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「世界という大きな書物」  中路正恒公式ブログ

プロフィール

ブログ名
「世界という大きな書物」  中路正恒公式ブログ
ブログ紹介
世界という大きな書物の中に見出した
かげろうのような一瞬の思い、
ポエジーを、
少しずつまとめてみたいと思っています。
文字による学問の外
 (文書への信奉の外)
デカルトより、さらに兼好に近く
兼好より、さらに芭蕉に近く
愚なること、無学なること、誰にも劣らず。

=======
Twitterと Facebookをはじめました。
http://twitter.com/mnnakajist
http://www.facebook.com/index.php#!/masatsune.nakaji
これらは私からのメッセージです。わたしからのメッセージにはどれも「瀬谷こけし」のイメージがついています。
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私の「なりすまし」にご注意下さい。そのサイトは以下です。
ttp://plaza.rakuten.co.jp/tad77/ (「h」省略)
ttp://ameblo.jp/designjimusho/ (「h」省略)。

間違ってメールなどを出さないようにご注意ください。
===
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《『短歌研究』勉強帖 2016年11月号前半》

2016/12/10 00:36
瀬谷こけし


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 11月号の勉強を終えてしまおう。11月号巻頭の「12ヶ月の歌」は永田和宏が高安国世の歌四首を取り上げている。そしてその読解を補足するように四首の歌を引いている。まずは掲載順にそれら八首の歌を引用紹介しよう。取り上げた(とわたしに見える)歌を「>」で、補足に引いたと思われる歌を「>>」で示す。以下である。

>>我が心すなほになればいつしかも又思ひゐる遠き人の上 @
>このままに歩き行きたき思ひかな朝なかぞらに消ゆる雲見つ A
>二人ゐて何にさびしき湖(うみ)の奥にかいつぶり鳴くと言ひ出づるはや B
>黄葉より何ありとしも思わねど曲がりゆく道に誘われて行く C
>>夕映のひろごりに似て色づきし欅は立つを 夜の心にも D
>>充ちあふれる黄の葉 自転車の青年のとらえがたき寂しさ E
>>何ものの瞬きならん透明の彼方はららかに降りつぐ黄の葉 F
>朝ぐもり深きににじむ遠き木むら黄色は浮びくれない沈む G

 この二首目を永田は「無意味の意味が強く心を引き付ける」と評する。中空に淡くかかっていた雲が見る間に消えてゆくさま。定家の「横雲の空」のように、雲の動きに思いの行く先の形を見ようとする思いは共通していよう。きわめてダイナミックな定家の横雲とこの上なく淡い高安の消えてゆく雲とは対照的なほどに異なった感受性の形を示している。このなかなかに捉えどころのない思いを辿ることが高安の歌を鑑賞することなのだろう。『虚像の鳩』はそうではなかったのだが。

 三首目のかいつぶりの歌も同じように淡い。些細といえば些細な出来事だが、一方がそれを捉えて口に出すことが、逆にここは二人だけの空間であるということを示し、その意味を互いに確認させるのだ。永田は「世界の中に二人だけ取り残されたようなさびしささ、そしてその幸福感がしみじみと感じられる一首である」と言う。蓋し適切な鑑賞だろう。

 四首目のわずかに誘われる思いがして歩み進むという歌は、なべてのひとの行動の決定が、実はこのような微かな誘いに従ってなされることなのだと気づかされる。永田は「そこはなとない浮遊感」」と捉えるが、評のポイントは「浮遊感」よりその「そこはかとない」些細さ、とぼしさ、であろう。高安もまた「乏しい時代(dürftige Zeit)の詩人」だったと気づかせてくれる歌だ。

 八首目の「朝ぐもり」の歌も高安の歌の姿勢をよく示す一首で、朝霞から浮かぶ葉群と沈むそれとの色の違いに気づき、その色分けを詠んでいる。「沈むくれない」は樹高の低さよりは色の沈みを表し、盛りを過ぎ、黒ずんだ色合いを想像させる。「くれない」を「ゐ」ではなく「い」と表記したのは、「為」の略字として生まれ、その丸さからも照り返しを予感させる生気にみちた「ゐ」の字を避けたためだろう。

 このように見て来ると、高安が、些細な事の意味、微かな事の意味にこころを向けて歌を詠みつづけた歌人だと見えて来る。それはアララギの伝統のひとつだと言われそうだが、わたしにはそれ以上に西洋の詩と思想に影響されているように見える。それは、高安の作がヘルダーリンやリルケの作に似ているということではなく、むしろ逆に彼らとは全く違うところに自分の場所を見出した詩人に見えるのである。些細なことを詠むという歌のスタイルを高安は打ち立てたと言えるだろう。これはしかしわたしが目差すような神々の遊びの歌とは違う。わたしが高安のように歌うことはないだろう。




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《大きな遺産を相続すること》

2016/12/08 00:30
瀬谷こけし

ワイマールの野
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 ゲーテは、この世で画期的な仕事をするためには大きな遺産相続をする事(eine große Erbschaft zu tun)が必要だと言う。ナポレオンはフランス革命を、フリードリッヒ大帝はシュレージエンの戦役を、ルターは坊主どもの無知を、そして自分はニュートン説の誤謬を課せられ、継いでいると言う。(1824年5月2日、kindle版訳参照)
 この伝で言えば、わたしはニーチェの神の死を課せられ、継ぎ、そしてシュトックハウゼンの直観音楽を継ごうとしている。---しかしそれを十分継げるのか? 特に後者はまだ十分に継げていない。





