テーマ:宮沢賢治

《宮沢賢治の修羅 ノート4 修羅の成仏》

三十三間堂のさくら  大正9(1920)年6~7月に書かれたとみなされる書簡165の中で宮沢賢治は自分のある経験を称して「人間の世界の修羅の成仏」と呼んでいる。この言葉はしかし何を意味しているのだろう? まずその資料を紹介する。 >お手紙ありがたうございました >お互にしっかりやらなければなりません。突然ですが…
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《賢治の阿修羅像 興福寺/三十三間堂》(宮沢賢治の修羅 ノート3)

大正5(1916)年3月25日、修学旅行で奈良に来ていた盛岡高等農林学校農学科二年生一行は、この日午前10時まで、奈良の名所見物のための自由行動を許されていたことが森川修一郎の報告から分かる(『新校本全集』第14巻)。宿とした東大寺転害門南の対山館(楼)から興福寺までは歩いて数分で行けるので、その気があれば宮沢賢治はあの興福寺の阿修…
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《宮沢賢治の修羅 ノート2 賢治の基本姿勢》

 わたしは保阪嘉内あての大正十四(1925)年6月25日の書簡に、宮沢賢治の思想の基本姿勢が示されていると考えている。以下はその手紙の全文である(下線は引用者)。 >お手紙ありがたうございました >来春はわたくしも教師をやめてa.本当の百姓になって働きます いろいろな辛酸の中から青い蔬菜の毬やドロの木の閃きや何か…
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宮沢賢治学会・京都セミナー2014《宮沢賢治-修羅の誕生》の案内

宮沢賢治の修羅、それは京都・関西の力(学問・文化・哲学)と東北・岩手の力(学問・言葉・生活)が交叉する場所。ここにかつて修羅が生れ、今ここにまことの火花が生まれる。 主催 宮沢賢治学会イーハトーブセンター 主管 宮沢賢治学会京都セミナー実行委員会 2014年4月20日10:00-16:30 会場 京都…
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《宮沢賢治の修羅 ノート1 賢治の修羅の複雑性》

『春と修羅』の中に出て来る「修羅」は以下であろう。 「春と修羅」より a. 心象のはひいろはがねから あけびのつるはくもにからまり のばらのやぶや腐蝕の湿地 いちめんのいちめんの諂曲模様 (v.1-4) b. いかりのにがさまた青さ 四月の気層のひかりの底を 唾し はぎしりゆききする おれはひ…
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《宮澤家では関西弁を使っていたのではないだろうか?》

 宮澤家では関西弁を使っていたのではないだろうか? それも多分、京・近江のあたりの言葉を。---そう、ここで宮澤家と言っているのは、宮沢賢治の家では、ということだ。それが自然に出てしまうことがあるようだ。  ほんとうは、賢治の「歌」の使い方にとても興味が惹かれているのだが、それは本格的に考えてゆかなければならないので、今は論じ…
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平澤信一の「銀河鉄道の方へ」

  平澤信一の論文「銀河鉄道の方へ」(『宮沢賢治《遷移》の詩学』2008所収)には大変感心した。それは宮沢賢治の思考において、目に見えないものとしての「あまの川の水」についての想念が、初期の童謡「あまの川」(1921)から、晩年の『銀河鉄道の夜』第4次稿まで、同書第2次稿や詩「薤露青」、そしてあの「二十六夜」までをも貫い…
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《風の誘い…》

 「風立ちぬ」、このフレーズが今年再びひとびとの耳に立ち返ってきた。宮崎駿の作品の名として。その前はきっと堀辰雄の作品だった。源を探ればどちらもポール・ヴァレリーの詩「海辺の墓地」の一行にゆきつく。   Le vent se lève! ... il faut tenter de vivre! …
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『銀河鉄道の夜』第一次稿ノート(1)

不思議と同じ方向を向いているススキたち  『銀河鉄道の夜』には1924年頃に成立したと思われる鉛筆書きの15枚の自筆下書稿が現存しているという。それについて若干の気付いた点を記しておきたい。思うにこの第一次稿にはこの物語の元にある考えがはっきりと示されている。そこには後の稿では曖昧にされたり、隠されたりする思考も見出せ…
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哲学コラム3 宮沢賢治の『祭の晩』---交換・贈与・自己犠牲

