テーマ:京都造形芸術大学

生成変化---強度に、植物に、微塵になること (哲学コラム)

 ひとがある触発を受け、心の奥底のひそかな繋がりに動かされるとき、ひとは何か見知らぬものに生成変化を遂げているのではないだろうか。宮沢賢治の「告別」という詩はこんな言葉からはじまる。 「おまへのバスの三連音…中略…/その純朴さ希みに充ちたたのしさは/ほとんどおれを草葉のやうに顫はせた」 賢治はこのとき草へと、草葉へと…
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《笠ヶ岳が見えた---「環境文化論・飛騨」2014》

 授業前日(6月5日)・高山入り。笠ヶ岳が見えた。隣に槍・穂高も見えるが、雲のために頂は見えない。今回はこの笠ヶ岳に護られているかのようだった。 笠ヶ岳  一日目(6月6日)の授業は白川村から河合村へ。白川村までは105年前の柳田国男の旅程を2,3日遅れで辿ることになる。  大白川の自然林を小野木三郎先生に案内…
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《閉域の原則》---キセル防止  哲学コラム2014-2

 日本の鉄道駅にはたいてい出入り口がある。無人駅も実際は少なからずあるかもしれないが。ともあれ、入口があって出口がある。私の乏しい経験から言うと、ヨーロッパの駅には切符を使用したマークを付けるための入口はあるが、出口というほどのものはなく、いわば切符の捨て場があるだけだ。つまり出口チェックが行われること、これは日本の鉄道の大きな特徴…
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《添削の余白に---吉田松陰『留魂録』についてのレポート添削から》

添削の一部分を紹介しておきます。 >『留魂録』からの読み取りはまずまずよいのですが、しかし「実」についての読解ができていません。そして「斬首されることが今まで行ってきたことの総仕上げになり、必ず門下生や心ある人々が立ち上がってくれることに繋がると信じたと考える」と主張することにも、『留魂録』の誤解、読み不足があるように見ら…
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語学のこと (第二外国語を学ぶべきことについて)

 ドイツ語ができてよかったと思えることがあった。それは2011年4月末のこと、そのころは(3.11以降)精根が尽きるまでツイッターにむかい、福島原発の事故のほんとうの状態や意味を理解し、必要な情報をひとに伝えるべく日夜努力していたが、午前二時頃、このweb上のオーストリアの新聞の記事を誰か訳してくれないか、というツイート…
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哲学コラム6  『臨済録』(コンパクト改改改版)

 臨済宗の宗祖、臨済義玄の語録『臨済録』の「上堂」に次の言葉がある。 >その仏は一体どこにいる! (佛在什麼處)(入矢義高訳、岩波文庫) 『臨済録』のなかのわたしの最も好きな言葉だ。臨済の怒りがとてもよく分かる。  こんな言葉が吐かれるのは、成徳府知事の王常侍が部下たちを連れ臨済の教えを学ぶべく座を設けたことにはじ…
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語学のこと

 ドイツ語ができてよかったと思えることがあった。それは2011年4月末のこと、そのころは(3.11以降)精根が尽きるまでツイッターにむかい、福島原発の事故のほんとうの状態や意味を理解し、必要な情報をひとに伝えるべく日夜努力していたが、午前二時頃、このweb上のオーストリアの新聞の記事を誰か訳してくれないか、というツイートを見た。それ…
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伊豆大島 -- お月見と句会

 今年の中秋の名月、お月見会は縁あって伊豆大島で催行しました。私にとっては40年ぶりの大島。高校のバドミントン部の連中と行ったのはいつのことだったか。荒れた火山岩の広がる山懐に感嘆したものです。  今年は京都造形芸大の学生、卒業生の仲間と出かけました。宮澤賢治がここに農芸学校を創設しようとする伊藤七雄さんに招かれて、アドバイスをし…
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草木虫魚の音環境(哲学コラム4)

愛媛山道  虫の声で目が覚める、もしくは目が覚めるとまず虫の鳴き声が聞こえるということを経験するような時期になった。また、もう少し夜明けが近づけば、鳥の鳴き声で目が覚めることもあるだろう。これらは、音環境(サウンドスケープ)として、自分がどういう場所にいるのか、ということを実地に教えてくれる経験だ。こんな経験は都会ではなか…
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京都でマムシ

