テーマ:飛騨

《船形山にひかり降る》

船形山 位山  小屋名の八幡神社(高山市)の後ろの方から山に入ってゆく道があった。大型の工事車両が何台か通っていた。この道は美女峠とは別の、もっと東側の、山越えの道になっているのではないかと思って、車で上って行った。するとほどなく美女高原という所に出た。ここは高山から見て美女峠の…
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《国府の桜まつり》

 今日(4月16日)は京都に戻る日だが、昼前に国府に行って、先日左岸の道を通り過ぎただけで戻れなかった宮川右岸の桜を見ておこうと思った。ここを見ておかないとどうしても心残りになりそうに思ったからだ。飛騨地方はまさに今が桜の見ごろだ。広瀬の交差点から入り右岸の通りを北から下がってゆくと幅50m、長さは400mぐらいに囲まれた区域…
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《盗人神社の桜》

 飛騨地方は春のさかりで桜がだいたい満開を迎えている。この神社の桜もちょうど見頃だった。  この神社、むかし盗みをした男がここに隠れて探索の手を逃れたという。ご利益のある神社だったようだ。京都の下賀茂神社の摂社という。
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《十二ヶ岳へ下見》

 車で十二ヶ岳に行ってきた。必ずしも登るつもりで行ったわけではなく、山の様子を見に行ったという方が正しい。義父から譲り受けたテリオス・キッドで行ったのだが、普段乗り付けていないのでシャベルが積んであるか、鉈やノコギリが積んであるかわからぬまま、だから多分ないだろうという前提で行かねばならなかった。いくら近くから雪は見えないといっ…
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《折敷地から瓜田へ》

 五味原で通れる道がどれどれかを調べて、折敷地に戻って、今まで行ったことのない道を走ってみた。道案内には十二ヶ岳から瓜田に道だと書いてある。十二ヶ岳へはこの道から行けるのだ。もっともこの季節四駆の軽自動車でなければ十二ヶ岳への山道を上ってゆく気はしないので、まずは道の確認ぐらいが目的だ。-…
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《カヤのダンス》

 旧丹生川村の瓜田には今日初めて行ったのだが、珍しいものを見た。たぶんカヤだと思うのだが、それを一束ぐらい束ねてくくりつけている。いったい何をしようとしているのかよくわからないが、多分屋根に葺くためのカヤの需要があって、そのために良質なカヤを毎年ためているのではないかと思う。この村ではカヤだかススキだかをかなり…
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《キツネ》

 この橋の上の足跡はキツネだと思う。場所は高山市旧丹生川村五味原の喜十郎橋。昔はこんなところに橋はなかったのだが、丹生川ダムができて今までの道が壊されてからはここを通るようになったらしい。昔の五味原の村の近くだ。以前から毎朝この辺りを通って折敷地村に出て来るキツネがいて、橋本繁藏さんがとてもかわいがっていたのだ…
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《みどりに燃える飛騨の山々》

 柳田国男が高山から荘川村まで飛騨の道を歩いたのは明治42年6月2日のことだった。彼が小鳥峠の小梨の花など飛騨の山々の姿を見て「初めて旅に酔う」と記したのがこの時だった。時期の違いは年によって若干の違いはあるだろうが、6月初旬の飛騨の山々はとても美しい。  橋本繁蔵さんが亡くなって、葬儀に出かけたのもこの同じこ…
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《梅村堤の跡?》

 昨日(4月6日)はなぜか北の方に歩いてゆきたくなって、結局斐太高校の運動場のわきから大八賀川の右岸(東側)を歩いた。先へ少し進めば宮川との合流点にでるが、そのまま右岸を進む。すると左岸の方で護岸工事をしていて、めずらしいものが見えた。どうやら工事して河岸を掘った下から昔の堤石らしきものが出てきているのだ。こ…
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《高山は冬》

