テーマ:短歌

《今年の松飾》

 拙詠一首: > 真夜すぎて松の飾りをはづしたり今年の松も美しかりき (普通の時刻で言えば8日の午前零時を一時間ほど過ぎてから松飾をはずしたという趣。一本の松の枝を玄関の扉にくくりつけただけのものだったが、それに妻が半紙を巻き、朱の腕輪を巻き付け美しく作りなしてくれていた)
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《『短歌研究』勉強帖 2016年11月号》

---永田和宏の高安国世論「このままに」にまなびつつ---  11月号の勉強を終えてしまおう。11月号巻頭の「12ヶ月の歌」は永田和宏が高安国世の歌四首を取り上げている。そしてその読解を補足するように四首の歌を引いている。まずは掲載順にそれら八首の歌を引用紹介しよう。取り上げた(とわたしに見える)歌を「…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

《やふつはき》

 さる方から山中智恵子の短冊をいただいた。わたしが頂戴した方が「智恵子先生もおよろこびになると思いまして」というメッセージがついていた。歌は、 >藪つばきうしほに沁みて空ありきひしひしと船のあつまる朝(あした) という『みずかありなむ』の中の歌。瞬後に戦がはじまりそうな風情だ。  ありがたいものをい…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《『短歌研究』勉強帖 2016年10月号》

---宮本永子の「物の葉や」にまなびつつ---  10月号の勉強もおくれ、はや12月に入ってしまった。簡単にでも勉強を終えておこう。  10月号巻頭の「12ヶ月の歌」は宮本永子が三首の歌を取り上げている。以下である。 >桐の葉も踏み分けがたくなりにけりかならず人を待つとなけれど        …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《Web百首11 イタリア紀行1》

エトナ山 「イタリア紀行1」 八首 ○わが姉は何をあはれとゆきにしやいつまで待ても戻りきたらず ○くれなゐやサン・ピエトロの聖堂もクレドに満てるばかりにあらむ ○白雪(はくせつ)のエトナあはれと心(うら)ぶれて入りにし霊(たま)の道を追はばや ○白雪(はくせつ)のモンテ・ローザよ消さ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《詩仙堂吟行》

 11月19日は「文学研究・歌会」の二日目。午後から詩仙堂に吟行をした。去年より10日ほど遅かったせいか、紅葉が進みとても見ごたえのある色や景色が広がっていた。あいかわらず「三十六詩仙」の詩画額に関心を向けるひとは稀だったが。ともあれ秋の庭。  11月20日は「文学研究・…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《文学研究・歌会 出詠歌一首》

 今日は文学研究・歌会のスクーリング授業の初日。わたしはこの歌を出した。 >もみぢ葉に天(あめ)の光の射しくれば雨ふるごとく光ふりくる  「天の光」という言葉が、これほどぴったりくるシーンを初めて見た。それは「天(あめ/てん)」というところから地上に降ってくるものがあるというコスモロジーの中ではじ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《『短歌研究』勉強帖 2016年9月号》

---内藤明の武川忠一論「かたまりて」にまなびつつ---  雑然と多用に追われているうちにはや11月号が送られてきた。手短にせよ9月号の勉強を終えておきたい。 9月号巻頭の「12ヶ月の歌」は内藤明が武川忠一の歌を取り上げている。それは次の三首だ。 >葉のなえしりんどうの花紫の羞(やさ)しき深き色を沈…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《『短歌研究』勉強帖 2016年8月号》

タウテンブルクの朝の草露 ---藤原龍一郎の「くろぐろと」にまなびつつ---  8月号の勉強も終えておきたい。  8月号巻頭の「12ヶ月の歌」は藤原龍一郎が塚本邦雄、竹山広、黒木三千代の作を論じたものだ。まずその三首を引く。 >われらみな殺さるるとも木は二月火は五月花八月の闇 (塚本) >くろぐ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《『短歌研究』勉強帖 2016年7月号》

タウテンブルクの朝 ---東直子の「青空」にまなびつつ---  遅くとも7月中には終えておきたい7月号の勉強も、まだ終わらぬまま9月に入ってしまった。8月には7月号も8月号もリュックに入れてドイツの町や森を歩いていたのだが。読む時間はほとんど取れなかった。致し方ない。今やわずかなりとも記して、この号の勉強…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《Web百首10 福島・郡山》

