テーマ:京都生活

《上高野から国際会館駅へ》

 ギャラリー高倉通に「五人展」を見にゆくためにまず国際会館前まで歩く。その道筋。一枚目は稲を稲架干しいていた田の今の風景。藁を敷いて、霜よけというより、来年度の土づくりの準備をしているのだろうか。いずれ藁を土に鋤きこむことによって。「土づくり半作」という言葉を思い出した。もう秋も晩秋、…
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《山茶花を探して 一乗寺葉山》

 数日前に原付での買い物帰りに見かけた垣根に咲いていた白山茶花がなかなか新鮮で、後日また探しに来ようと思っていた。木曜になって少しひまになったので探しに行ったがどこだったかよくわからない。結局見つからなかった。金曜には…
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《清水寺に行ってきた》

 阿弖流為・母禮の碑の法要に清水寺に行ってきた。晴天。今年は25周年ということで鬼剣舞の奉納もなされた。剣舞の剣は振り下ろすことなくひたすら防衛の形。全力を挙げた専守防衛の精神だ。ひょっとこの踊も面白く深い。そして心静かな森美和子の笛の奉納。僧侶の読経、等々。秋のとてもよい一日だった。 …
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《秋を表現するためには》

 秋を表現するためには紅葉した木や木の葉を見せるのが一番手っ取り早い。というよりも、これはそもそも木の葉の紅葉によって秋を感じる人が多いということなのだろうか? わたしはむしろちょっとした光の変容によって秋を感じることが多いのだが。一枚目の写真が、わたしにはたっぷりと秋を感じさせてくれる。  とはい…
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《ネコ族の家》

 ちょっと変わった表札プレートが目に入った。近づいて見ていると、何となく「この家はネコ族の家だ」という気がしてきた。とりわけ「本」という字のデザインがその原因のようだ。垂れたネコのしっぽが見えてこないだろうか? それとも前手を伸ばして正座したネコの姿だろうか? ちなみにこの辺りで猫の姿を見ることはまず滅多にない。わたしにはま…
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《小橋 京都古知谷》

 こんな詩を思い出した。 > Und über einen Bach gehen wohlgebaute Stege.  ヘルダーリン(Hölderlin)の「春」(Der Frühling)という詩の終結行だが、この詩は大学一年の時から好きだった詩だ。1828年5月の作だと今ではわかる。主語(woh…
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《ヤブカラシ》

 夕方が近づくまえ、三時半ごろだろうか、北向きの窓の下を見ていて、そのヤブカラシの葉を見ていて、そのヤブカラシは二階の窓まで這い上がってきていて、窓から切れる範囲は切ったのだが、一階の窓は開けられないし外からも簡単には周れないしで、仕方なくほっといたものが、風の吹いた午後、ガタッという音がしていたのだが、ヤブカラシが下まで…
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《大原 金木犀》

 金曜日というと玉子を買いに大原にゆくのが日課のようになった。27日はかろうじてワンケースだけ残っていて、それを買って帰ったが。他によさそうな野菜があれば適当に買って帰る。大原に行くのはたいてい125ccの原付バイク。車が大抵60km/hぐらいで走る道なので、50ccの原付だと遅くて危険だと感じ…
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《高野川の川色》

 今日はほんとに久しぶりに夕方前に散歩に出かけた。散歩と言っても若干の買い物の用事があってゆくのだが。今まではとても暑くて散歩になど出かけられなかったのだ。買い物も原付で出かけてささっとすませて帰る、というやり方だった。できるだけ経済的に暮らそうと、クーラーはできるだけ使わない。結局使ったのは一日だけだった。風通しのた…
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《プラナー1,4/50》

 むかし一眼レフのフィルムカメラを使っていたとき一番の魅力はフォーカシングによってピントが合ってきて像がくっきりするその瞬間だった。この手動のフォーカシングが気に入っていたので、AFカメラが普通になってからもなかなか使う気にはならなかった。最後の最後にちょっと使ってみたという程度だ。だからデジタルのAFカメラが世の標…
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《秘色》