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《まさにそのことが聞きたかったのだ》

2016/12/06 00:20
瀬谷こけし


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写真はウドのCD『パニックプレジデント』のカヴァー写真


 昔フランス政府の給費留学生試験を受けて、一次試験は何とか通って、東京でその二次試験(最終試験)を受けたのだが、そこでその国の面接官に最初にきかれたのが、「あなたは大学で生物学を勉強している。そして大学院でニーチェを研究しているが、あなたは優生学的な思想を持っていて、そのために留学をしようとしているのではないか」ということだった。わたしはそういうことはないとはっきり答えたのだが。それではなぜドイツではなくフランスでニーチェ研究しようとするのか、と次にきかれた。わたしはこの二人の面接官が、どのくらいニーチェや哲学の知識を持っているのかわからないまま、率直に思っていることを答えた。つまり、ニーチェ哲学の研究はドイツよりもフランスの方が進んでいるから云々とあまり上手でもないフランス語で答えた。そのときわたしはパリ第8大学のドゥルーズ教授の推薦状(というか受入状)をもらい、それを提出していたので、通じないだろうと思いながらも、ドゥルーズのこの解釈の方がハイデガーのこの解釈より正しくより見通しのよい概念である等々を説明していたのだが、多分そんなことは全く要らないことだったのだろうと今になって(ウド・リンデンベルクの『PANIKPRÄSIDENT』を聞きながら)思う。
 彼ら面接官が知りたかったのは、この人物を給費留学生として入国させて大丈夫かどうか。将来テロリストになったり、反フランス政府的な活動をしたりするようにならないだろうか、という点だけだったに違いない。ドゥルーズ自身が、フランス政府からはブラックリスト(リストルージュ)に載せられている人物なので、そのあたりのことを、そしてそれだけを心配していたのだろう。わたしは、留学先の教授からの推薦状(受入状)をもらっていれば、普通に答えていれば間違いなく通ると聞いていて、特に面接の練習もせずにいたが、ドゥルーズのところを留学先にする場合は、疑わしきは通さずの原則が多少厳しかったのかもしれない。
 ともかくわたしは、(いわば哲学の素人である)その二人の面接官に、フランスの方がドイツよりもニーチェ哲学の研究が進んでいるということを理解させることができなかった。彼らの聞きたかったのは、ただ安全な人物かどうかだけだったに違いない。ウドの、(英語ではなくドイツ語で歌って)成功を収めるまでの苦労を聞いていると、なぜかそのことを思い出した。その時試験に通っていたら、わたしの人生もずいぶん違っていただろう。




CDはこちら。
https://www.amazon.de/Panikpr%C3%A4sident-Die-Autobiografie-Udo-Lindenberg/dp/3898306593/ref=sr_1_3?ie=UTF8&qid=1481110741&sr=8-3&keywords=udo+lindenberg+cd+panikpraesident


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《やふつはき》

2016/12/05 00:32
瀬谷こけし


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 さる方から山中智恵子の短冊をいただいた。わたしが頂戴した方が「智恵子先生もおよろこびになると思いまして」というメッセージがついていた。歌は、

>藪つばきうしほに沁みて空ありきひしひしと船のあつまる朝(あした)

という『みずかありなむ』の中の歌。瞬後に戦がはじまりそうな風情だ。
 ありがたいものをいただいた。





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《『短歌研究』勉強帖 2016年10月号》

2016/12/03 17:11
瀬谷こけし


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 10月号の勉強もおくれ、はや12月に入ってしまった。簡単にでも勉強を終えておこう。
 10月号巻頭の「12ヶ月の歌」は宮本永子が三首の歌を取り上げている。以下である。

>桐の葉も踏み分けがたくなりにけりかならず人を待つとなけれど
            式子内親王
>物の葉やあそぶ蜆蝶(しじみ)はすずしくてみなあはれなり風に逸(そ)れゆく
            北原白秋
>さやかにもさだまる秋かひとときの雨に洗われし砂利に照る月
            木俣修

 式子の歌は「かならず人を待つとなけれど」の心のすがたが歌の要とみえるが、宮本はこの歌を「秋も深まり、桐の葉も踏み分けにくいほどに庭を埋めてしまった。きっと訪ねてくるに違いないと、その人を待っているというわけではないけれど、という意味である」と鑑賞する。この鑑賞にほとんど異議はないのだが、一つは、葉が積もるのがなぜ「道」ではなく「庭」と解釈されているのかがよくわからない。もう一つは、歌のこころの微妙なところなのだが、先に諦めがあるような待ち方の危うさ、落ちてゆくような危うさを歌うことが支えているような歌すがたがわたしには感じられる。宮本は「逡巡する当時の女性独特の間合い」と言うが、わたしにはここにあるのは普通の逡巡、普通の迷いやためらいではなくではなく、絶望に落ちるのをただ一歩だけ先に延ばそうとする心持ちのように見える。ほんとうは桐の葉が積もろうが積もるまいがどのみち訪れてはこないひとへの思いではないだろうか。式子の歌は重たい。

 白秋の歌はあの身が軽く、容易に風に吹き飛ばされながらも飛んでゆくぶシジミチョウの姿を風に道を逸らされてしまう飛び方と見て、共感的である。草木虫魚への心の寄せ方が一人称的で素晴らしい。シジミチョウはすべての生き物の生の象徴になっている。

