テーマ:シュトックハウゼン

目下のわたしの最も大事な仕事が …… 直観音楽

目下のわたしの最も大事な仕事、シュトックハウゼンの弟子として直観音楽家としての仕事が、少しまとまりつつある。世に、これがわたし(たち)の演奏だとして示せるものが、幾つか出来た。彼の在世中にそれが示せなかったのが残念だが、しかしわたしの遺した碑といえるものができた。 世界中の音楽家の誰のどの作品でもいい。シュトックハンゼンの《短…
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今日、久しぶりに岩下徹さんと

今日、授業が終わって研究室への帰り道、山の上の能舞台の隣の屋上で岩下(徹)さんが踊っていた。ひとりで踊りの練習に体を動かしていたということなのだろう。あのいつもの黒い上下の練習服で。 お会いするのも久しぶりのことで、二三言葉を交わしていた。そのうち遊びたくなった。邪魔ではないというのでドラをもっきた。そして即興で遊ぶ。 私の…
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「コンサート・ジェネシスIII」という演奏会に行ってきた

11月7日、「コンサート・ジェネシスIII」という演奏会に行ってきた(京都造形芸術大学春秋座)。 演奏会の第二部で、「追悼 シュトックハウゼン」として「京都で作曲された作品二題」というものが組まれていたからだ。 曲は『リヒト--暦年』から3曲、そして『自然の持続時間』から4曲。 『自然の持続時間』は大井浩明さんのピアノ演奏で、…
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ドイツの音楽雑誌"MusikTexte" 5月号に小論文を載せてもらった

明日から花巻。その打合せで大学に行った。メールボックスにDellの宣伝冊子ともう一つ何やら黄色い冊子が。普通ならすぐゴミ箱に捨ててしまうところなのだが。  家に帰って、バッグの中を整理していると、その黄色い冊子にMusikTexteとドイツ語が書かれているのに気づいた。117号、Mai(5月) 2008。あ、あれだ、という感じ…
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わたしには三人の師と……

わたしには三人の師と、一人の先生があった。 三人の師とは、邂逅した順で、山中智恵子と、カールハインツ・シュトックハウゼンと、ジル・ドゥルーズだ。 山中さんはわたしの詩に、「清新な抒情に感動しました」と言ってくれた。 シュトックハウゼンは、私たちの音楽を聴いて「音楽家」と呼んでくれた。 ドゥルーズは、わたしのテクスト(トビー・…
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ハンス・フェルスタッドさんの音楽を聴いた

昨日(2008年5月11日)ハンス・フェルスタッド(Hans Fjellestad)さんの音楽を聴いた。 京都北白川の「ビバラムジカ」(VIVA LA MUSICA)で。友人のデンマークの音楽家、カール・ニールセンさんが紹介してくれた人だ。 聴いた音楽は素晴らしい。アース・ミュージック、とか環境音楽とかいうジャンルになるのだろう…
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松平敬さんからレスポンスをいただいた シュトックハウゼン「正しい長さ」Richtige Dauern

 松平敬さんからレスポンスをいただいた。2008年1月27日の、わたしたち「IME」の、シュトックハウゼンの「正しい長さ」"Richtige Dauern"の演奏のことだ。 今日(1月30日)、夜、休息の眠りから覚めてメールを見ると、松平敬さんからメールが着ていた。29日にお送りしたCD-Rの感想を書いてくれたものだ。嬉しく…
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シュトックハウゼン追悼 京都新聞2007年12月21日の記事

 京都新聞の2007年12月21日版にわたしのシュトックハウゼン追悼記事を載せてもらいました。穏やかで満ち足りたシュトックハウゼンの表情が一番のポイントだと思います。  下に再録しておきます。  もう会えないと思うとさびしい。断腸の思いがする。  だが、会えたことの喜びはさらに大きい。  (記事の写真をクリッ…
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奈良新聞 平成19年12月29日版に シュトックハウゼン追悼

奈良新聞 平成19年12月29日版第6面にわたしの「シュトックハウゼン追悼」の記事を載せてもらった。 サブ・タイトルを「音楽の『大道無門』開く」と付けてくれた。このサブ・タイトルがとても嬉しかった。 わたしが書いた原稿は以下のとおりだ。わたしが言いたいことはほぼすべてここに述べられている。   ☆  ☆  ☆ …
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浅田彰氏の追悼文「シュトックハウゼンを悼む」に感じるもの

