《ネコ族の家》

瀬谷こけし
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 ちょっと変わった表札プレートが目に入った。近づいて見ていると、何となく「この家はネコ族の家だ」という気がしてきた。とりわけ「本」という字のデザインがその原因のようだ。垂れたネコのしっぽが見えてこないだろうか? それとも前手を伸ばして正座したネコの姿だろうか? ちなみにこの辺りで猫の姿を見ることはまず滅多にない。わたしにはまったくそんな記憶がない。いるとしてもそれはきっと「深窓の令猫」のようなネコなのだろう。


《魚を釣ると魚を捕る angelnとfangen 『ツァラトゥストラ』を読む》

瀬谷こけし
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 問題にしたいのは些事かもしれない。ごくごく小さな問題かもしれない。しかしこのようなごくごく些細なことに重大な問題が隠れているかもしれない。少なくとも、ドイツ語を読まない読者の誤解を招く可能性はなくはないのだ。いまここで直接に問題にしようとしているのは『ツァラトゥストラ』第四部、「蜜の供え物」の中の次の一文だ。
>> Fieng wohl je ein Mensch auf hohen Bergen Fische? (Za, IV, „Das Honig-Opfer“, Z.32, S.297, Bd.4, KSA)
 ここのところの日本語訳を、二つ紹介しておく。どちらも参考にするに足る、大変すぐれた読解を示す訳書だ。
1) かつて、高山にのぼって、魚を釣った人間がいただろうか? (氷上英廣訳、岩波文庫)
2) かつて高い山で魚を釣った人間がいるだろうか。 (佐々木中訳、河出文庫)
 ここですでに拙訳を示しておきたい。
3) かつて高い山の上でよく魚を捕らええた人間がいただろうか? (拙訳)
 [Fieng]が[fangen]の過去形[fing]の別綴である事、[Bergen][Fische]が 複数形であることなどは特に注記するまでもないことだろう。そして[fangen]の基本的な意味が「捕獲する」であって「釣る」ではないこと、「釣る」は普通のドイツ語では[angeln]を使うことなども周知のこととしよう。そしてこの言葉の出てくるところがZaが「世界」を「海」と見て、深海にすむ希少な「人間魚」を捕まえようとし([Menschen-Fischfänger]として)山の上に餌を供えたところだという文脈も理解していることとしよう。にもかかわらず1)2)の訳はニーチェの言おうとしている主旨を誤解させてしまう可能性が少なくないと思えるのだ。それは[fieng]を「釣った」と日本語にすることから生じるのだ。つまり、ここで「魚を釣った」は「魚釣りをした」と同義だという連想が自然に働くのではないだろうか? つまり「釣り糸を垂らした」ということが「釣った」であって、それは「魚を釣り上げた」を意味しないのである。ところがニーチェがここで言おうとしているのは、「魚を釣り上げたこと」「魚を捕まえたこと」であって、「単に酔狂で釣り糸を垂れてみた」ということとは違うのである。---Zaはここで、高い山の上で、本気で人間(魚)釣りを試みているのである。そのような事情であるので、この章に少なからずでてくる[fangen]とか[Fänger]とかは、「釣る」「釣り人」等でなく「捕る」「捕獲者」と訳すことを勧める。


ツァラトゥストラはこう言った 下 (岩波文庫 青639-3)
ツァラトゥストラはこう言った 下 (岩波文庫 青639-3)
ツァラトゥストラかく語りき (河出文庫)
ツァラトゥストラかく語りき (河出文庫)

《山中智恵子鎮魂の歌》

瀬谷こけし
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 山中智恵子鎮魂の歌

> きみさらにながながし夜を千年の孤独をもちてひとりかもねむ


 わたしのFBのプロフィールに掲げていた歌。表題を「山中智恵子への挽歌」としていたのだが、どこかそぐわないところがあるのが気になって「山中智恵子鎮魂の歌」と変えた。

 いつまでも忘れないでいたい。


《供犠Opferと餌Köder 『ツァラトゥストラ』第四部「蜜の供え物」より》

瀬谷こけし
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 『ツァラトゥストラ』第四部冒頭の「蜜の供え物」(Das Honig-Opfer)からはじめの方の[opfer]を含むところを適当な長さで引いてみよう。テキストはProjekt Gutenbergのものを使う。

> —„So wird es sein, oh Zarathustra, antworteten die Thiere und drängten sich an ihn; willst du aber nicht heute auf einen hohen Berg steigen? Die Luft ist rein, und man sieht heute mehr von der Welt als jemals.“—„Ja, meine Thiere, antwortete er, ihr rathet trefflich und mir nach dem Herzen: ich will heute auf einen hohen Berg steigen! Aber sorgt, dass dort Honig mir zur Hand sei, gelber, weisser, guter, eisfrischer Waben-Goldhonig. Denn wisset, ich will droben das Honig-Opfer bringen.“—
Als Zarathustra aber oben auf der Höhe war, sandte er die Thiere heim, die ihn geleitet(*1) hatten, und fand, dass er nunmehr allein sei:—da lachte er aus ganzem Herzen, sah sich um und sprach also:

Dass ich von Opfern sprach und Honig-Opfern, eine List war’s nur meiner Rede und, wahrlich, eine nützliche Thorheit! Hier oben darf ich schon freier reden, als vor Einsiedler-Höhlen und Einsiedler-Hausthieren.
Was opfern! Ich verschwende, was mir geschenkt wird, ich Verschwender mit tausend Händen: wie dürfte ich Das noch—Opfern heissen!
Und als ich nach Honig begehrte, begehrte ich nur nach Köder und süssem Seime und Schleime, nach dem auch Brummbären und wunderliche mürrische böse Vögel die Zunge lecken:
—nach dem besten Köder, wie er Jägern und Fischfängern noththut. Denn wenn die Welt wie ein dunkler Thierwald ist und aller wilden Jäger Lustgarten, so dünkt sie mich noch mehr und lieber ein abgründliches reiches Meer,
—ein Meer voll bunter Fische und Krebse, nach dem es auch Götter gelüsten möchte, dass sie an ihm zu Fischern würden und zu Netz-Auswerfern: so reich ist die Welt an Wunderlichem, grossem und kleinem!

 動物たちから「今日は高い山に登らないか、空気が純粋(rein)で、今日は以前より世界の多くのものが見える」とさそわれ、ツァラトゥストラ(以後Zaと略記)は「お前たちはピッタリの、わたしのこころにかなう忠告をしてくれた」とよろこび、それに同意するが、さらに「高山の上で使えるように、黄色く、白く、良質の、ひんやりと新鮮な、なまの黄金の蜂蜜を用意してくれ」と動物たちに注文をつける。「というのも、知っておいてくれ、わたしは山上で蜂蜜供犠(das Honig-Opfer)を捧げようと思っているのだから」とZaは動物たちに説明する。だが山上で彼はお供をしてきた動物たちを帰してしまう。それからが一人になったZaが語ったことになる。
 まずこうである。
Dass ich von Opfern sprach und Honig-Opfern, eine List war’s nur meiner Rede und, wahrlich, eine nützliche Thorheit!
ここのところ氷上英廣はこう訳す。
>わたしが供え物、それも「蜜の供え物」などと言ったのは、口先のたくらみにすぎなかったのだ。だが、それも思わぬ役にたった! (氷上英廣訳、岩波文庫)
氷上は[Opfer/Opfern]を「供え物」と訳す。[Opfer]は中性名詞で、単複同形。ここで[Opfern]の形は共に[von]に従い無冠詞複数3格形である。[Opfer/Ppfern]に「供犠」の語をあてて試みに訳すと「わたしが供犠と、蜂蜜供犠と言ったのは、単に語りの上でのたくらみに過ぎなかったのだが、そんな愚かなたくらみも、実際、役に立ったのだ!」というぐらいになるだろうか、その有益さは、ひとりで山上にいれば(洞窟の前などより)よりのびのびと語れる(freier reden)、ということだったのだろう。
次の、
Was opfern! Ich verschwende, was mir geschenkt wird, ich Verschwender mit tausend Händen: wie dürfte ich Das noch—Opfern heissen!
も注意深く読まなければならない。試みに訳せば「何を供犠に捧げるというのか! わたしは、自分に贈られるものを浪費するのだ。このわたし、千の手をもつ浪費家は。どうしてわたしが供犠という行為に、---その上それを供犠を捧げるなどと呼ぶことに堪えられるだろうか!」というぐらいになるだろうか(*2)。Zaは神々に犠牲を捧げるという気持ちで「蜂蜜の供犠」を供えるわけではないのである。それでは何のために? 一言で言えばそれは餌(Köder)として、釣りの餌、狩りの餌として供えるというのである。彼の動物たちに蜂蜜を集めさせた時にも、ほんとうは獣や鳥をおびきよせ、舌なめずりをする「餌」として用意させただけだったのである。そしてそのように餌を供えることによって見えてくる世界を、猟師にとっての世界と対比してニーチェは次のように述べる。
> Denn wenn die Welt wie ein dunkler Thierwald ist und aller wilden Jäger Lustgarten, so dünkt sie mich noch mehr und lieber ein abgründliches reiches Meer,...
(というのも、世界が暗い動物の森で、すべての野生的な猟師たちの快楽の庭であるならば、わたしにとっては世界はむしろはるかに深い深淵をなす豊かな海であると思えるのだ。|拙訳)

