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「世界という大きな書物」  中路正恒公式ブログ

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「世界という大きな書物」  中路正恒公式ブログ
ブログ紹介
世界という大きな書物の中に見出した
かげろうのような一瞬の思い、
ポエジーを、
少しずつまとめてみたいと思っています。
文字による学問の外
 (文書への信奉の外)
デカルトより、さらに兼好に近く
兼好より、さらに芭蕉に近く
愚なること、無学なること、誰にも劣らず。

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Twitterと Facebookをはじめました。
http://twitter.com/mnnakajist
http://www.facebook.com/index.php#!/masatsune.nakaji
これらは私からのメッセージです。わたしからのメッセージにはどれも「瀬谷こけし」のイメージがついています。
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私の「なりすまし」にご注意下さい。そのサイトは以下です。
ttp://plaza.rakuten.co.jp/tad77/ (「h」省略)
ttp://ameblo.jp/designjimusho/ (「h」省略)。

蠅のような存在です。間違ってメールなどを出さないようにご注意ください。
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《日本歌人3月京都歌会》

2017/03/19 02:32
瀬谷こけし


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 今日(3月18日)は午後から京都歌会があった。突っ込んだ議論が交わされ、とても有意義な会だった。普段は出詠歌を歌会の後で変更することはないのだが、今回は変更することにした。変更後はこうだ、

>海峡に鴎が数羽群れて飛ぶ皇子(プリンツ)フォーゲルフライのこれが友たち

 「プリンツ・フォーゲルフライの歌」はニーチェが1882年シチリアのメッシーナで作った詩のタイトルだが、これからはこれまで導いてくれたワグナーから離れて、自分の弟子たちと新しい道を開いてゆこうという決意を歌った詩だと理解している。わたしも去年の3月、メッシーナに行って、帰り道の電車の中でやっ鴎を見ることができた。メッシーナはイタリア半島との海峡の町。ゲーテの『イタリア紀行』でひとは大地震で崩壊して間のないころのこの町の様子を読むことができる。ニーチェも多分読んでいただろう。

 「プリンツ」は「皇子」だが、「フォーゲルフライ」は法の保護を奪われた存在、野たれ死にしても鳥がつつき食い破るままにされる存在を意味する。庇護を失った存在。流離の存在。「プリンツ・フォーゲルフライ」は日本語では「野ざらし皇子」ぐらいの意味になるだろう。ニーチェの詩はその皇子の志を一羽の鳥の立場で歌っている。

 メッシーナの海岸ではあまり鴎を見かけなかった。鴎を見かけても浜に一羽でいる鳥、一羽で飛んでいる鳥が多かった。メッシーナを少し離れかかって、はじめて群れ飛ぶ鴎を見た。

 シチリアの町はどこも深い思いを残すが、メッシーナもその例外ではなかった。カターニアに向かった帰路では、右手にエトナ山が見えた。昨日はそのエトナ山が噴火をしたというニュースが流れていた。


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《東大寺修二会 お松明 3月10日》

2017/03/14 02:44
瀬谷こけし

 東大寺のお水取りの練行衆上堂のための松明。一枚加えて写真10枚。


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《お水取りの十一面観音悔過》

2017/03/11 16:31
瀬谷こけし


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 招待してくれる人があってお水取りに行ってきた(3月10日)。最近はお水取りの「行」の部分に関して、厳しくするようになったようだ。見学に来る人の乱れや安易さに、別当になられた佐川普文さんがたまらなくなったようだ。今日は、見学者の人数も少なく、会式の内容も非常にはっきりと感じることができた。初夜と中夜だけ見て、(早めに)引き上げたが、十分以上に学ぶことがあった。
 初夜の行が「十一面観音悔過」から始まるのも初めてだった。その五体投地。板に身を投げる音が響く。---いや、それは重く激しく響くのだが、それ以上に床板の振動として、伝わってくる。今まさに何が行われているか、が。五体投地は懺悔の行だ。懺悔すべきことがあるのだ。自分にも、世のためにも。その僧侶の行。強く激しい。だが痛ましくはない。わたしが思ったのは、『ツァラトゥストラ』の「大いなる軽蔑の時」にも懺悔の行があるべきだ、ということだった。昨日書いた《『ツァラトゥストラ』の超人論(1)》を読んでくださった方には容易に理解がゆくと思いうが、「大いなる軽蔑の時」の強度は、五体投地のような激しい行によって、表現される形式を伴うべきなのだ。---これはわたしが『ツァラトゥストラ』を越えるための要点のひとつになるだろう。今日は何よりもそれを学んだ。
 もう一つ。直観音楽の演奏としてみれば、わたしたちIMAの演奏は「お水取り」に優っていると思う。奏せられ発せられる様々な音の意味を全力で聴いていたが、その上での判断だ。だが、その最高強度や、その印された最高強度から生まれてくる「ゆとり」という点では、もしかしたらわたしたちの方が負けているかもしれない。---そうではない、と思うが、しかし実際にやって見なければわからない。---それほどに、今日の五体投地は実質があった。右ひざを上げて、その右ひざに全体重がかかるように、体の塊を持って行くようにするのだ。---わたしの見たところでは、ほんとうにそれができたのは、ただ一回だった。7回目にもう一歩のところまできて、8回目に完成した。---ここにお水取り=十一面観音悔過の最も重要なところがある。
 ますます東大寺が好きになった。