 木俣の歌は白砂に月の照らす光を見る室町庭園風の趣向である。「さだまる」には一時期の党派的な趣向を感じるが悪くはない。砂利と月に関しては芭蕉元禄二年敦賀での作、「月清し遊行のもてる砂の上」(類句あり)を思い起こすことができよう。


 他の作品を見よう。今号回は「特別作品」として七名各二十首の作が掲載されている。順に、水落博「日常雑歌」、光本恵子「大八車」、桑原正紀「こなから」、今井恵子「裸」、大野道夫「を達成することを誓うふ。」、小川佳世子「きわ」、辰巳泰子「夏のお話」である。目に止まった作を作者別に記そう。
 水落作品
>四国には火山脈あらずしかし讃岐の山は丸く尖らざる火の山に似る
(特に言うべきことなし)
 桑原作品
>退職せし学校に来て感覚すどこにも居場所なきたのめなさ
(古語「たのめなし」の適切な使用)
 今井作品
>泣くための掌(て)もてしずかに覆うとき顔はいつでも裸と思う
(風を詠んだ歌より深い捉え方があるように思う)
 小川作品
>母に子は私ひとりの盛夏にてひとりもいないわたしのこども
(「盛夏」が冗語にみえるが)
 辰巳作品
>政治利用を避けてお言葉選ばれん これまでずっとええ人やもん!
(「選ばれん」の「ん」は何なのだろう?)
>ゲーセンにベトコンを撃つゲーム機あり 大統領の名も知らず撃ちたり、と。
(風俗がここまで堕落しているのか、と教えられる)

 10月号の勉強は以上としたい。





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《Web百首11 イタリア紀行1》

2016/11/30 16:39
瀬谷こけし


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エトナ山



「イタリア紀行1」 八首


○わが姉は何をあはれとゆきにしやいつまで待ても戻りきたらず

○くれなゐやサン・ピエトロの聖堂もクレドに満てるばかりにあらむ

○白雪(はくせつ)のエトナあはれと心(うら)ぶれて入りにし霊(たま)の道を追はばや

○白雪(はくせつ)のモンテ・ローザよ消さずあれわが往き仰ぐ雪のやははだ

○潅木の葉群を幹の飛びぬけてどこまで育つこのつややかな樹皮

○水碧きオルタの湖(うみ)のさざ波に返る光のこまやかさこそ

○細波のオルタの湖(うみ)のひとところ波重なりて交はりゆけり

○モンテ・サクロ 棟も舗石の苔までもフレデリックの見も果てぬ夢

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《「まなざす」…》

2016/11/29 01:00
瀬谷こけし


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乗鞍岳を望む


 「まなざす」という言葉が最近は使われるようになっているようだ。フランス語の「ルガルデ」という言葉を密輸入してきたものとおもわれるが。わたしはこんな言葉を聞くと正直むしずが走る。日本語がレイプされているように感じる。そう感じない人が多くいるのだろうか? 日本語をレイプしているという感覚を持たないのだろうか? それが日本語をレイプすることだと感じない人がいるようになってしまったのだろうか? まったく情けないことだ。そういう日本人が増えてしまったならば、そんな世間ができてしまったなら、せめて自分はそういう世間とは無縁のところで生きてゆきたい。

 そういえば、比較的最近の話だが、宮沢賢治学会でも、「…をまなざす」という表現を使っている論文か評論かそのたぐいの文書を目にしたことがあって、これは日本語としてとてもたまらない、と言ったところ、「最近は普通に使われている言葉だぞ」と逆に言われたことがある。こういう言葉が通用するようになったら、日本語ももうおしまいだと思うのだが、宮沢賢治を核にした学会がこういう言葉に疑問を抱かないようになっているとしたら、まことに嘆かわしいことだ。
 そういう場所は立ち去るべしとニーチェなら言うことだろう。


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《アンドレア・ドーリア》

2016/11/27 01:14
瀬谷こけし


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 今年の3月、オルタ湖やモンテサクロを見た帰りに、ジェノヴァに寄った。ジェノヴァ到着が夜八時を過ぎるので、宿を駅の近くに取ったのだが、ジェノヴァ・プリンキパ駅の降り口を南口に取ってしまったので、初めてのジェノヴァの街で、夜中に一時間以上さまよい歩くことになってしまった。---このことは前に書いたことがあると思うが。「アンドレア・ドリア通り」に行きたいのだがどう行けばよいのかともう数も少ない通行人に尋ねて、まったく見当はずれの方向を教えられたり、警察官に尋ねて、あやしげな道を教えられて、結局駅に戻って、東口の方に降り直して、そこで駅員に尋ねたのだった。それからはすぐに目指す宿に着いたのだが、そのことは前に書いたと思う。ともかく私が忘れないようにしっかりと覚えていたのがこの「アンドレア・ドリア通り」の名前だった。
 この「アンドレア・ドリア」の名前に最近になってまた出会った。それはウド・リンデンベルクの歌の中でだ。
 調べてみると、アンドレア・ドーリアはルネサンス期のイタリア、ジェノヴァ出身の軍人で、神聖ローマ帝国の海軍提督を務めたひとだという。名将の誉れの高い人だったのだろう。第一次大戦中にその名の戦艦がつくられ、この名称は現在の駆逐艦の名前にもなっているという。その名の客船もあったという。ジェノヴァの名誉を担う名前の一つに違いない。ドリア家はジェノヴァの名家だという。
 ウドの「アンドレア・ドーリア」もとても面白い。元気がつく。

https://youtu.be/U14BU33v0wY





MTV Unplugged: Live Aus Dem Hotel Atlantic /Doppel
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2011-09-27
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《空に陥ちけむ声玲瓏なる --神の死と現代--(再掲)》

