迷って、金福寺に行った

瀬谷こけし

  蒲公(たんぽぽ)の黄に薺(なづな)のしろう咲(さき)たる

といえば、誰の何か、知る人はすぐに分かる。高校二年の時、担当の先生が何かの理由で休んで、同じ学年担当の別の先生が来て教えてくれた詩の一行だ。次の行は、

  見る人ぞなき

その先生は黒板にこの「北寿老仙をいたむ」という詩を何も見ずに記憶のままに書き、言葉の解説とともに、鑑賞をしてくれた。萩原朔太郎の『郷愁の詩人与謝蕪村』を引き合いに出していたのは、現代国語の時間だったからかも知れない。ともあれわたしが初めて文学に感動したのは、この時だった。その時覚えた詩行を今でもすっかり記憶している。

 今この時期、京都ではタンポポが黄に咲き、ナズナが白く咲いている。ちょうどこの時期だ。そして今日は蕪村の墓のある金福寺に行ってきた。
 あとのことは写真に語らせよう。


迷って、金福寺にいった
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白川通りのケヤキはもうこんなにたっぷり葉を着けている
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同前
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高野の公団わきの土手に
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金福寺、このさみどり
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嫩葉

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同前
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同前
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花の色
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穎原退蔵筆塚
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蕪村の魁偉な風貌
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ききょう
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ききょう
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これだけ50mmレンズで撮影(他は14mm)
カメラはLumixGF3
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 穎原退蔵の筆塚があった。たまたまこれを見つけて、中断していた芭蕉『奥の細道」の風流についての論をまた続ける気になった。お参りもしたのだから。





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