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《1853年夏 ニルムスドルフの月夜の晩》

 「1844年から1858年の自伝」の中でニーチェはニルムスドルフ(Niemsdorf)に滞在していたある晩のことを特別に記している。それは1853年の夏休みのことと推定されている。ニルムスドルフは現在のチューリンゲン州の村だが、そこはナウムブルクとワイマールを結んだ線を挟んで、イエーナと対称になるあたりに位置す…
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《トム・シュルツさんの詩集案内》

 この夏ドイツ・ナウムブルクで知り合ったトム・シュルツさんの新しい詩集が来年1月に出るということで案内をもらった。シュルツさんについては以前このBlogで「タウテンブルクのニーチェ」という詩を訳して紹介したことがあると思うが、その詩ではニーチェとルー・ザロメのZweisamkeitというべきものが、非常に的確に語…
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《ゲーテの詩の巧みさ HEIDENROESLEIN》

Morgenschön ! 20.8.2016, InTautenburg.  初回の授業で「ドイツには朝がある」などという途方もないことを言ってしまったので、そしてその際その考えを補強すべくゲーテの「morgenschön」という造語のことを説明したので、昨日の授業でその語の出てくるゲーテの…
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《明日私は昔の街に目覚めるだろう…》

 昨日花巻で宮沢賢治学会夏季セミナーがあって、聴講していた。何よりも新鮮だったのは詩人の野村喜和夫さんと話したこと。こんなに話が通じるとは思っていなかった。アルトーについてさえ! 私は35年前から詩を書かなくなっているが、なぜそうなったのかを回顧させた。私にとっては詩を書くことはアルトーになること以外ではなかった。その道を行っていた…
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リルケの「僧院生活の書」(『時祷集』)2

 標記のものの原文と拙訳を掲載します。このテキストは同志社大学2014年度秋学期「応用2」の試験問題にしたものです。下に若干の注を補し、また後日若干の補説を付したいと思っています。 Rilke, Das Stunden-Buch I.Das Buch vom mönchischen Leben (1899) …
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詩人

 「パンと葡萄酒」の中でヘルダーリンが語る詩人像は、わたしにはこれこそまことの詩人と思えるものだ。そこのところ、川村二郎の訳で紹介するとこうだ。 >  ……何をなし何をいうべきか >惨めな時代に何のための詩人か 私は知らない。 >しかし詩人は ハインゼのいう如く 酒神の聖なる祭司 >聖なる夜に 国から国へのさ…
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夢はそのあとにはもうつづかない…

  夢はそのあとにはもうつづかない*)  甲子園の決勝で松坂が投げていた日 御岳に登った。  次の年は、北の立山に登った。 雲の上、別天地が開けていた。  その次の年には、乗鞍岳に登った。バスの終点から 一時間程度の登りだったが…。  次は白山に登ろうと思った。それで飛騨を囲む四名山に登ることに…
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伊東静雄の「水中花」

 伊東静雄の「水中花」を紹介しておきたい。伊東静雄を知るためには、「哀歌」とこの「水中花」と、それともう一篇何かを選べば足りる気がする。詩の多くがつまらないというのではない。三篇の詩でその軌道が見えると言いたいのだ。なかでもこの水中花は深刻だ。だが伊東は自殺をすることはなかった。彼は究極のところ何を肯定していたのか? (相続した)借…
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試訳 ヘルダーリン:「短さ」(Die Kuerze) 1798年

  短さ 「なぜお前はかくも短いのだ? お前は、以前のように、   もはや歌うことを愛さないのか? お前はしかし、青年として、     歌っていた、希望の日々に、       歌が終ると、決して思わなかった!」 わたしに歌があるのは、わたしの幸福だ。--- お前は夕焼けの中で、   喜んで全身に夕日を浴びたい…
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ヘルダーリンの「パンと葡萄酒」 “Brot und Wein” von Hoelderlin

ヘルダーリンの詩の朗読CDが手に入った。朗読はBruno Ganz。正確な韻律で読んでいるものと思う。 エレギー、とかオーデとか。 自分の思っていた読み方とずいぶん違うので、驚くと同時に、ヘルダーリンの詩が普通の詩人の詩とまったく別物なのだということがわかる。 ほとんど呪詛に聞こえるのだ。多くのドイツ人にとってもそうなのだと思…
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杉本秀太郎の伊東静雄論(2) 「わがひと」が女性でないと??

