《ベッリーニ公園(カターニヤ)の流水紋舗道》

瀬谷こけし
 シチリアのカターニヤにあるベッリーニ公園の舗石が、縦長の石をたくさん並べて流水を象っている。石には砂岩系の石も、エトナ山から飛んできた安山岩系の石も使われているように見える。いわば枯山水庭園の趣向を舗道の舗石に用いているのだ。この素晴らしい着想。最近の無様な日本風石庭とは天と地ほども違っている。
 若い芸術家たちにはぜひこういう着想を学んでもらいたい。


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《ヴィジュアルアートが…》


瀬谷こけし

 ヴィジュアルアートが音楽よりもいいと思えるのは、前者だと数秒もかからずに評価ができるところだ。音楽となると数秒で評価できるものは少ない。そんなこともあって、最近はインスタグラムに少し力を入れている。形への敏感さは一見しただけでわかるし、過度な彩色で見かけを盛ろうとしているものも直ちにわかる。例えば100人の作家を評価するのに10分もあれば足りる。このスピィーディーさがヴィジュアルアートのよさだ。対して、ひとりのヒラリー・ハーンを発見するために、何年かかるだろう。トゥチュク(ハンス)(Hans Tutschku)さんからハーンの名前を聞いてから、彼女のシャコンヌ(バッハ)を聴くまでに3年以上かかっている。ユーチューブではいまいちだ。CDを買って彼女のシャコンヌ(パルティータ2番)を聴けば、30分もかからずに今世紀最高のバイオリニストを発見できるのだが、なぜかなかなかそこにたどり着けなかった。







ヒラリー・ハーン デビュー! J.S.バッハ:シャコンヌ ほか
SMJ
2016-12-07
ヒラリー・ハーン

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《松ヶ崎・宝ヶ池》

瀬谷こけし
 7日は一日中曇りだった。薄い色の雲ばかりで雨が降る気配はなかった。区役所に用があって出かけその後松ヶ崎から宝ヶ池に出て帰った。この松ヶ崎の山のあたりも、通学部の担当だったころは、貴船のホタル見学と同様よく夜に学生を連れて行ったものだ。---通信教育部担当になってからは、京都市内ではなく、むしろ日本の各地に連れて行って現地での授業をすることが多くなったが、どこに行っても歩くことは重視していた。歩かないと目に入ってこないことはたくさんある。今日の行程で約一万二千歩。健康にもよい動き方になっているようだ。松ヶ崎山では、台風21号で折れたと思しき樹がまだほとんど手も入れられずに残っていた。またある神社では明治39年建立の石碑があった。裏を見ると予想通り日露戦争の死者の名が刻まれていた。

 ともあれこんな曇りの日でも春は少しずつ進んできている。


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《モンステラの傷痕》

瀬谷こけし

 室内で撮っていたので途中から三脚を使った。と言ってもこの等倍近辺の近接撮影では、しかもデジタルカメラでは、すべてが未体験の領域になる。絞りの変更、露光の増減、ピントの位置調整等すべてで像が激しく変わる。最後は飛行機から撮る写真に似てきた。(Macro-Planar 60mm, Lumix GX1)


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 *2019.2.2追記:
 撮りながら石内都の『Scars』を思い出していたが、どうだろう? わたしは石内のよき理解者ではない。

《蝋梅ヒヨドリ》

瀬谷こけし

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 長らく使っていないキャノンFDマウントの500mmレンズを持ち出して、またLumixGX1に取り付けてみた。これで隣の空地の蝋梅を上手く撮れないかと思ったからだ。ひとしきり撮って、風もあるので、手持ちではこのていどまでか、と思って一休みしていたところ、ヒヨドリがやってきて花をついばんでいる。ベランダに出て撮れば逃げるに決まっているので、室内からガラス越しにしかも手持ちで、しかもわたし自身は鳥から見えないようにして撮ったのでピントはよくない。何にも合っていないが、まあこんなものか。しかしこれだけ引き寄せられれば500mmレンズも使いようがあるというものだ。ピント合わせはもちろんマニュアル。上からスクリーンを見ながらだ。もう一枚、手前の蝋梅の花にピントが合って、ヒヨドリはアウトフォーカスという写真も一枚撮れたが、それはそれ。鳥が枝のどこにいるのか、目でダイレクトに探すわけにもゆかないので、画面に入るだけでもちょっとしたものではないかと思うのだが。このヒヨドリ、二羽で来ていて、多分ペアなのだ。花が咲き、鳥が来るようになると新しい春のサイクルがはじまったことになる。きっと花には虫も来ている。

