《Hashimoto Shigezou's Cabin》 

瀬谷こけし

20200206OMD02540繁藏小屋mi.JPG

 橋本繁藏さんの小屋はまだそのままあった。高山へ移ってからも、折敷地に小屋を維持していて、スノーモービルなどもここに置いていた。狩りに出かけるときの出発点だった。高山から出るよりも30分は早く出発できる。その奥の五味原にあったという家は2001年の時点でもう存在していなかった。ここに家があったという場所は教えてくれた。ダムができるまでの日々、五味原はなんという遊び場だっただろう。スノーモービルで走り回る格好の遊び場だった。ここから約50分ほどスノーモービルで山に入る。しかるべき場所に、そのまま帰れる形にして停めて、そこからは歩いて山に入る。
 繁藏さんが亡くなって何年になるだろう。あの二人だけで山に入った日のことがとりわけ思い出される。腹ごしらえをして目的地に向かって歩き始める。だが、一つの峠を越えたところで、お前は足が遅すぎる。スノーモービルのとことに戻って待っておけと言われた。モービルは彼がピラミッドと呼ぶ場所に停めていた。わたしは何時間か、短くても三時間はひとりで待っていなければならない。彼は目当てがあって奥へ行った。それは相当な強行軍だということは分かっていた。Tという相当腕の良い猟師を連れて行ったとき、帰路Tはもう一歩も歩けなくなって、「ここで置いていってくれ、あとで骨だけ拾いに来てくれ」と言われたことを繁藏さんは話してくれた。
 繁藏さんは奥の目当てのところに行く。だが、もしかしたら、この近くにも冬眠しているかもしれない。そう思って、モービルのところに戻る途中、近くの木の根のあたりを探して歩いた。数カ所は探した。五つ目ぐらいに探したところは太いブナの木で、そこにはむかしクマが登った爪痕がついていた。そして空洞があった。わたしは耳を澄ませた。生き物がいれば呼吸音がするはずだ。慎重に耳を澄ませたが、音はなかった。それからコンデジを取り出してストロボを発光させて穴の中を撮った。生き物は写っていなかった。
 後で4時を15分ほど過ぎたところで繁藏さんが戻ってきた。わたしが探したクマ穴を彼も点検して戻ってきたようだ。あそこに洞のあるブナがあったが、クマがいるかどうかどうやって確かめたか、と尋ねてきた。写真を撮ったが写らなかったとわたしは答えた。「いいだろう、光を当てれば何かの動きをするはずだ」と彼は言った。
 今の荒城温泉の交差点に近いところの道のわきにモービルを止めて、小屋のところに停めていた車に乗って高山の彼の家に戻った。クマ狩りに連れて行ってもらう時はいつも彼の家に寝泊まりさせてもらっていた。繁藏さんから「弟子にならないか」と言われたのはその時だった。わたしは「まだ足に自信がないから」と遠慮させてもらった。あのピラミッドの近くでわたしが独自にクマ穴を探していたこと、そして自分で火を起こして凍えないようにしていたこと、そんなことで見どころがあると思ってくれたのだろう。うれしいことだったが、わたしの脚力や体術はそうとうに力不足で、弟子としてついてゆけるようになるためにはまるまる一年間のトレーニングが必要だっただろう。その道には進まなかった。



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