テーマ:東北地域学

《ここも世界の空の下…》

 これは深尾須磨子作詞の郡山女子大学校歌の最も美しいところだが、この後に「この福島に人類の光ひかり光をかざす」という歌詞をつけて歌えないものだろうか(校歌の「この学び舎」を「この福島」に換えて)? 昨日ふとみつけて読んでいた「『東北地域学』補助プリント--東北地域学への案内--」という冊子、これは京都造形芸術大学通信教育部で開…
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《水陸万傾 2014年8月1日》

  昨日は山百合忌に参会した。一番感銘したのはそこで紹介された今上陛下の水俣での歌: > 患ひの元知れずして病みをりし人らの苦しみいかばかりなりし また別のところでも触れたいが、普通の歌人なら「ならむ」と今現在にひきつけて詠んでしまうであろうところを、「なりし」と、きちんと過去の事実を定着させていると…
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岡本太郎の『岡本太郎の東北』

 岡本太郎は立派だ。引っ掛かった問題をきちんと論じてしまう。もちろん、後につなぐべき問題はつないで、残しているが。それは即ちこの問題。「「お婆さん」、つまり日本の女性の運命、その生命力について、掘り下げてみたい」と(p.104)。これは大きく、重たい問題だ。この問題を彼は恐山の大祭に集まったお婆さんたちの行動から読み取り、そして引き…
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東北地域学 要の五冊

 こんな小冊子を作ってみた。「東北地域学」の要となる五冊を取上げ、われわれの来るべき東北地域学の観点から紹介してみたいということだ。こう考える時、わたしはやはり「奥の細道」を第一とする。やまとと道の奥との関りを、これほどきちんと捉え直している本はないと思うのだ。もちろん、東北をわが居住地としない者にとってのことであるが。  し…
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東北地域学への案内 あとがき

わたしは今通信教育部に所属している。通信教育のカリキュラムを考え、科目を作り、維持して行くことが主な仕事である。日頃の業務ということで言えば添削がその中心になる。わたしは、言ってみれば添削のプロなのだ。今回はそんな、添削のプロとして五冊の本を読んでみた。 添削のための読みは、例えば書評のための読みとは大きく違っている。ともかくすみ…
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梅原猛の『日本の深層 縄文・蝦夷文化を探る』

 梅原猛の『日本の深層』を今回あらためて通読した。これで三度目だ。読み進めて最も強く感じるのは本書で採られている方法の一貫性である。それは現に東北地方において行われている、あるいは残っている事象を、われわれの文化の根をなしている縄文的な文化にまっすぐに結び付けて読み解こうとする志向だ。その読み解きにおいてはアイヌ語やアイヌ文化からの…
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柳田国男の著書『雪国の春』(東北地域学)

 柳田国男の『雪国の春』(昭和三年刊)はとても愉しい本だ。どう説明したら良いのだろう?  例えば京都では今日でも「柊の枝に鰯の頭」が節分の夜の行事になっている。これと同じ主旨の行事を柳田国男は菅江真澄遊覧記の中に見出す。それは東北も北の田名部や、小湊の小正月前後の行事である。柳田の文を引こう。「小湊で行う儀式は節分の豆まきの起原を…
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赤坂憲雄の『東北学/忘れられた東北』

 赤坂憲雄のこの本、これは新しい「東北学」の出発点を記すものであった。わたしはこれが講談社のPR誌『本』に連載されている時から心踊らせながら読んでいたのであるが、いま読み直してみると「東北学」が出発点において抱えていた豊穣さ、見通しの深さ、的確さに感銘を受ける。本論の最後の節(16、「なめとこ山の思想」)ではわたしに大変大きな名誉を…
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(松尾)芭蕉の『奥の細道』

 東北学、もしくは東北地域学にとって、芭蕉とは何なのだろうか。あるいは『奥の細道』は。まずはこの問題を最初に問うておきたい。この問題に対して赤坂憲雄は「芭蕉は結局のところ、都からやって来た風雅の詩人である」(『東北学へ3』p.139)と断じる。しかしこの言い方はさらに「風雅とはなにか」、「風雅の詩人とは誰か」、という問いを誘い、簡単…
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東北地域学 要の五冊

 こんな冊子を出して見ようと思っている。「東北地域学」の要となる五冊を取上げ、紹介したいということだ。わたしはやはり「奥の細道」を第一とする。やまとと道の奥との関りを、これほどきちんと捉え直している本はないと思うのだ。  しかし「奥の細道」はあまり読まれていないと思う。岡本太郎は多分まったく読まずに「日本再発見・岩手」を書いて…
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