テーマ:芭蕉

《京にても》

 芭蕉元禄三年の句に、 > 京にても京なつかしやほとゝぎす (643、岩波文庫) がある。六月二十日づけの小春宛書簡に出る句だという。あるパンフレットの中でふとこの句を目にして、つづく文章をみていると、何かいいようもない違和感が生まれてきたのだ。もともとわたしには芭蕉が京をそれほど好んでいると…
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《久々野の風光》

 風光明媚という言葉があるが、わたしにとって風光明媚とはまず空気が透明できれいなこと。高山市の久々野というところも、そんな場所のひとつだ。  こんなところにわたしなりの《幻住庵》が営めたらよいと思うのだが。 後ろの山は舟山 どこか福島の片曽根山を連想させる。 まろやかな山 …
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《芹生: あおば若葉》

 昨日も今日も天気は優れない。ずっと家にいるとくさるので、昨日はコイズミ楽器店に行って来た。お水取りで見た、柄のついた金属器を上に向けて回転させて音を出すもの、あれが何か? 同じようなものは手に入らないかと探した。  結局見つからない。  買ったのは柄の付いた(五鈷杵もついた)鈴。それと笛。  そしてマニ車を教わって、別の雑貨…
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《枯野》

 芭蕉の句、 >旅に病(やん)で夢は枯野をかけ廻(めぐ)る (926) は彼の辞世の句と考えてよいのだろう。いったいどこをかけ廻り、走りまわっていたのだろう?  いや、勿論枯野をかけ廻っていたのだろうが、それはどんな風景の場所だったのだろう。詠まれたのは旧暦十月初旬のこと、彼はどんな野を夢に見ていたのだろう。野はすでに…
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《風雅の師走》

 大掃除。例年のように「東北クリーンセンター」に壊れた家電製品や家具など、大型ゴミを持込んだ。  来年は1月1日と朔日が重なる。といっても1月1日は新暦のことなのだが。それでも夜の暗さは感じられるか?  芭蕉の句: >節季候(せきぞろ)の来れば風雅も師走哉  (667) 元禄三年  拙句: >ゴミだ…
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《初夏の野の草の色》

 いつもの市原の野。しばらく行ってなかったが。 地下では水争いがあるらしく 最初に負けるのはいつもよもぎ 昔はこんなに地面が乾くこともなかったように思うが 巻くものは巻き 渇くものは渇き 咲くものは咲く 日の光には美しい色をしめす そのことが植物…
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もろともにあはれと思へ(奥の細道) 

>岩に腰かけてしばしやすらふほど、三尺ばかりなる桜のつぼみ半ばひらけるあり。ふり積(つむ)雪の下に埋(うづもれ)て、春を忘れぬ遅ざくらの花の心わりなし。炎天の梅花爰(ここ)にかほるがごとし。行尊僧正の歌の哀(あはれ)も爰に思ひ出(いで)て、猶まさりて覚ゆ。  (芭蕉、『奥の細道』、六月八日〔陽暦7月19日〕、月山の条。月山…
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『笈の小文』(芭蕉)の芸術論を確認しておこう

芭蕉の『笈の小文』の芸術論を確認しておこう。 > 西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、その貫道するは一(いつ)なり。しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時を友とす。見るところ花にあらずといふことなし。思ふところ月にあらずといふことなし。像(かたち)、花にあらざる時は夷狄にひとし。心…
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枯れゆくよもぎたち

 今日は好い天気で、また原っぱに出かけた。RZにもっと慣れて、使いこなせるようになりたいと思っているからだが。また、昨日「静かに眠りにつこうとするよもぎたちの肖像」などと、シュトラウスの音楽のようなタイトルを付けて紹介したヨモギたちがどうなっているのか見たかったからでもある。もしかしたら、あの裏葉を見せる姿は、生れたばかりの姿で、こ…
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Web「このたびの風流」 (「奥の細道の風流」第二章)