「福島・郡山」 十六首 ○福島や南東の風そよふけば一瞬にして被曝地となる ○果物王国わが福島は桃も林檎も梨も葡萄も ○田畑(でんばた)と親しむ国よ耕して田圃を作る山の際まで ○黒服の者らが目立つ郡山新幹線に乗り込む人に ○駅前の通りで0,25とわが住む町の5倍のシーベルト …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《『短歌研究』勉強帖 2016年6月号》

---島田幸典の高安国世論「梅雨の山」にまなびつつ---  6月号の勉強も遅くなってしまった。と言っても6月30日にはそれを終えていたのだが、書く時間が取れなかった。それでまた月をまたいでしまった。一つには6月号には書き物の方に惹かれるものがあって、それを読んでいたこともある。そのひとつは、ヴィスコンテ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《『短歌研究』勉強帖  2016年5月号》

---花山多佳子の長塚節論「薬壜」にまなびつつ---  やっと時間が取れるようになって、だいぶおそくなったが5月号の勉強をしたい。まずは巻頭の12ヶ月の歌だが5月号は花山多佳子が長塚節を論じたものだ。次の三首を取り上げている。 >薬壜さがしもてれば行く春のしどろに草の花活けにけり >快き夏来にけ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《『短歌研究』勉強帖 2016年4月号》

谷口与鹿:手長像(高山祭) ---尾崎まゆみの「さくら花」にまなびつつ---  少し時間ができたところで、4月号の勉強を始めたいと思ったが、この号は初めの記事によって気をそがれてしまった。尾崎まゆみの12ヶ月の歌のことだ。引かれる貫之の、 >さくら花ちりぬるかぜのなごりには水なき空に浪ぞたちける (…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《『短歌研究』勉強帖 2016年3月号》

---坂井修一の馬場あき子論「水と空」にまなびつつ---  一月ほど外遊をしていて遅くなったが、2016年3月号の勉強をしたい。今回も冒頭の三篇を勉強することにする。  はじめに、坂井修一が巻頭の12ヶ月の歌に取り上げる馬場あき子のこの歌: >水と空静謐なれば三月の心さわぎて魚ちらしけり そし…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《エトナ山五景---ベッリーニ公園から》

《エトナ山五景---ベッリーニ公園から》  カターニアが面白そうな町なのでシラクサに行くのをやめ、3月3日はこの町を観光して、最終便の飛行機でローマにもどることにした。まずはウルシーノ城(市立美術館)、大聖堂とドゥーモ広場、そして、エトネア通りを通ってベッリーニ公園、それから戻ってローマ劇場へ。まずはそのベッリーニ公園(無料)の最…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《いちまいのカードを飛ばすこと》

《いちまいのカードを飛ばすこと》  いちまいのカードを飛ばすこと、これはたぶん有効だ。昨日夢を見た。全面的破壊が起こってしまったゆめを。多くの感知しがたい波が重なって、かさなって、ほとんどのものが壊れ、のこるものはのこり、そして自分は生きていた。いつまで生きていられるかはわからないけれど。そんなときでもいちまいのカードを飛ばす…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《『短歌研究』勉強帖 2016年2月号》

---森山晴美の「山ふかみ」にまなびつつ---  早速2016年2月号から勉強を始めたい。  はじめに巻頭の式子内親王のこの歌: >山ふかみ春ともしらぬ松の戸に絶々かかる雪の玉水  鑑賞を試みれば、 季節の移りにも気づかずに戸の内で待ち続けていたが、その松の戸に雪どけの水が絶えだえに落ちかか…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《Web百首7「飛騨道」》

 「飛騨道」 六首 ○磨墨(スルスミ)の山も紅葉も道の駅も頼みにしつつ世を過ごしけり ○この後をいかに過ごさむ冬枯れの山をめぐらむ友もあらずに ○「巣野俣(すのまた)にふるさとの学校を」 ふるさとは何(なん)にもなくてかなしいところ ○榑葺(くれぶき)屋根の傾き忘れ家が建つかくてや飛騨はほ…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

《Web百首4’「詩仙堂」》

 「詩仙堂」 四首 ○石楠花の咲きはじめたるつぼみありかすかに狂ふ十月の庭 ○狂へただ狂へとばかり先立ちてからくれなひに変ずるもみぢ ○奈落なる底なき底に落とされて望みも絶えて堕ちる獅子の子 ○山茶花の老い折れ残る縁(ふち)らしき輪をなしてあり生ける古仏よ
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《Web百首6「吉田松陰」》