 昨日の夜から高山は時々雨が降るようになり、だいぶ暖かだった。それでも、ボイラーの火力が低いので、湯量の乏しいまま家でシャワーを浴びて、そのせいか今日は風邪気味だった。午後にバッファリンを飲んでからはまずまず調子が回復してきたが。---ともかく今日は暖かかった。道路もシャーベット状だったものがジュクジュク…
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《ゴミとゴミ箱、そして一燈》

 ゴミがある。ゴミ箱が要る。それはよくわかる。 ゴミがいる。ゴミ箱がいる。しかしそれは必要なのか? わたしは疑問に思う。 むしろ必要なのは一燈をともし続ける人だ。 だからわたしはゴミ箱人間は必要ないと思う。 わたしは、西村宏一という一燈を灯し続けたひとりのひとの縁で飛騨学をはじめた。 人間に関してはゴミ箱は不要だと思う。…
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《H14.8.17のりくら山頂》

 こんな記念品が出てきた。家族全員で登った飛騨周辺の山の三回目。初回が平成12年の御嶽山。二回目が立山。そして三回目が乗鞍岳だ。その次からは家族がそろわず、もう行けなかった。西の白山にもぜひ登りたかったのだが。  それから14年。これからは孫を連れて行けるか、という話になるだろう。しかし、この三回の家族…
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《折敷地の猟師橋本繁蔵》

 折敷地は橋本繁蔵さんの小屋があったところだ。この2月3日、彼がいれば熊狩りに連れて行ってもらう時期だと思いながら、久しぶりに折敷地に出かけた。繁蔵さんが亡くなってからはじめて折敷地行きだった。行けば昔ながらの丈夫そうな飛騨の家々が変わらずにあって、とても安心した。このような建物たちがなくなったらわたしはとても飛騨をイメージできなく…
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《西ウレ峠》

 岐阜県の郡上八幡と高山を結ぶ道、通称せせらぎ街道の最高点をなすのがこの西ウレ峠だ。標高1113m。わたしの人生の中でもこの峠は外せない。坂本トンネルが開通してから、そして郡上八幡まで東海北陸自動車道が通るようになってからは、この道を通ることが多くなった。京都から高山までは長い道のりなので…
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《Web百首7「飛騨道」》

 「飛騨道」 六首 ○磨墨(スルスミ)の山も紅葉も道の駅も頼みにしつつ世を過ごしけり ○この後をいかに過ごさむ冬枯れの山をめぐらむ友もあらずに ○「巣野俣(すのまた)にふるさとの学校を」 ふるさとは何(なん)にもなくてかなしいところ ○榑葺(くれぶき)屋根の傾き忘れ家が建つかくてや飛騨はほ…
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《岩井谷と、ある丘と》

 以前、橋本繁蔵から、嶽(乗鞍岳)から吹きおろす風のすさまじさを聞いたことがある。風と言うか、雪嵐、みぞれ嵐と言うべきか。そのみぞれ嵐の吹き荒さぶ川は渡れない。飛ばされてしまう。熊でも飛ばされてしまうと言っていた。もちろん、真冬の猟期での話しだ。多分、彼以外だれも見た事のない景色。いや、かつて何人かはいるかもしれないが、生きて帰り、…
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《ローストチキン@高山》

 高山でもこういうローストチキンの店があった。10月末に行った時に見付けておいた店で、今回はそのつもりにして買って夕食にした。味は穏やかな味と言ったらよいのか、雑味のない素直な味で、美味しい。とりわけ脚の肉は、よく締っていて、非常に美味しかった。
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《宮川の水》

 昨夜のこと。散歩に行った。高山駅まで行って、それから赤い橋(中橋)を通って家に戻るいつものコース。中橋の下にライティングがされていた。下を覗くと川底の砂までくっきり見える。いつもそうだったかも知れないが、特別なことのように思えた。昼間清見の坂下や、久々野の無数河やらに行ったせいかもしれない。飛騨の川の清さが強く印象に残っていたよ…
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《あゝ野麦峠》の映画を見た