2016/11/26 02:05
瀬谷こけし

 御身が間近におられるならば・・・

J. S. バッハの「アンナ・マグダレーナのための小曲集」に収められた曲の中に、次のような詞のついた曲がある。

Bist du bei mir, geh' ich mit Freuden
Zum Sterben und zu meiner Ruh'.
Ach, wie vergnügt wär' so mein Ende:
Es drückten deine lieben Hände
Mir die getreuen Augen zu.

 わたしはこの曲を、シュワルツコップの歌で、あるいはTRAGICOMEDIAの演奏で、時々聞いているのだが、そのシュワルツコップのCDにつけられた西野茂雄氏の訳を紹介しておくと、それはこうである:

御身が間近におられるならば、私はよろこんで
最後のいこいにおもむくことでしょう。
ああ、私の生の終わりはどんなに満ち足りることでしょう。
御身のやさしいみ手が、
私の忠実な眼をとざして下さるなら。

 是非一度聴いてみてもらいたいのだが、この曲は、わたしには、私の死、つまり私が死ぬということに対するキリスト教徒の態度 (Gesinnung)、というべきものを、とてもよく表しているように思えるのである。この歌で‘du’(御身・あなた)と呼び掛けられている者、それは神とも考えられるし、またとても親しい、あるいは恋しい誰か、とも考えられるだろう。わたしは>これを神と考えたいのだが、いずれにせよ、私をそのまなざしで包み、私の生と死の意味を掬い取ってくれるべき者だ。そういう者が間近なところにいてくれるなら、私はよろこんで死におもむこう、というのである。

 この、とても穏やかな曲も、しかし、そこに、恐怖や疑念が、まったく存在していない、というわけではない。死は、ここでは私の、つまり一人称の問題として捉えられており、私が死におもむく、という孤独な、この上なくシンギュラーな問題が、ここで問題とされている。そして歌は出だしからして、問いかけの形で、つまり、
‘Bist du bei mir’
「あなたはわたしのそばにおられるのだろうか? それならば・・・」という形で始まっている。ここには明らかに、答えを与えられていない問があり、そういう問のあやうさがある。そして、先述した、私の死に対するキリスト教徒的態度、あるいはその思索のすべては、すっかり、この問のあやうさの上に乗っかっているように見えるのである。そして、死に対する恐怖も歴然としている。決して眼をそらせたりしているわけではない。また、答えのない仮定の上にみずからの安らぎ (meiner Ruh)を載せていることのあやうさそのものに対してさえ、必ずしも眼をふさいでいるわけではない。にもかかわらず、ここにおいては既にひとつの選択がなされており、ひとは、「あなたはわたしのそばにおられる」という仮想の上に、死に向かうみずからの生を載せることを決めているのである。そうして、そうやって、みずからの究極の安らぎをかちえようとしているのである。・・・

 しかし、とはいえわたしは、みずからひとりおもむく死に面して、安らぎを求めてはならない、と、言いたいわけではない。あの韓愈でさえ、「胡為(なんす)れぞ浪(みだ)りに自(み)ずから苦(くる)しむや/酒(さけ)を得(え)ては且(か)つ歓喜(かんき)せよ」(「秋懐詩 其一」)と語っていたのではなかったか。むやみに苦しむことが、よい、というわけではないであろう。


神は死せり(*)

 しかし、わたしがここで言いたいのは、このようにして自らを恃するキリスト者も、みずから深いふかい〈あな〉の中に、神のまなざしさえ届かぬ深い〈あな〉の中に沈んで行かざるをえない、そういうことがあるのだ、ということである。そして、神は私がそういう場所に沈んでゆくことをひきとめることができず、またそこに沈んだ私を救うこともできない、ということなのである。「神の死」とは、まさにこういう事情のことを言っているのではないだろうか。少なくとも、ニーチェが素っ気なく、「そんなことは分かり切ったことだ」と言うとき、「神の死」とは、神の、このような本質的な無力さのことを意味しているのである。

 このような〈あな〉のなかに陥ること、それは多分一種の「病気」、ではあろう。しかしこの病気は、「ほんとうの病気」と呼ぶべきものなのだ。アントナン・アルトーは、ジャック・リヴィエールとのやりとりの中で、相手にみずからの状態を根気強く説き、それが「ほんとうの病気」である、ということをきわめて強く主張していた。「ほんとうの病気」、それは、アルトーの表現によれば、「時代の現象などではなく、存在の本質に、その表現の中心的な可能性にかかわり、一個の生の全体にあてはまる病気」であり、「ほんとうの麻痺であり、ひとから言葉を奪いとり、記憶を奪いとり、ひとの思考を根こぎにする病気」、であるという。この「病気」は、アルトーが言うように、時代的な現象ではなく、存在の本質に刻みこまれているようなもの、それゆえだれもがそこに陥る可能性をもっているもの、一つの深い〈あな〉なのである。