 5月21日。茜色の夕空もよかった。そののちの秘色の空も。  山中智恵子の歌を一首: >日ののちの秘色青磁を瞻(まも)りゐつこころほろぼすことばを生きて      山中智恵子『紡錘』 ======== 2017年5月20日の拙FB記事を付加しておく。======== 《5月の…
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《花背・黒田・雲ケ畑》

 水を汲みに花背峠に行ってきた。この峠道は昨年の台風21号で倒れた木々の伐採や製材も順調に進んでいる。  それから、今年は春に行けなかった黒田村に行った。黒田も吉田晴吉さんがご健在であった頃とは少しずつ変わっている。「おーらい黒田屋」が開いていたので、野菜を少し買って、店のお姉さんと少し話していた。道路を通って…
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《草原の色》

 バイクで久しぶりで市原の草原に行った。始終通っていないと細かな変化がわからないが。まず気づいたのが去年の枯れたススキと今年のかなり育ってきたススキがほぼ同じくらいに混ざって、それが原っぱの基本色を作っていたこと。その印象はひとわたり見た後でも変わらなかった。去年のススキは巻模様…
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《隠れ里》

 わかる人にはすぐわかるはずのところだが。何年か前にこの里から見た花山が、高いところまで花と緑が豊かで驚いたことがあった。それでまた行ったのだが。  今回はかなり調子よく撮れた。もっとシャープなレンズで撮ればもっと鋭い撮り方ができたかもしれないが、今回はこれでとても満足した。…
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《霧湧く村》

 葛川村はむかしこの地で相応和尚が不動明王を刻んだ木が桂だったことによる名称だといわれる。その木に不動明王自身が顕現したというその木である。そうしてその木に抱きつくべく滝に飛び込んだといわれている。ひとつの激しい出来事を起源にしているのである。彼が千日回峰行を創始したのも、その出来事を発端と…
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《山色整う》

 こんな季語があるのかどうか知らないが、最近の山を見ていると、ようやく山の色が整ってきたと感じる。「整ってきた」とは新しい葉を出す木はどれも新芽を出し始めているように見え、常緑のものは常緑のままに、葉を着けずに枯れてゆく木々は裸木のままに、そして遅速はあっても葉を出す木々はそれぞれそれ自身で葉を出してきたことが山色…
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《出町の柳》

 昨日は友人が最近出したハイデガー研究の本の出版祝の気持ちで出町のあたりで一緒に飲んでいたが、ちょっとした聖夜のような気持のよい夜だった。出町柳で別れたが、わたしはそれからずっと自転車を引いて川端通を歩く。その歩きながら見える景色、光景が、ジェノヴァの夜ととても似ている気がした。もう10時を回っているだろうに行き来…
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《遠里小野の》

 上高野あたりは昔は小野と呼んでいたようだ。小野郷の一部という認識か。小野と言えば、小野道風、篁、妹子、毛人など錚々たる人物がつらなるが、東北にも行っていて、福島県には小野町という感じの良い町があった(そこの山に独りで登ったことは前にどこかに書いたか)。登ったあとは近くの温泉に…
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《写真に写らないほど薄く虹が立つ》

 3時過ぎににわか雨があって、夕食に決めたピザの材料を買いに出かけようとしていたのをやめた。結局そう長いこと降っていなかったので、やみかかったところで出かけた。光線がきれいだった。  帰路、普段と違う道に入った。流れがあって、ひとが野菜を洗っていたのだろうか、邪魔をしていると思って恐縮していた。そこは通れるということだった…
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《煙り出し》

