テーマ:岡本太郎

《プラナー1,4/50》

 むかし一眼レフのフィルムカメラを使っていたとき一番の魅力はフォーカシングによってピントが合ってきて像がくっきりするその瞬間だった。この手動のフォーカシングが気に入っていたので、AFカメラが普通になってからもなかなか使う気にはならなかった。最後の最後にちょっと使ってみたという程度だ。だからデジタルのAFカメラが世の標…
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《黒びとの流れ 2011年12月11日》

 この前日夜品川のホテルでIWJ主催の「饗宴」が開かれていた。朝の7時まで徹夜で二次会三次会で話し込んでいた。一次会では矢ケ崎先生と、二次会では名大の小型水力発電の先生と、そして三次会ではIWJのスタッフの方たちと話したのをよく覚えている。他にもお名前を忘れてしまった方何人もと話していた。その夜は皆既日食の日で…
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有楽町

 宮沢賢治学会の編集委員会があって、有楽町に行った。有楽町などほとんど初めてなのだが、スタバでまだ目を通していない資料(投稿論文一本)を(感心しながら)読んで、まだ少し時間があったので、付近を歩いた。すると、意外にも、こんな緑の公園があった。  時計台もあって、この形は岡本太郎と思って見ると、やっぱり岡本太郎だ。近づいて見上げるよ…
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少し春あるここちする

 今日は節分。時々太陽が雲からすっと出て、暖かくなることがあった。比叡山の北側の肩のところには薄く雪がつもっていたが、ここに光が当たれば、雪の花が咲いているように見えただろう。  主に「京都地域学」の補助プリントのことで仕事をしていて、終って研究室に戻るところ、光が射した。「少し春ある心地こそすれ」という古歌が浮かぶが、小さな春と…
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岡本太郎の『日本の伝統』

岡本太郎の『日本の伝統』(光文社文庫) 2012年2月3日節分 京都北山  「伝統」について岡本太郎はこう言っている。 >私は「伝統」を、古い形骸をうち破ることによって、かえってその内容---人間の生命力と可能性を強烈にうちひらき、展開させる、その原動力と考えたい。この言葉を極めて革命的な意味でつかうのです…
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マクロ・プラナー60mm (LumixGF3写真術)

 これは昨日撮った写真。今日は同志社の期末試験で、とてもそんな暇はない。一枚の写真も撮っていない。  それでマクロプラナー。やっぱり最高級に面白いレンズだ。風も強く、ほぼ等倍の写真なので、撮りたいと思っていた場所に画面を合わせることさえできなかった。それに、昨日も寒かった。もっと時間をかければ、とりたい場所を撮ることはできただろう…
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月食の日に IWJ設立一周年

 皆既月食の日、12月10日、東京に行った。IWJの設立一周年記念シンポジウム&パーティーに参加するために。土日が動けることに気づいて、9日に申し込んだ。ぎりぎりのスケジュールで生活している。  集会の内容は感嘆することばかりなので省くが、早川由紀夫さんと話せたのは嬉しかった。  それで三次会に行く時、空を見上げると、真上に…
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こすぷれ 雫石あねっこ

 JR小岩井駅から小岩井農場の旧入口に向かう途中の道。後ろに見える山々が七つ森。若い学生とスクーリング・アシスタントのアシスタントとしてついてきてくれた石毛さんにちょっとポーズをとってもらった。 岡本太郎の「雫石あねっこ」の写真をまねたのだが。 太郎もだいたいこの場所から撮ったのではないだろうか? …
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慈照寺庭園 岡本太郎に見えていないもの

 もう一度昨日も引いた拙句からはじめよう。   鳳凰の飛翔思はば明るむあかり 砂の心の わたしは銀閣寺の造園の最も深い精神を、銀沙灘と鳳凰の心の呼応に見るので、まずは拙句からはじめさせていただいた。実際、ひとつぶひとつぶの庶民のような砂の心と今にも飛翔してゆく鳳凰の心の呼応以上に、この庭園において見るべきものがあるだろう…
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【大津波】 こんなアングルに気づいてしまった 銀閣寺・銀沙灘

 長いこと銀沙灘を見ていた。昔からいつもこんな風に見ている。銀閣寺に来るのはほんとに久しぶりのことなのだが。   鳳凰の飛翔思はば明るむあかり 砂の心の 俳句とも短歌ともつかないこんな拙作。字足らずの短歌のつもりではあるが。砂は自らは動けない。そのすなのこころを、銀閣(観音殿)の屋根の上の鳳凰は語ってくれている。代弁して…
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岡本太郎はほんものである (1)

わたしは岡本太郎は「ほんもの」だと思っている。ほんものの鑑識眼を備えた人物、ほんものの趣味をもち、ほんものの見極めのできる人物のことだ。 わたしが彼を本物だと思うのは、二つの点に感心するからである。ひとつは『沖縄文化論』の中の八重山の歌について彼が語るエピソードによってである。もうひとつは東北文化についての洞察にかかわることだが。…
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