 何もウナギ料理の話ではない。もう数年以上前の話しだが、わたしが、「ことばと表現」の二回目の授業で、学生を北白川神社(京都)に連れていった帰りのこと。神社の石段をわたしが先に降り、あるところで止まって後続の学生を待とうと振り返ると、「先生、それ」と一段上にいた学生が私の足もとを指差す。どうやら這っていたか止まっていたかするマムシの鼻…
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どんぐり

今年はじめて見たどんぐり。 大学構内で。 樹種は確認してない(分かる人には一見しただけでわかるのだろうけれど)。 多分コナラではないかと思っている(あくまで素人の推測)。 もっともこの山(瓜生山)にコナラの木が何本かあるのは前から知っている。 他に、コナラ以外の、こんな殻斗(帽子)をかぶったドングリの樹がこの山にあるかどう…
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秋の色少々

 四国の旅から戻って来て、疲労で、きのうはほぼ一日中休んでいた。だが大学に行かねばならない用事もあって、卒業生展(全国公募展)をみてきた。木の肌の気配から、木の痛みを感じさせる作があって、「爪あと」というテーマには、その作が最良だと思った。  後は家に戻るばかり。構内でも少しずつ、枝先から、黄葉がはじまっているようだった。秋の…
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オリンパスのTG-2というカメラ

 今日は朝少しカメラのテストをしていて、それから自転車で大学に行って、あとはずっと大学の図書館で通信教育のレポートの添削。昼は@Cafeがいっぱいだったので、コーヒーだけ買って、その外の縁側部分でパンを食べた。ヤマザキのサンドウィッチ。  このカメラ、使い方がまだよくわからない。「スーパーマクロモード」というのがあって、10cmか…
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環境文化論・花巻 7月6日舟遊び

 今年は「環境文化論・花巻」の授業で、二日目の自由見学のオプションとして「北上川の舟遊び」のメニューを加えた。これは一昨年、情報を得て試したところ、大変面白く、世界観が変わる気持ちがしたので、今回取り入れたものだ。結果は大変よかったように思う。 朝、ホテルの窓から東の空を眺めると、北の方から白い雲が迫ってきて、山を覆っていった…
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私の「緑」

 わたしにとって「緑」というと、大学の研究室前の少しの樹々と、家の隣の空地の雑草ぐらいのものだ。特に行かなければその他の緑を見ることは少ない。だから、この緑が好き、心安らぐ、というような緑はない。ヘンデルの《クセルクセス》に歌われるような、大切な木陰というものもない。そんな、大切な一本の樹というものをもったことがない。大学に入るまで…
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《あゝ野麦峠》の映画を見た

 この時期この日、野麦峠のお助け小屋に泊まろうとするひとが他にいるとはもともと思っていなかったが、朝の八時半過ぎに電話して、泊めてもらえるという事なので、予約した。授業が終わって、そして会田先生とファミレスでしばらく話して、結局高山を出発するのが5時半を過ぎた。  野麦峠のお助け小屋に着いた時はもう6時50…
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飛騨ことば

 「環境文化論・飛騨」の授業もあと一日になった。大きな山は越した。林(格男)先生は飛騨言葉の「ゴテ」について大変適切に答えてくれた。それが今日の最大の喜びだったといえるだろう。---答えられない(飛騨)研究家も多いだろうに…。  今思うのは「オサ」「ヌシ」についてもたずねておけばよかったということ。飛騨言葉も失われてゆく。橋本…
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圧倒されとおし---飛騨の白山の麓

飛騨の白山  6月7日、「環境文化論・飛騨」の初日は圧倒されとおしだった。まずは飛騨の山野の美しさに、そしてご担当いただいた先生方やものを教えてくださった方々の知識や知恵や技や知見に、そして懇親会では「夢見る芸大生」たちの志に。  政井みねの墓の専勝寺では本堂に上げてもらって勤行に与らせてもらったし、「河合振…
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飛騨の授業の準備

 「環境文化論・飛騨」の授業が7日から始まる(6月)。それで準備で何かとばたばたしている。変更を余儀なくされたのは天生(あもう)峠が7日の時点ではまだ開通しないということが明らかになったこと。そのため当初計画していた白川村から天生峠越えで河合村に行くルートが使えなくなったのだ。この峠道に東山魁夷の唐招提寺の壁画の原風景を見るというこ…
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喜多弘樹の歌は解放する

