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「世界という大きな書物」  中路正恒公式ブログ

プロフィール

ブログ名
「世界という大きな書物」  中路正恒公式ブログ
ブログ紹介
世界という大きな書物の中に見出した
かげろうのような一瞬の思い、
ポエジーを、
少しずつまとめてみたいと思っています。
文字による学問の外
 (文書への信奉の外)
デカルトより、さらに兼好に近く
兼好より、さらに芭蕉に近く
愚なること、無学なること、誰にも劣らず。

=======
Twitterと Facebookをはじめました。
http://twitter.com/mnnakajist
http://www.facebook.com/index.php#!/masatsune.nakaji
これらは私からのメッセージです。わたしからのメッセージにはどれも「瀬谷こけし」のイメージがついています。
=========

私の「なりすまし」にご注意下さい。そのサイトは以下です。
ttp://plaza.rakuten.co.jp/tad77/ (「h」省略)
ttp://ameblo.jp/designjimusho/ (「h」省略)。

蠅のような存在です。間違ってメールなどを出さないようにご注意ください。
===
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《ウド・リンデンベルクの新しい家族主義》

2017/11/24 03:04
瀬谷こけし

 ウドが家族主義、ファミリー主義を説きはじめるとは思ってもいなかったが、主張は極めて強く、そして一貫している。
 遠からぬうちに一度日本語に訳しておきたい。
 (前に一度ブログで紹介したが)

https://youtu.be/O6owRYuq3oI








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《ブラームスOp.102 『二重協奏曲』 のこのピッチカート》

2017/11/24 02:56
瀬谷こけし

 この音源の1:05から1:15までのチェロのピッチカート(pizz.)、大した根拠もなく言うのだが、日本の《筝曲六段》から学んだ技法ではないだろうか? 年代的には戸田極子の演奏を聴いて学んだと考えて問題ないのだが。


https://youtu.be/xdRZaruVQU0







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《KARLHEINZ STOCKHAUSEN Op.26 Nachtmusik 「夜の音楽」4分》

2017/11/20 05:37

瀬谷こけし



KARLHEINZ STOCKHAUSEN
NACHTMUSIK
selected 4 mintes
(Aus den sieben Tagen Op.26)
IME
(Intuitive Music Ensemble)


夜の音楽

宇宙のリズムで振動を一つ弾け
夢のリズムで振動を一つ弾け

夢のリズムで振動を一つ弾け
そしてそれをゆっくりと
宇宙のリズムに変えよ

これをできる限り何度も繰り返せ

(篠原真訳 ウニヴェルザル出版社 J14790)



https://youtu.be/_-cd2Db0lfQ




NACHTMUSIK

Night Music


Recorded on 13. Oct. 2014.
Performed by Intuitive Music Ensemble.
Masatsune NAKAJI 中路正恒 tam-tam, aluminum-can, bells, stones and more.
Koji TERAMURA 寺村幸治 viola with contact microphone and filters.
Haruka IBOSHI 井星はるかbells, earthenware.
© IME Records sternklang@kdn.biglobe.ne.jp



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《KARLHEINZ STOCKHAUSEN 夜の音楽 3分》

2017/11/19 13:03
瀬谷こけし


KARLHEINZ STOCKHAUSEN
NACHTMUSIK
Selected 3 mintes
(Aus den sieben Tagen Op.26)
IME
(Intuitive Music Ensemble)


夜の音楽

宇宙のリズムで振動を一つ弾け
夢のリズムで振動を一つ弾け

夢のリズムで振動を一つ弾け
そしてそれをゆっくりと
宇宙のリズムに変えよ

これをできる限り何度も繰り返せ

(篠原真訳 ウニヴェルザル出版社 J14790)


https://youtu.be/vwvr7AcQvxw




NACHTMUSIK

Night Music




Recorded on 13. Oct. 2014.
Performed by Intuitive Music Ensemble.
Masatsune NAKAJI 中路正恒 tam-tam, aluminum-can, bells, stones and more.
Koji TERAMURA 寺村幸治 viola with contact microphone and filters.
Haruka IBOSHI 井星はるかbells, earthenware.
© IME Records sternklang@kdn.biglobe.ne.jp



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《山は晩秋 大見尾根》

2017/11/16 23:52
瀬谷こけし


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 水汲みに行った足を延ばして大見尾根を少し歩いてきた。このところ歩き不足で少し歩きたくなったというのが本当の理由だが。と言っても、それほど奥まで行ったわけではなく和佐谷峠まで。速足で行って、速足で戻ってきた。往復約一時間。多少の防寒はしていたが手袋を忘れたのは失敗。この大見尾根、歩きはじめの方の別所からの風の吹き上げるあたりが一番寒い。親指からだんだん指の神経がなくなっていった。もちろん右手はポケットに突っ込んでの歩きだが。そして驚いたのは途中に根から倒れている20本近くの杉の木。これは別所からの風で倒れたものだ。多分先の21号台風のとき。ここまで激しくここの樹々が倒れているのを見たことはなかった。三四年前の「特別警報」の時もこんな被害はなかった。ただここを歩き始めた10年ほど前には、きっと同じような被害があり倒木があった。それは三輪山の杉の樹々が軒並み倒れた23号台風の時だったか。その時は根こそぎの倒木に驚いたばっかりだった。今はここに電話線も張られていて、その電話線に乗って支えられている倒木が何本もある。そんな重さによく耐えられるものだと感心するが、いつまでもつとも知れたものではない。下を通る時には異音がしないか注意しながら進んだ。

