テーマ:飛騨高山

《市内寸景(高山市) 写真12枚》

 やや暑い一日だったが、夕方には涼しくなる。歩くにはいい日だった。  宮川右岸を南に溯って歩いた。日枝神社まで。水はきれいで鴨は遊ぶ。大きな真鯉は頭と背に傷を持ち、札に掲げられた句は情景が目に浮かぶ。軒の屋根裏が傷んだ家もある。川には岩盤もあり治水の工夫らしきものも見える。そして神明神社の立派な杉の木。 …
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《空は海、聖山は港:船形山遠望(8月17日高山市内の散歩から)》

 山王神社前の橋の上から久々野の山である船形山が見えた。もちろん桜山八幡宮からも見えるので驚くことではないが、むしろ平地から見えたので驚いたところ。この遠望感が古代的な感覚ではこの山を聖山にするのではないか? 麓には縄文期の堂之上遺跡がある。  聖山の遠望感とは何だろう? ひとつには空と接して屹立しているとい…
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《五味原 2009年8月15日》

 今は丹生川ダムの底に沈んでいると思うが、2009年の8月に橋本繁蔵さんに案内してもらった時の景色。橋のあたり。  ここからほど近いところに、ここならいつでもクマが獲れるという場所を教えてもらったのだが、橋本さんの生家からごく近いところなので、ひとには教えたがらなかった場所だ(教えてくれるの…
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《帰路の残雪》

 高山からの帰路、せせらぎ街道を通ればこういう残雪の道を通ることになる。こういう残り雪にもなつかしい思いがする。穴ごもりしているクマはいつ穴から出てゆくかそろそろ考え出す時期か? 橋本繁蔵さんは、穴の中で土のにおいをかぎつけて、出る時期を決めるのだと言っていた。土のにおいと、それと花粉の臭いもなのだろうか。繁蔵さん…
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《高山の北山》

 高山市の北山は墓地が多いところに見える。義父の親戚たちの墓がここにあって、時々子どもを連れてお参りにいっていた。そこでイチイの赤い実もよく食べていたが。  墓参りが済むと、その奥の公園によく行った。ブランコやシーソーのある子ども向きの公園だ。そこでもよく遊んだ。  その児童公園は、北山全体の中か…
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《梅村堤の跡?》

 昨日(4月6日)はなぜか北の方に歩いてゆきたくなって、結局斐太高校の運動場のわきから大八賀川の右岸(東側)を歩いた。先へ少し進めば宮川との合流点にでるが、そのまま右岸を進む。すると左岸の方で護岸工事をしていて、めずらしいものが見えた。どうやら工事して河岸を掘った下から昔の堤石らしきものが出てきているのだ。こ…
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《高山、八変人の会》

 京都に七奇人の会というものがあった。今もあるのかもしれないが。そこに入らないかと梅原猛さんに誘われたことがある。亡くなった吉田光邦さんのあとにということだった。会そのものは年に一度集まって酒を飲むというだけの会だという。それをわたしは断ってしまった。そのころ私にはいいところで酒を飲む金もなかったというのが理由の…
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《飛騨の紅葉の三千の荘厳》

 むすめが生まれた時の高山からの帰路の紅葉の美しさが忘れられない。山々がすっかり紅く燃えていた。せせらぎ街道が今ほど整ってはいず、通る車も少なく、そして雨だったのだが。  山は笑い、谷は歓喜する。飛騨路の紅葉は今からが盛りに入ってゆく。落葉松の葉も黄変し間もなく落ちる。  谷には木々の歓喜がひしめく。 …
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《高山紅葉》

 きのうは午前中幕末・明治の日記を読むという講座を受けて、夜は遅くまであんらく亭で友人たちと飲んでいた。今日は、昨日あれほど飲んだ割には調子が悪くなかった。それで今日は欲しかった電気製品を買いに行った。まずはヘアードライヤー。これからは風呂やシャワーの後に欠かせないから、どうしても欲しかった。他は無くてはならないと言うほどではないが…
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《高山祭日三景》

 10月9日の夕方。宮川の川端通りにはぎっしりと屋台店が並ぶ。屋台はこの道は通れない。  その向こう南東方には城山。そして左手、大きな鳥居の向こうには北山と桜山八幡宮。  京都の祇園祭でもそうだが、若い人はもっぱら祭の浮かれた気分に惹かれて、屋台店通りを歩く人が多い。この屋台店通り、夕方になると東京の満員電車並みに身動きが難…
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《Web百首2「飛騨高山」》

