テーマ:雑記

《今日は赤比叡》

赤比叡 こちらは瓢箪崩山  今日は晩秋の好く晴れた日で、夕方は赤比叡が見えた。思い浮かんでいたのは伊東静雄の「晴れた日に」。  夕方は赤山(禅院)の方まで少し散歩に出た。修学院離宮のそばを歩きながら、後水尾天皇の名が出てくるまで3分もかかった。ここ十年、記憶力は衰えてゆくばかりだ。
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《蝙蝠松 2011年10月18日》

 どこかに書き留めておきたいから書くのだが、一昨日はとても素晴らしい一日だった。少しひやりとして、透明で、清涼な空気、こんな好い天気の日が一回でも味わえたのだから今年はもう天候について不満はいうまい。うららかな春というよりうららかさがこれから始まるという春。いつもはこんな清涼感は五月に一度だけ味わえるのだが、今…
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《帰路》

 3月4日から10日まで高山に行っていたが、愛車の調子がいまいちで疲れてしまうことが多かった。結局冷却水の漏れのせいだとわかったが、高山では修理ができない。ラジエター液と水を用意して、キャップを緩めに閉じ、湯温計の数値が90℃を越えないように注意して運転して帰った。無事帰りついたのだが。  このごろは途中明…
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《寒の水を汲みに行ってきた》

 寒の水を汲みに花背峠に行ってきた。明日からまた寒波が来ると言われているので、雪降る前にと思って時間的にはやや無理をして。  側溝を越えるとき下を見なかったせいもあるが、足を踏み外して転んでしまった。よく行っているところで普通ならそんなミスをするはずもないのだが、土や石が若干流され、少し地形が変わっ…
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《大晦日》

  --- 少なき友に ---  2017年も最後の日になってしまいました。わたしにとってはスイスのシルス・マリーアに行き、その場所の気候や風土を知り、またニーチェの「ピラミッド岩塊」について若干のことを調べられたことが最も大きな出来事だったように思います。次がアンデルシェフスキ演奏の『早朝の歌』などのおか…
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《西ウレ峠を越えて高山へ》

 雪が心配だったが、まず大丈夫という判断で出かけた。前日タイヤをスタッドレスに交換しておいたので、まあ多少の積雪なら大丈夫だろうという判断だったが、郡上からのせせらぎ街道には路上の積雪はまったくなかった。塩カルを撒いてあったのだろう。長良川SAでは、カエデの紅葉を少し楽しんだ。  せせらぎ街道は西ウレ峠…
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《試験問題を作った》

 明日期末試験を実施するのだが、その問題を作り、大学へ行って印刷をし、そして問題・解答用紙を大学に預けてきた。これでずいぶんとほっとした。  今まで前日に問題の印刷を終えたようなことは一度もなく、いつも徹夜に近い作業で当日に間に合うように問題を作成し、当日の朝大学の印刷機で印刷をしていた。今年はなぜそうしなかったかというと…
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《シューマン》

 音の響きを確かめたくて、そしてできるならシューマンのこころを探りたくて、何十年ぶりかにピアノを開けた。郡山で子どもたちのために買ったピアノだが、子どもたちも触らなくなって久しい。  弾きたかったのは《早朝の歌》Op.133。シューマン自身が出版した最後の曲だという。そして、わたしの感じでは、早朝の霧の…
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《三日月》

 イズミヤにバック(デイパック)を買いに行ってきた。往復とも歩いて。簡易な歩数計によれば9126歩。ちょっと少ない気がする。一万歩は歩いた感じだったから。あ、そう言えば左右の足首にそれぞれ1kgのアンクル・ウェイトを着けていた。だから余計に歩いたと感じたのかもしれない。目下リハビリ中。できれば毎日1時間は歩くようにしたい。  そ…
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《わたしの幸福》

 昼、家で昼食というほどもない昼食をとって(腐らないようにと今日が期限の豆腐で)、その後、お茶を沸かし、袋入りのかりんとうを出して、一本、二本と食べ始めると、床にすわっていた娘がやってきて、テーブルにすわり、それに手を伸ばして食べはじめた。  わたしも娘も、たくさん食べたというわけではない。少し大きめのものではあるが、二本か三本ぐ…
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2003年の花札

 メモリーを整理していたら出てきた。2003年の年末の写真。このころ花札をして遊んでいたことをすっかり忘れていた。もう久しくやっていない。役もやり方ももう忘れてしまった。楽しかった日々だったが。
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オークションと人生の楽しみ

いつでも手に入ると思うと、あわてて飛びつくようなことはしない。だが、今ここで逃すとなかなか手に入らないと思うと、無理をしてでもゲットしようとすることがしばしばある。ここ何年か、Yahooオークションで物を買ったり、買いそろえたりしているので、そんなことを強く思う。買うのはほぼすべて中古品だし、それだから安くて買えるものがほとんどだ。…
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無限責任会社

哲学者とは何だろう? 知恵の友だ。 友とは何だろう? その相手に対して無限の責任を負う者のことではないだろうか。 そうであれば、哲学者は知恵に対して無限の責任を負う者のことだ。 そんな因果な人間が、少数だが、大昔から存在した。 そんな因果な宿命が大昔から存在した。
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チャピーが死んだ