 ともあれ山は晩秋。ほとんどが葉を落とした枝の中に、わずかに色づいた葉が見える。そんな葉はとりわけ色が濃いように見える。もみじ見物にもゆかないまま---ただ高山からの帰り道で味わったからいいか、というまま秋は過ぎてゆく。

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《KARLHEINZ STOCKHAUSEN 「無限に」》

2017/11/16 03:20

瀬谷こけし

UNBEGRRENZT

von

IME


Unbegrenzt

Spiele einen Ton
mit der gewißheit
daß Du beliebig viel Zeit und Raum hast.

音を一つ弾け
好きなだけ多くの時間と空間をもっているという
確信をもって

https://youtu.be/CW19SIwCDac
演奏開始からおよそ1分から7分まで



Recorded on 21. Feb. 2010.
Performed by Intuitive Music Ensemble.
Masatsune NAKAJI 中路正恒 tam-tam, aluminum-can, wood block, bells, stones and more.
Koji TERAMURA 寺村幸治 viola with contact microphone and filters.
Natuo MIYASAKA 宮坂夏雄 saxophone mouthpiece, mirror, contact microphone and filters and more.
© IME Records sternklang@kdn.biglobe.ne.jp

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《カールハインツ・シュトックハウゼンの「無限に」》

2017/11/14 17:26
瀬谷こけし

 カールハインツ・シュトックハウゼンの「無限に」(op.26 『七つの日より(Aus den sieben Tagen)』より)のわたしたち直観音楽アンサンブルの演奏(終わりの約5分)をはじめて公開しました。2010年の京都造形芸術大学陽陽館での演奏です。
 ご一聴いただければ幸いです。

KARLHEINZ STOCKHAUSEN Op. 26 UNBEGRENZT 「無限に」

https://youtu.be/uskyNt7vLaQ





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《ナウムブルクにてわが瞠しこと 2016.8.14》

2017/11/13 15:25
瀬谷こけし

 《ナウムブルクにてわが瞠しこと 2016.8.14》
 ナウムブルクにニーチェは父の死後すぐに母に連れられて引越しをするが、今ニーチェ・ハウスと呼ばれている家に住むようになったのは彼が14歳の時のようだ。そして1889年1月トリノで倒れてからも幾つか病院を転院した後、母の看護の下この家で過ごし、その後妹の世話の下ワイマールに移る。
 このナウムブルクの家はとりわけニーチェの生の痕跡の濃いところだ。そのベランダは今も昔と同じようにある。
 このころのニーチェの最期の格闘と平安にふさわしいのはシューマンの晩年の曲だと思うが、今回はワイマールの「イエスの心教会」でたまたま出会ったオルガン曲を使う。即興性の高い、精神性の高い演奏だと思う。作曲者も演奏者もだれかは知らない。


Was ich sah in Naumburg --- Nietzsche.
https://youtu.be/9UErGr2UMK0


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《ワイマールにてわが瞠しこと》

2017/11/13 04:56
瀬谷こけし

 たまたま入った教会では目を瞠ることが二つあった。一つはそのキリストの磔刑像の設置の仕方。糸で吊られ、中空の見上げるところにそのキリスト像はあった。地に着かない場所に。
 そしてもう一つはオルガンの演奏。きっと名のある方の演奏に違いないが、単なる練習ではなく、神との対話をもとめて、オルガンを奏し、歌を歌っているように思えた。心惹かれ、しばらくその場を動けなかった。正しい音を見いだすことができれば神に一歩近づくことができるのだ。教会の名は「イエスの心教会」(Herz-Jesu-Kirche)。
 その後ニーチェ・アルヒーフにたどり着いたが、その日は閉館ということで、出てきてくれた高校生ぐらいの女性も、今は自分しかいなくて、説明もできないということなので、翌日出直すことにした。---これでワイマールの滞在予定が少しくるってしまった。
 翌日、ニーチェが息を引き取った部屋がどこかということを、どこかしらニーチェの妹と似た雰囲気のある方から教わった(非常に堅実な)、---使用しているので中には入れない。
 それで先述のオルガンだが、あれはヘルムート・リリンクさんではなかったか、とずっとそんな気がしている。その演奏はニーチェの誠実と悲惨、ニーチェが開いた思考の切っ先をも心にいれた演奏に思えたのだった。
 そんなことで、6分ほどのものをYouTubeにアップした。お聴きいただければ幸い。