世界は、神々も釣りをしたり網を投げたりしたくなるような、色とりどりの魚や蝦や蟹の類のたっぷりといる海であり、そのように世界は大小の驚くべきものに満ちているのだ(so reich ist die Welt an Wunderlichem, grossem und kleinem)とZaは見る。第四部は海の深淵からそのような驚くべき者たちを釣り上げるZaの深海漁の章になるだろう。



==========

*1) この[geleitet]は[leiten](導く)の過去分詞と考えるより[geleiten](お供をする)の過去分詞と考えた方が通りが自然になるだろう。
*2) この文の[wie]以下だが、読解には注意が必要である。まず大書される[Das]は指示代名詞で、先行する[was opfern](何かを供犠に捧げる)という行為を指す。[noch]の手前までを訳せば「どうしてわたしが供犠を捧げる行為に堪えることが出来ようか」という意味になる。そしてそこにさらに付加を示す[noch]が加わり、さらにダッシュに続いて付加される当のものが示される。それが[Opfern heissen]である。ここまで来れば[wie dürfte ich Das noch Opfern heissen!]という、[noch]の後に不定詞とその目的語の補語をともなって完成した文の形が見えてくる。ここで[heissen]は他動詞で[Das]をAkkusativ(4格)の目的語とし、[Opfern]をその4格目的語の述語補足語(Prädikatsakkusativ)としていると考えなければならないが、その4格の述語補足語は名詞の場合それもまた4格名詞になるということに注意しておかなければならない。ということはここで[Opfern]は4格だということなのである。しかし名詞[Opfer]は単複同形であり、[Opfern]という形をとるのは複数3格の場合のみである。とすればこの[Opfern]は[Opfer]の複数形ではないということである。とすればどう考えればいいのか? 答えはこの[Opfern]は動詞[opfern]を名詞化して大書したものと考えるべきだということである。だからこの[Opfern]は十分に動詞的な意味を込めて理解しなければならない。手塚富雄は「どうしてそのことを---供え物をするなどと呼ぶことができよう」(2002年、中央公論社)と訳すときこの細かな意味の違いを大変的確に捉えている(たいていの日本語訳はここのところ飛ばしてしまっているが)。

ツァラトゥストラ〈2〉 (中公クラシックス)
ツァラトゥストラ〈2〉 (中公クラシックス)

《小橋 京都古知谷》

瀬谷こけし

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 こんな詩を思い出した。

> Und über einen Bach gehen wohlgebaute Stege.

 ヘルダーリン(Hölderlin)の「春」(Der Frühling)という詩の終結行だが、この詩は大学一年の時から好きだった詩だ。1828年5月の作だと今ではわかる。主語(wohlgebaute Stege)は無冠詞の複数で、必ずしも多くの橋を目にしながら詠んだ詩ではない。

 一昨日、玉子を買いに大原にバイクで行って、この上なく爽やかな空気を感じて、その空気を失いたくなくてヘルメットのバイザーを上げてゆっくりと古知谷まで走った。その帰り道、ささやかな小橋を見つけて、このヘルダーリンの詩が思い浮かんだのだ。「Stege」は小さな橋のことだ。人々の普通の生活の中のありがたい橋。ヘルダーリンが目にしていたことが何かよくわかる詩だと思う。(ヘルダーリンはベートーヴェンと同年の生まれ。そう考えると時代が掴みやすくなると思う)


《アルプ・シュレイの近くに 『ツァラトゥストラ』第四部「求めてなった乞食」》

瀬谷こけし


数百メートルほど先のやや上方の草地に数頭の放牧牛がみえる

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わたしが土石道と呼んだところの写真三枚

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 『ツァラトゥストラはこう言った』第四部に「求めてなった乞食」(Der freiwillige Bettler)という章がある。その中に、これまで誰も注意したことのある人を知らないが、次の文章がある。まず氷上英廣の日本語訳で示そう。


>しかし、それにもかまわず山道を行き、登ったり、くだったり、時には緑の牧場のそばをすぎ、時にはむかし奔流があれ狂って、その川床となったらしい、石だらけの荒涼とした谷間をわたって行った。そのとき突然、かれの気持ちがまたほのぼのと暖かくなり、やさしくなった。

 「どうしたのだろう?」とかれはみずからにたずねた。「何か暖かい、生気をおびたものが、わたしを元気づける。そうしたものが近くにいるらしい。

 (『ツァラトゥストラはこう言った』下、岩波文庫、p.219)


 ドイツ語も示しておく。

> Indem er aber weiter und weiter stieg, hinauf, hinab, bald an grünen Weiden vorbei, aber auch über wilde steinichte Lager, wo ehedem wohl ein ungeduldiger Bach sich zu Bett gelegt hatte.- da wurde ihm mit Einem Male wieder wärmer und herzlicher zu Sinne.

„Was geschah mir doch? fragte er sich, etwas Warmes und Lebendiges erquickt mich, das muss in meiner Nähe sein. (Projekt Gutenberg)


 問題にしたいのは下線をほどこしたところである。

 ここでニーチェが描いているのは、スイス、シルス・マリーア近くのコルヴァッチ山腹の「パノラマ道」の200mほど下方の、そしてアルプ・シュレイ(Alp Surlej)のすぐ上手まで続く「(かつて氾濫時に川床となったと思われる)荒れた石床道」(wilde steinichte Lager)のことではないだろうか? この「石床道」については、一昨年シルス・マリーアを訪れた時、少し気になって記したことがあった。というのも、何よりも東側の農家のある方から道を歩いてきて、この、どうしてこんなものができたかよくわからない「石床道」まで来た時、上方からカウベルの音が聞こえてきて、ずいぶんほっとしたことがあるのだ。ニーチェもこの場所で、彼の場合は「石床道」を下から上がってきて、農道に達したあたりで、その上方に放牧される牛を感じ、そして発見したのではないだろうか。このような石床道と放牧場との関係は、ニーチェの経験した場所の中でもめったにないものだろうと思われるからだ。

 彼は上掲引用の少し後でこんな風に描いている:


> かれはあたりを見まわして、自分の孤独を慰めてくれたものをさがした。と。見よ、そこには一群の牝牛が丘の上に寄り集まっていた。かれらに近づいたので、その匂いがかれの心を暖めたのだ。(同前)


> Als er aber um sich spähete und nach den Tröstern seiner Einsamkeit suchte: siehe, da waren es Kühe, welche auf einer Anhöhe bei einander standen; deren Nähe und Geruch hatten sein Herz erwärmt. (ibid.)


 わたしが2017年8月26日のブログに書いたことを再掲しておこう。



===============
> その太い道を少し下へ辿ると、今度は幅15mほどの土石流の跡と思える土石道が下に続いていた(この土石流の上方、標高2300mあたりのところで先ほどブルドーザー二台が工事をしていたが、その工事の音が止まった。さっきの岩雪崩のせいだろうか? 谷筋は違うのだが)。そこの土石流跡に乾いた牛のフンらしきものが一つだけ落ちていた。これはとても励ましになった。四つ足が歩けるなら人間も歩ける。こうしてわたしは道を外れ、土石流の跡らしきものの上を歩いていった。約1km程だろうか、掴まる木も草も岩もないので、自分が滑落しないように十分注意しながら下りた。下りた先には人が集まっていて、飲食を提供してくれそうな家が見えた。後で聞いたのだがここがアルプ・シュレイ(Alp Surlej)というところだった。

===============

 わたしはそれを「土石流」の跡と見たのだが、それはニーチェの見て感じたものとほとんど違わないだろう。

 きっとニーチェは『ツァラトゥストラ』の「求めてなった乞食」=「山上の垂訓者」をこのコルヴァッチ山山腹の放牧場で、牝牛に囲まれる牧夫を見て、そこに現代の山上の垂訓者の姿を読み取ったのだろう。---わたしはこの時残念ながら『ツァラトゥストラ』のこの段を思い出すことなく、したがってあえて牝牛や牧夫を見に行くことをせず、「ピラミッド石」に急ごうとしていたのだった。


ツァラトゥストラはこう言った 下 (岩波文庫 青639-3)
ツァラトゥストラはこう言った 下 (岩波文庫 青639-3)

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《『ツァラトゥストラ』第四部「蜜の供え物」より》

瀬谷こけし
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こんな会話がある:
--- Liegst du nicht in einem himmelblauen See von Glück?
(お前は空の青さの幸福の湖にひたっているのではないか?)
--- Mein Glück ist schwer und nicht wie eine flüssige Wasserwelle.
(わたしの幸福は重たいもので、さっときえさるさざ波のようなものではないのだ。)
(Aus Das Honig-Opfer in „Also sprach Zarathustra“ IV.)
(『ツァラトゥストラ』第四部「蜜の供え物」より、拙訳)

