テーマ:ヘッセ

《ドイツ語の授業 ヘルマン・ヘッセ 三回目》

今日は同志社のドイツ語の授業、今年度三回目。「応用」の方の授業は、早速二回目の読解になった。テキストとして読んでいるヘルマン・ヘッセの「樹々」というエッセーに次のような言葉があった。 >Wer mit ihnen(=Bäumen) zu sprechen, wer ihnen zuzuhören wei…
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《「ドイツ語応用」》

吉島家(高山市)の楢の木  今年は「ドイツ語応用」の授業を担当させてもらえてどんな学生が受講してくれるかと期待していたのだが、受講の動機を書いてもらうと、「時間の都合で取りやすい」とか「卒業単位に必要なので」とか書いてくる学生が多く、少し気落ちしていた。ヘルマン・ヘッセの『樹木』というエッセーと詩をまとめたものを教材に…
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《ヘルマン・ヘッセの「春」》

さわやかな風に会ふべき五月晴れ (拙句)  こういう詩を読むと、ヘルマン・ヘッセの言う「春」とは五月ぐらいのことなのかと思う。日本でいえば奥飛騨とか、寒く、春のおそいところの。  花よりも、彼は明るい若葉に魅せられていたのではないだろうか?  ちょっと訳してみた。 Frü…
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Ur-Ich 今日の授業から

 ヘルマン・ヘッセの「樹」(Bäume)という文章。 >  Bäume sind Heilichtümer. Wer mit ihnen zu sprechen, wer ihnen zuzuhören weiß, der erfährt die Wahrheit…
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今日同志社で出した問題 ヘッセの「神の死」

 今日同志社で試験に出した問題(「ドイツ語応用」)。ヘルマン・ヘッセの「Im Leide」という詩。特に難しいことはないものだが、受験者全員よくできていた。問題はむしろヘッセの思想の方だ。詩の最後の聯でヘッセは「--- Ach, Gott ist tot!」と言う。だがその後「Und ich soll leben?」だ。  このヘ…
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秋の一日 樹の語ることに耳を傾ける

そもそものはじまりは、10月27日に来週11月3日は授業があるのか? という話になったことだ。それでその話の流れの中で「どこかに樹を見に行きたい」という学生の希望が出てきた。それでこの辺で樹を見に行くなら、十津川村の玉置山神社の杉の樹が一番ではないか、と私が言ったところ、休みは休みたいから授業時間内で行けるところどこか、ということに…
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