タイトルは
Was ich sah in Weimar
https://youtu.be/4ULeu5jx9B8




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《ワイマールのヤコブ教会 2016.8.21》

2017/11/12 03:01
瀬谷こけし

 ニーチェが最晩年に入院していた病院を探していたが、目当てにしていたその病院は今はなかった。その近くのヤーコプ教会(Jakobskirche)の正午の鐘が鳴り始めた。その鐘楼は開放してくれている。そこからの景色も素晴らしい。ワイマールはもう一度、今度はゲーテに密着して来たいところだ。そこでシュトックハウゼンを演奏したいという希望があるが、物事には順序があるだろう。


https://youtu.be/kW9F-TsJ5ds





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《庭先》

2017/11/11 00:50
瀬谷こけし


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 先日(11月7日)GW690IIで撮影したフィルムを取りに行った。それをスキャナーで取って、大きさだけ変えてみた。望んでいたような映像ができた。「庭先」というより「玄関先」なのだが。



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《日本歌人2018年2月号草稿》

2017/11/04 04:07
瀬谷こけし

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○沖縄に雪はふらぬとうるまにも雪はふらねど殺されにけり

○さみなしの米軍軍属に殺されてうるま乙女は姦淫の具

○同盟のむなしきことを怒るとてうるまの無念地に刻むべし

○こと知らぬひとの行き交ふ雑踏に鳩の足もつことばを放つ

○みづうみに風立ちぬとて水茎の水は烈しく水際を打つ

○オー、オーと男の声の響き来(き)ぬ碑文の言葉朗じておれば

○さざ波のシルスの湖(うみ)に風受けて回るヨットのゆくへ知らずも

○水上に凧(カイト)サーフファーあまた浮かべシルバープラーナ果てなき時間

(永遠回帰の風景)
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An Schumanns letztem Gesang.

2017/10/27 00:08
瀬谷こけし

An Schumanns letztem Gesang.

Was sol lich sehen,
Wenn mir so kurze Morgenröte gegeben
Im Leben?


Schumann op.133
https://youtu.be/kHaIYU9axqg

Jean Martin: Piano




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《ブラームスのDem dunkeln Schoss der heilgen Erde》

2017/10/24 18:36
瀬谷こけし

 この曲がシューマン最晩年の『早朝の歌』作品133-1の旋律にかかわりながら作られていること。この曲に込められたブラームスの祈願の本質は何なのだろう。「種撒く人」の主題になぞらえているが。わたしにはあるストーリーが浮かんでくる。
 歌詞は以下だ。
Dem dunkeln Schoß der heilgen Erde vertraut der Sämann seine Saat und hofft, daß sie entkeimen werde zum Segen nach des Himmels Rat.
Noch köstlicheren Samen bergen wir trauernd in der Erde Schoß und hoffen, daß er aus den Särgen erblühen soll zu schönerm Los.

https://youtu.be/-eX0cKY5waE





=========補足 2017.11.01======
シラーの詩の原典とその拙訳をつけておきます。
ブラームスはこの第二行を省いて作曲しています。

Das Lied von der Glocke

Dem dukeln schoß der heilgen Erde
Vertrauen wir der Hände Tat,
Vertraut der Sämann seine Saat
Und hofft, daß sie entkeimen werde
Zum Segen, nach des Himmels Rat.
Noch köstlicheren Samen bergen
Wir trauernd in der Erde Schoß
Und hoffen, daß er aus den Särgen
Erblühen soll zu schönerm Los.

「鐘の歌」より
拙訳

神聖な大地の暗い母胎に
(われわれは手に行いをゆだね、)
種まく人はみずからの撒く種をゆだね
そしてそれが、天の顧慮により、祝福されて
芽生えることを望む。
さらにも精選された種を、われわれは
嘆きながら、大地の母胎のなかで護り隠し
その種が棺のなかから出でて、よき運命に会い
花開かんことを、望む。

 曲がシューマン最晩年の(ライン川に身投げするすぐ前の)曲『早朝の歌』を継承しているように、ブラームスのこの曲はロベルト・シューマンに対する挽歌だとわたしは考えています。
(201711102 00:22)


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《「歓喜」について シラーの頌歌の》(3)

2017/10/23 16:46
瀬谷こけし

 シラーの「歓喜への頌歌」の第4節について考えてみよう。まずはドイツ語の原文(グーテンベルクプロジェクトの1803年版テキスト)と手塚富雄訳1959年を紹介したい。

Schiller An die Freude.
4.
Freude heißt die starke Feder
In der ewigen Natur.
Freude, Freude treibt die Räder
In der großen Weltenuhr.
Blumen lockt sie aus den Keimen,
Sonnen aus dem Firmament,
Sphären rollt sie in den Räumen,
Die des Sehers Rohr nicht kennt.
Chor.
Froh, wie seine Sonnen fliegen
Durch des Himmel prächt'gen Plan,
Wandelt, Brüder, eure Bahn,
Freudig, wie ein Held zu Siegen.