 「飛騨高山」 八首 ○川底の砂子も見ゆる宮川の飛騨高山の水の清さよ ○野麦峠にたどりつきたるミネの目の何もみえねどここは飛騨の地 ○若年性痴呆の病名欲しきかな早発性痴呆の名のそのほかに ○やってきてあまりいいことなかったと顔で語りゐる自転車外人  ○ふっと息を吹きかけるやうに逃げる…
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《御母衣湖のなかひとところ》

拙詠一首: > みづうみのひとすぢ波の立つところ尾神の村の橋ならざるや 御母衣ダム 御母衣湖 御母衣湖の尾神川上流方面   湖の中というより、尾神川が幅広になって流れてくるその中のところ、といったところでしょうか。義父の生家のあったところ。称名寺も水没したか。
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《小ナス --- 「高山土産」》

 高山で味わって来た極上に美味しいもの、それが「小茄子の漬物」だった。そこで教わって、朝市の然るべき店で買って来て、京都に戻って漬物にしてみた。まあ、すばらしく美味しい。皮の新鮮さ。皮に新鮮なハリがあって、また身の方はサクッと歯が通ってゆく。これはもう絶品。市販の漬物の元を使って漬けたが、それで十分美味しい。ただ、小茄子ならなんでも…
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《8月30日 雨後--- 「高山通信」》

 連日動き回っていて疲れてしまった。けれど確実に何かが前進している。知己になったひとも増えた。昨夜は夜通し雨。午後に少し止んだので、USBケーブルとコピー用紙を買いに行った。自転車で。こちらで添削をする上でプリンターがないとたいそう不便するので、昨日プリンターを買った。今日になって、セッテイング。まずiPhoneが使えるようになった…
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《上野平から奥飛騨へ》

 8月15日は晴の予報だった。早めの昼をすませて、槍ヶ岳の見えるところへ行ってきた。一度はこの奥飛騨に行っておかないと、高山に来た気がしない。はじめに上野平の環状列石のあたりにいって、遠くの山を眺めた。乗鞍はよく見える。笠ヶ岳も生憎雲がかかっていたものが、雲さえ晴れれば見えると見当をつけた。そして奥飛騨へ。鍋平のヘリポートにヘリが止…
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《桜山八幡宮放生会 ---「高山通信」》

 高山の桜山八幡宮主催の放生会があって、見てきた。平成14年に130年ぶりに復活したという。一番新鮮だったのは神楽の歌声か。生の声で歌っている感じがとてもよかった。八幡宮だから放生会はやられておかしくないのだが、宮川に流された魚はヤマメだということだった。鯉を放すのかと思っていたが当てが外れた。 祝詞は現実的でなかなか面白かった。…
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《2014年立春》

  昨日今日一昨日と家から一歩も出ずに採点をしていた。先程一つが終って、ポストに出しに行ってきた。久しぶりの外出。今日立春。つまり寒が終ってしまった。今日はだから念仏の声も聞こえなかった。わたしは、寒い夜の張り詰めた空気が好きだ。怠惰を許さない、半端を許さない、そんな空気が。今夜の空気は、京都のここでも、そんな凛として張り詰めたもの…
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田舎の野暮ったさ…

 「環境文化論・飛騨」のレポートを採点していて、出会った言葉。長く引けば、「高山陣屋の玄関正面に飾られていたもち花は、田舎の野暮ったさを感じさせない、凜とした姿をしている」、という表現。  こう言われるとこのとおりで、わたしは飛騨高山の文物に、野暮ったさを感じたことは一度もない。これは非常に特殊なことかもしれない。江戸時代に長く幕…
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とてもとてもたくさんの事があった(鴬のフィッシャー=ディスカウ)

御岳。塩沢山荘の部屋の窓から。 ヤギ。 旧道野麦街道。飛騨側の道。 このあたりに鴬のフィッシャー=ディスカウ氏がいた。 これは信州の山々。野麦峠から。 政井みねの碑。 旧道野麦街道。信州側の野麦(=クマザサ)。 日当たりが少ないからか、飛騨側のものより緑が濃い。 信州側の道。若々し…
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みちや寿司、田邊旅館

