テーマ:山中智恵子

《山中智恵子鎮魂の歌》

 山中智恵子鎮魂の歌 > きみさらにながながし夜を千年の孤独をもちてひとりかもねむ  わたしのFBのプロフィールに掲げていた歌。表題を「山中智恵子への挽歌」としていたのだが、どこかそぐわないところがあるのが気になって「山中智恵子鎮魂の歌」と変えた。  いつまでも忘れないでいたい。
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《神の死の体験: 『ツァラトゥストラ』を読む(4-2)承前》

 先にわれわれは『ツァラトゥストラ』第三部の「幻影と謎」の章で、「無底への落下」が語られているのを確認し、それが神の死の体験と考えられることを指摘した。これは今まで指摘されたことのない観点であった。われわれはここでさらにニーチェが「神の死」を語る代表的なテキストにおいて、ニーチェにおいて神の死が無底への落下として体験…
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《秘色》

 5月21日。茜色の夕空もよかった。そののちの秘色の空も。  山中智恵子の歌を一首: >日ののちの秘色青磁を瞻(まも)りゐつこころほろぼすことばを生きて      山中智恵子『紡錘』 ======== 2017年5月20日の拙FB記事を付加しておく。======== 《5月の…
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《ヒバリの回り討ち》

 山中智恵子の歌集『黒翁』に雲雀を食べるということが何度か歌われているので、その民俗的な基盤はなにかということをすこし探しているのだが、当面川口孫治郎の『飛騨の鳥』ぐらいしか探すものをもっていない。しかし川口の本にも雲雀食の話は出てこない。だがヒバリに関しても面白い話はいくつか出てくる。ひとつは「コマドリの囀り方を骨…
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《山中智恵子 『黒翁』より》

 山中智恵子の第十三歌集『黒翁』(1994年発行)の「さらばすばるよ」と「星を踏む」より数首ずつ(「>>」は際立った秀歌と思う歌)。 >>さらばわれもブラック・ホールに沈まむか春の夜闇のかぐはしきゆゑ    「さらばすばるよ」 >さらば昴よ 谷村新司歌ひゐるこの宇宙(コスモス)も砕けはてむか >葡萄峠とふ峠…
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《ニーチェの『喜ばしい知の技』125番の紹介》

 "Der tolle Mensch."というタイトルの"Die fröliche Wissenshaft"の第125番のアフォリズムを紹介したい。と言ってもここで紹介するのは、上記アフォリズムのグーテンベルク・プロジェクトによって公開されているドイツ語原典の全文と、その後半部分の拙訳である。部分訳にとどめ…
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《山中智恵子の手書き原稿を》

 さる方から山中智恵子の手書き原稿をいただいた。山中さんの手書きの字はわたしにはとても読み取りにくいものだったが、これはまだ相当に読みやすい方に思う。しかしそれでも読みを確定させるには幾つか手順を踏まなければならない。調べてみると全集に入れられており、検討してみればそれと違いはないようだ。夏行の詠草のようだ。 …
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《5月の日本歌人京都歌会》

 今日歌会があった。私の出詠歌は、 >きみさらにながながし夜を千年の孤独をもちてひとりかもねむ もちろん本歌の一つは人麻呂だが、この歌自体は次の歌への応答として詠まれている。 >百年の孤独を歩み何が来る ああ迅速の夕焼けの雲 山中智恵子の『風騒思女集』の末尾の歌だ。  詠んだのは八年前、山中…
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《やふつはき》

 さる方から山中智恵子の短冊をいただいた。わたしが頂戴した方が「智恵子先生もおよろこびになると思いまして」というメッセージがついていた。歌は、 >藪つばきうしほに沁みて空ありきひしひしと船のあつまる朝(あした) という『みずかありなむ』の中の歌。瞬後に戦がはじまりそうな風情だ。  ありがたいものをい…
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《たましひの鞘》

ナウムブルクの野で  山中智恵子の歌に次のものがある。 > いづくより生れ降る雪運河ゆきわれらに薄きたましひの鞘     『紡錘』「鎮石」 歌集『紡錘』が1962年の刊行であれば、この歌を折口信夫が見た可能性は皆無であろう。もし折口がこの歌を知っていたら、彼は山中智恵子のもとに推参したのではないだろう…
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《食人のたのしみ、戦争のたのしみ》