 この時期この日、野麦峠のお助け小屋に泊まろうとするひとが他にいるとはもともと思っていなかったが、朝の八時半過ぎに電話して、泊めてもらえるという事なので、予約した。授業が終わって、そして会田先生とファミレスでしばらく話して、結局高山を出発するのが5時半を過ぎた。  野麦峠のお助け小屋に着いた時はもう6時50…
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飛騨ことば

 「環境文化論・飛騨」の授業もあと一日になった。大きな山は越した。林(格男)先生は飛騨言葉の「ゴテ」について大変適切に答えてくれた。それが今日の最大の喜びだったといえるだろう。---答えられない(飛騨)研究家も多いだろうに…。  今思うのは「オサ」「ヌシ」についてもたずねておけばよかったということ。飛騨言葉も失われてゆく。橋本…
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圧倒されとおし---飛騨の白山の麓

飛騨の白山  6月7日、「環境文化論・飛騨」の初日は圧倒されとおしだった。まずは飛騨の山野の美しさに、そしてご担当いただいた先生方やものを教えてくださった方々の知識や知恵や技や知見に、そして懇親会では「夢見る芸大生」たちの志に。  政井みねの墓の専勝寺では本堂に上げてもらって勤行に与らせてもらったし、「河合振…
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飛騨の授業の準備

 「環境文化論・飛騨」の授業が7日から始まる(6月)。それで準備で何かとばたばたしている。変更を余儀なくされたのは天生(あもう)峠が7日の時点ではまだ開通しないということが明らかになったこと。そのため当初計画していた白川村から天生峠越えで河合村に行くルートが使えなくなったのだ。この峠道に東山魁夷の唐招提寺の壁画の原風景を見るというこ…
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夢はそのあとにはもうつづかない…

  夢はそのあとにはもうつづかない*)  甲子園の決勝で松坂が投げていた日 御岳に登った。  次の年は、北の立山に登った。 雲の上、別天地が開けていた。  その次の年には、乗鞍岳に登った。バスの終点から 一時間程度の登りだったが…。  次は白山に登ろうと思った。それで飛騨を囲む四名山に登ることに…
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これは平湯温泉で買った白鬼灯(シロホオズキ)

 これは奥飛騨の平湯温泉で買ったシロホオズキ。ここにはよく地元の野菜を売ってくれている店があって、行った時にはたいてい覗いてみる所だ。お好みの店。  そこにシロホオズキがあった。前に一度「夕陽を観る会」で試食させてもらったことがあって、とても美味しいことを知っていた。この平湯の店でも試食させてもらって、とても美味しいので、一袋だけ…
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田舎の野暮ったさ…

 「環境文化論・飛騨」のレポートを採点していて、出会った言葉。長く引けば、「高山陣屋の玄関正面に飾られていたもち花は、田舎の野暮ったさを感じさせない、凜とした姿をしている」、という表現。  こう言われるとこのとおりで、わたしは飛騨高山の文物に、野暮ったさを感じたことは一度もない。これは非常に特殊なことかもしれない。江戸時代に長く幕…
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天生(あもう)峠を一走り (Lumix GF3)

 6月12日のこと、結局時間がなくなって、河合村から白川村へ、天生峠を越えてひとっ走り。時々車を止めて、写真を撮った。  途中、すれ違う車は何台かあったが、追い越してゆく車は一台もなかった。時間が遅かったためだろう。  白川村に着いてからは、JAの店で少し物を買って、高速道路で帰った。10km以上のトンネルに驚くが、高山清見まで…
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天生峠は緑の悦楽

政井みねの墓、専勝寺(旧河合村) 案内板に、 明治21年2月3日出生 明治42年11月21日死去 と記されている。 みねの墓前の花。何かを慰めてくれる。 寺の向山。 信州奈川渡ダムのほとりの、ここまで戻った。 天生峠(河合村側) 天生峠(白川村側) 同前  東山魁夷の…
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