《Narrow focus, Edge focus》

瀬谷こけし
 玄関前の植物、新しい撮り方をしてみた。なづけて「Narrow focus, Edge focus」。ピントが合わないことを自然状態とするものの見方、見え方。
 そしてもう一つ、「地と柄」が逆転して見える見え方。
 昨日は『アサヒカメラ』2018年8月号の宮嶋康彦「脱風景写真2018 一本の木を巡る交感の風景」を読んでいて、大いに啓発を受けた。風景写真の新境地につての示唆であり、「真摯な思考と複雑な美的表現を可能とするメディア」へという方向の示唆だ。おそらくあまり注目する人がいないであろう目に見えず、写真にも写らない放射能汚染をうけた自然との、これまでとは違った交感の持ち方への示唆も貴重だ。いざ、その細道へ。



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《Was ich sah in Tautenburg 16.08.2016》

瀬谷こけし

  2016年8月16日、宿「Zur Tautenburg」のご主人と約束したのはドルンブルク駅午後三時だったと思う。だがその日はナウムブルクを朝早めに発ってしまったので、ドルンブルクには大いに早く着いてしまった。駅前にレストランやら喫茶店があると思っていたが、そんなものは何もなかった。駅にももちろん人はいない。スーツケースを引きずりながら駅の近所を探し歩いていたが、もともと店などないところで、空いているところは編み篭を商っている店一軒だけだった。そこに入っていくらか年長に見えるおじさんと話していた。切り立った崖の上にあるドルンブルクに行って見るとよいと薦めてくれた。ゲーテも来たことのある城館もある、とのことだった。ニーチェもそのことはルー・ザロメを呼ぶ時に話していて、それは知っていた。その城館のある崖の上の、丘陵地の上の、場所に行って見ることにした。スーツケースはこの篭屋さんが預かってくれると言ってくれた。それから坂道を登って、そのドルンブルクという山城の集落に着いたのだが、そのドルンブルクで見たものについてはまだあまり語っていない。そしてその城館の持主であったカール・アウグスト大公(ザクセン・ワイマール・アイゼナハ大公)のことについてはほとんど何も知らなかった。ゲーテをワイマールに呼んだのがそのカール・アウグストの母親だったということも知らなかった。そしてカール・アウグルトが手の付けられない遊び人だったことも。そこのロココ風の城館はことのほか美しい場所だったのだが。そして年に一回、あやしげな集会があるようだ、ということはポスターが張ってあって知ったが、その集会の中身はわからない。--想像がつかないわけではないが。いわばバッカスの祭りのようなものらしい。--写真一枚を見せれば、それだけでその本質が予見されるような気がするが、その写真はまだ誰にも見せたことがない。
 ともあれ(アンズ茸の炒め物の)昼食を取り、二棟の城館の見学をして、写真を撮って、ドルンブルクを後にした。
 帰り道、同じ坂道を下って下りると、下の方でおばさんが、この町の人じゃないのよねとか話しかけてきた。--意味はすぐ分かった。町の人なら、少し先の所から車で上ってゆく道があるので、このほそい山道はよそ者しか歩かないようなのだ。そのことを確認したというだけのことだった。
 篭屋さんはスーツケースを親切に預かってくれていた。土産用に用意していた虎屋のポケット型の詰め合わせの羊羹をそのおじさんに差し上げた。この旅行で最初にお渡しした人になった。
 駅についてしばらく待つと、非常に恰幅の好い宿のご主人が車で迎えに来てくれた。ナウムブルクからの列車の到着する時間より少し前だったので、それをあやしまれていたが、早く出て、ドルンブルクを見学していたのだと話すと納得してくれた。わたしのタウテンブルクの日々はこのあとから始まる。



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《秋山の》

瀬谷こけし

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 昨日27日、日本歌人関西合同新年歌会があった。若いひとの歌がそれなりに面白くて、それなりに見どころはあったと言うべきだが、わたしとしてはむしろ評者の突っ込みの甘さ、読みの甘さと狭さに、疲れてしまった。きちんとした読みのないところに文学の生命はないと思う。歌の低下の一つの理由は、短歌の共通のトピックがテレビCMになってしまったことだろう。他に忖度ニュース解説も入れるべきか。源氏物語を共通のトピックにしていた新古今時代に比ぶべくもない。写生の技術もまた低下するばかりのように見える。

 それはともかくとして、わたしの出詠歌は次のものだった。

> 鳥も鳴かずものも動かぬ秋山のもみぢあはれと誰に告げむか

これは前にブログで紹介したことがあると思うが。
https://25237720.at.webry.info/201811/article_1.html
結句を少し修正した。