 ここにはオルタ湖の幸福が読み取れないだろうか? そのさざ波のえもいえぬ美しさ。1882年5月、モンテ・サクロでルー・フォン・ザロメと二人でみたオルタ湖の幸福。---そして、そこからの別離。ニーチェ自身はそこから離れなければなかった。自分のためのもっと重たい幸福に忠実であるために。


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ツァラトゥストラはこう言った 下 (岩波文庫 青639-3)
ツァラトゥストラはこう言った 下 (岩波文庫 青639-3)

《ヤブカラシ》

瀬谷こけし
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 夕方が近づくまえ、三時半ごろだろうか、北向きの窓の下を見ていて、そのヤブカラシの葉を見ていて、そのヤブカラシは二階の窓まで這い上がってきていて、窓から切れる範囲は切ったのだが、一階の窓は開けられないし外からも簡単には周れないしで、仕方なくほっといたものが、風の吹いた午後、ガタッという音がしていたのだが、ヤブカラシが下まで、一階の地面よりさらに下、擁壁の下まで落ちていた。もしかしたらだれかが切ってくれたのかもしれない。そのヤブカラシの葉を見ていた。それで思ったのだが、スズメバチをはじめ昆虫たちに花があれほど好かれる植物なのだから、もしかしたら葉っぱは食べれるのではないだろか、と考えた。食べられるなら有力な野菜が身近なところで調達できることになる。アシタバのように使えないものだろうか?
 そんなことを思ってWebを調べてみると、ヤブカラシの食べ方というコーナーがあった。アクが強いので塩ゆでした後長いこと水さらしをしないといけないが、食べれて、ワラビなどのようにぬめりと辛みがあって、納豆と混ぜても、てんぷらにしてもおいしそうだと書いてある。これは見つけものだ。---まだしばらくはやらないが、いずれ試してみよう。以前縄文食を探っていて、コナラの水さらしはだいぶ上達したので、食べれる度合いの計りかたはわかってゆくだろう。またおいしい時季もあるのだろう。

 ひとつ問題は、除草剤を浴びせられていない「健康」なヤブカラシが手に入るかどうか。食べたりするとアクより先に除草剤にやられてしまうかもしれない。


《大原 金木犀》

瀬谷こけし
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 金曜日というと玉子を買いに大原にゆくのが日課のようになった。27日はかろうじてワンケースだけ残っていて、それを買って帰ったが。他によさそうな野菜があれば適当に買って帰る。大原に行くのはたいてい125ccの原付バイク。車が大抵60km/hぐらいで走る道なので、50ccの原付だと遅くて危険だと感じる時があるからだ。バイクをアイアンホースと呼ぶ言い方があるが、125ccだとさすがに小さく、だからアイアンポニーと思って乗っている。一人で乗って適当な荷物を載せるには四輪車よりもバイクの方がはるかに経済的だ。最近では同志社の今出川にも原則125のバイクで行っている。駐車場代も安く上がって、ありがたい。雨の日は四輪を使うことになるが...。同志社の田辺にも四輪で行っている。その他の市内の用事は、だいたい50の原付を使っている。これも最近は慣れて、目的地までの早さを争えば、多分最速で到着していることが多いと思う。信号で一番前まで出ること、信号が青になるまで絶対に発進しないこと、そして最初から加速すること、信号を避けることのできる脇道を大いに利用すること、そして目の前の信号が赤が続きそうで、目的が左折のときは、いったんエンジンを切ってバイクを引いて左折後に行くべき目的車線に入り、そこでバイクを発進させて進むこと。およそこのようなやりかたで、おそらく市内最速の乗り物にして走っている。若干のスピードオーバー以外の交通違反は一切なしだ。

 それで大原里の駅で買い物を終えてバイクに戻ると、目の前の土手に曼珠沙華とか秋の花が咲いている。甘い香りがするなと思って見ると、ぽつぽつオレンジ色の花が見えて、ああ、もう金木犀が咲いている、と気づく。四輪車だったら気づかなかっただろう。





《『ツァラトゥストラ』の中の「最も孤独な放浪」について 発表要旨》

瀬谷こけし
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 標記のものの400×400のものをアップロードします。後日日本宗教学会のHPで「発表要旨」として公開されるものの原稿です。ニーチェの問題に深い関心のある方にいち早くご覧いただけるようにとの配慮です。ご意見などいただければ幸いです。

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《『ツァラトゥストラ』の中の「最も孤独な放浪」について》

             2019年9月15日 日本宗教学会発表要旨
Von der einsamsten Wanderung in “Also sprach Zarathustra”.
NAKAJI Masatsune

1.ニーチェの著作の中には「最も孤独な」(einsamst)の語が二十回表れる。それは概ね『曙光』以降は彼の哲学の核心をなす永遠回帰の思想と密接する仕方で使われる。『曙光』91番では「全知全能であってしかも自分の意図がおのれの被造物によって理解されることを少しも配慮しない神」は善意をもちながら己の意図を明瞭に表現(ausdrücken)できぬ者として「最も孤独な者」と呼ばれる。また同書423番では岩礁の立つ海辺の風景が観察され、岩塊や岩礁は「最も孤独な」ところを探し求めているように海の中につき進んでゆくと描かれ、その孤独の本質は「語ることができない」ことに見いだされている。
2.『FW』341と『Za』3-1「旅びと」においては[einsamst]が所有冠詞(mein,dein)を冠して用いられ「最高の孤独」は明示的にみずからの体験の連関の中で語られる。前者においては「お前の最も孤独な孤独」の中にデーモンが忍び込んできて私は「この人生、お前が今生きていて、これまで生きてきた人生を、お前はもう一度、そしてさらには無数回にわたって生きねばならない」という啓示を受ける。この教えは自分が別の時空で別の過去(と未来)をもった生を生きる可能性を遮断するが、今後の生についての私の決定の自由は手つかずに残される。この啓示の真理性に圧倒されそこに自らを賭けるとき永遠回帰の倫理学と呼ばれるべき一つの宗教的倫理学説が導かれ、人間にとっては自分のあらゆる行動に際して「お前はこのことを今一度、またさらに無数回繰り返すことを欲するか」という問いへの最終永遠の答えを確認し封印すること(Besiegelung)が行為の最大の重しとなる。それは言表することの彼方で行う最も孤独な行為である。
3.『Za』3-1-1においてはZaが「ああ、わたしはわたしの最も孤独な放浪を始めたのだ!」と自分に語る。これはZaが「おのれの最後の頂上」に立つことをめざして最終永遠の確認と封印をしたことを示す。その最後の頂上の内容は次の『Za』3-2「幻影と謎」で示される。そこでZaはまずこびとから試練を課される。こびとは「お前は自分自身を高く投げ上げた、だが投げ上げられた石はすべて落ちるのだ」と重力の本性を語りZaはその真理に苦しむが、やがて「勇気」(Muth)を発見する。勇気は「これが人生であったのか?よし!もう一度」と語る。これもまた人生の永遠回帰のもとでの最終永遠の「確認と封印」を表現し、「よし(Wohlan)!」に含まれる一度の肯定が墜落の恐怖に打ち勝つことを表現している。
4.「幻影と謎」2においては、前後に広がりをもって流れる現在の瞬間を出発点に「永遠の」存在を説く時間論が語られた後、岩礁のもと黒く重たい蛇に口から侵入され、喉をしっかりと領有され、言葉を失い、もがく牧人の幻影が語られる。牧人はZaの全力の叫びに呼応して蛇の頭を噛み切り吐き捨てる。そして「かつて地上で人間が彼が笑ったように笑ったことはなかった」と表現される笑いを笑う。この時彼はもはや人間ではなかったとされる。蛇は「最も重たいもの、最も黒いもののすべて」としての生成の全体を表す。
5.Zaの「最も孤独な放浪」はいつ終わるのか。形式的には第四部の終りで獅子の到来を見る時である。だが思考の肯定的な本質は牧人の笑いを提示した時に最初の完成を見ている。そして永遠回帰の体験は、私が喉を蛇に領有されて言葉を失い、言表の空間の彼方に消え、神の死の体験である「絶え間のない落下(Stürzen)」(FW125)を経験しそこで私を神のまなざしすら届かぬ無として把握し、確認し、それゆえ神が死んでいることを確認し、われわれが生成する万物とともに果てのない無のなかをさまよっていると把握するときに最も深まる。対して蛇の頭を噛み切る牧人の行為は万物が回帰すると捉える思考を廃棄する。ただ牧人の新しい笑いをわがものとした者だけがロゴスを越えて生を活気づける。

《『ツァラトゥストラ』の中の「わたしの最も孤独な放浪」について》

瀬谷こけし
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 標記のタイトルで日本宗教学会 第78回学術大会の会場(9月15日10:40から、第2部会)で「発表の要旨」として配布したテキストをここに再掲します。ご意見などいただければ幸いです。



『ツァラトゥストラ』の中の「わたしの最も孤独な放浪」について
中路正恒 京都造形芸術大学
日本宗教学会 第78回学術大会発表要旨  2019年9月15日 於帝京科学大学