 上高野村を歩いていて、こんな煙り出しのある家を発見した。この辺でももう滅多に見なくなってしまったが。茅葺ならともかく、囲炉裏を使って瓦葺にするならこうした煙抜きの窓のようなものを装備しておくことは常識的なことだっただろう。だが、わたしが郡山で聞いた話では、ある家系、つまり渡辺家ではこうした煙り出しの窓を造らないとい…
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《久しぶりの八瀬》

 払ったつもりの税金が払えてなくて、散歩もかねて八瀬のセブンイレブンに行った。帰路はこれも久しく八瀬に行っていないので、歩行もかねて歩いてみた。最初に気づいたのは去年の台風21号で壊れたと見える建物があること。平八かとも思うがよくわからない。あとはそれぞれ。既に桜と見える…
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《比叡山の雪》

  昨夜は少し強く冷えていたようだ。朝おそく起きて外を眺めると比叡山に雪があった。積もっていたというより白い粉、パウダーシュガーを振りかけたほどの感じだが。雪は当然北へ続き、横高山にもつながる。玉体杉にも降ったようだ。
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《速水御舟「洛北修学院村」の二つの山》

 昔関心があって、というよりその秋の紅葉の美しさに感嘆して、修学院離宮の裏の小山の名称を調べたことがあるが、その調べた地図には東山と出ていた。その地図が何であったかは今は詳らかにしない。この山のことを離宮では「おちゃやま」とか「ほんざん」とか呼んでいるらしいことを、3月2日に離宮で案内をしている人から聞いたが、それを…
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《修学院村》

 27日のこと。ある駐車場をみつけて原付を止め、三脚を立てて写真を撮っていると、道から話しかけてくれる人がいた。尋ねられてわたしは比叡山ではなく東山の写真を撮っていることを言ったが、この東山も昔は赤松が揃って美しい山だったのだと教えてくれた。そしてこのあたりは修学院村といって、むかしある画家がこの辺をよく描いていたのだ…
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《早春 穏やかな光》

 風もほとんどないような早春の穏やかな日差しがあった。野菜がなくなってきたこともあって桧峠を越えて修学院の八百屋に行った。宝ヶ池通りのスーパーまでだと往復で4千歩ぐらいなのだが、修学院までだと何歩ぐらいなのか、それも知りたかった。ほとんど風一つないような陽気が昼過ぎまで続いていた。修学院の八百屋ま…
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《区役所・大垣書店・リカマン》

 18日は結局二万歩を越えた。山へ入れば別だが普段の歩きでは二万歩に達することは滅多にない。それだけ歩けるということ自体健康の証なのだろう。最近は以前は車を使っていた区役所にも歩いてゆくようになった。そうなると幾つかついでに寄るところを決め大体のルートを決める。今日は区役所の次には大垣屋書店に行った。『アサヒカメラ』を買うためだ…
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《松ヶ崎・宝ヶ池》

 7日は一日中曇りだった。薄い色の雲ばかりで雨が降る気配はなかった。区役所に用があって出かけその後松ヶ崎から宝ヶ池に出て帰った。この松ヶ崎の山のあたりも、通学部の担当だったころは、貴船のホタル見学と同様よく夜に学生を連れて行ったものだ。---通信教育部担当になってからは、京都市内ではなく、むしろ日本の各地に連れて行って現地での授業を…
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《叡山の積雪》

 昨夜少しは雪が降ったようだが、今朝見れば平地は積雪と言うほどのものもなかった。叡山の方は八合目当たりの広葉樹には、裸木にも、雪が残っていた。台風21号の倒木折木も、この辺りはまだ手も入れられていない。
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《蝋梅ヒヨドリ》

 長らく使っていないキャノンFDマウントの500mmレンズを持ち出して、またLumixGX1に取り付けてみた。これで隣の空地の蝋梅を上手く撮れないかと思ったからだ。ひとしきり撮って、風もあるので、手持ちではこのていどまでか、と思って一休みしていたところ、ヒヨドリがやってきて花をついばんでいる。ベランダに出て撮れば逃…
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