 「吉田松陰」 六首 ○本名を吉田松陰といふ男わたしににてどぢな男よ ○夜の川の浅瀬を赤く染めてゆく熊狩る猟師上にあるらむ ○あの揺れはなみなみならぬならざりき800kmの遠きにありても ○精神はアルコホルのごときものなればいたはらねばならぬこわれやすき ○熊と賢治と猟師と水と、鉛の湯に…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

《Web百首5「クーデタ」》

「クーデタ (coup d’État)」 四首 ○クーデタ成りたりと笑(ゑ)むひとのかほそれ中秋の三日月の夜 ○米三粒ほどの小さき山みえてあああれ三上、富士だと気づく ○若年性痴呆の病名欲しきかな早発性痴呆の名のそのほかに ○不景気のシンボルのやうな顔のおやぢゐて偉そうにする…
トラックバック:2
コメント:0

続きを読むread more

《Web百首4「庭道楽」》

南天  「庭道楽」 八首 ○芳りくるものあるに気づきて見上ぐればひそかな樹ありそれ銀木犀 ○乳酸菌ショコラをかくて購ひぬテレビCMにまんま釣られて ○ベンツばかり三台以上置ける家きっとゆゑある家にぞあらむ ○LEDのまぶしすぎるを悪(にく)みをれば百均に蛍光灯管みつけよろこぶ ○たこ糸…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

《季秋の詩仙堂》

 季秋も末の11月7日、詩仙堂に行った。以前は趣味の一貫性が欠けている気がして、あまり行きたいところではなかったが、近年は庭の手入れや工夫がよくなってきて、主に植木の方で楽しめるようになってきた。  写真と歌二首。  …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《前川佐美雄短歌抄 1》

マンサクの葉 詩仙堂 (2015.11.7)       序  今日では読む人も少なくなっているであろう前川佐美雄の短歌を、少し纏めてみたい。今は世の中に佐美雄のように、おのれの内のどうしようもない鋭さ、あぶなさと日々対決している人間が少なくなっているように見える。むしろさまざまなお約束ごと、(例えば放送コー…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《Web百首3「コスモスの花」》

 「コスモスの花」 八首 ○飯館村は廃地廃寺の廃村といふ亡国の徒の汚染土の山 ○わが耳に音してものの聞こゆるは「ひとすべからく寛(ゆるやか)であれ」 ○わが仕事の比喩のごときか秋の日の草湧くばかり咲くコスモスの花 ○宮柱底つ磐根に固く据え常世を恃む代も過ぎにけり ○「搏風」をちぎ…
トラックバック:3
コメント:0

続きを読むread more

《コスモスの花》

 10月15日、東京芸術学舎の「歌会」授業のレポートの採点が終わって、採点表を近くのポストに出しに行った。比叡山が新鮮で、コスモスものびのびと咲いていた。  そんな秋の日を: > わが仕事の比喩のごときか秋の日の草涌くばかり咲くコスモスの花
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《Web百首2「飛騨高山」》

 「飛騨高山」 八首 ○川底の砂子も見ゆる宮川の飛騨高山の水の清さよ ○野麦峠にたどりつきたるミネの目の何もみえねどここは飛騨の地 ○若年性痴呆の病名欲しきかな早発性痴呆の名のそのほかに ○やってきてあまりいいことなかったと顔で語りゐる自転車外人  ○ふっと息を吹きかけるやうに逃げる…
トラックバック:2
コメント:0

続きを読むread more

《10月8日、なつめの上野 --- 「高山通信」》

 10月8日。今日は高山祭りの前日。桜山八幡宮の前を通ると明日の屋台の地割りなどをしている。大きな動きはないが準備は着実に進んでいるようだ。昨日、今日と、高山の研究室の整理。細長い本棚を一本組み立てて本を詰め、それからいつものサンタの倉庫でカップボードを見つけてきて、設置した。わたしにとっては、そんな普通の一日。急かされていないのが…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《Web百首1「風には風の」》

奈川渡ダム  しばらく短歌の実作から遠ざかっていた。と言っても、「日本歌人」の月一度の例会には欠かさずに出たいと思っていたので、折々詠み残してはいた。それが、先々月ごろから前川佐美雄の『植物祭』を読み直していて、わたしも詠んでみたいという気持ちがふつふつとわいて来た。こういう歌集が許されていた時代、許容されていた時代と…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more