1.ここではニーチェの著作に20回現れる[einsamst](最も孤独な)の語を含むテキストの考察を通して彼が「わたしの最も孤独な」ことをどう考えていたかを考察したい。初めにテキストの点検から。「最も孤独な」は形容詞の最上級であるが、彼のテキストでその比較の対象が明確である例は少なく、「きわめて孤独な者に」①「きわめて寂しい自然の中へ」②などこの語の日常的な了解の中で用いられている例も比較的多い。⑤⑦⑰⑱もそれに含めることができるだろう。
2.しかしまたこの語を定冠詞をつけ名詞化して使う例も多く、その場合もニーチェが「孤独」の概念を明確化しているケースは乏しい。①⑧⑫⑬⑭⑮⑯⑳である。『Za』の極めて重要な「幻影と謎」の中で「最も孤独な者の幻影」と出てくる場合もこれに含めておく。
3.ニーチェが「最も孤独な」という状態をどう把握しているかについて最も明瞭な概念を提供してくれるのが『曙光』91番③のテキストである。そこで立てられるのは、「全知全能であってしかも自分の意図がおのれの被造物によって理解されることを少しも配慮しない神」(Ein Gott, der allwissend und allmächtig ist und der nicht einmal dafür sorgt, dass seine Absicht von seinen Geschöpfen verstanden wird)とは何だろう、それは善意の神なのだろうかという問いである。その神をニーチェは善意の神であって、ただおのれを明瞭に表現(ausdrücken)できず、救済に関わる真理を被造物に伝えられず、徒に悩ませ苦しめる存在と見るのであるそのような神をニーチェは「あの最も孤独な者」(jener Einsamste)と呼ぶのである。
4.さらに『曙光』423番④では岩礁の立つ海辺の風景が観察され、「岩塊の帯や小さな岩礁は、最も寂しい孤独なところを探し求めているように海の中につき進んでゆく。それらもみな語ることができない。突然途方もない沈黙がわれわれを襲う。それは美しくわれわれを戦慄させる。そしてわたしの心は胸がいっぱいに膨らむ。---」(Die kleinen Klippen und Felsenbänder, welche ins Meer hineinlaufen, wie um den Ort zu finden, wo es am einsamsten ist, sie können alle nicht reden. Diese ungeheure Stummheit, die uns plötzlich überfällt, ist schön und grausenhaft, das Herz schwillt dabei. –)と語られる。語られているのは巨大な沈黙であり、そこにおのれみずからを越えて安らう(über sich selber ruhend)ものの存在が確認され、人間もみずからを越えて崇高に達すべきではないかという教えが与えられる。最も孤独であることが崇高として評価され、それは「語れぬこと」即ち「沈黙」を必須の構成要素にしている。言表の空間が破れ、発話することのできない「x」が、発話できないことを必須の要素として崇高な安らぎにあるというのである。
5.『FW』341⑥と『Za』III-1⑫においては「最も孤独な」という形容詞の最上級が所有冠詞(mein, dein)を冠して用いられ、比較の対象がみずからの経験の中に求められていることが示される。最高の孤独がみずからの諸体験の連関で語られているのである。⑥においては「お前の最も孤独な孤独」の中にデーモンが忍び込んできて私はいっさい間を取ることのできない形で一つの教えを聞く。「この人生、お前が今生きていて、これまで生きてきた人生を、お前はもう一度、そしてさらには無数回にわたって生きねばならない。そしてそこには新しいことは一つとしてなく…」(Dieses Leben, wie du es jetzt lebst und gelebt hast, wirst du noch einmal und noch unzählige Male leben müssen; und es wird nichts Neues daran sein, sondern...)と。この教えは自分が別の時空で別の過去(と未来)をもった生を生きる可能性を遮断するが、今後の生についての私の決定の自由は手つかずに残されている。その真理性の承認からニーチェはひとつの宗教的な倫理学的教説を導き出す。それは「お前はこのことを今一度、またさらに無数回繰り返すことを欲するか」(willst du diess noch einmal und noch unzählige Male?)という問いを自分のあらゆる行動に際して問いこの問いへの最終永遠の答えを確認し封印すること(diese letzte ewige Bestätigung und Besiegelung)のみを求めよ、という教えである。「封印」はそれが自分の行為であることを蜜蝋によって永遠に封印することであり、P.クロソウスキーが「sanction」と仏訳するように神聖化することであり、それ以外の報いを何一つ求めない宣言でもある。それは言表することの彼方で行う「最も孤独な」行為であると言える。この倫理学説が宗教的なのは「この生の永遠の循環」というデーモンの宇宙説を真理と認める所にひとつの賭けが存在しているからである。
6.『Za』III-1「放浪者」⑫においてZaが「ああ、わたしはわたしの最も孤独な放浪を始めたのだ!」(Ach, ich begann meine einsamste Wanderung!)と言う時、彼は前項で述べた永遠回帰の倫理学に従ってその不退転の道、確認し封印した道を歩き始めたのだと考えられる。ちなみに放浪者(Wanderer)は「長いこと腰をおちつけていられない(nicht lange still sitzen können)」者を意味し、「登山者」(Bergsteiger)は「平地が好きでない(die Ebenen nicht lieben)」者を意味する。そして彼の最も孤独な放浪はわたし自身を見おろし、わたしの星々をも見おろす「わたしの最後の頂上」に立つことをめざし、そのためにまずこれまで下りたことのないほど深く、苦痛の最も暗い満ち潮のなかに、降りてゆく。彼が見るのは固い褥の上で夢をみながら身をくねらせる海である。彼は海に対して「お前を悪しき数々の夢のから救済してやりたい」と思うが、自分の手にそのための十分な強さがないこと自覚して嘆く。
7.さらに『Za』 III-2 幻影と謎⑬においてZaは船乗りたちに謎を解いてみろとばかりに自分の見た謎、「最も孤独な者の幻影」(das Gesicht des Einsamsten)を語る。幻影は二つの部分からなる。第一の部分ではこびとがZaに「お前は自分自身を高く投げ上げた、だが投げ上げられた石はすべて落ちるのだ」と語り、その後沈黙する。その沈黙がZaを圧迫する。だがやがてZaは「勇気」(Muth)を発見する。勇気は「これが人生であったのか? よし! もう一度」(War _das_ das Leben? Wohlan! Noch Ein Mal!)と語る。この定式的表現の要点は「5」で述べた『FW』 341⑥の永遠回帰の倫理学説と同じものであり、このことを今一度、さらには何度でも繰り返し欲する「確認と封印」を表現し、それが一度の肯定 (Wohlan!) によって墜落や破滅の恐怖にも打ち勝つ力をもつ思想であることを示している。
8.幻影の第二の部分⑭においてもそれが「最も孤独な者の幻影」であることが再度語られるが、そのはじめに時間論が語られる。「この瞬間という門から一本の長い永遠の小道が後ろ向きに走っている。われわれの後ろにひとつの永遠が横たわっている」(Von diesem Thorwege Augenblick läuft eine lange ewige Gasse _rückwärts_ : hinter uns liegt eine Ewigkeit)と言われ、この現在の瞬間が過去に向かって永遠の時とつながっているという考えが確認される。つまり現在という瞬間が厳密な点ではなく、つねに多少とも広がりをもった時の流れとして動いている限りにおいて、この流れる時を過去に向かって無限につながるものとして思考することができるという思想である。しかしすぐ次には「およそ走りうる一切の事物は、すでに一度、この道を走ったはずではなかろうか?」(Muss nicht, was laufen _kann_ von allen Dingen, schon einmal diese Gasse gelaufen sein?)という命題が示される。しかしこの命題は、先の命題とはちがって、どのような経験によって裏付けられるかが示されないまま、問いとして提示されるにとどまる。しかしこのような疑問形による疑問の提示を無効にするように、近くで犬の吠え声が聞こえてくる。満月が屋根の上に昇っている。と突然場面が変わりZaは荒々しい岩礁の間に立っている。そこにひとりの人間が横たわっている。そばで犬が吠え、叫ぶ。それはひとりの若い牧人で、倒れ身をよじりながら顔をゆがめ、その口からは一匹の黒い重たい蛇が垂れ下がっている。眠っているところを蛇が這って喉に入り込み、そこにしっかり噛みついたのだ(Da kroch ihm die Schlange in den Schlund—da biss sie sich fest.)とZaは見る。Zaは蛇を引き抜こうとするが抜けない。「噛みつけ、頭を噛み切れ」とZAは全力で叫ぶ。---牧人はしっかりと噛み、噛み切った蛇の頭を吐き捨てる。そして起き上がった彼はもはや人間ではなかった(nicht mehr Mensch)と言われる。そしてその彼が笑った。「かつて地上の誰も彼が笑ったように人間が笑ったことは一度もなかった」(Niemals noch auf Erden lachte je ein Mensch, wie _er_ lachte!)と描写される。
9.『Za』では他に第二部「救済」⑨⑩のなかに、『そうあった』という過去を意志の最も孤独な苦しみとして語るところがある。意志は遡って欲することができない。意志が時を破れないこと、時の欲望を打ち砕けないこと、---これが意志の最も孤独な苦しみである」(Nicht zurück kann der Wille wollen; dass er die Zeit nicht brechen kann und der Zeit Begierde,—das ist des Willens einsamste Trübsal.)と言われる。この「そうあった」という意志の苦難、転がすことのできない躓き石に対して、Zaはその「そうあった」を「そうわたしは欲した!」(so wollte ich es!)と言えるように意志を創り変える必要性を説く。そのために意志は「創造する意志」(der Schaffende Wille)となって自らを越えなければならない。
10.考察
Zaの「最も孤独な放浪」はいつ終わるのだろうか。形式的に見れば、それは第四部の終り、獅子の到来を見る時である。第一部冒頭の「三つの変身」において、最も孤独な砂漠の中で第二の変身が起こり駱駝が獅子に変身するという変身が完成すると言われているからである。だが思考の肯定的な本質は、第三部末の「七つの封印」において語り終えられているのではないか。しかし「最も孤独な孤独」は永遠回帰の体験において体験されるように見える。そして永遠回帰の体験は、喉を重たい蛇に領有されて、声を失い、言葉を失い、言表の空間の彼方に消え、絶え間のない落下を経験し(Stürzen wir nicht fortwährend? | FW 125])、そこでわたしを誰からも存在を認められない無として把握し、あるいは最も孤独な海として、生成の全体として把握し、そこには神のまなざしも届かぬことを確認し、それゆえ神が死んでいることを確認し、われわれが生成する万物とともに果てのない無のなかをさまよっている(Irren wir nicht wie durch ein unendliches Nichts | ibid)と把握するときに最も深まるのではないだろうか。永遠回帰の体験、つまり生成の全体をわたしとして把握する体験は神の死を確認する行為あるいは神を殺す行為と重なる。そうであれば牧人のする重たい蛇の頭を噛み捨てることは、万物を永遠回帰するものとして把握する思考を廃棄することである。そして笑うのであるが、そのような笑いはこれまでこの世の誰一人として笑ったことのない笑いである、とニーチェは言う。このような笑いであればこそ、その「lachen」を「哄笑」とか「高笑」とか訳すことは慎まなくえてはならない。そのわらいをわれわれはそもそも聞いたことがなく、ましてどよめくように笑うこととはまったく違っている。それがはたして高い笑いであるか低い笑いであるか、われわれは知らないのである。それを知っているかのように訳すことはニーチェの本意から外れる。
 ニーチェが「einsamst」という最上級を最も多く使うのは『Za』においてであるが、それはこの「最も孤独な」という最上級が比較としては意味を持たず、むしろ絶対の無を指し示すのに好適であるがためである。最も孤独な存在は、主体である個々人がであるが、それは何者にも見られぬゆえに無である主体である個々人を指し示し、その無なる主体の全体である生成者の海を指し示すためである。放浪(wandern)は「さまよい」(irren)と等しく、放浪者は迷動者と等しい。ただ牧人の新しい笑いをわがものとした者だけが生を活気づけることができるだろう。
 (了)