手塚富雄訳
4.
喜びは自然をうごかす
 つよいばね、
喜びこそは宇宙の
 時計じかけの車をまわす、
喜びは蕾から花をひきだし
 もろもろの太陽を大空に燃えたたせる。
喜びは学者の知らぬ星々をも
 空間におどらせる。

   合唱
もろもろの太陽が
 壮麗な青空を飛びめぐっているように
 兄弟たちよ たのしく君たちの道をすすめ。
英雄のように喜ばしく勝利をめざせ。
(『世界文学大系18 シラー』1959年、筑摩書房、節番号は引用者)


 この第4節でシラーは歓喜(Freude)の働きが植物界にも、天体の運行にも貫いていることを説いている。蕾が花咲くことへと駆り立てられるのは歓喜によってであり、歓喜が幾つもの天球を回すのである。そして兄弟である人間に対しては、快活におのれのを軌道を進んで行けと言う。
 大意は上記のごとくであるが、ここでも若干の点を注記しておきたい。一つは、輪の回転という比喩を使って永遠に自然の中にある歓喜こそがその自然の輪を回転させていると捉えている点である。この「輪の回転」という比喩。後にニーチェが『ツァラトゥストラ』のなか(「三段の変身」)で「子供」を説明して「ひとつの自力で回転する輪」(ein aus sich rollendes Rad)と言ってその無垢や始原性を語る時、ここにはシラーの全自然を永遠に貫く輪を駆動させる歓喜(Freude treibt die Räder)の思想の継承があるのではないか、と思われるのである。もっともシラーの場合は「歓喜」は、曖昧に創造者の設計にその起源が求められるであろうが、ニーチェにとっても、その本来的な権力への意志(der Wille zur Macht)には子供の遊びの無垢(の愉悦)が本質的な特性とされているだろう。もちろんこうした注釈はさしあたりのものでしかなく、思想の隔たりも小さくはないが、両者がともに「回転する車輪」に運動の基本的な形を見出していることに注意しておきたい。

 ところで、この詩の第4節の「合唱」以降の4行を、ベートーヴェンはその交響曲9番終楽章の合唱部の最後に取り入れている。トルコ行進曲風の変奏の後に、はじめはテノール独唱で歌われ、次いでバスを加えた合唱に広がってゆく。その歌詞は、以下のものだ。

>Froh, wie seine Sonnen fliegen,
> durch des Himmels prächt'gen Plan,
> laufet, Brüder, eure Bahn,
>freudig wie ein Held zum siegen.
(下線は引用者。また欠落してると思われるコンマ二か所は引用者が補った)

わたしはまだこれをベートーヴェンの自筆譜と比べていないのだが、例えば1942年4月19日のフルトヴェングラーの演奏ではこの通りの歌詞で歌われている。そして問題は、この詩は二か所だけ1803年の歌詞とは異なっており(下線部)、1785年のものなのである。----なぜベートーヴェンはここだけ1785年の方の詩を歌詞に採用したのだろうか? 確認してもらえばすぐわかることだが、「laufet」のところは1803年版の方では「wandelt」、「zum siegen」のところは「zu Siegen」である(1875年版の詩はWikisourceによる)。「Siegen」の「S」が小文字になっているのはWikisourceの誤りの可能性が高いが(他にもBrüderの前後にはコンマが入るはずだが欠落している)、問題はシラーがなぜ「zum」を「zu」に改めたのかだ。この変更によって何を表現しようとしたのだろう? それは、「英雄が勝利に向かって進んでゆくように」ではなく、「英雄がまさに勝利をおさめた時のように」と言いたかったのではないだろうか? 「勝利に向かう時」と「勝利を手にした時」とでは後者の方が格段に喜ばしいが、シラーはその勝利を手にした時を特別に示したくて「zum」を「zu」にしたかったのではないだろうか? とりあえずそう理解しておきたい。
 1785年から1803年へのテキストの変更の第4節でのもう一点は「laufet」を「wandelt」への変更である。この[wandeln]という語は、「Die Sonne wandelt ihre Bahn.」(太陽がその軌道をめぐる)という風に使われ、ゆったりと重々しく進むという意味である。太陽との縁語としては単なる[laufen](走る)よりも[wandeln]の方が高雅であり、そのための変更であろう。

 しかし、1875年版から1803年版へのシラーのこの二点の変更にベートーヴェンは従わない。そして使用するテキストをこの箇所ばかりは1875年版に戻してしまう。それはなぜなのだろう? 音節数ではどちらを使っても問題なく歌えると思うが、このトルコ行進曲風の変奏の中では、「wandelt」はおそらく荘重すぎて「laufet」なら生まれる軽快感が損なわれてしまうからだろう。「zu」の「zum」への変更も、行進曲風の軽快さの中での通りのよさをベートーヴェンが好んだためだろう。しかしシラーの1803年版の詩の理解としては、シラーの行った変更を尊重した理解が望ましいだろう。
 以下拙訳を示す。

  拙訳
4.
歓喜とは永遠の自然の中にある
  強いバネの名前だ。
歓喜が、歓喜こそが大きな世界の時計の中で
  多くの車輪を駆動させる。
それはつぼみを誘って花々へと引き出し、
  太陽を天空から引き出し、
多くの天球を、望遠鏡では見ることのできない
  多くの空間のなかで回転させる。
                    合唱
快活であれ、彼(かれ)の太陽たちが天の壮麗な平原を貫いて
  飛び行くように、
  悠々と進め、兄弟たちよ、お前の軌道を、
英雄が勝利を手にしたときのように喜ばしく。




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《「歓喜」について シラーの頌歌の》(2)

