《萩原朔太郎の「小出新道」》

瀬谷こけし
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《萩原朔太郎の「小出新道」》


 朔太郎の「小出新道」はわたしの高校の教科書に出ていたと記憶するがこの詩は易しい詩ではないと思う。昔も分からなかったし今も分からない。通説がどういうものかも知らずはたして通説があるのかも知らない。ともあれ次のような詩だ。

> 小出新道

>ここに道路の新開せるは
>直として市街に通ずるならん。
>われこの新道の交路に立てど
>さびしき四方(よも)の地平をきはめず
>暗鬱なる日かな
>天日家竝の軒に低くして
>林の雜木まばらに伐られたり。
>いかんぞ いかんぞ思惟をかへさん
>われの叛きて行かざる道に
>新しき樹木みな伐られたり。


 WEBを検索してみるとすぐに滑稽とも思えるような解釈に出会う。「いかんぞ」は「いけないぞ」という意味が含まれているとか。この詩が含まれている『氷島』をさっと眺めてみるだけで何カ所にもこの「いかんぞ」とう表現が出てくるし、それは当然のように反語表現で、典型的に「や」で終わるものもある。「いかんぞ」は古語で言えば「いかにぞ」の意味であって「ゆかぬぞ」という意味では全くないのに、前述のような滑稽な誤読は数を知らない。日本の国語教育の水準がどれだけ下がってしまっているかを如実に示す例だろう。実際この詩でも「いかんぞ」は「いかにぞ」の意味だと解するほかはない。反語であれなかれそれは「どうやって」「どのようにして」の意味だと解するほかはないのだ。読解上難しいのはその後だ。「どうやって思惟をかえすだろうか」と現代語訳して、問題は「かへす」の意味なのだ。「かへらん」ではないのだから「戻そうか」の意味ととるのがまともな読みだ(ここで「かへさんや」としておけば誤読は少なかっただろうが、そうすれば次の詩行の力が大幅に弱まってしまうので、詩人はそれを避けたに違いない)。そして「戻そうか」の戻し先は「…に」に決まっている。つまり「われの叛きて行かざる道に」戻そうか、いやそんなことは決してしない、という決意だ(ここでも「行かざる」を「行かざりし」にしておけば誤読は少なかっただろうが、ここもそうすると単なる過去の行動の話になって今の決断を取り巻く問題から浮いてしまうという弱さが出てしまう)。このまま志操を変えずに進めば「林の雑木」のように伐られてしまうだろうがだからといって意思を翻すというようなことはどうしてできようか、できはしない、そういうことは決してしないのだということである。いまここで概念化することは避けるが(例えば国定教科書に載るような)体制順応的な詩人の道というものは目の前にぶら下がった美味しい餌ではあったのだ。
 こうして朔太郎は伐られる「新しき樹木」のひとつたることを覚悟するのである。


《梅原猛先生のこと》

瀬谷こけし
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 《梅原猛先生のこと》


 わたしは梅原先生からたくさん偉大な言葉を聞いてきた。なかでももっとも偉大な言葉は「真理さえ自分とともにあれば何もこわいことはない」という言葉だった。自分が真理とともにあるという確信が持てているなら、どんな社会的権威も、専門家という学術的権威も怖くはないということだ。
 こういう信念をもって、この信念をただひとつの頼みとして、真理への道を切り開いていったひとのそばにいられたことは、間違いなくわたしのしあわせのひとつだろう。

 この時代にあらためてその偉大さを思う。