 今年の哲学のスクーリング授業ではじめて取上げたものに宮沢賢治の『祭の晩』という作品がある。この作品は贈与の問題のクリティカルなところ、深くまた危険なところを無意識のうちに的確に示しているように見える。その危険なところというのは主人公の亮二の「着物と団子だけぢゃつまらない。もっともっといゝものをやりたいな。山男が嬉しがって泣いてぐる…
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環境文化論・花巻 7月6日舟遊び

 今年は「環境文化論・花巻」の授業で、二日目の自由見学のオプションとして「北上川の舟遊び」のメニューを加えた。これは一昨年、情報を得て試したところ、大変面白く、世界観が変わる気持ちがしたので、今回取り入れたものだ。結果は大変よかったように思う。 朝、ホテルの窓から東の空を眺めると、北の方から白い雲が迫ってきて、山を覆っていった…
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花巻

 花巻空港に着いた。花巻は少し蒸し暑かった。  はじめに、いつものように、高橋美雄さんのお宅に寄せていただいた。いつもこれがうれしい。冷たい麦茶を出していただいて、世間話などをしていた。去年が、おうかがいできなかったので、変化が目についた。近々隣地に息子さん一家の家を建てることになったのだそうだ。湯口村の一本杉の話も聞かせても…
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「よだかの星」

 某大型小売り店を歩いていたら「よだかの星」という菓子があった。さすが花巻、と思って買ってみた。 ホテルにもどって見ると、 <まだらな姿と至純な心、その鳥の風趣にちなむ銘菓です> と説明がある。 姿を見ればなるほど。 生地はサクサク、味はキャラメルがおいしくて、◎。 こんなインスピ…
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《去年なめとこ山で》

 どんな装備が必要かを確かめたくて、去年の写真を引っ張り出していたが、長袖+αで大丈夫そうだ。  案内をしてくれてる高橋さんは、さすがに首から何かが入らないように、タオルできちんと襟首をふさいでいる。  去年は7月9日の登山だった。今年は7月8日の予定。 なめとこ山の頂上でねそべって 上を見上げて一枚 …
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喜多弘樹は

 宮沢賢治というと、まず不思議な縁を感じる。大学生の頃、『春と修羅』は読み、『風の又三郎』などそれなりに読み、それなりに好印象はもっていたが、しかしそれほどの関心を持っていたわけではなかった。それで、京大短歌会のある後輩から、彼は宮沢賢治に傾倒している、ということを聞いた時、特異な感じがしたのを覚えている。彼とは、喜多弘樹のことだ。…
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宮沢賢治と貨幣 ---『祭の晩』

 宮沢賢治は貨幣に大いに魅せられていたひとにみえる。「貨幣」というより、むしろ「通貨」と言った方がよいのかもしれない。要するに、価値の抽象的な単位が存在し、それが広く流通しているという事実に。質の差異をもたず、ただ量の差異しかないそういう価値の評価方法のことだ。だがここで直ちに一言挟んでおかなければならない。賢治はそういう貨幣なるも…
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盛岡高等農林

 盛岡高等農林学校(旧)に行った。農林の建物(旧校舎・重要文化財)は耐震工事中ということで入れなかったが、ここで教え学んだ人々の誇り高い気持ちははっきりと伝わってきた。鈴木梅太郎がビタミンの研究をはじめたのもここだったという。もちろん宮沢賢治もここの出身者のひとり。 …
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新しい縁組み---銀河鉄道の夜(2)

 銀河鉄道の中でカンパネルラに去られ、ジョバンニは眼を覚ます。 > ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘の草の中につかれてねむってゐたのでした。 そしてジョバンニも自分の母のことを第一に思い出し、牛乳屋に行くという用事を思い出す。今日牛乳が配達されなかったのは、仔牛が逃げ出して、親牛の乳を半分ほど呑んでしまったからなの…
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「ほんたうのさいはひ」---銀河鉄道の夜(1)

>「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行かう。僕はもうあのさそりのやうにほんたうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまはない。」 >「うん。僕だってさうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでゐました。 >「けれどもほんたうのさいはひは一体何だらう。」ジョバンニが云…
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くらかけ山の雪

 F先生の仲介で、宮沢賢治のことで卒業論文を書くというASP学科の学生と夕方二時間ほど話していた。まあ、多分論文を組み立て直してくれると思う。  その学生が長野県の小諸の出身だというので、奈川のあたりのことを話していると、奈川の清水牧場というのは私の友人だという。先日、会田先生と野麦峠を下ってから休憩した牧場のことだ。チーズも牛乳…
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鞍掛山の近く 7月8日 (花巻の授業三日目)