2017/10/22 23:29
瀬谷こけし

 シラーの「歓喜への頌歌」の第3節を若干のコメントとともに訳してみよう。第1節、第2節はトピックが人間的なものの範囲の中に収まるので、それほど顰蹙を買うこともなく引用したり利用したりできるが、しかしこの先はシラーは自然について、動物的な自然について語ってゆくので、それを引用したり利用したり翻訳したりするのに少なからぬ覚悟がいるかもしれない。自然的なものへのまなざし。この関門こそシラーが踏み石として人類に差し出しているものなのだ。ベートーヴェンはそれを避けず、素直に従うようにみえる。ニーチェはそれを創造者から引き離し、ディオニュソス的なものへと引き付けて読み替えてゆく(『悲劇の誕生1』)。それではヘルダーリンはどうなのだろう? ヘルダーリンもそこから屈曲して自然へ、そしてディオニュソスの方に近づくのだが、しかしその際彼はこの屈曲の核になるものを見出しているように見える。それが「酒」だ。酒、酒による酩酊や陶酔、ヘルダーリンのバッカス(ディオニュソス)への傾倒は、酒による酩酊のリアリティーに基づいて着実に踏み進められているように見える。わたしにはヘルダーリンが酒に酔い、ディオニュソスに酔った詩人に見えるのだ。かの「酔いたまえ」と誘いかける詩人ボードレールに思いのほか近いように。他方でニーチェのディオニュソスへの屈曲は、いったい何をリアルな根拠としてなされているのかが非常につかみにくい。しかしそれはきっと「音楽」と言うべきものなのだ。音楽こそが自然の根底にまで達するリアリティーをニーチェに与えているものなのだ。そしてそれは多分にワグナー的な音楽なのだ。そしてそこには「苦悩」についての真正面からの考察があるのである。

 その原文と訳を提示してみよう。まずは第3節の原文から。

An die Freude.
3.
Freude trinken alle Wesen
  An den Brüsten der Natur;
Alle Guten, alle Bösen
  Folgen ihrer Rosenspur.
Küsse gab sie uns und Reben,
  Einen Freund, geprüft im Tod;
Wollust ward dem Wurm gegeben,
  Und der Cherub steht vor Gott.
                      Chor.
Ihr stürzt nieder, Millionen?
  Ahnest du den Schöpfer, Welt?
  Such' ihn überm Sternenzelt!
Über Sternen muß er wohnen.

次いで、責任ある訳者の訳が見つかったのでそれを引用する

手塚富雄訳
(『世界文学大系18 シラー』1959年、筑摩書房(節番号は引用者)
喜びをうたう

3.
ありとあらゆる存在は
 喜びを自然の乳房から飲む、
善人も悪人も
 そのバラ色の足あとを追う、
それはわれらに
 接吻と葡萄と
水火を辞せぬ友とをさずける、
 肉体の快楽は蛆虫どもにあたえられたもの、
だが喜びの天使は神のまぢかに立っている。

   合唱
ひざまづくのだね 君たちは? 千万の友よ。
 世界よ きみは造物主を予感するのだね、
 星空の上に彼をもとめよ、
星々の上に彼は住む。


拙訳

3.
すべての存在は歓喜を飲む、
  自然の乳房に口をつけて。
善なるものたちも悪なるものたちすべて、
  自然の薔薇の臭跡を追う。
自然はわれわれに口づけを与え、葡萄酒を与え、
  死のなかで試した後、ひとりの友を与えた。
官能の歓びが虫けらにも与えられたが、
  神の前にはケルビムが立っている。
                   合唱。
百万の人々よ、お前たちはくずおれるか?
  世界よ、お前は創造者を予感するか? 
  探せ創造者を星々の天幕を超えたところに!
星々を超えたところに彼は住んでいるはずだ。


 シラーの詩のこの第3節は、自然の存在すべてが自然によって歓喜の味わいを与えられると説くが、しかし種による歓喜の違いについては明瞭に語ってはいない。口づけに連なる歓楽、葡萄酒に連なる陶酔、そしてひとりの友をもつことの歓喜と、およそ三つの歓喜が語られていると見えるが、しかし天使ケルビムによって神に近づくことを妨げられる歓喜も考えられているようだ。そして抱擁の歓喜が切り離された者たちを再び結びつけるにしても、「ひとりの友」という個別性は存続し、したがってわたしという個体性は存続しているのである。いわば根源的一者のようなものの中への個別性の解消が問題になっているわけではないのである。とすればニーチェがその若書きの書の中で書いているような個別性の解消は、シラーの詩から導き出されるものではないと言うべきだ。しかしまた、シラーもまた自信なさげで、星々の天幕を超えたところに神が存在するとは言わず、ただ「いるはずだ」という仮定にとどまっている(*)。その半端さはいったい何なのだろう? この確信のなさはその後にも禍を残すことになるだろう。

(*)手塚訳は「星々の上に彼は住む」と訳すが、手塚がなぜ「Über Sternen muß er wohnen」の「muß」(~に違いない)を省いて訳したのか、理解に苦しむ。


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《備忘録》(政治詩・国民・国家---ドイツという国;ゲーテの言葉)

2017/10/17 03:01
瀬谷こけし

東京大作戦1014
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 「われわれは国(Land)というものをもったことさえない」とゲーテは言う。ヘルダーリンが「ドイッチュ・ラント」(讃歌草案「まことに深淵から…」)と歌おうとするとき、彼はゲーテのこの嘆きにひとつの答えを与えようとしていただろう。