[einsamst] テキスト一覧Nietzsche-Kindle
①MM 142、②WS 219「不定住」、③M 91「神の誠実」、④M 423「大沈黙」、⑤M 481「二人のドイツ人」、⑥FW 341「最大の重し」、⑦Za I-1「三変身」、⑧Za II-10「墓歌」、⑨Za II-19「救済」、⑩Za II-19 「救済」、⑪Za III-1「放浪者」、⑫Za III-1「放浪者」、⑬Za III-2「幻影と謎」、⑭Za III-2「幻影と謎」、⑮Za III-4「日の出前」、⑯Za IV-5「魔術師」、⑰JGB 212、⑱NW「抗議所」、⑲EH「Za4」、⑳DD「アリアドネの嘆き」

[einsamst] 原典少々Nietzsche-Kindle
①MM 142 
Bald übt der Heilige jenen Trotz gegen sich selbst, der ein naher Verwandter der Herrschsucht ist und auch dem Einsamsten noch das Gefühl der Macht gibt;
②WS 219 不定住
Nicht seßhaft. – Man wohnt gerne in der kleinen Stadt; aber von Zeit zu Zeit treibt gerade sie uns in die einsamste unenthüllteste Natur:
③M 91 神の誠実
Einem derartig schließenden und bedrängten Gläubigen wäre wahrlich zu verzeihen, wenn ihm das Mitleiden mit dem leidenden Gott näher läge als das Mitleiden mit den »Nächsten«, – denn es sind nicht mehr seine Nächsten, wenn jener Einsamste, Uranfänglichste auch der Leidendste, Trostbedürftigste von allen ist.
④M 423 大沈黙
Die kleinen Klippen und Felsenbänder, welche ins Meer hineinlaufen, wie um den Ort zu finden, wo es am einsamsten ist, sie können alle nicht reden.
⑥FW 341 最大の重し
Das größte Schwergewicht. – Wie, wenn dir eines Tages oder Nachts ein Dämon in deine einsamste Einsamkeit nachschliche und dir sagte: »Dieses Leben, wie du es jetzt lebst und gelebt hast, wirst du noch einmal und noch unzählige Male leben müssen; und es wird nichts Neues daran sein, sondern jeder Schmerz und jede Lust und jeder Gedanke und Seufzer und alles unsäglich Kleine und Große deines Lebens muß dir wiederkommen, und alles in derselben Reihe und Folge – und ebenso diese Spinne und dieses Mondlicht zwischen den Bäumen, und ebenso dieser Augenblick und ich selber.
⑦Za I-1 三変身
Aber in der einsamsten Wüste geschieht die zweite Verwandlung: zum Löwen wird hier der Geist, Freiheit will er sich erbeuten und Herr sein in seiner eignen Wüste.
⑩Za II-19 救済
Nicht zurück kann der Wille wollen; daß er die Zeit nicht brechen kann und der Zeit Begierde – das ist des Willens einsamste Trübsal.
⑪Za III-1 放浪者
Und noch eins weiß ich: ich stehe jetzt vor meinem letzten Gipfel und vor dem, was mir am längsten aufgespart war. Ach, meinen härtesten Weg muß ich hinan! Ach, ich begann meine einsamste Wanderung!
⑭Za III-2 幻影と謎
So ratet mir doch das Rätsel, das ich damals schaute, so deutet mir doch das Gesicht des Einsamsten! Denn ein Gesicht war's und ein Vorhersehn: – was sah ich damals im Gleichnisse? Und wer ist, der einst noch kommen muß?
⑳DD アリアドネの嘆き
Gib Liebe mir – wer wärmt mich noch? wer liebt mich noch? gib heiße Hände, gib erzens-Kohlenbecken, gib mir, der Einsamsten, die Eis, ach!

《澤瀉久孝『万葉集注釈巻第七』が手に入った》

瀬谷こけし
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 ほんとなら図書館に行って必要なところをコピーして来ればよいのだが、『万葉集巻七』は好きな歌が多くて、鑑賞するにも近くにあって困ることもないと古書で買うことにして、今日やっと届いたのだった。それで早速1122番の歌を調べたが、「山のまに」と訓んで、

>【訓釈】山のまに---「山のま」は山の際、山の間(1・17)

と記すばかりだ。
 それで仕方なしに巻一・17番を繙いてみる。巻一の『注釈』は前から持っていたのだ。澤瀉の訓では、17番の歌は:

>味酒(ウマサケ)三輪乃山(ミワノヤマ)青丹吉(アヲニヨシ)奈良能山乃(ナラノヤマノ)山際(ヤマノマニ)伊隠萬代(イカクルマデ) …〔後略〕

と訓まれている。「山際」を「やまのま」と訓んでいるのだ。この歌は一般に額田王が近江の国に下る時に読んだ歌としてよく知られた歌だ。澤瀉はこの歌を基準にして「山際」の訓みを定めようとしたようだ。
 このような澤瀉の訓みに対して、「山際」のところを除けばわたしにも何の異論もない。だが「山際」の訓みに関しては承服することができない。それは、おのれの訓みを説明して、彼が次のように訓釈しているからだ。できるだけそのままに紹介しよう。

>【訓釈】... 山のまにい隠るまで---原文「山際」を古訓にヤマノハニともあるが、「山のは」(3・393)は別である。「山のま」は原文の文字のやうに、山の際、山の傍ら、又は山の間である。〔中略〕三輪山が奈良山の山間に隠れるまでの意。奈良山を越えれば三輪山は見えなくなるので、せめてそれまではといふのである。

