テーマ:ドイツ

《消えた人影(ベルリン・グリューネヴァルト)》

 この造形作品に名前をつけてみた。本来の名称があるのかもしれないが、標示板は見ていない。ベルリンのグリューネヴァルト駅のすぐ近く。この時の旅ではあの17番線のプレートすべての写真を撮ってきた。---そちらは、まだ紹介できない。
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《八月、ベルリンのある美しい野原》

2016年8月撮影。わたしが一番得意なのは野原の撮影のようだ。日本でもドイツでもスイスでも、日の当たる野原を見つければ、美しい景色をたくさん発見できる。 こういう写真はドイツ人が撮った方がよいのだ、とは思う。 (インスタグラムに掲載したものに写真2枚を追加)…
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《グリューネヴァルト2016年3月15日》

 イタリア旅行の中でベルリンに行っておこうと思ったのは、一つにはグリューネヴァルトを見ておこうと思ったからだ。もうひとつはペルガモン美術館を見ておきたかったから。グリューネヴァルトはニーチェが1882年の共同生活の候補地と考えていたところだが、いざ行って見るとニーチェ…
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《ワイマールのヤコブ教会 2016.8.21》

 ニーチェが最晩年に入院していた病院を探していたが、目当てにしていたその病院は今はなかった。その近くのヤーコプ教会(Jakobskirche)の正午の鐘が鳴り始めた。その鐘楼は開放してくれている。そこからの景色も素晴らしい。ワイマールはもう一度、今度はゲーテに密着して来たいところだ。そこでシュトックハウゼンを演奏したいという希望…
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《日本歌人2017年7月号草稿》

ザーレ川、2016年8月15日, at ナウムブルク ○ベルリンにゆく準備にも欠せないジョルジュ・ムスタキ〈異国の人〉 ○世の民にニーチェといふは恐しき人昔アリストテレスは豚を黙らす ○Hirschentraum(ヒルシェントラウム)といふ菓子のあり鹿たちの夢ほぼ食べつくす ○啄木とともに遊び…
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《ライプツィッヒ-プラークヴィッツ2016.8.24-25》

 ドイツを代表する文化都市ライプツィッヒだが、この旧市街中心の西側のプラークヴィッツ(Plagwitz)に行った日本人は多くないだろう。わたしはその前の8月12日に同市の旧市街で写真を撮っていたが、そこで自転車で通りかかった男性に「こんな再建築ばかりの街を撮っても面白くない。昔の姿の残っているところへ行ってみろ」と勧められ教えら…
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《『朗読者(The Reader)』》

 例えば旧東ドイツ(DDR)では、私よりも若い世代にも英語が全く理解できない人がいる。例えば40代の人にも。もちろん大変上手な人も少なくない。そしてイエナでシラーのガルテンハウスを案内してくれた70代前半ぐらいの男性は、とても教養の豊かな、顕職についていた人に見えたが、彼は私に英語で案内する努力をしてくれたが、必…
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《新年を迎える前に》

(in Leipzig-Plagwitz)  2016年を回顧しておきたい。この年はわたしにとって近年でもっとも豊かな年だった。それは主に2月3月の四週間にわたるイタリア旅行、そして8月の三週間のドイツ旅行によってもたらされたものだ。このどちらの旅も、1882年のニーチェの生と思想の探究のために欠かすべからざるもの…
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《アンズ茸料理のレストラン/Pfifferlinge gebraten》

 ドルンブルクの山上の街をひとわたり見て回ったところで、そろそろ昼食の時間になった。朝食をしっかりとっているので、パニーニの類でいいかと思ったがパン屋が見つからない。それでレストランに入ることにした。何軒かあるうちの目に入ったのがこの一軒。「Pfifferlilngszeit」と大きく打ち出している。辞書…
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《ナウムブルクのマリアの塔》

 ナウムブルクで現地時間の8月15日午後5時過ぎ、ニーチェ・ハウスを見終えて、その旧市街を包むような深い堀と壁が気になった。どうやら全体が高い壁で囲まれた閉鎖都市だったようだ。その壁がどこまで続くものかが気になって、宿の近くのマリアの塔の裏側も見てみた。はっきりはわからないもののこのマリアの塔の壁…
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《Herz-Jesu Kirche》

 ワイマールのある教会、ニーチェ・アルヒーフに向かう途中たまたま入ったのだが、とても驚いた。教会名は「Herz-Jesu Kirche」、訳せば「イエスの心教会」というところか。この「Jusu」は「Jesus」の属格とみてよいのだろう。入るとオルガンの演奏が聞こえてきた。中央ぐらいまで入って聴いて…
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《ワイマール、チューリンゲンの野》

 宿は旧市街から少し離れた新興住宅街の中だが、電子レンジをはじめいろいろな施設が整っている。そこで今日はまず近くに開いているスーパーマーケットがないか探しに行った。バス通り沿いにかなり探したが、スーパーそのものがみつからないまま、あきらめて旧市街に行くことにした。バスの…
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《鹿の夢 -- Ich habe Hirschentraum ganz gegessen!》

 鹿の夢をすっかり食べてしまった。8月15日のこと。この日は朝、仕事をしていて、出るのが遅くなって、遅いい朝食を「シュテルネンベック」というパン屋で軽くすませた。この「星焼き」といった名前のパン屋はナウムブルクでは何軒かあるらしく、広場の角と通りの角と、二軒は見つけた。入ったのは通りの角の方の店。そこで食事のパンを選んでいる…
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《ドルンブルクのロココ》

 快楽の放埓極まりないロココ。ロココ文化とはそういうものではないだろうか。朝、何とかなると思ってナウムブルクを早めに出てしまったので、11時前にはもうドルンブルク駅に着いていた。予想はしていたが、駅前に休んだり食事をしたりできる店は一軒もない。開いていた店は籠を売っている店。タウテンブルクの宿の主と、午…
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《水汲み》

 一昨日(7月14日)水汲みに行った。ほんとは花背峠で水を汲んで、それから久しぶりに大見尾根を歩いてみようと思ったのだが、途中鞍馬にかかるころから雨が降り出した。せっかくの水汲みの水に降り出しの雨が混じるのはいやだったので、水汲みはもっと奥の芹生へ行くことにした。そして大見尾根歩きはあきらめた…
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心に残る景色

朝日の中の教会(2006年3月27日撮影) Unterwössen(ドイツ・バイエルン)のミューラー先生のお宅から。 ミュラ-先生には大変な失礼をしたまま。 きちんとした説明もできていない。
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『ヘルダーリン詩集』川村二郎訳、岩波文庫

書評というよりは、本と詩人の紹介になるのだろう。ともかく以下がそれだ。   *   *   * そんなに厚い本ではないのだが、大事な詩はほとんど収められている。ヘルダーリン(Hölderlin,1770-1843)の詩はギリシアの、ムーサイ(ミューズの神たち)に愛された詩人の本来の姿を伝える。詩人であるとはもと…
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