テーマ:ゲーテ

《備忘録》(政治詩・国民・国家---ドイツという国;ゲーテの言葉)

東京大作戦1014  「われわれは国(Land)というものをもったことさえない」とゲーテは言う。ヘルダーリンが「ドイッチュ・ラント」(讃歌草案「まことに深淵から…」)と歌おうとするとき、彼はゲーテのこの嘆きにひとつの答えを与えようとしていただろう。 > 概して政治詩は、もっともうまくいった場合でも、一国民…
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《エッカーマンは月報の仕事を断わる》

 1824年12月3日にエッカーマンは相談を求めてゲーテのところを訪れる。それは自分が「非常にいい条件でイギリスの雑誌にドイツ文学の最近の作品について月々報告をしないか」という提案を受けて、自分は引き受けたいと思っているがどうだろうか、という相談だ。  これに対してゲーテは「どうして君は仕事にもならず性格にも合…
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《大きな遺産を相続すること》

ワイマールの野  ゲーテは、この世で画期的な仕事をするためには大きな遺産相続をする事(eine große Erbschaft zu tun)が必要だと言う。ナポレオンはフランス革命を、フリードリッヒ大帝はシュレージエンの戦役を、ルターは坊主どもの無知を、そして自分はニュートン説の誤謬を課せられ、継いで…
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《ゲーテとベルリン》

ベルリン シャルロッテンブルク城の前  (同じく)1823年12月4日の『対話』の中でゲーテはベルリンについてこう語っている。これはわたしには少なからず驚くことだ。 > Es lebt aber, wie ich an allem merke, dort ein so verwegener Menschensch…
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《ひとつの詩を作曲しようとするとき》

ワイマール 1920年のある碑銘  メンデルスゾーンを育てた作曲家として知られているかもしれないツェルター(カール・フリードリッヒ)(Carl Friedlich Zelter)は、ひとつ詩を作曲しようとするときのことをこんな風に語っている(『ゲーテとの対話』1823年12月4日)。もちろん、誰かの詩、例えばゲーテの詩に曲…
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《ゲーテの「故郷」(Heimat)概念》

ワイマール 劇場前広場の花  1823年11月3日のエッカーマンとの対話の中に、ゲーテが「ハイマート(ふるさと)」について述べているところがある。ゲーテはこんな風に語る。 > Alle diese vortrefflichen Menschen, zu denen Sie nun ein angenehmes V…
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《詩はすべて機会詩でなければならない》

ドルンブルクの庭園の鳥の像  「詩はすべて機会詩でなければならない」(es müssen alles Gelegenheitsgedichte sein) とゲーテは言う(『対話』1823年9月18日)。現実が詩のきっかけとなり、詩の材料をもたらしてくれていなければならない、ということだ。わたしはこのゲーテ…
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《建仁寺・両足院》

 15日(10月)、建仁寺の両足院で日本歌人の秋の吟行歌会が行われた。それに加わっていたのだが。  建仁寺にはそもそもほとんど行ったことがない。銀閣寺には好きでおそらく百回以上行っているので、好き嫌いがずいぶんはっきり表れているものだと思う。今回また数年ぶりに建仁寺に行ったが、境内をまわっていて感じ…
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《ゲーテの詩の巧みさ HEIDENROESLEIN》

Morgenschön ! 20.8.2016, InTautenburg.  初回の授業で「ドイツには朝がある」などという途方もないことを言ってしまったので、そしてその際その考えを補強すべくゲーテの「morgenschön」という造語のことを説明したので、昨日の授業でその語の出てくるゲーテの…
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《ゲーテのお月見 --1828年8月25日ドルンブルクで》

ドルンブルクのテラスからタウテンブルク方面  1828年8月25日ゲーテはドルンブルクで月を見ていた。多分傷心を癒していたのだ。時は日本で言えば初秋の望月の日。中秋の名月よりはひと月早い。そしてその72年後のその日はフリードリッヒ・二-チェの命日となる。そんな因果もあるものだ。  この夜ゲーテはドルンブルクの城館の中…
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朝のように美しい Morgenschoen

Morgenschön -- 朝のように美しい – こんな言葉を作ったゲーテは天才だ、というのはその通りだろう。だが、どこが天才なのか?  それは、わたしが思うに、美を、朝の新鮮さにおいて切り取って見せ、その味わい方を定着させたことだろう。  野バラ(Heidenröslein)の中の冒頭…
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