393番の歌は「山之末」をどう訓むかという問題で、これはこれで「山のは」と訓むのがよいというのが先述したようにわたしの説だ。つまり「~の端(は)」「~の端っこ」という解釈するのが正しいとわたしは考えている。
 それで、上掲の澤瀉の「山の間」説は、「山の際、山の傍ら、又は山の間である」とまるで取って付けたように「山の間」説を滑り込ませているのである。これは「山の間」説を支える傍証はなにもないということだろう。してみれば「山際」を「山の間」と訓読するのは奈良山との位置関係を考えて生み出した澤瀉独自の考えなのだろう。17番について精選本で契沖は「山ノマは山ノ閒也」と記しているがその意味はやや取りにくい。が、「山のま」と訓むのは「閒」の字の訓みで「山際」の訓みとは違う、と言いたいのであろう。ちなみに「間」は「閒」の俗字で「閒」の「月」は月光の意味ではなく「肉」の意味だと白川静は解きこの説は正しいと思う。契沖が「閒」の字にどのような考えを持っていたのかわたしは通じていないが、門の上に肉を置くという呪法をおそらく知らなかったであろう。
 ともあれ、「山際」を「山のま」と訓読する説は17番の三輪山歌でも根拠があるとは思えない。むしろ「山際」が、先述した「窓際」と同じように、山とは違う物の山と近接したところの意味だと考えれば、「奈良山の山際に」とは奈良山とは別のもの(=三輪山)が奈良山の稜線に接したところにあり(それが奈良山の後ろに隠れる)という関係を適切に表す表現であることになるであろう。『字統』の「際」の解を読むとさらにこの「際」の「際会」の深い意味を読み取ることができるだろう。今はただ、「山際に」は「やまぎは(わ)に」と訓んで置くべきではないかという説を改めて述べおくことにとどめる。




《「山の端」と「山際」 万葉集巻七 1122番の歌》

瀬谷こけし
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 面倒だが纏めてしまおう。万葉集巻七、1122番の歌、
>山際尓 渡秋沙乃 行将居 其河瀬尓 浪立勿湯目
であるが、この歌を折口信夫は(口訳万葉集)
>山の端に渡る秋沙の、行きてゐむ其川の瀬に、波立つな。ゆめ 
と訓んでいる。秋沙は鴨の仲間の「アイサ」のこととして問題ないのだが、問題は「山の端に」と訓でいるところだ。「山ぎはすれすれに飛んでゆく」という鑑賞も問題なく、一首の想いを「何卒波が立つて、鳥を苦しめてやってくれるな」と解釈するところも問題ないのであるが、折口は「山際」と「山の端」の違いを理解していなかったのだろうか? 他方最近の訓みは佐竹昭広も中西進も「やまのま」/「山の際(ま)」と訓んでいて、これにもあまり納得が行かない。と言うのも、というのもこのとき秋沙はもう着水も近い姿勢で山際を飛んでいたのだろうと思えるからだ。ここは「山際(ぎは)に」と訓むべきではないだろうか?
 語義の基本として、「~の端」は「~の一部をなす端っこ」の意味で、「山の端」と言えば山の端っこでなければならないと考える。他方、「~際」は「~」とは違うものの「~」に極めて近いところの意味で、例えば「教室の窓際の席」と言えば、窓の一部をなすところではなく、むしろ教室の一部をなす場所の「窓」にきわめて近いところを意味すると考えられる。
 しかしこの語義の違いを契沖もよく理解していなかったようで、『万葉代匠記』ではあやふやなことを書いている。その初稿版では「山のはに 山きはにともよむべし」としており、その精選本においても、「ヤマノハニ」の他に「ヤマノマニ」とも訓む古訓を紹介し「山閒ヲ山際トカケル所アルハ、山ノアヒタノ意ナリ。今ハ天際雲際ナト云如ク、和語ニテハヤマノキハノ意ナリ」などと言いつつ、「哥ニヨムハ然ラス。ソレモ山ノハナリ」と「山の端」説(折口も同じ説だ)を主張し、例として源氏若菜上の「山キハヨリ指出ル日ノハナヤカナルニ云々」を挙げている。しかし契沖はまさにここで考察を進めるべきだったのだ。「山際より指出る日」というのは、「山の極めて近くの空の部分より出る日」の意味で、「山の端っこから出る月」では全くないのだ。先にわたしが語義の基本として説明したとおりだ。
 それでは、佐竹/中西が契沖/折口の「山の端説」を退け、「やまのま」と訓むのはなぜなのだろうか? 折口以降に有力な説が立てられたのだろうか? 思い浮かぶのは澤瀉久孝の『万葉集注釈』だが、それは第一巻しか私の手許にないので今は論究できない。だが契沖も紹介している「山のあいだ」のようなぼんやりしたところを飛んでいたとしたら、あまり歌にならなそうに思うのだが、そいういことでもないのだろうか? 
ともあれこの歌、わたしは「やまきわに」と訓んでおきたい。


《裏の密林》

瀬谷こけし


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 ある確認のために『ニーチェ対ワーグナー』を読んでいたせいか、ふと『カルメン』のある旋律が浮かんできて、これはどのシーンだったか確かめたくなって、CDを聴き出した。わかっているのだが、主人公のドン・ホセの母がいて美しい婚約者のミカエラのいるバスク地方の故郷への郷愁を掻き立てる曲なのだが。ビゼーはこうして、ホセに間違った道から本来の場所に帰るために機会を何度か与えている。それがとても説得力のある曲であり旋律なのだ。故郷に錦を飾りたくて軍隊に入り、きわめて真面目に勤めていた彼なのだが、一度捕縛すべきカルメンを同情心から逃してからは、軍隊の中での出世の道を失い、逆にカルメンには恩に篤いところがあって、特別な恩返しをしてくれる。そこからは犯罪の手引きをしたりで、世のお尋ね者になって転落してゆく。しかしそんなホセにも、ほぼ最後まで故郷の田舎でやり直す可能性を教え諭してくれるミカエラを登場させるビゼーの演出は心憎いばかりだ。ニーチェがこの歌劇だけは何度も観た(上述の本では20回も観たと言っている)というのもうなづかれる。典型的で温かく完璧な描き方なのだ。もちろん闘牛士エスカミリオも持て男の代表として典型的に極めて魅力的に描かれている。ワグナーのような、とりわけ『パルジファル』のような異様な設定は何もない。そしてニーチェはワグナーに長く捕縛されてしまっていたのだ。

 ニーチェが最初に『カルメン』を観たと思われるノートを、一度見つけたのだが、それがいつだったかもう忘れてしまった。多分あの1882年秋のライプツィッヒなのだ。

 ニーチェの命日は8月25日だが、今年も何もしないで夏の熱さにうだりながら過ごしてしまった。3年前に、1882年秋にニーチェがライプツィッヒで借りていた家の近くの森で、ニーチェの書簡などを読みつつ過ごしたのが、ただ一度の命日にした慰霊だったかもしれない。ニーチェはドン・ホセ以上に迷いが深かった。

 聴きたかった曲は第二幕20番だった。


《郡山開成学園専務理事》

瀬谷こけし

 郡山女子大学に赴任する前だったと思うが、大学に理事長関口富左(ふさ)先生にご挨拶に伺った。その時、ご夫君でもある専務理事、関口正氏も同席されていた。わたしはその時関口正氏がおっしゃったひと言が忘れられない。わたしの名前「正恒」をよい名前だと言ってくださったのである。専務理事が示してくださったこの歓待の言葉にどれだけほっとしたことか。そのこともあって、何の不安も懐くことなく郡山女子大に赴任してきたのだった。
 後で知ったことだが、郡山は明治の初めの安積疎水の開削が知られているが、この安積開拓の事業を現地の総責任者としてなし遂げたのが中條政恒(ちゅうじょうまさつね)であり、開成山大神宮の中には彼の事業を録した石碑もある。中條政恒は宮本百合子の祖父でもあり、郡山女子大の資料館には百合子が使っていたというアップライトピアノもあった。中條政恒は郡山女子大とも縁の深い人物だったのだ。
 専務理事の頭のなかには、「まさつね」という同音の名前と、同じ「恒」の字をもつことで、中條政恒との連想が強く働いていたのではないかと思う。
 わたしとしても、偶然とはいえ、浅からぬ縁を感じることであった。

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 ついでに言うと、中條政恒の長男の名前と、わたしの母方の祖父の名前も同じだったのだ。どんな縁があったのだろうか。全くの無関係でもないのかもしれないと思う。ちなみに後藤新平は中條政恒の塾生だったのだ。

《カワセミ》

瀬谷こけし
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 午後4時ごろ家を出ると、ちょうど高野川を川鳥が動き回る時間になる。それで、川を見ながら歩いて退屈することがない。まずは白鷺がいて、川の魚を狙っているようだった。それからちょっとで羽根が青く胸にオレンジの色の鳥が水面30cmぐらいのところを川下にすっと飛んで行った。追いかけたが岩などに止まることも戻ることもなく去って、カメラに収めることはできなかった。カワセミ(翡翠)だった。それでカメラの設定を高速連写にしたが、それを活かすこともできなかった。そしてしばらく行って車道を渡って、すると今度はキセキレイが、セキレイらしい尻尾を振って下流から上流に向かってこれも水面50cmぐらいのところを飛んで行った。これは一度岩の上に止まったが、カメラを向けるとすぐに気づかれて、逃げて行った。もう一度繰り返し、今度は岩の後ろに止まったと見えたが、同じことだった。胸の黄色の羽毛がひときわ美しい鳥だった。低い水面を飛ぶのは猛禽の攻撃を避けるためだということを川口孫治郎が言っていたが、カワセミの滑るように水面近くを飛んでゆく姿には驚くとともに感動した。生きて飛ぶカワセミを見たのは初めてだった。
 カワセミとキセキレイ、この二羽の鳥を見れたことが、今日の散歩の最大の出来事だった。
 写真は白鷺。