 岡澤敏男先生のご案内で小岩井農場を見学し、食事をとり、そして講義を聴いた後、鞍掛山の方へ行った。山があり、詩碑があり、牧場があり(相ノ沢)、そしてオダマキソウの花が咲いていた。牧歌的な場所、でもおかしくないのだが…。  賢治の詩も、牧歌的なものではない…。    くらかけの雪 たよりになるのは くらかけつづきの雪ば…
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海だべがど おら おもたれば… (花巻二日目の授業)7月7日

 これは賢治の詩(タイトルは高原)、   海だべがと おら おもたれば   やっぱり光る山だたぢやい   ホウ   髪毛(かみけ) 風吹けば   鹿(しし)踊りだぢやい         (一九二二、六、二七)  何なのだろう? 何を、なぜ混同したのだろう? 光り、照り、輝き、真っ白に、空とも海とも山…
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絶対平等即絶対差異

 ある学生のレポートを読んでいた思ったこと。わたしの、基本概念を語ればこういうことになるだろう。  絶対平等即絶対差異。そして差異を常に差異の再生産の中に置き、研ぎ澄ますべきこと。 「〈ひとつの命〉考」(拙著『ニーチェから宮沢賢治へ』1997、創言社)で語ったことと変らない。  あのとき山田晶先生が指摘してくださった事…
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宮沢賢治とニーチェ 「夕べの太陽の幸福」 --- ニーチェ探検(1)

宮沢賢治とニーチェ 「夕べの太陽の幸福」   --- ニーチェ探検(1)『悦ばしい知識』337 ---  宮沢賢治は、『注文の多い料理店』の序のなかで、次のように言っている。 > またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かはつてゐるのをたび…
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安斉重夫展 花巻の宮沢賢治イーハトーブ館で (7月1日)

 7月1日は安斉重夫展の最終日だった。鉄の作品たち。賢治の童話にちなむ造形。どれも賢治作品への共感がしっかりと伝わるものだったが、わたしが、そしてこれはSAをしてくれた阿部洋子さんも同じ考えだったが、空を自由に飛ぶ気持ちよさを形にしたものに一番惹かれた。鳥のようにのびのびと空を飛びたいという欲望ががとても素直に伝わって来る作品。作者…
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花巻の宮沢賢治イーハトーブ館で (7月1日)

 シシ踊りのシシが活躍しているポスター。一日に玄米四合とワンコソバ60杯を食べ…、というところか。この温泉もいい。これは鉛温泉の白猿の湯だとすぐわかる。  イーハトーブ館玄関の山猫を使った構図は、授業初日の照井善耕先生のアイデアをぱくらせてもらった。  この三日間の授業の報告を作らなければならない。 …
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比叡山延暦寺会館での講演の原稿校正が終った 横山照泰師への感謝

この前比叡山でやった宮沢賢治の「なめとこ山の熊」についての講演の起こし原稿の校正が終った。ずいぶん時間がかかった。まるまる三日かかった。A4タイプで18枚。原稿用紙50枚ぐらいにはなるだろう。 今回は賢治論の比重が高いが、とりあえず今迄の研究のまとめになるようなものができた。延暦寺から横山照泰師もご参加、ご質問下さった。とて…
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銀河 鉄道 壁画 --- 花巻の印象

 花巻のスクーリング、初日の懇親会の後。雨が降っていたので、「サイカチ淵」行きはあきらめた。それで、希望者何人かで、近場の「壁画」を見に行った。  わたしもこれを夜見るのは初めてだった。なかなかいい。  この写真、シャッターを押したのは私だが、カメラは私のものではない。この写っている学生のもの。 (蛍光材が入ってい…
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なめとこ山の哲学 00 序

なめとこ山の哲学 序  なめとこ山の熊のことならおもしろい、と宮沢賢治は言う。作品「なめとこ山の熊」の冒頭での話だ。しかし、この「おもしろい」とは、この作品に描かれる「なめとこ山の熊たち」と主人公の猟師、淵沢小十郎たちの織り成す話のことなのだろうか? そうだとすると、「おもしろい」とは簡単に同意したり理解したりできることでは…
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大空滝からその上流へ

大空滝  七月七日、時間のとれる学生二人と大空滝に行った。登り口からの徒歩。水量のせいか「最後のカーブを曲がるとドドッという滝音が」、というあの響きは聞こえてこなかった。宮沢賢治が『なめとこ山の熊』で、 >そこをがさがさ三里ばかり行くと向ふの方で風が山の頂を通ってゐるやうな音がする。気をつけてそっちを見ると何…
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