テーマ:ニーチェ

《トリープシェンのルーとニーチェ》

トリープシェンの湖畔 (ルツェルン湖)  1882年5月のおそらくはじめごろ、ニーチェはおそらくルーと二人きりでトリープシェンに行っている。ルーはその時の記憶を著書の中で次のように書いている。 >> Wenn ich diese kurze Schilderung lese, dann sehe…
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《三浦瑠麗とルー・ザロメ》

モンテ・サクロから見たオルタ湖 北イタリア  (2016年3月9日)  ある記事の中で三浦瑠麗はこう言っている。 >間違っていても、無駄なことであっても、それが人間の姿だと思うんです。私は人間に興味があります。 http://bunshun.jp/articles/-/6817?page=2  話…
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《バーゼルのシュパーレントーア(Spalentor) 2017年8月12日》

シュパーレントーア 近くのユダヤ人街  去年この塔門を見た時はこのあたりのことをまったく知らなかった。今も大して知っているわけではないが。この塔門にちなむ「シュパーレントーアヴェーク」通り48番地にニーチェは住んでいた。そしてそのニーチェの自宅に、1785年10月、出版社シュマイツナーの紹介状をもって二人…
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《クロソウスキーに倣ひて》

ピエール・クロソウスキーは彼のニーチェ論『ニーチェと悪循環』を次の言葉からはじめる: >Voici un livre qui temognera d’une rare ignorance.  この言葉はわたしには絶大な励ましになった。自分もそういう本を書いてみよう。自分の書きたいのもそういう本だったのだ、と自…
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《ルツェルン(Luzern)をどう発音するか》

ルツェルン駅 トリープシェンのワグナーの館 トリープシェンから対岸の風景  スイスのルツェルンという町を普通は「ルツェルン音楽祭」などの呼び方のように文字通りに、「ツェ」を少し高く、強く、つまりそこにアクセントを置いて(日本人は)発音するように思う。この読み方(音読法)でいいのだろうか? とうのもドイツ語に通じ…
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《ナウムブルクにてわが瞠しこと 2016.8.14》

 《ナウムブルクにてわが瞠しこと 2016.8.14》  ナウムブルクにニーチェは父の死後すぐに母に連れられて引越しをするが、今ニーチェ・ハウスと呼ばれている家に住むようになったのは彼が14歳の時のようだ。そして1889年1月トリノで倒れてからも幾つか病院を転院した後、母の看護の下この家で過ごし、その後妹の世話の下ワイマールに…
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「ニーチェの救済論 ---時と意志」 2017年日本宗教学会発表資料 

 2017年の日本宗教学会第76回学術大会でのわたしの発表資料を公開します。学術研究にお役立ていただければ幸いです。引用の著作権については十分にご配慮ください。なお、会場で配布した資料にはつけられている下線強調は復元していません。後日時間を見つけて復元したいと思っています。ご了承ください。 ========…
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《夕焼け 9月13日》

 今日の夕焼けは特別だった。それはしかし明日への希望に燃えた空というものとは少し違って、また禍々しいことの予兆に見えるというのとも少し違って、また不思議というのでもなく美しいというのでもないようなものだった。確かに壮麗なのだが、喜びをもたらしてはくれない。何なのだろう?  色合いが特別だった。赤っぽい…
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《お水取りの十一面観音悔過》

 招待してくれる人があってお水取りに行ってきた(3月10日)。最近はお水取りの「行」の部分に関して、厳しくするようになったようだ。見学に来る人の乱れや安易さに、別当になられた佐川普文さんがたまらなくなったようだ。今日は、見学者の人数も少なく、会式の内容も非常にはっきりと感じることができた。初夜と中夜だけ見て、(早…
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間違った選択をしたと

考えるカミキリムシ (ラミーカミキリ)  その時は他にしようがないと思ってした選択が間違った選択だったとだいぶ後になって気付いた時、そういう時には、後になってからでも、先の選択決定を改めた方がよい。---そう考えて自分にそういうことがあるかと考えると、何一つ思い付かない。あそこでああしておけばもっと出世していただろうと思…
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ヘンリー・パーセル(Henry Purcell)の紹介2  "O Let Me Weep"

パーセルで二番目に紹介するのはこれ。 ピナ・バウシュの《Café Müller》の意味もこの曲から考えるべきではないかと思う。 これにデリダの「すべての他者はまったき他者だ」という命題を付加すると、古い神は死んだ、これからは我々自身が神々にならねばならない、というニーチェの思想が読み解けるようになるでしょ…
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《ノルウェーの幻想》--1.Fandango

 「ノルウェーの幻想」というか、"fantaisie norvésienne" をあてもなくまとめてみようというシリーズ。村上春樹の『~の森』を源にしている、と言っておこう。---実際には、スペイン風の舞曲やら勧進帳やら、あたりかまわずの寄せ集めの感が強いが、ニーチェに倣っていうなら、汝の足下にあるのは地獄(H&oum…
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《生への讃歌》 拙訳つき