《高野川の川色》

瀬谷こけし
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 今日はほんとに久しぶりに夕方前に散歩に出かけた。散歩と言っても若干の買い物の用事があってゆくのだが。今まではとても暑くて散歩になど出かけられなかったのだ。買い物も原付で出かけてささっとすませて帰る、というやり方だった。できるだけ経済的に暮らそうと、クーラーはできるだけ使わない。結局使ったのは一日だけだった。風通しのために窓はできるだけ開ける。それと扇風機と氷や水や保冷材の類で体を冷やしていた。冷蔵庫を利用した方がクーラーよりは電力消費が少なくて済むだろう。そして10日ほどは高山に避暑に行っていた。
 そんなことで、上高野の散歩道の景色も久しぶりに目にすることになった。最初に気が付いた異変は、河原の葦がかなり倒れ、乾いていたことだ。はじめは獣が走り回ったのかと思ったが、倒れ方が二か所とも同じように川下の方に倒れていたので、これは多分大水が流れたのだ。そういえば台風10号が「関西を縦断」(ほんとは横断ではないかと思うが)したときは高山に行っていて、その様子を経験しなかった。家の周りの様子からは雨も風もたいしたことはなかったと感じた。だが川の水量は増えていたのかもしれない。
 そしていろいろと変化を感じたが、新鮮だったのは川の色で、これほど川色の美しい高野川は見たことがなかった。そして気が付いたのは、川の比叡山から流入してくるところに白っぽい帯のような川砂帯ができていたことだ。これは白川砂と同じものだろう。山の花崗岩が崩れ流され、下ってきたものだ。そしてこの白い砂の帯がその近くの川の色を美しい薄い緑にしていたのだ。高野川のこんな美しい川色は見たことがなかった。
 そして散歩は、前に発見した「八瀬新滝」の現状を確認し井堰の方まで足を延ばした。

《ニーチェの「哄笑」は誤訳である》

瀬谷こけし
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 ニーチェを読むにあたってわたしが最も大きな恩を受けているのは氷上英廣の仕事、とりわけ『ツァラトゥストラはこう言った』の日本語訳である。だがしかし彼が同書の第三部の扉で、「あなたがたのなかの誰が、崇高になって、しかも同時に哄笑することができるだろう?」と訳すとき、ここにはやはりついてゆけないものを感じるのである。ちなみにそこのところのドイツ語は;

>Wer von euch kann zugleich lachen und erhoben sein?

である。この「lachen」を「哄笑する」と訳すことに違和感を禁じ得ないのである。ここは「笑う」とするのが最良ではないだろうか?

 その理由はひとつには日本語の「哄笑」とドイツ語の「lachen」とは大きな隔たりがあると思うからである。ちなみに手近にある『広辞苑』第5版を見てみると「大口をあけて声高く笑うこと。大笑。おおわらい」と出ている。わたしはこの説明にもやや疑問を感じるのだがそれで『字通』の「哄」を開いてみると、1.大声、相和する声、多くの声。2.たぶらかす」と出ている。つまり、哄笑には多声であることが欠かせない要素なのではないだろうか。哄笑とは大勢が一時にどっと笑うことを意味するのであろう。『平家物語』の那須与一の条に「陸には源氏ゑびらをたたひてどよめきけり」と言われるようなどよめきに似た集団的な行為。『漢字源』を開いて「哄」を見てみると1.どっと大声をたてる。どよめく。2.わいわいはやしたてる、」と出ている。ここでツァラトゥストラが言おうとしているのは「笑い、同時に高められていること」ではないのか。多数でどっと笑うというようなことではなく。

 以上がその第一の理由である。第二の理由はニーチェの説く笑いの最も高度な次元の問題である。しかしそこに進む前に、まず『ツァラトゥストラ』第三部の扉に引かれたテキストを全文紹介しておきたい。

> „Ihr seht nach Oben, wenn ihr nach Erhebung verlangt. Und ich sehe hinab, weil ich erhoben bin.
> Wer von euch kann zugleich lachen und erhoben sein?
> Wer auf den höchsten Bergen steigt, der lacht über alle Trauer-Spiele und Trauer-Ernste.“
(君たちは高められることを求めるときに上を見る。だがわたしは下を見下ろす、なぜならわたしはすでに高められているからだ。/君たちのなかの誰が笑い同時に高められてあることができるだろう?/最も高い山に登る者はすべての悲嘆の劇と悲嘆の厳粛を越えて笑うのである。|拙訳)

 第三部がまさにこの笑いを主題にすることがこの扉のエピグラフに示されている。そしてそこに示される最高の笑いがいわゆる「牧人の笑い」であるが、まずその笑いをどう訳すべきかの要になるところを短く示そう。

> Nicht mehr Hirt, nicht mehr Mensch, --- ein Verwanderter, ein Umleuchteter, welcher _lachte_ ! Niemals noch auf Erden lachte je ein Mensch, wie _er_ lachte!
(Zar, III-2,“Von Gesicht und Räthsel" 2, KSA)

ここのところの氷上訳は:

> もはや牧人ではなかった。もはや人間ではなかった、一人の変容した者、光につつまれた者であった。そして哄笑した。これまでこの地上で、彼が哄笑したように、これほど哄笑した人間はなかった! (岩波文庫『ツァラトゥストラはこう言った(下)』「幻影と謎2」p.24。)

氷上はここで[lachen](lachte)を「哄笑した」と訳すのであるが、この訳はニーチェが表現したことと本質的にずれている。というのも、ニーチェは単純に「笑った」(lachte)と書いているのである。そしてその笑いについて、「これまで大地の上で人間が、彼が笑ったように笑ったことはいまだ一度もなかった」と説明を加えているのである。それは哄笑ではなく、高らかな笑いでもない。これまで人間が耳にしたことのない笑いであった、とニーチェは記すのである。哄笑にせよ高らかな笑いにせよ、人々の耳にしたことのある笑いであり、いわば言葉によって妥当に指示されうる笑いにすぎないのである。ニーチェの記す変身した牧人の笑いは、ひとびとの経験を絶した笑いであり、この世で誰かが笑うのを誰も聞いたことのない笑いなのである。しかしそれが笑いであることは間違いがないのである。われわれとしてはそれを爆発的な笑いであったろうと推測するのであるが。以下上記引用個所の拙訳を示しておく。

> もはや牧人ではなかった。人間ではなかった。---ひとりの変身した者であり、ひとりの光につつまれた者であった。その者が笑った! これまで大地の上で人間が、彼が笑ったように笑ったことはいまだ一度もなかった! (拙訳)


===== 2019.0926 =====
*「隔字」による強調表現を、(グーテンベルク・プロジェクトに倣って)強調部分の前後のわきにアンダーバー「_」を置いて示すように変更しました。


ツァラトゥストラは こう言った 下 (岩波文庫)
ツァラトゥストラは こう言った 下 (岩波文庫)







《Vita femina: 生は女である -–ニーチェを読む(2)》

瀬谷こけし

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 ニーチェの『喜ばしい知の技』(Die Fröhliche Wissenshaft)第四部339番のアフォリズムを一文ずつ原文と拙訳を交互に置いて紹介します。そう長くもない文章なのですが、内容は極めて深く言いにくいものに思えます。ほのめかして言うなら、この文章を引用しているジャック・デリダではなく、ピエール・クロソウスキーの顔が執拗に思い浮かぶのです。彼がここから最初の養分を得ていたことは疑いないように思います。
 このニーチェのアフォリズムの思考の絶頂は強調された「was sich aber uns enthüllt, _das enthüllt sich uns Ein Mal_ ! —
」の ところにあるのは疑いありませんが、「一度だけ姿を現して二度と姿を現さないもの」とは何でしょう? ここでは「die höchsten Höhen alles Guten」(すべての善きものの最高の高み)と言われ、ここではすでに「美」すら退いているのです。---あ、言い過ぎたでしょうか。わかる人にはわかってしまう…。そのとき人は自分の運命を決めなければならないでしょう。
 わざわざこのアフォリズムを対訳風に訳したのは、某大学のドイツ語の期末テストにこの全訳を課したからです。今日の前期最終授業では読解を示し、文法的、構造的な注意点を説明してきたところです。十分健闘した学生、思いのほかよくできていた学生も何人かいました。わたし自身まだクロソウスキーの仏訳を参照していないので、参照すればまた変更すべき点が出てくるかもしれません。新しいウェブリブログでは一度アップした記事の修正ができないようなので、いまも相変わらず改良されていない場合は、コメント欄で変更を示すことになると思います。また訳に関してお気づきの所があったらご連絡いただければ幸いです。
 わたしが今このテキストで何を検討してようとしているかについては今はしばらく伏せておきます。あることは判明すれば新解釈として紹介します。
 では、本文をどうぞ。

