テーマ:贈与論

《哲学講義終了 11月30日》

 一昨日の11月30日、三日間の集中講義が終った。三日目の日は、希望者が多かったので、予定を変更して《去年マリーエンバートで》を見ることにした。ロブ=グリエ原作のアラン・レネの映画。断片を繋いで、本当は何が起こったことなのか、分からないまま、しかし次の行動に移ってしまう二人が入り込む迷路はどういう場所なのか、という問題。…
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哲学コラム3 宮沢賢治の『祭の晩』---交換・贈与・自己犠牲

 今年の哲学のスクーリング授業ではじめて取上げたものに宮沢賢治の『祭の晩』という作品がある。この作品は贈与の問題のクリティカルなところ、深くまた危険なところを無意識のうちに的確に示しているように見える。その危険なところというのは主人公の亮二の「着物と団子だけぢゃつまらない。もっともっといゝものをやりたいな。山男が嬉しがって泣いてぐる…
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宮沢賢治と貨幣 ---『祭の晩』

 宮沢賢治は貨幣に大いに魅せられていたひとにみえる。「貨幣」というより、むしろ「通貨」と言った方がよいのかもしれない。要するに、価値の抽象的な単位が存在し、それが広く流通しているという事実に。質の差異をもたず、ただ量の差異しかないそういう価値の評価方法のことだ。だがここで直ちに一言挟んでおかなければならない。賢治はそういう貨幣なるも…
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Respondeo dicendum quod (2) ---キリストの死は?

Respondeo dicendum quod (2) 拙論「なめとこ山の死の贈与」(『狩猟と供犠の文化誌』森話社、所収)への質問と返答(2) 質問: >>その負債を万人に対して分散させて返済する形式です。いわば毒を万人という水で薄める方式だと言えると思います。 >>そして更にもう一形式を示せば、それは毒を呑み込んだ…
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Respondeo dicendum quod (1)  ---贈与/死の贈与

拙論「なめとこ山の死の贈与」(『狩猟と供犠の文化誌』森話社、所収)への質問と返答 質問: >質問です。熊から「死の贈与」を受け取った猟師は、それを「交換」として、「返済」としては見做せない、すなわち、「死の贈与」は、「返済」や「交換」の対象にはなりえず、新たな「贈与」となる性質のものである、ということでしょうか?それは「死」…
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