昨日は、授業の後(そして車を修理した後)、学生七人と「みちや寿司」に行った。 とても美味しく、楽しかった。 そしてその後、 一昨日、いつでもコーヒーを飲みに来てくれと言われていたので、 隣の田邊旅館に行って、 コーヒーをごちそうになって、 そして女将を囲んで、 楽しく話していた。 そう、鶴見和子さんの短歌の話や、 …
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今日は素晴らしいことがたくさんあった(飛騨高山)

 今日は素晴らしいことがたくさんあった。素晴らしいことというのは、思いもかけない出会いを含むものだが。  まずは飛騨のみどり。この時期毎年飛騨に行っているのだが、今年は山が例年と違った。まず郡上の明宝あたりで、例年ならさいているヤマボウシの花が、まったく見られなかったこと。そして飛騨に入ると、その緑…
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飛騨高山スケッチ(6月12日)

 写真を撮る時間がなかった。授業の三日目が町の自由見学なので、わたしもその時間はカメラを持ち出して少し歩いた。  平凡な写真ばかりだがしかたがない。 壁の色合い 別院裏手 高山唯一の溜池、と 楓のプロペラ この写真が今回一番のおすすめなのだが… ドラゴン、というより竜か 左手(正…
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修正 短歌 笠ヶ岳

修正 短歌 笠ヶ岳 笠ヶ岳雲より白き雪嶺は連なり悲し天(あめ)降りしもの                  拙詠 推敲してこう修正しました。いかがでしょう? 冬の「岳(だけ)」は、人界の彼方に白く聳えるもの、と思います。 本歌は、 前川佐美雄 松の上に巣ごもる鶴を見さけをり鶴より悲しく白きものありや …
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短歌詠草 笠ヶ岳

短歌 笠ヶ岳純白のその雪嶺は連なり悲し天(あめ)降りしもの                       拙詠  いかがでしょうか? 「笠ヶ岳」は飛騨の麗峰笠ヶ岳です。  前川佐美雄さんの、「鶴より悲しく白きものありや」(『捜神』)へのレスポンス、 のつもりなんですが……。
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「岐阜のクマの一件について思うこと」について

「岐阜のクマの一件について思うこと」について  その猟師がタワケだったことは疑えません。安全に戻る算段を整えずに穴に入ってゆくのは自殺行為でしょう。しかも頭から入っていったと聞いては、その猟師のあせりを感じるばかりです。  けれどhayasigameさんのスノーモービルについてのご意見は間違っていると思います。その高田さんという…
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今年の熊狩随行が終った その1 車の道作り・体力の節約・見極め

 今年の熊狩随行が終った。2月1日に高山に入り、2月2日から8日まで猟師、橋本繁蔵さんのところにお世話になった。今回もまた多くのことを学んだ。  藤村克裕さん、みかみめぐるさんとともに橋本さんの猟場を案内してもらったのは11月の15日のことだった。ちょうど猟期の始まる日だ。東田盛さんとともに彼の猟場のかなりの部分を案内してくれた。…
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スノーモービルと相撲を取った

 今日(2月6日)スノーモービルと相撲を取った。相手は重い。YAMAHAの440番という機種だが、推定200kgを越える。最初の取組みでは投げ飛ばされてしまった。シャワリを呼ばれるV型に落ち込んだところを一気に越えようとしてアクセルを吹かしたところ、あっという間に振り落とされて、相手も倒れながら、わたしの左ヒザの上を越えていった。そ…
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昨日橋本繁藏さんから電話があった

 昨日橋本繁藏さんから電話があった。山の奥に入ってみたら、クマの足跡が九個あった、ということだ。  十一月十五日に橋本さんに案内してもらって、猟場を見て廻ったときには、足跡はひとつもなかった。昨日は寒さもそろそろといった感じだったので東田さんと入ってみたということなのだ。それがぴったり当たった。寒さの感じから、そろそろ今年の寝穴を…
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橋本繁藏さんに猟場を案内してもらった

 十一月十五日、橋本繁藏さんに猟場を案内してもらった。橋本さんは知る人ぞ知る飛騨の猟師だ。クマ撃ちを専門にしている。同じく飛騨の猟師で、猪狩りの名手である東田盛さんと二人で、飛騨の山中、橋本さんのクマ狩りの猟場を案内してくれた。案内してもらったのは藤村克裕さん、みかみめぐるさんとわたしの三人だ。案内してもらったのは彼の猟場の半分たら…
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