 そして注意すべきことは、そのとき、私の思考は根こぎにされ、私は、言葉から乖離させられ、言葉で表現される〈私〉から乖離させられる (Je suis au-dessous de moi-même)、ということである。(〈私〉という記号を、ここでわたしは、私がみずからがそれであるとして表示しうる、客観化されうる場所のこととして使う。)それゆえにこそアルトーは、この「ほんとうの病気」において、私は私の絶対的な非実在性に苦しんでいる、とか、私のトータルな不在が問題なのであり、私のほんとうの消失が問題なのだ、と繰り返し語るのである。それゆえ、次のような表現、つまり、「私は自己のこの永遠の不在者であり・・」(Je suis cet éternel absent de soi-même) とか、「この私には、私はこの世界に存在していない、と、ほんとうに、言うことができるのです」とかいう表現を、われわれは文字どおりに理解しなければならないのである。そしてこのとき、われわれには、ここから、おれは「透明人間だ」と記した、と伝えられる、神戸の某少年の姿が、覗けてきはしないだろうか。

 この「自己の不在者」、この私の〈私〉からの乖離においては、私が、強さをもって流動するイメージの強度に蹂躙されて流れつづける以外のなにごともなしえぬ、ということが要点である、とわたしには思われるのであるが、その「強度の流動」について述べるのはまた別の機会にすることにしよう。(**)

わたしがここで確認しておきたいのは、アルトーが言うように、この「ほんとうの病気」は、時代の現象などではなく、存在の本質に属することではあるが、しかしそれがあからさまなものとして発見されたのはまさに現代においてであり、ニーチェやアルトーによって、はじめてはっきりとした姿で取り出されたものである、ということである。わたしは、この「神の無力」から「私と〈私〉の乖離」にいたる一連のプロセスを、「神の死」の意味として理解するのであるが、わたしは、この「神の死」こそが「現代」を刻印する標識である、と考えているのである。それはわれわれの時代の深い運命であり、われわれはみずからそれを引き受けることによってしか、その先へは行けないのである。

 わたしは、この小論を、そうした引き受けの、美しいいとなみの一つを紹介することで終えることにしたい。それは次の歌である:

 水ゆかば秋草ひたす雲離れ空に陥ちけむ声玲瓏なる
            山中智恵子『虚空日月』


 玲瓏(もゆら)とは玉と玉が触れ合って出る音のことである。虚空の〈穽(あな)〉に陥ちた魂、その動きのかすかな音に、耳を傾けてくれるひとがあるのである。



============ 補説 2016.11.25 ======
本稿は2009年10月26日に私のホームページ
http://www2.biglobe.ne.jp/~naxos/essais/jmoyura.htm
に掲載した、
「HTML Ver. 1.12
26/10/2009」
を再掲したものです。
講義ではアルトーの奇妙なフランス語(cet éternel absent)なども解説しているのですがそれも別の機会に回したいと思います。

また、ホームページに掲載したものも、そのはじめは1999年8月、『瓜生通信』No.11、(京都造形芸術大学通信教育部発行)に同じタイトルで発表したものを、若干修正したものです。最初に発表した時からすでに17年が経ちました。この間に理解者は増えたように思います。例えば、村上春樹の『ノルウェーの森』などもこの問題の理解を進めるために役立つと思います。アルトーの言う「ほんとうの病気」という認識が正しいことはこれからますます証明されてゆくことでしょう。(2016.11.25)




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《京にても》

2016/11/24 00:00
瀬谷こけし


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 芭蕉元禄三年の句に、

> 京にても京なつかしやほとゝぎす (643、岩波文庫)

がある。六月二十日づけの小春宛書簡に出る句だという。あるパンフレットの中でふとこの句を目にして、つづく文章をみていると、何かいいようもない違和感が生まれてきたのだ。もともとわたしには芭蕉が京をそれほど好んでいるとは思えなかったからなのだが。実際芭蕉は、京都よりも滋賀の方を好んでいたのではないだろうか。そんなことがその文章への違和感の原因だった。それで新潮社の『芭蕉句集』を調べてみた(同書では638番)。同書校注者今栄蔵は「現に京にいるのに、時鳥の声を聞くと、なぜか京が懐かしいなあという思いに駆られる」と鑑賞する。---わたしはこの鑑賞に甚だしい違和感を感じる。これはひどく世間主義的な解釈ではないか? わたしにはとても芭蕉がそのような句をよんだとは思えないのだ。注の解説ではさらに、上の「京」は現実の京、下の「京」は遠い昔の古典時代の京と注釈する。アクロバティックな解釈。---いったいほととぎすはどうなってしまったのか? そして「京にても京なつかし」の措辞も、この解釈ではすっきりと流れてゆかない。もちろんこの句は京都滞在中の作である。久しぶりに京都にきたなという感慨はもちろんある。
 要するに問題は「京なつかしや」の「や」である。これは感慨や感嘆の「や」ではない。そうではなく、むしろ問いかけの「や」であり、作者がほととぎすに、おまえも京がなつかしいのか、と問いたずねているのである。もちろんほととぎすのなき声を聞いてのことである。「京にても」の「京」にいるのは「ほととぎす」である。ほととぎすよ、お前は京にいるのに、お前でも京がなつかしいのか、お前のなき声は、旅をつねとするわたしにも、ふるさとを思い出させ、ふるさとの懐かしさを掻きたてるものだ。---わたしはこんな風に鑑賞したい。
 第三句(下五)にくる「ほととぎす」は、問いかける相手でなければ何だろう? この小論はとりあえずここでとどめておこう。