第二章 ここに至る風流  ところで、この「風流の初め」の句は、『細道』の中の、もう一ヶ所の「風流」の語の使用例である「このたびの風流、爰(ここ)に至れり」の言葉と重ねあわせて考えなければならない。この言葉は、六月二十九日、立石寺を拝した後、大石田で最上川に乗ろうと日和を待つ間に、高野平右衛門亭にて巻かれた連句(さらに多少は新庄…
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Web「こもを着て」 (「奥の細道の風流」序章)

序章  与謝蕪村は京都金福寺蔵の「芭蕉翁肖像」の上方に、彼自らが選んだ芭蕉の句十五句を書き記している。多少とも金福寺に縁の有りそうな句を優先しているところもあろうが、奥の細道の句もあり、また深川芭蕉庵での句もあるので、まずは彼の好みの句を選んで記したと考えてよいだろう。その冒頭に置かれた句はこの句だ。   こもを着て誰人…
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Web「風流の初」 (「奥の細道の風流」第一章)

第一章 風流の初(はじめ)  よく知られた句だと思うが、『奥の細道』に、須賀川で詠まれた句、   風流の初(はじめ)やおくの田植(たうゑ)うた がある。これが『奥の細道』の中に出てくる最初の「風流」の語である。今更ながら悩むのだが、これはいったい何をいう句なのだろう? 岩波文庫本の脚注で萩原恭男はこんな風に解説して…
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巻きつかれること

 この原っぱで真直ぐに立つ草として生れたことは、ツル草に巻きつかれる可能性ももつということだ。一度巻きつかれたら、普通は最後まで逃れられない。それでも生育して、花を咲かせ、種を地に残せるものは多いが。  また、運良く、ツル草に巻きつかれることなく、育ち終える草もある。  またその格闘の日々が始まった。 …
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蕪村と芭蕉: 蕪村筆「芭蕉翁肖像」の芭蕉句抄

 与謝蕪村は京都金福寺蔵の「芭蕉翁肖像」の上方に、彼自らが選んだ芭蕉の句十五句を書き記している。多少とも金福寺に縁の有りそうな句を優先しているところもあろうが、奥の細道の句もあり、また深川芭蕉庵での句もあるので、まずは彼の好みの句を選んで記したと考えてよいだろう。その冒頭に置かれた句はこの句だ。   こもを着て誰人います花の春…
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こんな緑もきれいだ (横高山の緑--- Lumix GF3)

 こんな緑もきれいだ。これも昨日の写真で、山は横高山。 こんな緑を心の中にもっていられたら、きっといつでも爽やかさを思い出せるだろう。  今日は、芭蕉の弟子の路通の作品をさがして、『芭蕉七部集』を見ていた。もっとも路通らしい句はこれだろうか。   きゆる時は氷もきえてはしる也 (955)…
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春の写真スケッチ

 これから、春が長いなと感じそうなこのごろ。春の長さを怨むという感情を『雪国の春』は語っていたが、そんな季節に入って来た気がする。京都白川通りのケヤキなどはもう春を謳歌するような繁りようで、手が着けられない。ともあれまずはハッセルで撮った写真数枚。特によい写真だというわけではない。いわば春の写真スケッチとして。 4/27 …
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羅漢槙 (蕪村筆 芭蕉肖像)

 金福寺のつづき。蕪村は芭蕉の何を見、何を知っていたのか? 当時の必ずしも豊富ではない資料の中から、何を掴んでいたのか? 決して自明のことではない。 その基礎資料となるのは、蕪村筆の芭蕉翁肖像画に讃のように引いた芭蕉の句であろう。 とりあえずわたしなりに読んでみた。 古文書を読む訓練をまったく受けていないので、あやしい読みもあ…
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拙句 葛の葉の

 拙句:   葛の葉のきみ秋すぎて朽ぬらし  写真は3月21日撮影のもの。カメラはLumixGF3.    葛の葉は、秋に風に吹かれ、裏を見せる。それは昔からよく知られていた。そして恨みとかけて歌われてきた。だが、裏の心が「恨み」とは限らないのではないだろうか。裏の心こそ純粋に激しくもえている…
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2010年9月24日の月山山頂

