《ヘルダーリンの「春」1828年5月》

瀬谷こけし

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 (現代語綴の)原文と拙訳、そして参照訳。(手塚富雄さんのヘルダーリンの翻訳には学ぶところが多い)
 誤訳等がありましたらお知らせいただければ幸いです。[wenn]と[dann]の同時性にこそこの時ヘルダーリンが掴み取った充実が示されているように思います。


 Der Frühling (Hölderlin)

Wie selig ists, zu sehn, wenn Stunden wieder tagen,
Wo sich vergnügt der Mensch umsieht in den Gefilden,
Wenn Menschen sich um das Befinden fragen,
Wenn Menschen sich zum frohen Leben bilden.

Wie sich der Himmel wölbt, und auseinander dehnet,
So ist die Freude dann an Ebnen und im Freien,
Wenn sich das Herz nach neuem Leben sehnet,
Die Vögel singen, zum Gesange schreien.

Der Mensch, der oft sein Inneres gefraget,
Spricht von dem Leben dann, aus dem die Rede gehet,
Wenn nicht der Gram an einer Seele naget,
Und froh der Mann vor seinen Gütern stehet.

Wenn eine Wohnung prangt, in hoher Luft gebauet,
So hat der Mensch das Feld geräumiger und Wege
Sind weit hinaus, daß Einer um sich schauet,
Und über einen Bach gehen wohlgebaute Stege.
 

  (拙訳)

なんという喜びだろう、人が満たされて広野を見まわる時が
ふたたび明けてくるのを見ることは。
その時人々はたがいの様子をたずね、
よろこばしい生へとたがいを形づくってゆく。

天空はアーチをつくり、のびのびと広がっている、
そのように歓びはそのとき平原にそして屋外に生まれる。
その時心(ハート)は新しい生へとあこがれ、
鳥たちはうたい、唱和をもとめて叫ぶ。

しばしばおのれの内なる問題を問うていた人間は、
そのとき生についてひとと話し、そこから話がすすむ。
その時悲嘆はたましいを齧ることなく、
そして快くおのれの築いてきた財の前に立つ。

空のなか高くに築かれた住居が光に輝くとき、
人はそのように輝く野をより広々ともち、そして幾本もの道が
遠くへ開けてゆく、---そうしておのれの周りをうち眺める者があり、
小川の上には立派につくられた橋が何本もとおっている。


===(参考)==========
手塚富雄訳(『ヘルダーリン全集』河出書房新社、S.47,第4版)

 

なんという喜びだろう、人が楽しさを湛えて
広野を見まわす季節の来たことを見るのは。
そのとき人々はたがいの身についてたずねあい
よろこばしい生へといそしむのだ。

天空がひろやかな穹窿をつくるときには
野に 戸外に 喜びはうまれる、
心があたらしい生をあこがれ
鳥がうたい、うたいながら叫ぶときには。

いくどかおのれの心に問いをかけてきた者も、
生について語りはじめ ことばは湧くのだ、
憂苦が心を噛まず、おのれの土地の前に
かれがよろこばしく立つときは。

ひとつの家が空高く築かれてかがやくとき、
人に野はひろがり 道は
遠く走って あたりを眺めやるひとりの者がある、
そして小川にはよくつくられた橋がかかっている。


ヘルダーリン全集〈第2〉詩 (1967年)
ヘルダーリン全集〈第2〉詩 (1967年)

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