テーマ:橋本繁蔵

《橋本繁蔵 2017年6月30日FB記事再録》

 わたしが、飛騨人の生活と文化を読み取るための窓口として、橋本繁蔵さんに教わったことを最も深い手掛かりにしている、ということは何度も語ってきたことだ。実際2001年から、2011年まで11年間、毎年繁蔵さんにクマ狩りに同行させてもらってきた。そしてそのクマ狩りの期間(決して長くはないが)、毎晩繁蔵さんの家に寝泊まりさせてもらっ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《橋本繁蔵》

 わたしが、飛騨人の生活と文化を読み取るための窓口として、橋本繁蔵さんに教わったことを最も深い手掛かりにしている、ということは何度も語ってきたことだ。実際2001年から、2011年まで11年間、毎年繁蔵さんにクマ狩りに同行させてもらってきた。そしてそのクマ狩りの期間(決して長くはないが)、毎晩繁蔵さんの家に寝泊まりさせてもらって…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《三上山》

 高山からの帰路、高速を竜王で降りると三上山のシルエットがちょうど美しい時刻だった。  以前飛騨の猟師の橋本繁蔵さんに特別講義をお願いしたとき、帰路は私が車を運転して高山までお連れした。その時通りかかった三上山の美しさに感心されて、この山の写真をくれと言われた。それで、その後写真を撮りに三上山の麓ま…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《帰路の残雪》

 高山からの帰路、せせらぎ街道を通ればこういう残雪の道を通ることになる。こういう残り雪にもなつかしい思いがする。穴ごもりしているクマはいつ穴から出てゆくかそろそろ考え出す時期か? 橋本繁蔵さんは、穴の中で土のにおいをかぎつけて、出る時期を決めるのだと言っていた。土のにおいと、それと花粉の臭いもなのだろうか。繁蔵さん…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《折敷地の猟師橋本繁蔵》

 折敷地は橋本繁蔵さんの小屋があったところだ。この2月3日、彼がいれば熊狩りに連れて行ってもらう時期だと思いながら、久しぶりに折敷地に出かけた。繁蔵さんが亡くなってからはじめて折敷地行きだった。行けば昔ながらの丈夫そうな飛騨の家々が変わらずにあって、とても安心した。このような建物たちがなくなったらわたしはとても飛騨をイメージできなく…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《天才といえば…》

天才といえばわたしはまず第一にこの人のことを思い浮かべる。橋本繁蔵。猟師。 すべてのことの見切り、見極めに、この人ほどシャープだった人を知らない。 写真は2007年のもの。11月15日だったと思うが、丹生川村の彼の猟場を案内してくれて、爪あとの読み方を教えてくれた。 この先のところで獲るところを写真に撮ろう、と提案してくれたが…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《君あしたに去ぬ》 

拙句: >  師の死にてやがて秋吹く夜寒風 >  雑草の伐られて惜しむ人わずか  ここで「師」は橋本繁蔵さんのこと。彼のことを師と呼ぶ人が何人いるだろうか。  その技も、栄光も、民のものだった。  超人的な技だったと、わたしは判断しているが。  はや、秋になった。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

飛騨の熊狩り猟師、橋本繁蔵さんが7月15日、亡くなった

 熊狩りを専門にする飛騨の猟師、橋本繁蔵さんが15日、亡くなった。飛騨の丹生川村折敷地の奥、五味原の出身。私にとっては畏敬するほかない偉大な師だった。偉大な体術、感覚、認識……。飛騨の古い文化を身をもって継承している人でもあった。  冥福を祈る。  これほど深く飛騨の熊のことを知る人は知る限り他にいなかった。熊が木に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

思い出すのは……

夕空  今日は12月20日。昨日で今年の授業(講義)は終ったのだが、気が晴れないのは、これからまだ、採点、添削、シラバス校正、集中講義などが続くからだ。それに、このところ左の胸から肩にかけてが痛むことが多くなっているからかもしれない。昨日はその上背中の、左肩甲骨の右のあたりも締め付けられるように…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

星野道夫がらみで 2001年6月26日の授業

 星野道夫がらみで、昔のある学生のレポートを紹介しておく。 > 星野道夫の「ぼくは夜景が好きだ。それがどんなに人工的なものであったとしても…」という文章を読んで、私は彼がとても好きになった。多くのナチュラリストや動物愛ゴ家、アウトドア派といわれる人達は、“自然がいい、大切だ”と叫びながら自分が文明の中で生きていることを忘れてい…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

金胆(きんい)

 金胆(きんい)と呼ばれるものがある。熊の胆の中でも、飴色をしていて、細かく砕くときらきらと金色に輝くつぶつぶになる。そのキラキラの輝きは、照明を工夫しないと撮れないので撮らなかったが、先日「姨捨山」からの帰りに、高山でその金胆を買って持って使っているお姉さんに見せてもらった。光が当たるようにして見ると、ほんとに金の粒のようにキラキ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

最高の一日 2009年2月15日飛騨山中

今年も、2月15日、猟期の最後の日に、橋本繁蔵さんに熊狩りに連れていってもらった。 橋本さんと行く冬の飛騨の山中は、人生最高の楽しみのひとつだ。 彼の技を間近にみせてもらえる。 そしてわたしもその技のいくらかを覚えてゆく。 熊穴を探る橋本繁蔵さん この木には新しい爪痕がある 同じく熊穴…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

今年の熊狩随行が終った その1 車の道作り・体力の節約・見極め

 今年の熊狩随行が終った。2月1日に高山に入り、2月2日から8日まで猟師、橋本繁蔵さんのところにお世話になった。今回もまた多くのことを学んだ。  藤村克裕さん、みかみめぐるさんとともに橋本さんの猟場を案内してもらったのは11月の15日のことだった。ちょうど猟期の始まる日だ。東田盛さんとともに彼の猟場のかなりの部分を案内してくれた。…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

昨日橋本繁藏さんから電話があった

 昨日橋本繁藏さんから電話があった。山の奥に入ってみたら、クマの足跡が九個あった、ということだ。  十一月十五日に橋本さんに案内してもらって、猟場を見て廻ったときには、足跡はひとつもなかった。昨日は寒さもそろそろといった感じだったので東田さんと入ってみたということなのだ。それがぴったり当たった。寒さの感じから、そろそろ今年の寝穴を…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

橋本繁藏さんに猟場を案内してもらった

 十一月十五日、橋本繁藏さんに猟場を案内してもらった。橋本さんは知る人ぞ知る飛騨の猟師だ。クマ撃ちを専門にしている。同じく飛騨の猟師で、猪狩りの名手である東田盛さんと二人で、飛騨の山中、橋本さんのクマ狩りの猟場を案内してくれた。案内してもらったのは藤村克裕さん、みかみめぐるさんとわたしの三人だ。案内してもらったのは彼の猟場の半分たら…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more