 山中智恵子の歌に次のものがある。 > 食人のたのしみ知らぬ文明の青空のもと闘茶につどふ       『玉蜻』「闘茶」  『玉蜻(たまかぎる)』は山中智恵子の第十五歌集であり1997年8月に発行された。その「後記」によれば、1994年冬から1997年春までの作品を収めたものである。わたしはこの歌集を…
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《女青(かはねぐさ)》

 久しぶりに原っぱに行った。はじめは何も目に入らなかったが、そのうち、今までもったことのない視覚が生まれてきた。三脚をつけて撮っていたのがよかったのかもしれない。D7100にシグマの標準系ズーム(17-70mm)で三脚をつけて撮るひとも多くないと思うが、撮れたのは三脚なしでは撮れない写真ばかりだ。撮りながら浮かんで来たのが山中智恵子…
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《無明紅葉 京都造形芸術大学の「楓」---2014.12.9》

 楓(かえで)の写真25枚。松麟館へゆく手前に、南~南西から光の射す所があって、樹木の葉や幹に、深い陰影を与えてくれる。昨日たままたカメラを持って本部の方へ行っていて、食後、ここを通りかかる時、美しく、世間では今年の紅葉狩はもう終ったとみなされている時期になっていても、やはり心が残り、撮っていた。マクロ系のレンズももっていたので、一…
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《拉鬼行一首》

 拉鬼体継承のこころを 一首 > 拉鬼体継がむこころに空晴れて良経、智恵子月よりやさし  今日上弦の月。
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《無明紅葉放下千歳》

 山中智恵子の歌に次のものがある: > 逢はぬ夜のまなこゐ和(のど)にきみもあれ無明紅葉放下千歳   『虚空日月』 きみへのいたわりにみちた歌だ。それはどのような紅葉なのだろうか? ずっと想像しつづけていた。だがそんな景はなにも思い浮かばなかった。  今日、降ったり止んだりの小雨のなか、ふと目の前の紅葉したもみじが…
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《秋の日の…》

 昨日はとても好い日だった。花背峠に水を汲みに行って、帰りは大原をまわって帰った。こんな好い日がある……。空気もすがすがしい。  > 秋の日の高額(たかぬか)、染野(そめの)、…… と言えば、知る人は知る山中智恵子(『みずかありなむ』)の歌だが、私には秋の歌がない、と思う。---というより、こんなに透明な、すがすがしい日…
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夕空 --- 還幸祭の日

 夕食後なわとびをしていて、百回飛んだ所で、もったいないと思ってカメラを持って三階に上がった。三階の窓からの西空。いつも電柱が入るが……。  思うと今日は7月24日、祇園祭りの還幸祭だ。スサノヲの神が、祇園社に戻られる日。この夕焼けがスサノヲ神の残した念だと思えた。スサノヲ神の怒りの念。京の都に怒り…
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淡き光に

 立ちどまって、撮るほどのことではないのかもしれない。緑のなかのひとところ、淡い光が射していて、そこが少し別の時空にみえた、というだけのことだ。  だがそもそも、ひとの喜びも、悲しみも、そのようなものではないか?  今日わたしに大きな出来事が起ったとしたら、それはあの山中智恵子の虚空日月の一歩先のところを、青不動の話として歌…
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さくらばな -- 今年の花と

 先にも紹介したが、山中智恵子のこの歌から: > さくらばな陽に泡立つを目守(まも)りゐるこの冥き遊星に人と生れて  北白川の疎水の桜はすこし散り始めていた。今年はじめて、今日見ることが出来た。  陽がおぼろで、陽に泡立つさまにはならない。そして桜には他の表情もある。  疎水べりにひときわ白い桜があった。  こ…
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さくらばな

 満開のさくらばなは「陽に泡立つ」と見えるが、それ以上の、言い難いものを秘めおいているように見える。私にはまだ読み切れない山中智恵子の歌: > さくらばな陽に泡立つを目守(まも)りゐるこの冥き遊星に人と生れて  すでに終っているものがある。気づかぬ人が多くとも。  (Facebookに4月5日掲載のものの再録) …
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京都歌会 --- わがことば創りたまへるかの夜