 整理していた写真の中から。月山で撮ったもの。芭蕉が「日月行道の雲関に入るかとあやしまれ」と記す気持ちはよくわかった。寒く、風が強く、「息絶え身こゞえて頂上に」いたるのも当然のことだと思う。 16:24 17:45 17:46 17:46 17:46
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今日は満月 去年この夜、更級で

京都東山の月 (2011.10.11)  今日は満月。外に出ると雲一つない山の端の空に皓皓とあるいはむしろ煌煌と照っていた。これは二日前に信州諏訪湖の近く、原村で見た月だ。あれからまた力を得て輝いている。  去年はこの晩秋の満月を更級で見たのだった。確かに更級の月は、月見をするに絶好の場所だ。その東の山の上にかかる月…
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きのう神田川を歩いた

 昨日8月1日、昌平橋の辺りから、神田川を歩いた。川の北側を歩くか南側を歩くか迷ったが、北側を歩くことにした。南側の方が明るいはずだとは思ったが、逆に色々な職種の影はむしろ北側に感じられるはずだと思ったから。  わたしが追いかけているのは芭蕉。芭蕉にとって神田川とは何だったのか。もちろん日本橋魚河岸のあたりも歩かなければならない。…
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満月が出てくる

 ほんとは今日が満月なのかもしれない。昨日すっかり見逃していたので、月の出を追ってみた。  今日は大学の構内に萩が咲きはじめていた。芭蕉の:   一家(ひとつや)に遊女も寝たり萩(はぎ)と月 の句にもあるように、萩を見ると、名月を連想する。萩と月とは似合っている。 東山の林の中を(比叡山の肩の辺り) 何か明…
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満月の写真

 といっても、こんな風にしか撮れなかった。  今年の名月はどうやって見ようか?  思考が広がる。 (撮影、2011/07/14 23:33:10) 芭蕉の句: 木曽の痩(やせ)もまだなほらぬに後(のち)の月 「後の月」とは栗名月、旧暦9月13日の月のことで、これは芭蕉庵で詠んだ句。更級にい…
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芭蕉の神田川 (「風流の初」 系一)

先にわたしは少なからぬ曖昧なことを書いてしまった。「神田上水掘削ないしは浚渫工事においても…」と。何分きちんとした資料調査をしているわけではないので、その時点ではまだ明確なことを言うわけにはいかなかったからだ。ここでは多少その問題を整理しておきたい。芭蕉が神田上水(小石川上水)とどう関ったか? 考察の出発点となるのは『本朝文選』「…
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風流の初(はじめ)(二)---諸家の解釈一 蓑笠庵梨一---

 芭蕉の句   風流の初(はじめ)やおくの田植うた の諸家の解釈として、はじめに蓑笠庵梨一撰「奥細道菅菰抄」(『芭蕉おくのほそ道』岩波文庫所収)を紹介しておく。 >奥州の田うへ歌は、生仏といふ、目くら法師の作なりと云伝ふ。此生仏は平家物語に、ふしを付て、琵琶に合せ初たるよし、徒然草にしるせり。故に風流のはじめとは申…
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風流の初(はじめ)

 よく知られた句だと思うが、『奥の細道』に、須賀川で詠まれた句、   風流の初(はじめ)やおくの田植(たうゑ)うた がある。今更ながら悩むのだが、これはいったい何をいう句なのだろう? 岩波文庫本の脚注で萩原恭男はこんな風に解説している。「ここで聞く古雅な田植歌は、奥州に入って初めての風雅な趣であるの意。等躬宅での句会を喜…
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堅田・竹生島 (3月5日)

  比良みかみ雪指シわたせ鷺の橋 (芭蕉、676) 3月5日、堅田と竹生島。 「うきみどう」は「御堂」(みどう)なのだと気づく。 背後の比良には雪。正面の三上は無雪。 比良から、この湖を渡って、真っ白な橋を渡せ、白鷺よ。 見事な松。 …
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