 犬のチャピーが死んだ。朝、妻に起こされた。急遽妻が電話をかけて、犬の葬儀屋さんに取りにきてもらった。パソコン用の段ボールにごみ袋のビニールを張り、その上にさらにレジャー・シートを張り、その上に死んだチャピーの顔の左側が下になるように入れ(土の上に顔の左側を下にして死んでいたので)、そして掛けておいた毛布をそのままかけ、買ってきた花…
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上高野は今日田植えをしていた

上高野 田植えの翌日 (2009.5.22) 上高野のある一枚の田の話。 一昨日、田起こしをやっていた。 昨日は水を張っていた。 代かきをしたのだろう。 今日、田植えをしていた。 二三人で。 高齢(熟年)の男性。 もちろん機械を使っての田植えで、田起こしだ。 (いずれも車で通り過ぎ…
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とある辞典の「王権」の項を書いた

とある辞典の「王権」の項を書いた。 だがこれはなかなか難しい。 まず「王権」をたとえば英語で何という語に対応する概念と考えたらいいのだろうか? 「王たること」とか、「統治権」とかいうような意味の語を日本では「王権と」訳すことがあるだろう。 また「王権」と「主権」を同じ語の訳しわけと見ることもできるだろう。 結局わたしは英語…
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法隆寺金堂焼損 (60年前の今日)

昭和二十四年一月二十六日。60年前の今日、法隆寺金堂で火災が起こったという。 それに父は東京から駆けつけたという。 原因究明のためだったようだ。 それが電気器具の誤使用(?)のせいだということを父が明らかにした、と母から聞いた。 (電気座布団の不始末と聞いた気がするが、そんな昔から電気座布団があったのか、目下不明) 父…
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『鶴見和子を語る』という本を読みはじめた

 『鶴見和子を語る』という本を読みはじめたが、その中で鶴見俊輔さんがこう語っている。 >それは彼女の価値判断の基準が変わったんです。つまり学問の世界というのがあって、一番はだれだというのが彼女のはじめの発想だったんです、アメリカへ行っても。人生の終わりになったら、自分はいまここで身障者としてこうやってここで暮らしている。この片…
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鉄砲町の伯父が亡くなった

6月27日、鉄砲町の伯父が亡くなった。そう電話があった。通夜の予定もまだ立たないらしい。おじさんには特に息子が可愛がってもらっていた。お菓子屋さんをしていて、行くといつもたくさんお菓子をもらっていた。義父のすぐ上の兄に当たる。丈夫な人だったと思う。飛騨弁では「キツい」人という。義父と二人でよく茸取りに行っていたらしい。白川村の尾神の…
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3月27日 ブログを始めてちょうど一年

 昨年の今日、ブログを開始しました。今年も二三日前に、京都大学の卒業式があったようです。今年はどんな式辞が述べられたのか?  ともあれ一年が過ぎました。読んで下さったみなさんに励まされての一年でした。  アクセス数は1万7千あまり。  有難うございました。
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禅の思想は

私の理解では禅は神性や仏性や霊性などというものについてきわめてきびしいのです。 そんなものあるわけがないという思想を徹底させているのです。『臨済録』のきびしい言葉はそうした饒舌をまったく寄せつけないものです。 そのような禅の思想が、わが国の思想と言葉をどれだけ清潔・潔癖なものにしたか。素晴らしいものです。 わたしはそう思います…
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疲れた時には 京都郊外雲ヶ畑

疲れた時には寝てしまうことが多くなった。年のせいだろうか。家に戻ってまずは一時間か二時間寝る。そうしてそれから夜の部の仕事に入る。 以前はよく車を運転していたものだ。音楽をかけて。ゆっくりと。 一時間か二時間、そうして運転していると、ほぐれてくるものがあった。 今日はそうして車を運転していた。そしてまずAPSという写真…
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死者の思考 補足

 >いわばその「死者の思考」が、(残された)「われわれの内で思考している」、というクロソウスキー的な問題もここに絡むのですね。  ピエール・クロソウスキーの一節を拙訳で紹介しておきます(『ニーチェと悪循環』ちくま学芸文庫版131ページ参照)。  「われわれは、われわれの内で考えている者、考えつづけている者が、他者たちではないのか…
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トヨタ財団研究助成

トヨタ財団の研究助成の応募書類を書いて出した。 夜の十時半までかかった。あの研究室でやっていた。 今日の朝に電話で承諾をもらって、それから始めたのだった。 一日づけ。 慣れてしまった。一夜漬けにも。 支離滅裂なところがあった、と自分でも思う。
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京大卒業式式辞

「昨日京大の卒業式に行った --- 大学よりも大きな書物へ」について 先日の京大卒業式の総長の式辞を発見した。 http://www.kyoto-u.ac.jp/notice/05_kohou/kohho/0703s.pdf >どのような道に進まれるにしても、京都大学が基本理念に掲げる、地球社会の調和ある共存に貢献することに、…
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昨日京大の卒業式に行った --- 大学よりも大きな書物へ

昨日京大の卒業式に行った。放ってばかりいた息子の卒業式を見るためだ。 会場の雰囲気は好かった。卒業生たちの節度ある熱気は未来への手応えを十分に感じさせてくれた。 卒業証書授与も悪くない。 問題は総長の式辞だ。私が会場の一番遠いところにいたせいか、総長の声が反射するノイズにくるまれてほとんど何も聞き取れない。 だが繰り返し確実…
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