お分かりの方はお分かりだろうが、この歌は万葉集巻七、1409番の次の歌を本歌にしている。

> 秋山の黄葉あはれとうらぶれて入りにし妹は待てど来まさず *
(秋山 黄葉[心+可]怜 浦觸而 入西妹者 待不来)

歌は挽歌に分類されている。その秋山に入り目にした黄葉のあはれに心破れ戻れなくなった妹の心に感ずるところあって詠んだものだ。
 あはれが歌の世界で(あるいは日本文化の中で)死滅していないことを希求する。


*中西進はこの第二句を「あはれび」と訓むが、音調のなめらかさからわたしは佐竹昭広に従って「あはれと」と訓みたい。

《夕暮の階調/松ヶ崎》

瀬谷こけし

 26日のこと。夕方になって西からまた雪雲が近づいてきた。SDカードを買っておく必要があって、松ヶ崎の電気店に行くことにした。松ヶ崎山の東麓を通って。この松ヶ崎山は固で強強力なものがあるように思う。ここはやはり異神のすまう岬なのだ。
 なかなか形が見えてこなかった。日が落ちるころになってやっと木立の姿が見えてきた。だが、日が落ちると同時にボタン雪が激しく降りだしてきた。わたしも急いでカメラをしまった。


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《枯れ枝に》

瀬谷こけし

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 枯れ枝というか、葉のすっかり落ちた落葉樹の枝にとどまる雪はことのほか繊細な印象を与え目を驚かせる。常緑樹の雪はぼたっとした印象。いろいろなところの景色を見てきたが、京都の雪の景色は美しく細やかな情緒を感じさせてくれる。世の中でも屈指の美しい景色だと思う。
 拙吟一句:

>枯れ枝にとどまる雪の繊さかな

《シュットックハウゼンと》

瀬谷こけし

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 2005年6月30日の都ホテルでの写真。写真を整理していたら出てきた。とても貴重な写真だ。この時カチンカさんも一緒に写ってくれた写真もある。
 お会いしたのはこの時が最後になったが、この時のシュトックハウゼンのとてもうれしそうな表情がうれしい。
 いわば全身全霊を込めて握手をしてくれた。
 握手によって全霊を伝えてくれた。



《ニーチェの『道徳の系譜』II-3の部分訳》

瀬谷こけし

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 先日某大学のドイツ語応用の期末テストに出した文章とその拙訳を紹介します。「《負い目》《やましい良心》その他」(»Schuld«, »schlechtes Gewissen« und Verwandtes.)と名付けられた『道徳の系譜』(Zur Genealogie der Moral)第二部には人類の先史時代の類的活動についてのきわめて深い洞察があり、マルセル・モースの『贈与論』よりもさらに深く新しい贈与論・交換論があります。『ツァラトゥストラ』をともかくにせよ読み終えた人は『道徳の系譜』に進んでもらいたいところです。

»Wie macht man dem Menschen-Thiere ein Gedächtniss? Wie prägt man diesem theils stumpfen, theils faseligen Augenblicks-Verstande, dieser leibhaften Vergesslichkeit Etwas so ein, dass es gegenwärtig bleibt?«... Dies uralte Problem ist, wie man denken kann, nicht gerade mit zarten Antworten und Mitteln gelöst worden; vielleicht ist sogar nichts furchtbarer und unheimlicher an der ganzen Vorgeschichte des Menschen, als seine Mnemotechnik. »Man brennt Etwas ein, damit es im Gedächtniss bleibt: nur was nicht aufhört, weh zu thun, bleibt im Gedächtniss« – das ist ein Hauptsatz aus der allerältesten (leider auch allerlängsten) Psychologie auf Erden. Man möchte selbst sagen, dass es überall, wo es jetzt noch auf Erden Feierlichkeit, Ernst, Geheimniss, düstere Farben im Leben von Mensch und Volk giebt, Etwas von der Schrecklichkeit nachwirkt, mit der ehemals überall auf Erden versprochen, verpfändet, gelobt worden ist: die Vergangenheit, die längste tiefste härteste Vergangenheit, haucht uns an und quillt in uns herauf, wenn wir »ernst« werden. Es gieng niemals ohne Blut, Martern, Opfer ab, wenn der Mensch es nöthig hielt, sich ein Gedächtniss zu machen; die schauerlichsten Opfer und Pfänder (wohin die Erstlingsopfer gehören), die widerlichsten Verstümmelungen (zum Beispiel die Castrationen), die grausamsten Ritualformen aller religiösen Culte (und alle Religionen sind auf dem untersten Grunde Systeme von Grausamkeiten) – alles Das hat in jenem Instinkte seinen Ursprung, welcher im Schmerz das mächtigste Hülfsmittel der Mnemonik errieth.