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《秋の高原三十一》

2016/11/21 21:46
瀬谷こけし

 秋の高原。これらの写真を整理するひまがなかった。スクーリングが終わってやっと一息。31枚にまとめてみた。
 高地のせいか、光の透明感がとても高い。


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こういう美を見出す心を忘れたら、ひとはどこに生きても病いの中だろう

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《詩仙堂吟行》

2016/11/21 20:56
瀬谷こけし

 11月19日は「文学研究・歌会」の二日目。午後から詩仙堂に吟行をした。去年より10日ほど遅かったせいか、紅葉が進みとても見ごたえのある色や景色が広がっていた。あいかわらず「三十六詩仙」の詩画額に関心を向けるひとは稀だったが。ともあれ秋の庭。



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 11月20日は「文学研究・歌会」の三日目の授業で、午後からは前日の吟行詠による歌会をした。学生も講義や歌会を経験してから詠んだ歌なので、それぞれ何かはよい方に変化しているように思った。わたしはこの歌を出した。

>姫つばきゆるりと歩む時の間も瞬(まばた)くひまも緑衣(りょくい)ほどかず

 李賀の詩にある「緑衣」の語を使って、山茶花の清楚なさまを歌ったものだが、票は入らなかった。



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《文学研究・歌会 出詠歌一首》

2016/11/19 02:43
瀬谷こけし

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 今日は文学研究・歌会のスクーリング授業の初日。わたしはこの歌を出した。

>もみぢ葉に天(あめ)の光の射しくれば雨ふるごとく光ふりくる

 「天の光」という言葉が、これほどぴったりくるシーンを初めて見た。それは「天(あめ/てん)」というところから地上に降ってくるものがあるというコスモロジーの中ではじめてただしく言葉で表現できる光景だったと思う。空から雨が降るごとく、空から光が降ってくる。黄葉の色に染まった光が。雲間に隠れて光の射さないときは普通の黄葉の光景であるものが、そこに光が射すと、突然別の物になって、荘厳な光景になる。そんなことを歌いたかったのだが。


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《第43回創画展を見てきた》

2016/11/12 04:57
瀬谷こけし
第43回創画展2016 絵葉書
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《白い森》 松本祐子


 京都市美術館で第43回創画展を見てきた。
 一点だけ挙げるならばやはり松本祐子の《白い森》だ。白花の花弁一枚一枚の描き方がていねいで、力強く、そして艶がある。それは呉春の白梅図屏風の花弁と比べても松本の方が優る。こんな淡いコントラストでよく絵として成立させているものだと感心するが、それは何よりも近景の白色の花の花弁のきわめて力強い表現のせいだ。上方の金の葉の装飾性に気づくのもしばらく経ってからだ。それほどにこの花弁が素晴らしい。絵ハガキや図録では決してわからないと思う。ぜひ美術館に足を運んでもらいたいと思う。
 ほかにも多くの絵を見て、感想を持ったが、それについてはまた後日、機会を見つけて記したい。

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《『ゴッドファーザー』とウド・リンデンベルク》

2016/11/09 01:21
《『ゴッドファーザー』とウド 或いは「Brucia La Terra」と「Staerker als die Zeit」》
瀬谷こけし
>マフィア映画の音楽がテーマなのでご注意ください<

 映画『ゴッドファーザー』シリーズの主題をなす音楽は、第三部の作中でシチリア、コルレオーネの音楽として紹介される曲だろう。それは「Brucia La Terra」と呼ばれるものだ。それは愛の、求愛の素晴らしい歌だが、その強さの中心は「月は燃えわたしも燃えている」と感じる恐ろしい夜の把握にあるように思う。この夜は彼女(それは月だ!)が戻ってこない限り、明けることがなく、暁を迎えることがない。主人公マイケルのこのような恋が、そしてその成就、そしてその相手の女性(アポロニア)の恐るべき死が、『ゴッドファーザー』第一部の中心テーマだと言ってよいだろう。「Brucia La Terra」はその愛の切実さと美しさをただしく歌っているだろう。

 しかし、その第三部で、歌手としてのデビュウを控えた息子が父マイケルへのプレゼントとして歌う歌は、マイケルのかつてのシチリアでの恋の成就と死を回顧させるが、その時にはこの歌の意味は少し変容を伴っている。そう、ファミリーというものが入ってきているのだ。そのファミリーの、引き裂かれることのない帯のような強い結びつきという主題が。この主題をウド・リンデンベルク(Udo Lindenberg)は、生の真の主体として見事に取り出してくる。それは死よりも強く、時代よりも強い、と。ファミリーの結びつきは死を越え、時代を越え、さらには時をも超えると。そしてわれわれ(個々の人間)はファミリーの大きな夢を生み出す素材、材料以外のものではないのだと。ウドはこのような一貫した思想を『ゴッドファーザー』から読み取り、示して見せる。これは実は非常に強い思想ではないだろうか? ウドは実に強くこの思想をわれわれに歌い届ける。
 わたしはウドのこの思想を、この上なくリアルなリアルについての思想として受け止めるのである。

