テーマ:姨捨山

芸術すること ---昨日(6月22日)のFacebook再録---

 研究室で昨日話していたのはアートセラピー(芸術療法)と臨床美術の間のこと。あくまで医療の枠の中での対処である芸術療法と、美術展を中心にたくさんの約束事に取り囲まれた美術界との間に、「芸術する」ことによって幸福が得られる一群の活動がありうること。当人とその家族を含めれば一種のコミュニティー・デザイン、あるいはコミュニケーション・デザ…
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今日は満月 去年この夜、更級で

京都東山の月 (2011.10.11)  今日は満月。外に出ると雲一つない山の端の空に皓皓とあるいはむしろ煌煌と照っていた。これは二日前に信州諏訪湖の近く、原村で見た月だ。あれからまた力を得て輝いている。  去年はこの晩秋の満月を更級で見たのだった。確かに更級の月は、月見をするに絶好の場所だ。その東の山の上にかかる月…
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更級姨捨山 棚田近くの紅シジミ

 この写真は再録になるが。  今年の十月二十四日の朝のこと。棚田から少し離れたところ、長楽寺に向かう道を歩いていると、視野の隅に、一瞬シジミ蝶が見えた。だがすぐに急下降して、土手の陰に消えた。七、八メートルほど離れたところだ。  「シジミ蝶だったはずだが」と思いながら近づいていった。だがすがたが見えない。下りていった…
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更級 姨捨山 (写真)

 2010年10月23日から24日の更級姨捨山。写真案内。 登り道。黄変がはじまっている 冠着山(姨捨山)山上から西側の山々 更級の月 芭蕉の当時もこのような伝承はあったのか? 同上 こういう解釈が非常に不快なものだということは言っておきたい …
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2010年10月23日 姨捨山: 月と萩

 姨捨山を下りると、温泉地に出た。あの千曲川を見下ろす展望台とはだいぶ違った場所のようだった。月は雲に隠れている。少し時を待とうと温泉に入った。そして出ると、月が出ていた。あわてて撮った写真が一枚。  何とか国道に出て、マクドナルドを見つける。前日がほとんど寝ていないので、少し休養を取る。それから気を取り直して、田ごとの月の方に向…
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2010年10月23日 姨捨山(冠着山)

 姨捨山(冠着山)からの写真。この日は満月のはずだった。旧暦で芭蕉の一月おくれの。よく分からないまま見当をつけて国道403号線でゆく。どうやらこれが芭蕉の通った道のようだ。少し時間があったので、姨捨山=冠着山(1252m)に登る。駐車場から歩いてそうかからない。途中誰にも会わず、山頂にも人はいなかった。そこの神社に参拝し、記帖だけし…
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更級抄 ---姨捨山---

     姨捨山 わが心なぐさめかねつさらしなやをばすて山に照る月を見て                   『古今和歌集』     戯作 (姨が大岩から身を投げたという説を知る)   姨の身や鎮めもあへぬ岩の肌        **********   身を捨る罪(とが)ありけるやいざ月よ …
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