テーマ:哲学

《上田閑照先生にお会いしてきた》

https://youtu.be/U14BU33v0wY Panikguru Udo Lindenberg - Alles klar auf der Andrea Doria (feat. Panikorchester)  友人と宇治の方にお訪ねしてお目にかかってきた。先生は広い部屋で『八宗綱要』などを広げて読んでお…
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《『朗読者(The Reader)』》

 例えば旧東ドイツ(DDR)では、私よりも若い世代にも英語が全く理解できない人がいる。例えば40代の人にも。もちろん大変上手な人も少なくない。そしてイエナでシラーのガルテンハウスを案内してくれた70代前半ぐらいの男性は、とても教養の豊かな、顕職についていた人に見えたが、彼は私に英語で案内する努力をしてくれたが、必…
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《詩はすべて機会詩でなければならない》

ドルンブルクの庭園の鳥の像  「詩はすべて機会詩でなければならない」(es müssen alles Gelegenheitsgedichte sein) とゲーテは言う(『対話』1823年9月18日)。現実が詩のきっかけとなり、詩の材料をもたらしてくれていなければならない、ということだ。わたしはこのゲーテ…
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《タウテンブルクの牧師館案内板より》

 情報提供をしておきます。ただし日本語は拙訳の試訳です。間違えなどお気づきの点があったらお知らせください。 Aufenthalt im Sommer 1882 wohnte hier Lou von Salomé und seine Schwester Elisabeth Nietzsche. …
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《ニーチェが死んだ》

 8月23日、ワイマールのニーチェ・アルヒーフに行った。あまり色々なものはないところだという印象だった。ニーチェの死後の出来事にわたしはあまり興味がない。  展示室に『ニーチェ・クローニク』という本が置いてあった。最近の研究者ならだれでもが座右に置いている本ではないかと思うが、わたしは持っていない。見せ…
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《タウテンブルクへの旅が終わった》

 朝10時57分の電車でドルンブルクの駅を発ったところで私のタウテンブルクへの旅は終わった。1882年といえば134年前ということになるが、その年の8月26日にルー・ザロメもまたドルンブルクの駅を去り、その翌日にはニーチェもここを発った。彼らにとっては、この先にまだつながっている共同研究の企画があった。それを台無しにしたのは嫉妬…
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《ニーチェ》

 ナウムブルクに行ったのは、ニーチェが少年時代を過ごした場所を、そしていわゆる精神錯乱後に母親に心づくしのいたわりを受けながら過ごした場所を見て、そして感じておきたかったからだ。大都会ではなく、あの巨大なドームがあり、かつまたヒルデブラントのオルガンのあるヴェンツェル教会のある特別な環境のまさ…
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《太宰治の「父」》

 昨夜読んでいたのだが、テーマは「義のための子別れ」。太宰が義とするものは「私の胸の奥の白絹に何やらこまかい文字が一ぱいに書かれている。その文字は、何であるか、私にもはっきり読めない…」と書かれているこのはっきり読みきれない文字だ。この文字にゆえに、子を捨てる。そして太宰はこの「義のための子別れ」に、一人息子を殺そう…
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《ドゥルーズ・ひとつの出来事の哲学》

 小沢秋広氏の訳したこの本は1999年12月9日に買って、そのまま本棚に置きっぱなしにしていたものだ。今日(2015年12月7日)までただの一頁も読んだことがない。いずれ役に立つ日が来るかもしれないと思って買っておいた本だ。そして目さえ通さなかった理由はこの本のタイトルにあった。『ひとつの出来事の哲学』。日本語でこのよう…
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《今の世に本当に禁止されていること》

 死が出来る限り遠ざけられている。死にまつわるすべてが、死体も。だがこれは本当に禁止され、遠ざけられ、抑圧され、禁圧されている当のものではない。死は、本当に恐ろしく、本当に遠ざけれられているもののすぐそばにあるが、しかしそれが本当のものではない。今の世に本当に遠ざけられ、禁圧されていること、それは何か? それは万人が…
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《フリードリッヒ・ニーチェの永遠回帰の思想》