 (この「Brucia La Terra」の歌、これがほんとにシチリア、コルレオーネの民の歌なのか、ニノ・ロータ(Nino Rota)の作曲したものなのか、わたしは知らず、また当面確かめる気はもっていないことを補記します)

◇   ◇  ◇

1.まずは健やかで美しい歌い方のものから。
https://youtu.be/uiAFbh5ZnoY




2.『ゴッドファーザー』1のシチリアの重要場面。
https://youtu.be/LW5xCCTXZdU




3.『ゴッドファーザー』3。息子が父にシチリアの歌をプレゼントする。
https://youtu.be/812du5U9oz0




4.『ゴッドファーザー』1の「Mamma Mia(何と美しい!)」のシーン。
https://youtu.be/Q9HOBQVcmmg




5.『ゴッドファーザー』1のダイジェストの1
https://youtu.be/zBw8vUdtH2A



6.ウド・リンデンベルクの《Stärker als die Zeit》
「ファミリー」の思想を提起する。
https://youtu.be/8ScfXLGnEpY






Staerker Als Die Zeit
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2016-04-29
Udo Lindenberg

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《美しい日没を見た》

2016/11/06 08:36
瀬谷こけし
 昨日、晩秋の美しい紅葉を見て

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乗鞍岳
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御岳
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美しい日没を見た。

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《ウド・リンデンベルクの「人生」》

2016/11/04 20:13
瀬谷こけし

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 ウド・リンデンベルクの「人生」(DAS LEBEN)をまずはその歌詞の翻訳によって紹介したい。そのドイツ語の歌詞は次のところで見ることができる。
HTTP://WWW.SONGTEXTE.COM/SONGTEXT/UDO-LINDENBERG/DAS-LEBEN-6B9532C6.HTML

 わたしはこの作品がドイツ本国でどのように受け入れられているのかよく知らないが、ビデオからは強く共感する者の多い作のに見える。中島みゆきの「宙船」はウドのこの歌ときわめて深い関係をもっているのではないだろうか。そしてこの歌はきわめてニーチェ的な(永遠回帰思想的な)作品なのだ。



人生 歌詞

ウド・リンデンベルク
UDO LINDENBERG
試訳


われわれはハンマーのごとくに違った二つのタイプだった
かつて存在した最も極端なちがい
かつてわれわれは不死だったのだ
今はお前は片足を墓穴につっこんで立っている
外の世界はすっかりお前を片づける準備が完了している
そしてお前は言う、もう十分だと.
エイ、友よ、前を見て
われわれの古い教訓を考えてみろ:

お前の人生を手に掴め
その手を二度とゆるめるな
お前のもっているものは
この人生だけなのだから
お前の人生を手に掴め
それを人に引き渡すな
なぜならもう一度それがほしくなった時
それはひどく難しいと気づくから

おれたちは自動機械じゃない
おれたちは一つの奇跡だ−お前もおれも
それを他人にこき使わせるな、こき使わせるな、違う
おれたちは辺りをゆったりとうろつく
そしておれたちがどこへ連れてゆかれるか見てみよう
そしてウィスキーでしわがれた声で
エイ、まあ聴いてみよう、お前の友がお前に語っていることを

お前の人生を手に掴め
その手を二度とゆるめるな
お前のもっているものは
この人生だけなのだから
お前の人生を手に掴め
それを人に引き渡すな
なぜならもう一度それがほしくなった時
それはひどく難しいと気づくから

お前のパワーはどこに向っている?
パワーはどこに残っている?
お前のパワーはどこに向っている?
最後の呼吸に至るまで

お前の人生を手に掴め
その手を二度とゆるめるな
両手でしっかりと掴んでおけ
それをさらに強く偉大にせよ
お前の人生を手に掴め
それを人に引き渡すな
なぜならもう一度それがほしくなった時
それはひどく難しいと気づくから




DAS LEBEN SONGTEXT
Udo Lindenberg

Wir waren zwei hammerkrasse Typen
zwei wie's die nur einmal gab
früher waren wir doch unsterblich
heut' stehst du mit einem Bein im Grab
die Welt da draußen macht dich fertig
und du sagst, du hast genug
Ey Amigo, guck nach vorn
denk an unsern alten Spruch:

Nimm dir das Leben
und lass es nicht mehr los
denn alles was du hast
ist dieses eine blos
Nimm dir das Leben
und gib's nie wieder her
denn wenn man es mal braucht
dann findet man's so schwer

Wir sind doch keine Automaten
wir sind ein Wunder - du und ich
lass die andern weiterhetzen, weiterhetzen - wir nich'
wir streunen locker durch die Gegend
mal sehn wohin es uns so bringt
und mit whiskeyrauer Stimme
Ey hör' mal, was dein Freund dir singt:

Nimm dir das Leben
und lass es nicht mehr los
denn alles was du hast
ist dieses eine blos
Nimm dir das Leben
und gib's nie wieder her
denn wenn man es mal braucht
dann findet man's so schwer

Wo is' deine Power hin
wo ist sie geblieben
wo is' deine Power hin
bis zum letzten Atemzug

Nimm dir das Leben
und lass es nicht mehr los
greif's dir mit beiden Händen
mach's wieder stark und groß
Nimm dir das Leben
und gib's nie wieder her
denn wenn man es mal braucht
dann findet man's so schwer



https://youtu.be/m_x6lDXl5s0?list=RDU14BU33v0wY









MTV Unplugged: Live Aus Dem Hotel Atlantic /Doppel
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2011-09-27
Udo Lindenberg