> 概して政治詩は、もっともうまくいった場合でも、一国民の声とみられるに過ぎない。大抵の場合、ある党派の声と見られるにすぎない。しかし、詩がよければ、こういう国民やこういう党派によって熱中して取り上げられる。また政治詩は常にある時勢の産物としか見られない。ところが時勢は過ぎ去り、ついには詩からその題材についている価値を奪ってしまう。とにかくべランジェにとっては好都合だった。パリこそフランスであり、かの偉大な祖国の重要な事件はみな首都に集中し、そこでそれ独特の生命と反響とを得ている。また彼は、彼の大抵の政治詩に於いて、決して単なる個々の党派の声とは見られない。むしろ、彼が反抗している事物は一般国民の利害に関するものであるから、詩人は大抵 の場合大きい民族の声と見なされる。われわれのドイツでは(Bei uns in Deutschland)そういうことは不可能だ。われわれには都会がない。それどころか、ここがドイツだと断言できるような国さえない(Wir haben keine Stadt, ja wir haben nicht einmal ein Land)。ウィーンで問えば、ここはオーストリアだと言う。ベルリンで尋ねると、ここはプロシャだと言う。ほんの十六年前、われわれがついにフランス人の束縛を脱しようとしていた時は、ドイツはいたる所にあった(Bloß vor sechzehn Jahren, als wir endlich die Franzosen los sein wollten, war Deutschland überall)。ああいう場合には政治的詩人が全体に成功しただろう。しかしその必要はなかった。一般の危急と屈辱の念とはデーモンのように国民を捕らえていた。大抵詩人が掻き立てる感激の火は、すでにいたる所でひとりでに燃えていた。が、アルントやケルナーやリュッケルトが多少掻き立てたことを否定するつもりではない。  

 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ; エッカーマン. 『ゲーテとの対話(下)』 KotenKyoyoBunko. Kindle 版. 1830年3月14日の条。一部修正、一部原文追加。


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《うるま乙女を悼む 三首》

2017/10/15 02:29
瀬谷こけし

〇 沖縄に雪はふらぬとうるまにも雪はふらねど殺されにけり

〇 さみなしの米軍軍属に殺されてうるま乙女は姦淫の具

〇 同盟のむなしきことを怒るとてうるまの無念地に刻むべし


http://bit.ly/2yJOK4x

http://bit.ly/2ieU7SA

http://disktopaska.txt-nifty.com/aska/2016/05/post-9a88.html


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Photo by Masatsune N.
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Phofo by Ana Mendieta




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《「歓喜」について シラーの頌歌の》(1)

2017/10/13 22:03
瀬谷こけし


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 今まで読んだことがなかったのだが、『歓喜への頌歌』のなかでフィリードリッヒ・シラーは「歓喜」についていったいどんなことを考えているのかが気になって、読みはじめてみた。この歓喜への頌歌には、作詞年で言うと1785年版と1803年版がある。この詩はフランス革命時にラ・マルセイユーズのメロディーに乗せて歌われたと言われるが、1803年の詩はもともとの頌歌を、国際化し、また歌いやすく少し軽くしたもののようだ。ベートーヴェンが最初にこの詩に触れた時に読んだのは1785年版のもののようだが、彼が交響曲第九番の最終楽章に採用したのは1803年版の方の詩だ(こちらには刀や乞食が出てこない)。
 前々から気になっていたのは詩の2行目に出てくる「エリジウム」(Elysium)だ。というのもヘルダーリンがこの語を特別に貴重な言葉として使っていたように思えたからなのだ。その語は詩『エレギー』(Elegie)では「至福の島々」(seligen Inseln)に置き換えられて使われているように見えるが、元々は、亡くなったディオティーマがいる楽土として特別に思い浮かべられていたように思えるのだ(*1)。このように、ヘルダーリンの詩想の非常に深いところで、シラーの「歓喜」の詩想は流れ続けているように見えるのだ。また「至福の島々」の方はニーチェの『ツァラトゥストラ』のなかで再び取り上げられてゆく。そしてニーチェとの関わりで言えば、ニーチェの「Alle Lust will Ewigkeit」と言われる「歓び(Lust)」の思想と、シラーの「歓喜(Freude)」の思想とがどう違うかというところがわたしの大きな関心なのだ。そしてその歓喜の思想が、いつ、どこで説かれるか、シラーの説く集合的な歓喜がどのような力の下で解放されるか、ということがわたしの関心なのだ。ゲーテはシラーのことを根っから純粋な人間だと評していた。このときまたゲーテもこの『歓喜への頌歌』を念頭に置いていたことだろう。『歓喜への頌歌』でシラーは実際途方もない教えを説いているのだ。そのことを「第九」を歌う人々はわかっているのだろうか? 
わかっていないとしたらいったい何を歌っているのだろうか? そしてベートーヴェンはいったい何を訴えようとしたのか? そんなことが問題になるだろう。

◇   ◇   ◇

 ところでこの詩なのだが、日本語の訳で読もうと思っても、簡単には見つからない。ウィキペティアの「歓喜の歌」には独文、日本語訳文が対訳されていて、見やすいのだが、残念なことにこの日本語訳には訳者名が記されておらず、訳の責任者が分からず、実際には使いにくい。「ウィキ訳によれば」という風にでも紹介しようか。基準になるしっかりした日本語訳があるということはとてもありがたいことだ。ここでもまずはシラーの原文を読み、ついてウィキ訳を検討しよう。まずは「Chor」で区切られた最初の2節を紹介する。使用するのは1803年版。ドイツ語はWebのグーテンベルク版を使用する。http://gutenberg.spiegel.de/buch/gedichte-9097/27


An die Freude.

