルの音が聞こえてきて、ずいぶんほっとしたことがあるのだ。ニーチェもこの場所で、彼の場合は「石床道」を下から上がってきて、農道に達したあたりで、その上方に放牧される牛を感じ、そして発見したのではないだろうか。このような石床道と放牧場との関係は、ニーチェの経験した場所の中でもめったにないものだろうと思われるからだ。

 彼は上掲引用の少し後でこんな風に描いている:


> かれはあたりを見まわして、自分の孤独を慰めてくれたものをさがした。と。見よ、そこには一群の牝牛が丘の上に寄り集まっていた。かれらに近づいたので、その匂いがかれの心を暖めたのだ。(同前)


> Als er aber um sich spähete und nach den Tröstern seiner Einsamkeit

suchte: siehe, da waren es Kühe, welche auf einer Anhöhe bei einander

standen;...(ibid.)


 わたしが2017年8月26日のブログに書いたことを再掲しておこう。


> その太い道を少し下へ辿ると、今度は幅15mほどの土石流の跡と思える土石道が下に続いていた(この土石流の上方、標高2300mあたりのところで先ほどブルドーザー二台が工事をしていたが、その工事の音が止まった。さっきのい岩雪崩のせいだろうか? 谷筋は違うのだが)。そこの土石流跡に乾いた牛のフンらしきものが一つだけ落ちていた。これはとても励ましになった。四つ足が歩けるなら人間も歩ける。こうしてわたしは道を外れ、土石流の跡らしきものの上を歩いていった。約1km程だろうか、掴まる木も草も岩もないので、自分が滑落しないように十分注意しながら下りた。下りた先には人が集まっていて、飲食を提供してくれそうな家が見えた。後で聞いたのだがここがアルプ・シュレイ(Alp Surlej)というところだった。



 わたしはそれを「土石流」の跡と見たのだが、それはニーチェの見て感じたものとほとんど違わないだろう。

 きっとニーチェは『ツァラトゥストラ』の「求めてなった乞食」=「山上の垂訓者」をこのコルヴァッチ山山腹の放牧場で、牝牛に囲まれる牧夫を見て、そこに現代の山上の垂訓者の姿を読み取ったのだろう。---わたしはこの時残念ながら『ツァラトゥストラ』のこの段を思い出すことなく、したがってあえて牝牛や牧夫を見に行くことをせず、「ピラミッド石」に急ごうとしていたのだった。


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