 昨日今日と(やっとつける時間がとれて)「哲学」のスクーリングのレポートを採点していたが、今回は、永遠回帰の思想の恐ろしさを、如実に感じたということを示してくれたレポートが何通かあった。こんなことは私が記憶する限り初めてのことだ。だからそれについて、その恐ろしさについて、きちんと書いておきたいと思っている。そのほ…
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《半歩先、一歩先、もっと先》

 世の中、半歩先のことを言う人は感心され、尊敬される。半歩先を言うためには、すでに言われていることを器用にアレンジするだけでよいのだ。だがほんとうに一歩先のことを言うと排斥され、侮蔑され、石を投げられる。真実には必ず本質的に耳に痛いことが含まれているからだ。変わらなければならない、というメッセージがあるからだ。そしてさらに二三歩先の…
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《哲学講義終了 11月30日》

 一昨日の11月30日、三日間の集中講義が終った。三日目の日は、希望者が多かったので、予定を変更して《去年マリーエンバートで》を見ることにした。ロブ=グリエ原作のアラン・レネの映画。断片を繋いで、本当は何が起こったことなのか、分からないまま、しかし次の行動に移ってしまう二人が入り込む迷路はどういう場所なのか、という問題。…
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《哲学講義二日目》

 今日のメインはニーチェ。「神の死」と「永遠回帰の思想」について非常にコンパクトに説明した。だがどれだけ理解してもらえたか。授業をしていて発見したのは次の事だ。  バッハのカンタータ147番はキリスト教信仰の上質でエッセンシャルな所を語るものだと思うがその最後の曲(コラール合唱)の最後の部分、その歌詞は: Darum la&…
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《通信教育部スクーリング哲学講義補足資料---『監獄の誕生』》

 今日学生に補足資料として配布したものを再録しておきます。田村俶の翻訳(新潮社,1977年)ではとても理解ができないであろうと思う重要な箇所を補足説明するために配った。(私のブログなので私の氏名だけは省いておく)  (授業ではこの修正に関してさらに豊富に説明しています) 『監獄の誕生』補足資料      京都造形芸術大学…
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ニーチェのビゼー論(1)(『ヴァ-―グナーの場合』抜き書き)

 ニーチェの『ヴァーグナーの場合』(原佑訳、ちくま学芸文庫)からの抜き書き、他。 > 私は昨日---あなたは信用なさるでしょうか? ----ビゼーの傑作を聞いたが、これで二十回目である。私はまたもや穏やかに心を傾けて持ちこたえた、私はまたもや逃げ出しはしなかった。私の焦燥に対するこうした勝利に私は驚いた。そうした作品はいかに人…
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近代の本質 ---『ヴァーグナーの場合』から

 ニーチェのこの近代の本質の捉え方は重要だ。とりわけわれわれがこの克服のためにどのような方途を取りうるのかを考えるために。無差異的な自然回帰などではないのだ。 > --- しかし、バイロイトの連中のそれのごときそうした虚偽は、今日ではなんら例外ではない。私たちはすべてキリスト教的貴公子という非美学的概念を見抜いている。諸対立の…
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絶対平等即絶対差異

 ある学生のレポートを読んでいた思ったこと。わたしの、基本概念を語ればこういうことになるだろう。  絶対平等即絶対差異。そして差異を常に差異の再生産の中に置き、研ぎ澄ますべきこと。 「〈ひとつの命〉考」(拙著『ニーチェから宮沢賢治へ』1997、創言社)で語ったことと変らない。  あのとき山田晶先生が指摘してくださった事…
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富士山が見えた

 朝の五時前、四ッ谷の宿泊先から外を見たら、富士山が見えた。当たり前のことなのかもしれないけれど。急いでカメラを持ち出して撮った。  昨日から東京で哲学の講義。初日の授業がまずまずうまくいったので、昨夜はよく寝ることを心掛けた。スターバックスで閉店の9時まで、さる方の卒業論文を読んでいた。やっと読む時間が取れた。朝は部屋が乾燥して…
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戦わないこと(四) 「わたしは生かされている」 FW. 276.  ――「ニーチェ探検」(2-4)