◇  ◇

>- Die letzten Schönheiten eines Werkes zu sehen — dazu reicht alles Wissen und aller guter Wille nicht aus; es bedarf der seltensten glücklichen Zufälle, damit einmal der Wolkenschleier von diesen Gipfeln für uns weiche und die Sonne auf ihnen glühe.
>- ある作品の究極の美を見ること---そのためにはすべての知識とよき善い意志をもってきても足りない。われわれに雲のヴェールが美の頂上からひとたび退き、太陽がその上に灼熱するのには、極めてまれな幸福な偶然が必要なのである。

>Nicht nur müssen wi r gerade an der rechten Stelle stehen, diess zu sehen: es muss gerade unsere Seele selber den Schleier von ihren Höhen weggezogen haben und eines äusseren Ausdruckes und Gleichnisses bedürftig sein, wie um einen Halt zu haben und ihrer selber mächtig zu bleiben.
>われわれはこの作品を見るためのまさに正しい位置に立たねばならないばかりではく、われわれの魂そのものがヴェールを頂の高みから取り除いたのでなければならない。そしてまた、いわばひとつの手がかりを掴み、頂上そのものを支配し続けるために、外的な表現と比喩が必要なのである。

>Diess Alles aber kommt so selten gleichzeitig zusammen, dass ich glauben möchte, die höchsten Höhen alles Guten, sei es Werk, That, Mensch, Natur, seien bisher für die Meisten und selbst für die Besten etwas Verborgenes und Verhülltes gewesen: — was sich aber uns enthüllt, _das_ was sich aber uns enthüllt, _das enthüllt sich uns Ein Mal_ ! —
だがこうしたすべてが同時に集まることはめったになく、そのため、作品にせよ、行為にせよ、人間にせよ自然にせよ、すべての善きものの最高の高みはこれまでたいていの人間にとって、いや最上の人間にとってすら、隠匿されたもの、覆い隠されたものであったとわたしは信じたいのである。---そしてわれわれに覆いを解いて姿を見せるものは、ただ一度しか姿を見せない!- 

>Die Griechen beteten wohl: „Zwei und drei Mal alles Schöne!“
>ギリシャ人たちが「すべての美しきものを二度も三度も!」と祈ったのは当然のことだった。

>Ach, sie hatten da einen guten Grund, Götter anzurufen, denn die ungöttliche Wirklichkeit giebt uns das Schöne gar nicht oder Ein Mal! Ich will sagen, dass die Welt übervoll von schönen Dingen ist, aber trotzdem arm, sehr arm an schönen Augenblicken und Enthüllungen dieser Dinge.
>ああ、彼らはそのことで神々に祈り掛けたのには十分な理由があった。とうのも世界は美しいものに満ち溢れているが、にもかかわらず美しい瞬間が訪れ、美しいもが開示される機会は乏しく、きわめて貧しいからだ。

>Aber vielleicht ist diess der stärkste Zauber des Lebens: es liegt ein golddurchwirkter Schleier von schönen Möglichkeiten über ihm, verheissend, widerstrebend, schamhaft, spöttisch, mitleidig, verführerisch. Ja, das Leben ist ein Weib! (eKGWB)
>しかし、もしかするとこのことが生の最も強い魅惑かもしれない。生はみずからの上にさまざまな美しい可能性を金を織り込んだヴェールを掛けているのだ。約束しつつ、抵抗しつつ、恥ずかしがり、嘲笑的に、同情的に、誘惑的に。そう、生はひとつの女なのだ。


===== 2019.0926 =====
*「隔字」による強調表現を、(グーテンベルク・プロジェクトに倣って)強調部分の前後のわきにアンダーバー「_」を置いて示すように変更しました。



《牧人の笑いとテレンス・スタンプの叫び 『ツァラトゥストラ』を読む5》

《牧人の笑いとテレンス・スタンプの叫び 『ツァラトゥストラ』を読む5》
瀬谷こけし
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 『ツァラトゥストラ』第三部の「幻影と謎」の章はニーチェの思索表現にとって最も重要なテキストの一つだが、その頂点をなすのは牧人の笑いだ。まずはそのテキストを紹介しよう。
>  Meine Hand riss die Schlange und riss: - umsonst! sie riss die Schlange nicht aus dem Schlunde. Da schrie es aus mir: "Beiss zu! Beiss zu!
>  Den Kopf ab! Beiss zu!" - so schrie es aus mir, mein Grauen, mein Hass, mein Ekel, mein Erbarmen, all mein Gutes und Schlimmes schrie mit Einem Schrei aus mir. –  
[…]
>  - Der Hirt aber biss, wie mein Schrei ihm rieth; er biss mit gutem Bisse! Weit weg spie er den Kopf der Schlange -: und sprang empor. –
>  Nicht mehr Hirt, nicht mehr Mensch, - ein Verwandelter, ein Umleuchteter, welcher lachte! Niemals noch auf Erden lachte je ein Mensch, wie er lachte!
(テキストはKindleによる)

 ニーチェが筆力の限りを尽くして書いたものを異国語に翻訳するのは至難のことである。そこはあだな望みをいだくことなく、ただ要点について議論ができる程度の日本語に直しておきたい。
 状況は、犬がツァラトゥストラに向かって助けを求めて激しく吠え叫ぶ。近寄るとそこにひとが一人倒れている。若い牧人が喉を詰まらせてもがき身をくねらせている。その口からは黒くて重たい蛇が垂れ下がっている。蛇が寝ていた牧人の喉に入り込み、喉にしっかりと食らいついたのだ。ツァラトゥストラは蛇を掴んで引き抜こうとするのだ。
> わたしの手は蛇を引きに引いた、---無駄だった! ---手は蛇を喉から引き抜けなかった。そのときわたしの内部から何かが、「噛みつけ! 噛みつけ!
> 頭を噛み切れ! 噛むんだ!」と、- こう何かがわたしの中から叫んだ。わたしの恐怖が、わたしの憎悪が、わたしの吐き気が、わたしの憐れみが、わたしの善意と悪意のすべてが一声の叫びとなってわたしの内から叫び出た-
[…]
> -しかし牧夫は噛んだ、わたしの叫びが忠言したように; 彼は歯でしっかりと噛んだのだ! 遠くへ彼は蛇の頭を吐き捨てた、―:そして跳び起きた。―
> もはや牧夫ではなく、もはや人間ではなかった、-ひとりの変身した者、光につつまれた者であり、その者が笑った! 彼が笑ったように笑った者は、この地上にいまだかつてひとりもいなかった。(日本語訳はいずれも拙訳)

 「もはや人間ではない」この人物は序説で予示された「超人(Übermensh)」と呼ぶにふさわしい存在である。彼は笑う。光につつまれて笑う。超人を規定するのは、蛇の頭を噛み切ること、そして笑うことである。しかしそもそも蛇の頭を噛み切るとはどういうことだろうか? 後に然るべき解釈を示すつもりだが、それは永遠回帰を忘却することではないのか? 問題は時間の構造、永遠に続く時間の構造そのもののもたらす並外れた責め苦である永遠回帰の体験、それによって日常の有限の時間体制から隔てられそこへ戻れなくなる体験、---そのような永遠回帰の体験を忘却する行為ではないのだろうか? 永遠回帰の時間構造を象徴する黒く重たい蛇、それに入り込まれ窒息しかかってのたうち回る人間がそこから逃れるためにする断固たる忘却の行為、蛇の頭を噛み切るとはそうした断固たる忘却によってこの世に回生する行為なのではないだろうか?
 その断固たる噛み切りをなし遂げた牧人は、踊り上がり、光につつまれ、そして笑ったのである。「彼が笑ったように笑った人間はこの世にいまだかつてひとりもいない」と言われている。この彼がしたような笑いをわれわれは映画の中でもよい、見たことがあるだろうか?
 ---いろいろ思い浮かべてもそのような笑いは思いつかない。ただおそらくその一歩手前のような叫びをわれわれは思い出すことができる。それはフェデリコ・フェリーニ(Federico Fellini)の映画『Toby Dammit(悪魔の首飾り)』の中で見せるテレンス・スタンプ(Terence Stamp)の笑いである。一つは迷路のような街の運転に疲れ、とある教会の近くで水を飲み、車の中であげる全力の叫び声である。この叫びは神が死んでいることを彼に最終的に確認させる笑いであるように見える。そしてもう一つは、悪魔的なもの(diable)にどこまでも憑りつかれて最後に決死の賭けに挑む時の叫びである。声が出せれば蛇に喉の中みまで入り込まれた牧人が蛇の頭を噛もうとして上げたであろう叫び声はそのようなものであろうと思える。われわれは変身した牧人のあげた笑いを、現実にも、またどのような映像表現、絵画表現においても見たことがない。だがその輝かしい笑いの効果は並外れている。

> Meine Sehnsucht nach diesem Lachen frisst an mir: oh wie ertrage ich noch zu leben! Und wie ertrüge ich's, jetzt zu sterben! – (この笑いへのわたしの憧れはわたしをむしばむ。おお、どのようにしてわたしはおめおめと生きていることに堪えられるだろう! そして今死ぬことにどのようにして堪えることができるだろう!--)

 ニーチェはその笑いをありありと思い浮かべられたのだろう。