Freude, schöner Götterfunken,
Tochter aus Elysium,
Wir betreten feuertrunken,
Himmlische, dein Heiligthum.
Deine Zauber binden wieder,
Was die Mode streng getheilt;
Alle Menschen werden Brüder,
Wo dein sanfter Flügel weilt.
                       Chor.
Seid umschlungen, Millionen!
Diesen Kuß der ganzen Welt!
Brüder – überm Sternenzelt
Muß ein lieber Vater wohnen.



Wem der große Wurf gelungen,
Eines Freundes Freund zu sein,
Wer ein holdes Weib errungen,
Mische seinen Jubel ein!
Ja – wer auch nur eine Seele
Seinnennt auf dem Erdenrund!
Und wer's nie gekonnt, der stehle
Weinend sich aus diesem Bund.
                       Chor.
Was den großen Ring bewohnet,
 Huldige der Sympathie!
 Zu den Sternen leitet sie,
Wo der Unbekannte thronet.



次のものは上掲の詩のウィキ訳である。
http://bit.ly/2cH0sCv
ここに掲載しておく。語順は(ベートーヴェンの歌詞にではなく)上掲のシラーの原詩に合わせて変更している。また第2節の「Chor.」以下はベートーヴェンが採用しておらず、ウィキにも訳がない。


「歓喜に寄せて」(ウィキ訳)

歓喜よ、神々の麗しき霊感よ
天上楽園の乙女よ
我々は火のように酔いしれて
崇高な汝(歓喜)の聖所に入る
汝が魔力は再び結び合わせる
時流が強く切り離したものを
すべての人々は兄弟となる
汝の柔らかな翼が留まる所で

抱き合おう、諸人(もろびと)よ!
この口づけを全世界に!
兄弟よ、この星空の上に
愛する父がおられるのだ

ひとりの友の友となるという
大きな成功を勝ち取った者
心優しき妻を得た者は
彼の歓声に声を合わせよ
そうだ、地上にただ一人だけでも
心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよ
そしてそれがどうしてもできなかった者は
この輪から泣く泣く立ち去るがよい


◇   ◇   ◇

 第1節から検討してゆきたいが、まず1行目の「schöner Götterfunken」(神々の美しい火花)である。ここは三つのものが同義的に並列に並んでいるところで、これは呼びかけと解せるが、「Funken」(火花)は現代語では普通単数1格とは考えられないが(1格形は普通は「Funke」)、呼格形としてこの形もあったのだと考えたい。3行目の「feuertrunken」過去分詞を副詞として使っているものと考えられるが、「feuer」(火)は「Funke」の縁語で、それと「trunken(=betrunken)」との関係は「火を飲んで(=体に入れて)陶酔した」というものであろう。
 しばしば誤読されているのが4行目の「Himmlische」であるが、この語尾の「-e」は女性形もしくは複数形と取るしかないが、次の「dein」がその「Himmlische」を受けているとしか考えられないので、ここは単数形と取り、「天上的な女性」つまり2行目に出た「Tochter aus Elysium」の言い換えと取るのが自然なところだろう。「エリジウムの娘」と「天上的な女性」と言い換えて呼びかけているのである。従って「Wir betreten ... dein Heiligthum」は、「われわれは(汝)天上的な女性、エリジウムの娘(=歓喜)の至聖所に足を踏み入れる」という意味である。

◇   ◇   ◇

 ここまでの4行と次の5から8行目までが、この詩のエッセンスとなるところである。つまりわれわれが歓喜の至聖所の中に踏み入ることによって、天上的な女性(=歓喜)の魔力(Zauber)が今まで隔てられていた者を結び付け、万人が兄弟となるという主題である。その厳しく隔てていた者の名は「die Mode」と言われる。「die Mode」とは多数の従う世の取り決めのことであろう。社会慣例として通用しているさまざまな差別のことである。その現実の社会の様々な差別を歓喜の魔力は破壊し、隔てられていた者たちを「再び結びつける」(binden wieder)、というのである。

 しかしながら、複数形で言われるこの魔力(Zauber)は、どういう条件のもとに働くのだろう? それについてもシラーの詩は明確に語っている。「Wo dein sanfter Flügel weilt」。「お前の柔らかな翼がとどまるところで」というのである。これは歓喜の余韻につつまれている限りということであろう。しかしこれは曖昧にすぎる表現ではないだろうか? より的確な規定をわれわれはこの詩の中に見出すことができるだろうか? われわれはこの問いを旗に立ててさらに読解を進めてゆこう。まずは第1節、第2節の拙訳を紹介して、とりあえず筆をおく。拙訳は、いつでも変更する可能性があるとご承知おきいただきたい。



