《Intuitive Photography 直観写真》

瀬谷こけし

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《Intuitive Photography》

I propose "Intuitive Photography" following "Intuitive Music" of Karlheinz Stockhausen.


UNLIMITED

release a shutter
with the certainty
that you now have
an infinite amount of time and space


《直観写真》

カールハインツ・シュトックハウゼンの「直観音楽」に倣って「直観写真」を提案します。

無限に

シャッターを切れ
お前はいま
幾らでも多くの時間と空間をもっている
という確信をもって

(わたしの写真をご覧になりたい方は https://youpic.com/masatsunen にどうぞ)


ジョルジュ・ムスタキの『ヒロシマ』

瀬谷こけし

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Par tous ceux qui vivent encore
Par ceux qui voudraient vivre enfin,
Peut-être viendra-t-elle demain.

La paix !

Georges Moustaki “Hiroshima”


https://youtu.be/6hY2N5rNjDM




==== 追加(同日) ====
歌詞に一行(上掲の詩の二行目)加えておきました。朝倉さんの訳は基本的にとてもよいのですが、’enfin’を「つまりは」と訳すのはちょっとまずいと思います。「つまり、」ならいいかもしれませんが、むしろそれもなしで、「生きたいと思っている人々によって(多分明日にはやって来る)」と訳した方がいいと思います。ヒロコ・ムトーの歌詞はムスタキの詩とも曲想とも著しく異なったものでわたしは聞くに堪えません。

《折口信夫の異人論》

瀬谷こけし
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 思い出したことがあるので記しておく、京都造形大学(現京都芸術大学)で赤坂憲雄さんをお招きしてあるシンポジウムが開かれたことがある。はっきりとは覚えていないが、折口信夫と異人論が中心テーマだった。わたしはそれにただのひとりの聴衆として参加していた。意外だったのは聴衆の半分以上が外国人で、しかもほとんど観光客として来ていただけで、日本語の議論をおそらく何一つ理解できていないし、もともと理解しようとする気もなく、そこにいるだけのひとたちに見えた。日本人の聴衆は十数人程度だった。

 造形大からは浅田彰さんがパネリストとして参加して、フェリクス・ガタリをネタにして何かを話していた。テーマは「エトランジェ」(ストレインジャー)で、それに折口の「まれびと」絡ませようとしていたと思う。赤坂さんは、自分の異人論わかりやすく説いていたと思う。

 その二人のパネリストの発表が終わって、質問の時間になったのでわたしは手を挙げて質問をした。要は、それぞれのパネリストは、折口が、異人の中の異人であるというべきキリストのことをどう捉えていたと考えるのか、とういことを尋ねたのだった。そしてその問いの基礎として、折口の短歌、

>基督の 眞はだかにして血の肌(ハダヘ) 視つゝわらへり。雪の中より
         『倭をぐな以後』「冬至の頃」

を挙げて紹介した。折口について語ろうとする人なら当然知っているべき短歌だ。
 だがパネリストの二人はどちらも知らないようだった。赤坂は、いつかわたしの問いにちゃんと答えるようになりたい、と答えた。浅田は何を思たのか、ドゥルーズとはともかく、ガタリとは直接の親交があるのだと、何の答えにもならないようなことをしゃべって煙に巻いただけだった。赤坂憲雄は今は答えられるのだろうか? その答えをまだ聞いていない。

 わたしが後悔したのは、外国人の聴衆が多かったので、ほんとなら折口の歌をその場で英語にでも翻訳して紹介すべきだったということだった。そのことをなぜか不意に思い出した。そこで、以下、試みに訳してみる。

  Christum, naked and bleeding,
  Skin and body together,
  Witnessed, I laughed from the deep snowfall.

 よい翻訳案があったら教えてほしい。

===== 補足 ======
 上記の拙訳について一言補足しておく。冒頭の「Christum」は対格(accusativ)なので西欧の教養人でこれを主語と誤解する人はまずいない。とはいえ会場のだれひとりそのことを理解しない可能性は大いにあったと感じている。英訳とはいえラテン語を入れる必要はあるのだ。
(2020.6.11)