「ひとはいかにして人間-動物に記憶をもたらすのだろうか? ひとはいかにしてこの半ば鈍くて半ば散漫な瞬間的-悟性に、この肉体を備えた健忘症に、何かを刻み付けて、それをありありと思い浮かべつづけられるようにするのだろうか?」...。この大昔からの問題は、お分かりいただけるだろうが、かならずしも繊細な答えや手段によって解決されるものではなかった。さらにもしかしたら、人間の全先史時代を通じて、人間の記憶技術以上に恐ろしく不気味なものは存在しないかもしれない。「ひとはあることが記憶にとどまるように、それを焼き付けるのである。痛みつづけてやまないものだけが記憶にとどまる」-- これこそがこの世のもっとも古くからの(また残念ながら最も長くつづいている)心理学の第一命題なのである。ひとは自問したくなるかもしれない、今もなおこの世で厳粛さや、真剣さ、秘密や、薄暗い色合いの事柄が人間や民族の生のなかで存在するところではどこでもあるおぞましいことが作用を及ぼしていて、そのおぞましさをもってかつてはこの世のあらゆるところで約束がなされ、担保が出され、誓いがなされていたのではないか、と。われわれが「真剣に」なる時には、過去が、きわめて長くきわめて深くきわめて厳しい過去が、わたしたちに息を吹きかけ、わたしたちの中に湧き上がってくる。人間がみずから記憶することが必要と思ったとき、血や拷問や犠牲なしにことが済んだことは一度もなかった。きわめて戦慄すべき犠牲や担保(そこには初子犠牲も含まれる)、はなはだしく嫌悪感をもよおさせる人体の切断(例えば去勢)、あらゆる宗教儀式のきわめて残酷な典礼(実際あらゆる宗教は最も下層の根底においては残酷のシステムなのだ)-- こうしたことのすべての起源は、苦痛の中にこそ記憶術の最も強力な補助手段があると見抜いたあの本能にあるのである。




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《神レンズ》

瀬谷こけし

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 カレンダーが欲しくて『カメラマン』の1月号を買った。中を見ると「神レンズ」という特集をやっていて、13人のカメラマンが一人おおむね三本ずつ計34本のレンズを推薦している。そんな高価なレンズをわたしはもったことがないのだが、けれど思い浮かべれば一本のレンズが思い浮かんだ。今はなきヤシカ・コンタックスマウントのマクロプラナーF2.8、60mmのレンズだ。フィルムカメラの時代がほぼ終わって、着けるボディーがなくなってしまったが、アダプターを介してマイクロフォーサーズには使える。それで短い間だがLumixGX1に着けて使っていた。大きいレンズなだけにGX1ではボディーが小さく、ビューファインダーも持たないので常用することはなかった。このレンズがもう少し大きなボディーに着けられるようになるとよいのだが。ニコンの新しいZシリーズなどには期待している。
 ともあれ久しぶりにGX1に着けて撮った写真。シャープさもコントラストも色バランスもとてもよいと思う。わたしにとっての「神レンズ」としてこの一本を上げさせてもらいたい。
 写真は上掲。まさに神レンズで気に入りの写真がたくさん撮れる。




《ふるふる霊を》

瀬谷こけし

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 梅原猛先生の遺言というべきものは、管見、
> 霊がふるふる 受け止めよ

だと思う。軸装されたその肉筆を拝見すると、ここに先生の究極の言葉があると思った。先生にとっては、哲学の仕事も宗教の仕事も、次々とふり来る霊を受け止めて世の人に見えるようにしてくれた仕事のように思える。例えば菩薩と如来を区別する必要もないのだ。いずれふり来る霊なのだから。

 受け止めよとは、先生を師と慕う者たちへの遺訓となるだろう。
 齢90歳を越えて、この究極的な単純さにたどり着いたものであろう。

 返歌というにはあまりに拙い歌だが、その拙い試み一首を、歌詠みとしてお返ししておきたい。

> 音声のふるへてくだる言葉ありふるふる霊とともに降りこよ

 「受け止めよ」という遺訓を胸に仕事を進めたい。


《月観音》

瀬谷こけし

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 友人から、梅原猛先生の葬儀は密葬でおこない、後日お別れ会を行うということを聞いた。それであえて行かなかった。
 疎水沿いの小さな公園で休んでいると、枝に懸って半月が出ていた。
 帰りは歩いて戻った。
 歩いているうちに一句がまとまった、

> 再た来たれ百大力の月観音