この『悦ばしい知識』(Die Fröliche Wissenschaft) 276のアフォリズムからもうひとつ引いておこう。 > 新しき年に---私はまだ生きている。私はまだ考える。私はまだ生きなければならぬ、なぜなら、私はまだ考えなければならないから。われあり、ゆえにわれ考う、われ考う、ゆえにわれわりだ(Sum, …
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戦わないこと(ニ) 「運命愛と美」 FW. 276, 339.  ――「ニーチェ探検」(2-2)

 『悦ばしい知識』(Die Fröliche Wissenschaft)276のアフォリズムの中で、ニーチェもまたみずから「戦わない」という生き方をする、と語っている。次のようなものだ。長く引用しておこう。 > 事物における必然的なものを美として見ることを、私はもっともっと学びたいと思う、---このようにして私は、事…
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戦わないこと一 「堀文子の脱走論」  ――「ニーチェ探検」(2-1)

 堀文子は『ひとりで生きる』(2010年求龍堂)の中でこう言っている。 >人に屈伏しないためには、闘わなければなりませんが、私は闘うのが嫌いです。そうなると、脱走するしかない。こんな子どもじみた解決をする自分を恥じながら、私はその後も、「闘わず屈伏せず」という姿勢で、生きてきてしまいました。(p.157)  「屈伏し…
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宮沢賢治とニーチェ 「夕べの太陽の幸福」 --- ニーチェ探検(1)

宮沢賢治とニーチェ 「夕べの太陽の幸福」   --- ニーチェ探検(1)『悦ばしい知識』337 ---  宮沢賢治は、『注文の多い料理店』の序のなかで、次のように言っている。 > またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かはつてゐるのをたび…
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昨日の沖浦先生の話

 昨日の沖浦先生の話、そのエッセンスは、「ひとは排泄物に関ることを穢れとし、それに関る仕事を賤職としてきた。しかしそれは間違えではないか」という主張だと理解してよいのだろうか?  わたしはそのように理解し、そしてこの主張に賛同する。 ===== 追加補足: この、「穢れ」や「賤職」という考えが誤りであることは、(…
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明日の哲学の授業

明日の哲学の授業、午前中はフーコーのディシプリン的権力の分析の要点を講義する予定。身近にあって取り囲み、人をがんじがらめにして行く権力を分析する技術を教えなければいけない。ただその背景にある「人間の自己家畜化」を批判するにはニーチェ的な観点が要る。 午後からは沖浦和光先生の特別講義。
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鶏と快癒の哲学

そういえば(小泉文夫とインドネシアの鶏のつづきだが)、アスクレピオス神殿への供犠も雄鶏を捧げるものだった。この供犠はコス島からはじまったらしいが(ケレーニーによる)、どちらも太陽の来訪、夜明けとつながる。ツァラトゥストラの「序説」の冒頭もそうだ。 (ツァラトゥストラの)太陽による病からの回復というテーマも、ソクラテス-アス…
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パスカル『パンセ』(中公クラシックス、他)

「クレオパトラの鼻がもしもっと低かったら……」、「人間は考える葦である」、そんなパスカルの箴言に今の若い人たちは触れたことがないのかもしれない。パスカルの名は現今ではむしろ「ヘクトパスカル」という気圧単位としてひとに一番知られているかもしれない。ブレーズ・パスカルは真空の発見者でもあった。だがまずは『パンセ』の中から次の断章を紹介し…
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無限責任会社

哲学者とは何だろう? 知恵の友だ。 友とは何だろう? その相手に対して無限の責任を負う者のことではないだろうか。 そうであれば、哲学者は知恵に対して無限の責任を負う者のことだ。 そんな因果な人間が、少数だが、大昔から存在した。 そんな因果な宿命が大昔から存在した。
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