2007年12月12日の読売新聞に掲載された浅田彰氏の「シュトックハウゼン氏を悼む」という追悼文には、何か虚しい思いがつきまとう。その正体は多分終りの方の次のような文章から見えてくるように思う。 >彼ら(=ノーノ、ブーレーズ。引用者注)に比べ、献身的な弟子たちと共にセクトのような小集団をつくって自らの音楽の夢を純粋に追い続けた…
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シュトックハウゼン very relaxed and delighted

 カール・ベルクストレーム・ニールセンという音楽家がいる。デンマークのひとで、わたしの友人、あるいは直観音楽の同志である。12月13日にメールをくれた。彼がシュトックハウゼン・メモリアル(Stockhausen Memorial)に書いた記事を読んでほしいということだった。そしてそのメモリアルのことを教えてくれて、わたしにも書い…
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佐藤真さんの『サイード(Out of Place)』を観た [追悼]

 佐藤真さんの『サイード(Out of Place)』を観た。  土地にすっかり根づいてしまってはいけない。また、根なし草になってもいけない。そういうメッセージと理解してよいのだろうか?  あるいは、ひとはみな人種的にも民族的にも混血で、混血者として自分自身の(固有の)生を描いてゆかなければならない。そいういうメッセージと理解してよ…
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シュトックハウゼン 音楽の「大道無門」

 わたしの家に上司永慶の「大道無門」の軸がある。東大寺の別当をされていたときに書かれたものだ。抽選だったのだが運良く手に入れることができた。  字の意味は、どんな方途をとっても仏道の究極に達することが出来るという意味だと理解しているが、誤っていれば訂正していただきたい。  この書軸を得て以来、この大道無門という言葉が大好きになっ…
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長木誠司氏のシュトックハウゼン追悼記事

 2007年12月11日の朝日新聞朝刊に長木誠司氏の「作曲家・シュトックハウゼン氏を悼む」という記事あった(大阪本社・10版)。副題は新聞社が付けただけのものだろうからここでは措く。しかし二点について、ささやかな疑問を呈しておきたい。  1.「信奉するのは無色透明で純粋なテクノロジーのみ」と長木氏は言うが、まずは具体的にシュトック…
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わたしたちがこれからも直観音楽を続ける理由

あのシュトックハウゼンの『短波』が示した最高の歓びが、また達成され、繰返されるものであることを示したい。 これがわたしたちがこれからも直観音楽を続けてゆく理由です。 賛同してくれる人を求めます。  中路正恒
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[悼辞] シュトックハウゼンが亡くなった 巨大な人だった

 シュトックハウゼンが亡くなった。  巨大な人だった。  初めてお会いしたのは1977年のことだったと思う。京都で、「シリウス」の演奏とか、また別の会場で「ハルレキン」の演奏とか、そして知恩院で関西の音楽家との交流のディスカッションとかの催しとかのあったときだ。「ハルレキン」の演奏の後、レセプションの時間があって、そ…
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カールハインツ・シュトックハウゼン 追悼演奏会

カールハインツ・シュトックハウゼン氏の逝去を悼み 追悼演奏会を開きます 時 2007年12月8日 18時30分より 所 京都造形芸術大学陽陽館2F  演奏曲目  1. 正しい長さ (『七つの日より』より)  2. 無限に   (同上)  同志の参加を歓迎します  直観音楽アンサンブル(代表: 中路正恒) *…
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きのうピナ・バウシュの話を聞いてきた

 きのう(11月12日)午後1時間だけピナ・バウシュの話を聞いてきた。   sein eigenes Gefühl zu vertrauen (自分の感じ・感覚を信じる)   seinen eigenen Körper zu vertrauen (自分の身体を信じる) ということを非常に自信をもって主張して…
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「間」について (シュトックハウゼンの「正しい長さ」から考える)

古語に「間近し」「間遠し」という語があります。普通「間」の語を使って表記します。 古語辞典の中でおそらく最も鋭い言語感覚で書かれた『岩波古語事典』もこの表記を使っていますが、わたしにはこれはもとは「目(ま)近し」「目遠し」であった気がします。 「間」についてエッセンシャルに考えるためには、「間」を「目」から考えることが必要ではな…
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封印を解き 直観音楽を再開した

五十五歳になるまで直観音楽は封印していた。それはこんな理由だ。 大学院に入るときの面接で上田閑照先生から、「大学院に進むというのは単に学問を続けるということではなくて、研究に一生をささげるということなのだ。君はその覚悟ができているね」と訊かれた。僕が音楽に本気でかかわっているということを聞き知っていての質問だった。 この時直観音…
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