 喜多弘樹の歌は解放する。こんな歌: > くノ一に見張られをらむかすかなる衣擦れの音聴きて眠れず > 緊縛師、ストリッパーと飲み終へてわれは銀河へ飛び込みにゆく > 仕切られしネットカフェの暗がりにわれ思ふゆゑあれ居眠る > 風俗嬢の手首に疵のありしこと今宵の銀河死者を渡せり > 淋病をあたへたまひしこれの世の普賢菩薩…
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添削4本四時間

 12時半ぐらいから大学の図書館で「日本文化論」の4本のレポートを添削していて、それぞれを読んで、講評を書き終えたのが5時前。  それから研究室に行って、講評をプリントして、張り付けて5時15分。それからの帰りに撮った写真。どうもきちんと撮ってなくて、恐縮するが。  添削の方だが、今日はこれで大いに捗ったのだ。 …
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夕陽 この日の

 この日はじめて陽の光を見た。一日中曇りだと思っていた。通信教育部の入学式があった。  夜は直観音楽の練習演奏会。  岩波文庫の『カルメン』を読み始めた。感心している。 > 私どもの郷国(くに)の言葉は、実に美しい言葉です。他国へ出ていてそれを聞くと、身内がぞくぞくするくらいです……ざんげを聞いて下さる…
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「無名、有名、命名」(哲学コラム1)

 老子は「道の道(い)う可(べ)きは、常の道に非(あら)ず。名の名づく可きは、常の名に非ず。名無きは、天地の始めにして、名有るは、万物の母なり」(道可道、非常道、名可名、非常名、無名、天地之始、有名、万物之母)という(『老子』上篇、小川環樹訳注)。この主張は名の無きものについて考えさせ、そしてそれと同時に、名の有るものから名…
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今日も採点ばかりの日で…

 今日も採点ばかりの日で、目の前の枝。曇っていた空が、午後3時頃からすっきりと晴れてた。   研究室の前の枝に、そこだけ光が当たる。  見ていると、クジラのような雲が西から迫って来て、 やがてワニの顔立ちになる(写真ナシ)  採点した答案を教務課に出しに行って、 帰りに飛行機雲の空 屋上から撮るとこ…
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《研究室の机の前の窓から》

忙しく、身体の調子もよくなく、動けず、ほんのちょっとだけ好いシーンしか目に入れられない。それでも、そのシーンを写真に撮っておきたい。
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《雲母 2013年2月号 今年度の成果》

 京都造形芸術大学通信教育部の学生向けの冊子《雲母》の、2013年2月号のために書いたものを再録しておきます。なお、発行された同号では、下線の所が変更されていました(後述)。  毎年少しずつ成果はあがり、実りが増えていっていると思うが、毎年思うことは、日程や時間や形式に追われて、改善をなかなか実現して行けていないのが心苦しい。…
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今日はシカが

 今日はシカが出たようだ。数本の細い樹の皮がやられていた。細かくは観察していないが、多分シカに食べられたのだろう。瓜生山に小農園ができて以来、大学の裏山が野生の動物たちに、お食事処と認められ、その情報が山中に広まっているようだ。大学の小農園も、痩せた土地で食物をつくるというより、野生動物防御の実験施設と考え直した方がいいのかもしれな…
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イノシシが出た

 今朝大学へ行くと、研究室の前の辺りに何やら掘ったような跡。何かな? と思いながら授業に行く。  戻って来て見ると、どうやらイノシシの掘り返した跡。もうドングリはほぼないから、虫の幼虫を食べに来たらしい。ちょっと気になって裏山の農場の方を見に行く。 研究室への帰り道 枯れ色をした葉の先に、新しい松の葉が出ている。 …
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さくらの紅葉

 紅葉の盛り、と思えるような一日だった。真ん中の娘と車で外に行って、インドカレーで昼食にした。それから街の方まで送ったが、その間、庭や街路樹のいろいろな紅葉を楽しみながら、街を走っていた。洛北高校の銀杏がちょうど真っ盛り。今年は紅葉がなかなか美しい。さくらの葉も、ほぼこれが最後というようなもみじ。そんな葉が、光と風の中、ちょっと気に…
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