 フリードリッヒ・ニーチェ作曲、ルー・ザロメ作詞の《生への讃歌》(Hymnus an das Leben)の、楽譜上の文字テキストを起したものと、その拙訳を紹介します。併せて参考に、ルー・ザロメの《生への祈り》(Lebensgebet)のドイツ語テキスト(『回想録』のもの)と、その市販訳本日本語訳と拙訳を紹介します。  誤りを含め…
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《初夏の野の草の色》

 いつもの市原の野。しばらく行ってなかったが。 地下では水争いがあるらしく 最初に負けるのはいつもよもぎ 昔はこんなに地面が乾くこともなかったように思うが 巻くものは巻き 渇くものは渇き 咲くものは咲く 日の光には美しい色をしめす そのことが植物…
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ニーチェのビゼー論(2)(『ヴァ-―グナーの場合』抜き書き)

 昨日の夜から喉風邪を引いて、何もまともに考えることが出来ない。単純作業として、ニーチェの『ヴァーグナーの場合』(原佑訳、ちくま学芸文庫)からの抜き書き、他。 (注、ニーチェがここで語っているのは、ヴァグナーの音楽ではなく、ビゼーのカルメンのこと。誤解ないように) > この音楽は私には完全なものと思われる。それは、軽やかに、…
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ニーチェのビゼー論(1)(『ヴァ-―グナーの場合』抜き書き)

 ニーチェの『ヴァーグナーの場合』(原佑訳、ちくま学芸文庫)からの抜き書き、他。 > 私は昨日---あなたは信用なさるでしょうか? ----ビゼーの傑作を聞いたが、これで二十回目である。私はまたもや穏やかに心を傾けて持ちこたえた、私はまたもや逃げ出しはしなかった。私の焦燥に対するこうした勝利に私は驚いた。そうした作品はいかに人…
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近代の本質 ---『ヴァーグナーの場合』から

 ニーチェのこの近代の本質の捉え方は重要だ。とりわけわれわれがこの克服のためにどのような方途を取りうるのかを考えるために。無差異的な自然回帰などではないのだ。 > --- しかし、バイロイトの連中のそれのごときそうした虚偽は、今日ではなんら例外ではない。私たちはすべてキリスト教的貴公子という非美学的概念を見抜いている。諸対立の…
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《友情への讃歌》(HYMNUS AN DIE FREUNDSCHAFT)

 ルー・ザロメ/ニーチェの《生への讃歌》ないしは《生への祈り》を「友情への讃歌」と解釈する人間がいる。それが誰かを正確には知らないが、そのタイトルの曲を演奏しているのはJOHN BELL YOUNGだ。よい演奏だと思う。  だがそれ以上に、このタイトル《友情への讃歌》(HYMNUS AN DIE FREUNDSCHAFT)という翻…
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フリードリッヒ・ニーチェの《クリスマスオラトリオ序奏》

演奏: http://youtu.be/GPX8xBp7rJI  1882年7月23日、ニーチェは、妹のエリーザベトがバイロイトに《パルジファル》の初演を聴きに行く前に準備をさせるためにナウムブルクの実家に戻る。そしてこんな風に言う:「ねえおまえ、このたぐいの音楽はな、まったく僕が子供の頃に作っていたものなのだよ。自…
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ニーチェのインスピレーションとリズム2(『この人を見よ』)

 ニーチェが自分のインスピレーション体験について記している『この人を見よ』「ツァラトゥストラ」3は、ニーチェの文章の中でも破天荒なことこの上なく、ドイツ語としてぎりぎりまでメチャクチャに近い文章だと思う。といっても、ぎりぎりの約束ごとは守られており、読めないドイツ語ではないのだが、省略、飛躍に満ちみちていて、解読も解説も容易でない。…
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ニーチェのインスピレーションとリズム(『この人を見よ』)

 ニーチェは『この人を見よ』の中で、自分のインスピレーションの経験を記しているが、これは直観音楽の演奏と非常深く共通し、示唆多く、そして重要なテキストだ。広く紹介しておきたい。  まずは、「リズム的な諸関係の本能」と呼んでいるものについて。 >一つの完全な忘我の境にありながら、爪先に至るまで無数に小刻みに震え、ぞくぞくしてい…
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《生への讃歌》6 検討2 --<>とエロス

検討2 <>  本来ならルー・ザロメの《生の祈り》(Lebensgebet)の拙訳を試訳としてでも示すべきなのだが、おそらくルー自身が特別な創意によって作った合成語について、多少面倒でも検討をしておかなければならないので、今回も「検討」を中心にする。基本にするテキストは、Lou Andreas-Salomé…
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《生への讃歌》5 検討1 <>

 ルー・ザロメの『回想録』(Lebensrückblick)の中の<>(生の祈り)という詩について検討する。その際典拠とするのは、Lou Andreas-Salomé, Lebensrückblick, Verlag tradition GmbH, Hamburgである。詩はその32頁に…
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《生への讃歌》4 『神をめぐる闘い』の中の《生の祈り》

 ルー・ザロメは1885年の著作『神をめぐる闘い』(Im Kampf um Gott …)の第五章の終わりの所で、<>(生の祈り)というタイトルの詩を紹介している。これは、彼女が晩年『回想録』の中で提示している同名の詩とかなり違っていて、むしろニーチェが作曲した<>(生への讃歌)の歌詞と非常に近いものだ。便宜…
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