 今日、日本歌人の京都歌会。新人二人が来てくれた。作も評も素晴らしい二人。  歌会の後喫茶室で談話していたが、ある先輩から私が短歌で何をやろうとしているのかきかれた。普段こんなことは尋ねられたこともないのだが。  私の答えは多分簡単だ。山中智恵子と塚本邦雄が開いた地平を先に切り開くこと。彼らの先の新しい地平を切り開くこと。---…
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《グレン・グールドの「運命」》

決断し、そして解決も示す。 生々しく、おびただしく流される血。 (もちろん彼自身の身体から流れる血) 彼の演奏は「血の繭」の破り方を教えてくれる*。 そのマナー、その「責任」の負い方……。  わたしには、このグールドの演奏には、1943年6月30日のフルトヴェングラー指揮ベルリンフィルハーモニーの演奏以…
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初雪

朝、ふとのぞいた窓からみえる白い風景は、年に一度の事件。 「不思議」 というより 以上で 言えば 神秘を感じさせる  (ロバート・リンドの「初雪」を読んでで英語の勉強をした世代が少なくなったのだな、と感じる) ========= 追加 ========== …
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秋草抄 その五

 2012年11月25日撮影の《秋草抄》。その最後の抄。野の原の見せるこの美しい色。  最後に、紹介したかった歌一首を:    水ゆかば秋草ひたす雲離れ空に陥ちけむ声玲瓏(もゆら)なる       山中智恵子『虚空日月』「王+必」 …
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折口とは何だったのだろうか?

 気にかかる。「きずつけずあれ」のさびしさ。 >   きずつけずあれ > >わが為は 墓もつくらじ---。 >然れども 亡き後(アト)なれば、 > すべもなし。ひとのまにまに--- > >  かそかに たゞ ひそかにあれ > > 生ける時さびしかりければ、 > 若し 然(シカ)あらば、 > よき一族(ヒ…
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別れ道

 今日は夕日もすばらしく、また月も細くてカッコよかった。「文学研究」の授業の初日、午前中仲先生、午後からわたしで、短歌についての講義をした。仲先生の話をうけて始め、そして前日に構想していた通りの講義が出来た。塚本邦雄の「袖に玉散る」を導入に使って、山中智恵子の「虚空日月夢邃きかも」の歌とそれに対する応答として塚本の「馬を洗はば」を解…
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秋草

 昨日も雨、今日も雨で写真を撮っていない。それを言えば一昨日も撮っていない。それで10月15日の写真。テーマは《秋草》。紹介したい歌がひとつある。   水ゆかば秋草ひたす雲離れ         空に陥ちけむ声玲瓏(もゆら)なる          山中智恵子『虚空日月』   この歌については以前語ったことがある。 …
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水について考えるために

 水について考えるために、わたしにとってもっとも基本的なものは、山中智恵子の、   青馬の耳そばだてて風日祈(かぜひのみ)水ははるばる誰がために癒ゆ         『虚空日月』「のちのかりことば」 の歌だ。  水にかかわる過剰と過少を、耳をそばだてて聴いてくれる神がある。青馬(黒馬)。風日祈社。その伊勢だけの話では…
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桜びと (今日も黒田百年桜)

 今日は雲一つない青い空の下、百年桜。詩的な何か、ひとびとの心を繋ぐ何かがあった。吉田晴吉さんの心ともつながっている。  今日は「おーらい黒田屋」で店番をしていた前田さんと会った。明日は「黒田の桜まつり」とのこと。石窯でピザも焼くのだと。学生を連れて来て、話を聞かせるのも難しい。なにぶんにも黒田は遠いので。乗物がないと…。 …
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北山に雪降ると見えて 奥貴船 (LumixGF3)

 北山に雪降ると見えて、貴船の方に行った。だが貴船にはほとんど雪もなかった。さらに少し奥に行く。だが雪はほんの少し、ぱらつくほど。石橋の別れ道のところで車を止めて、少し写真を撮った。もう午後五時を回っていただろう。谷筋は暗くなるのも早い。 花背峠への旧道だという こちらは滝谷峠へ 今日の雪の名残 雪解…
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