歓喜によせる(拙訳)


歓喜よ、神々の美しい火花よ
至福の島の娘よ、
われわれは炎火に酔って足を踏み入れる
天上的な娘よ、お前の聖所に。
お前の魔法は再び結びつける、
世の取り決めが厳しく分け隔てたものを;
お前のやさしい翼がとどまるところで、
人はみな兄弟となる。
                      合唱。
抱かれてあれ、百万のひとびとよ!
全世界のこの口づけをうけよ!
兄弟よ---星の天幕を超えて
愛しい父が住んでいるに違いない。


大いなる企てが成就して、
ひとりの友と友になれた者は、
ひとりの愛らしい女性を獲得した者は、
おのれの歓声を投げ入れよ!
そうだ、---世界の中でただひとつの魂であっても
それを自分のものと呼べる者は歓声を上げよ!
しかしそれのできない者は、こっそりと
泣きながらこの結びつきから立ち去るがいい。
                      合唱。
その大きな輪に住む者は、
共感に忠実であれ!
共感は星々へと導き、
そこでは知られざる者が玉座についている。




*1. 「楽園(エリジウム)/そこでまことにわたしは見いだすのだ/あなたがた、死の神々のもとに/そこにディオティーマを へロスたちを。//わたしはあなたのことを歌いたい/けれども涙ばかり。/そしてわたしがさまよい歩く夜のなかでは消えてしまう/あなたの澄んだ眼(まなこ)が!/天上の霊。」浅井真男訳、ヘルダーリン全集2、1966年、河出書房新社、p.364。(ただし一語変更)
“AN/ Elysium / Dort find ich ja/ Zu euch ihr Todesgötter/ Dort Diotima Heroen. //Singen möchte ich von dir/ Aber nur Thränen./ Und in der Nacht in de rich wandle erlöscht mir dein/ Klares Auge!/ himmlischher Geist.“ (Pläne und Bruchstücke 18, S.519. Hölderlin Sämtliche Werke2,1.Stuttgart 1951.)

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《お月見会 夕食はレストラン・ヴュルツブルクで》

2017/10/10 03:23
瀬谷こけし


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 10月4日のお月見会、見学先を膳所の義仲寺にしたので、それではということで夕食はレストラン・ヴュルツブルクにした。簡単なセット料理とビール。最初の乾杯は、飲める人はみな名産の白ビールにした。---以前飲んだことがあるかもしれないが、味はすっかり忘れていて、新鮮でとても美味しかった。材料に小麦を(大麦でなく)50%使っているのが特徴だということだった。コクが強いわけではないが、透明でフルーティーですっきりした飲み味が、とても美味しかった。その後12度のビールとか、オールドタイプのビールとかもいただいたが、12度のビールというのはとりわけ美味しかった。料理もサラダから始まってどれも美味しかった。途中で遅れてきたメンバーが加わったり、月見のための外に出たメンバーなど、出入りしながらで、わたしも途中で外に出て、月を見て、そしてかなりいい加減な『琵琶湖周航の歌』を歌いながら輪になって踊ったりした。『琵琶湖周航の歌』1番2番4番6番は歌詞を完全に覚えているはずだった(一年の時クラブで覚えさせられた)が、酔いのせいか記憶力のせいか、1番以外はかなりうろ覚えになってしまった。2番は何とか思い出せたが、4番は出だしが浮かばず、6番も歌詞の一部が分からなくなってしまっていた。それでも数人で踊っていて、だれかがマチスの『踊り』のようだと言っていて、それがすっと心に入った。

 そうして踊っていると、一番遅れた二人が到着して、皆で歓迎。そしてその後しばらく談笑してから句会。それは以下だ。俳句というより酔歌だと言われるかもしれない。そこはそれ。「マチス」も吟じてくれた。




   ◇  ◇  ◇

みづうみに光を映す月見会  鯨月
琵琶湖畔淡く大きく月上がる  章子
しなのでもびわこにうつる月姿  なごやか
友が待つ月追いかけて琵琶湖へと  智湖
苅安の色思い出しおきな堂   わこ
琵琶の月唄い踊るよドイツビール  もえ
食と月湖畔に集う仲間たち   一美
染まりゆく名月眺む湖畔かな  伸月
酔面に思い出照らす月あかり  月純
月ひとつ共にみる人のいるこころよさ  月絵
琵琶湖畔パステルの空淡い月  雅子
満月にマチスのような踊りの輪  すみ



追記:
今回はとても開放感のあるお月見会だった。初回の深川芭蕉庵近くでのお月見会と同じように。わたしがこの「お月見会」に期待していたのはこのアジールのような解放感だったと、わたしは久しぶりに思い出した。名月が作り出す解放された空間。---そしてこの解放性、それは私が地方開講の地域系科目で創り出したいと思っていたことと同じだった。ひとは、日々決まりに縛られてその解放性を忘れてしまっている。このような旅を私に教えてくれたのは沖浦和光さんだった。沖浦先生が与えてくれたものは、私の中で途轍もなく大きい。



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