簡単な問題だとわたしには思えるのだが、次のことも指摘しておこう。 杉本秀太郎は『伊東静雄』(1985年、筑摩書房)の中で次のように言っている。 >詩集『わがひとに与ふる哀歌』も、詩集中の同題の詩も、「わがひと」を女性と受け取らなくてはならないような措辞を注意深く回避していることに対して、人は少しも注意しなかった。伝記家の思い…
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杉本秀太郎の伊東静雄論(1) 方法の一貫性の欠如を指摘する

杉本秀太郎の伊東静雄論、つまり『近代詩人選18 伊東静雄』(1985年、筑摩書房)に述べられている論のことだが、わたしは拙稿「伊東静雄の〈わがひと〉」(拙著『ニーチェから宮沢賢治へ』1997年、創言社、所収)のなかで、詩の読みの核心のところですでに批判をしてあるのであるが、今また伊東静雄の「哀歌」とリヒャルト・シュトラウスの「モルゲ…
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ある日の伊東静雄(四)---Morgen!---

ここで問題の詩、「モルゲン」を紹介しておこう。 まずはジョン・ヘンリー・マッケイの詩集から。 Morgen! Und morgen wird die Sonne wieder scheinen, Und auf dem Wege, den ich gehenn werde, Wird uns, d…
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ある日の伊東静雄(三)---余談(杉本秀太郎の解釈の余白に その二)---

ついでにもう一点、杉本秀太郎の解釈への違和感を記しておきたい。 杉本は、伊東静雄の昭和十年十二月二十一日づけの酒井ゆり子あての手紙に出てくる「いろんな事実」を楽譜『モルゲン』と関連づける小川和佑の解釈に反対して次のように述べる(ちなみにわたし自身は小川和佑の「前記の静雄の書簡にある「いろんな事実」とは、この楽譜『モルゲン』との…
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ある日の伊東静雄(二)---余談(杉本秀太郎の解釈の余白に)---

(一)で引いた伊東静雄の昭和十年(1935年)十二月二十一日づけの酒井ゆり子あての手紙を再び紹介しておく。次のものである。 >この前お逢いしたとき私の哀歌はモルゲンに似てゐる。又拒絶という題は独逸のリードに似てゐるといはれましたが、あれは私の詩の今迄の批評の内で一番正しいものです。身近な人はやはり正しいと感心し、満足しました。 …
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ある日の伊東静雄(一)

伊東静雄を読むと、胸が張り裂けそうになる。それは何よりも彼を衝き動かしていた疾風がなまなましいからである。そしてその疾風はどこに落ちたものか。その疾風はこれもまた激しく「地を襲ひ砂を飛ばせ」たのであった。そういった疾風の行方が痛ましい。 今わたしが取上げたいと思っている「ある日」だが、それがいつかということがよくわからない…
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死んだ人に思いを伝えたくなる時

死んだ人に思いを伝えたくなる時 死んだ人に思いを伝えたくなる時 ひとは叫びたくなる 叫ぶより他ない 叫ぶより他ないのだから だが、叫んではならない むしろ思いを鎮めるほかないのだ 叫んでも何にもならないのだから 鎮めるほかない そのために、歌がある 思いを静めるために そうしてひとは生きてき…
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哀悼詩: Deleuze/ドゥルーズ

わたしが師と仰ぐジル・ドゥルーズ。その逝去の報を聞いたときに作った詩を紹介します。 ホームページの方では以前から公開していたのですが、最近ではこのブログの方が見に来てくれる方が多いので、こちらでも公開することにしました。 初出は『京都造形芸術大学紀要』[GENESIS]第2号です。 新聞でドゥルーズ逝去の報に接した時、わたしは…
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野の道---西村アパート

  そして畑中の道を旅人は歩きぬ*  そんな詩行が島崎藤村の詩の中にあったとおもう。こんな情景が自然に浮かぶようになったのは一乗寺向畑町(京都市左京区)というところに長く下宿していたせいだ。大学に合格して、藤沢(神奈川県)の家から、京都に日帰りで行って、大学の学生課で斡旋してくれているところを見て、自分で決めてきた下宿だ。…
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「トポイポイねっと」を作った。

「トポイポイねっと」というのを作った。 http://blogs.yahoo.co.jp/nametokogenmai3gou 正式名称は「トポイ・ポイエーティコイねっと」。 「トポイ・ポイエーティコイ」は日本語に訳すと「詩的な場所」ぐらいになる。 あのデトレフ・イプセンさんの概念を使わせてもらっている。 ドイツ語では "…
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どこに住みたいと聞かれれば

〔詩〕  どこに住みたいと聞かれれば どこに住みたいと聞かれれば、 東北に と答えるだろう。 郡山か、花巻か、盛岡か。 いっそ弘前・岩木と言うかもしれない。 郡山にさえ 友は少ない どうしたら友を作れるだろう。 多くの友が死んだ 須田秀幸夫人、 渡辺俊明、 瀬谷重治、 長野隆。 専務理事。 …
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