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《ウド・リンデンベルクのこの歌》

2016/11/03 03:07
瀬谷こけし

最近のウドの歌を聴いてなかっので、昨日ニ三時間youtubeで聴いていた。映画の中の曲の方がよいとは思うが、また『ゴッドファーザー』のビデオをみたくなった。とりわけその第三部に出てくるギターで弾く曲。
 「ヘルミーネ」はyoutubeの中にはなかった。その1930年のベルリン描写がすごいと思うのだが、youtubeでは紹介できない。ワイマールでたまたまウドが音楽について語っているCDを見つけて買ってきてよく聞いているが、彼にとっても「ヘルミーネ」が大事な曲だということがわかる。

 ウドの最近の歌も好きだ。これほどの鋭さ、深さ、それと暖かさ、は稀有だと思う。

 《Stärker als die Zeit》(時代よりも強く)というこのタイトルもいい。「時代を越えて」などという冗談より遥かにいい。



https://youtu.be/8ScfXLGnEpY?list=PLuE1HMyXyHZ_nKbvIAymTc1kjpk59mY6Z



https://youtu.be/HkheAphH2jE?list=PLuE1HMyXyHZ_nKbvIAymTc1kjpk59mY6Z



https://youtu.be/m_x6lDXl5s0?list=PLuE1HMyXyHZ_nKbvIAymTc1kjpk59mY6Z




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《ゲーテ:『ローマ悲歌』III まなざし》

2016/11/01 21:20
瀬谷こけし

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 この詩はいい。

>In der heroischen Zeit, da Götter und Göttinen liebten,
>Folgte Begierde dem Blick, folgte Genuß der Begier.

訳は省いておきたいが、「Blick」(まなざし)からすべてがつづいて行くというところ。特に注意しておきたいのは、「Blick」から「Begierde」の間に、あるいはむしろ「Begier」から「Genuß」の間に、言葉が入る必要がないということ。これこそローマ的な人間関係のエッセンスだろうし、神々の英雄時代のやりかたを、ローマ人が今も生きてまもりつづけている、ということのエッセンスに違いない。最初の「Blick」が生きている。
 こんな人間関係をゲーテはローマで経験した。わたしもローマでそのことを気づいたのだった。
 ドイツではこんなローマ風のまなざしに出会うことはなかった。
(写真は2016年3月16日、ローマ)




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《ゲーテとベルリン》

2016/10/31 13:10
瀬谷こけし
ベルリン シャルロッテンブルク城の前
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 (同じく)1823年12月4日の『対話』の中でゲーテはベルリンについてこう語っている。これはわたしには少なからず驚くことだ。

> Es lebt aber, wie ich an allem merke, dort ein so verwegener Menschenschlag beisammen, daß man mit der Delikatesse nicht weit reicht, sondern daß man Haare auf den Zähnen haben und mitunter etwas grob sein muß, um sich über Wasser zu halten.(下線強調は引用者)


 ここのところ。キンドル版の訳を紹介しておく。

> 私の見るところによると、総じてあそこには向こう見ずな連中がより多く集まっている。それでお上品なだけでは暮らしてゆけないんだ。安全に暮らそうと思えば、時には粗野にさえ振る舞わなければならないんだよ。(下線強調は引用者)


 このゲーテの発言は、ツェルターについての意見を求められたときエッカーマンが、ただ「気持ちのよい性格のひとだ」(das durchaus Wohltätige seiner Persönlichkeit)と、あまりはかばかしいことを言わなかったことに対して、ゲーテが補足しつつ、彼(ツェルター)の多少武骨(derb)で粗野(roh)なところを弁護するような形で語っているところだ。実際その前の部分ではツェルターの振る舞いがやや厚かましくみえるように叙述されているのだ。

 ゲーテはまず、ベルリンには大胆な(向こう見ずな)種族の人間が集まっている、と彼のまず第一に注意している点を語っている。わたしはこの指摘が、ゲーテの並々ならぬ感受性を示していると思う。ベルリンとは、今もそういう街ではないだろうか? また、例えばウド・リンデンベルク(Udo Lindenberg) の傑作「ヘルミーネ」(Hermine)を聴いても、ベルリンの街のその性格が顕著に示されているように思う。

 そういう町で生活してゆくとなると、万事につけそういう連中との付き合いが重要になり、「Delikatesse」(繊細な感覚)だけでは出世してゆけない。
 そして「歯の上に髪を乗せて」(Haare auf den Zähnen haben)(激しい自己主張をこととして)、そして時々いささか粗野にならなければならない。そうでないと、自分の身を水の上方に保っておくこと(sich über Wasser zu halten)ができないのだ。つまり、川の中に投げ込まれるはめになる、と言う。
 ベルリンではご用心をということであるが、長いことベルリンにいて多少とも出世しようと思うなら、どうしても自分を粗野にしなければならないのであり、そういうことを理解しておけばツェルターという人間は、いささか武骨で粗野であっても同時に脆弱繊細(zart)でもある、とても稀有な人間なのだ、というのである。
 ゲーテの、大変デリケートな広範にわたる知識をもち、繊細でありつつ寛容で、きわめて大きな包容力のある人柄を如実に示すエピソードであろう。









Hermine
Imports
2007-08-21
Udo Lindenberg

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