東大寺お水取りの声明
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《『ツァラトゥストラ』の超人論(1) 大地と没落機械》

2017/03/10 03:05
瀬谷こけし


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   はじめに: 「国家の外」という問題

 先にわれわれは『ツァラトゥストラ』の「国家=新しい偶像」論を一通り見た。そこでも国家の「外」というものが考えられていたのだった。その「外」は「大地」に拠りどころを持ちつつ、大地の上のどこかの座(Sitz)において、空を仰ぎ、そこに虹を見出し、そして超人への促しに目覚めさせられるべき場所だった。しかしその時、その「国家の外」の場所において超人はどのように働くべきものなのだろうか? 超人の概念が導入され、その要点が説かれるのは『ツァラトゥストラ』の「序説」の三と四においてである。そこで超人は人間の存在を綱渡り見る把握と関連させられつつ、「超人は大地の意味である」(der Übermensch ist der Sinn der Erde )とか、「超人はあなたがたの大いなる軽蔑がそのなかに没することのできる大海である」(… der(=der Übermensch) ist diess Meer, in ihm kann eure grosse Verachtung untergehn)とか言われている。これらの言い方において注目すべきことは、超人が人間の没落(untergehn)との関連において語られていることである。人間は、自己目的ではなく、橋であり(eine Brücke und kein Zweck ist)、過渡であり、没落することこそ本来的なこととされているのである。「人間とは、一本の綱であり、[…]一個の危険な途上なのである」(Der Mensch ist ein Seil, [...], ein gefährliches Auf-dem-Wege)。
 『ツァラトゥストラ』」の超人論において、人間の存在はいわばインテルメッツォ、間奏曲である。そしてこの間奏曲性において、人間は国家の外にあり、没落に本来的に隣しているのである。そして、このようなツァラトゥストラの教えが人間にとって避けることのできないある必然的な強制力を捉えているとすれば、われわれはその教説を「没落機械」として分析することができるだろう。


1.大いなる軽蔑の時

 それではこの「没落機械」はどのように作動するのだろうか? それを説明するために『ツァラトゥストラ』は「大いなる軽蔑の時」(die Stunde der grossen Verachtung)、という概念を導入する。

> あなたがたが体験できる最大のものは、何であろうか? それは「大いなる軽蔑」の時である。あなたがたがあなたがたの幸福に対して嫌悪をおぼえ、同様に、あなたがたの理性にも、あなたがたの徳にも嘔吐をもよおす時である。(『ツァラトゥストラはこう言った』第一部、「ツァラトゥストラの序説」3、氷上英廣訳、岩波文庫。以下同じ。「序説」4も参照のこと)
> Was ist das Grösste, das ihr erleben könnt? Das ist die Stunde der grossen Verachtung. Die Stunde, in der euch auch euer Glück zum Ekel wird und ebenso eure Vernunft und eure Tugend. (『Also sprach Zarathustra (German Edition)』Kindle。以下同じ)

おのれの幸福に対して嘔吐をもよおし、おのれの理性に対しても、またおのれの徳に対しても嘔吐をもよおす時、それが「大いなる軽蔑の時」と呼ばれる「時」である。それは耐えがたい嘔吐感によってすさまじい自己嫌悪に苦しめられる恐るべき時である。その時ひとはおのれの幸福やおのれの理性、おのれの徳など、おのれの誇りにするものの貧弱さ(Armuth)、不潔さ(Schmutz)、満足のみじめさ(ein erbärmliches Behagen)に耐え難くなるのである。

> あなたがたがこう言う時である、「わたしの幸福は何だろう! それは貧弱であり、不潔であり、みじめな安逸であるにすぎない。わたしの幸福は、人間の存在そのものを肯定し、是認するものとならねばならない!」
> Die Stunde, wo ihr sagt: "Was liegt an meinem Glücke! Es ist Armuth und Schmutz, und ein erbärmliches Behagen. Aber mein Glück sollte das Dasein selber rechtfertigen!"

 すぐに見て取れることだが、ひとは「おのれの幸福」のこのようなみじめさに嘔吐をもよおすとき、同時に「幸福」の本来のありようを、本来の姿として、はっきりと自覚的に把握しているのである。わたしの幸福は、本来、現実の存在(Dasein)そのものを是認する(rechtfertigen)ものであるべきなのである。おのれの満足への軽蔑とおのれの本来性への目覚めとが、この「大いなる軽蔑の時」においては同時に生じる。「自己への軽蔑」と「自己の本来性への目覚め」という相異なる二つの方向性が、一体で分かつことのできないものとして、この「大いなる軽蔑の時」というステージにおいて、同時に生じるのである。この経緯は、「おのれの幸福」のみではなく、「おのれの理性」「おのれの徳や善悪」「おのれの正義」「おのれの同情」についても同じである。これらの小ささ、貧しさ、不潔さ、みじめさなどの、自己軽蔑の対象となる咎は「罪」ないしは「罪過」として(ドイツ語で「Sünde」として)概念化されるが、しかしそうした「罪」が自覚され、「罪」そのものが声を上げることは稀である。

> あなたの罪が天の審(さば)きを求めて大声をあげているのではない。叫んでいるのはむしろあなたがたの自己満足だ。あなたがたの罪のけちくささそのものだ!
> Nicht eure Sünde - eure Genügsamkeit schreit gen Himmel, euer Geiz selbst in eurer Sünde schreit gen Himmel!

 おのれの罪が天へと叫びを上げるということは稀で、ひとびとが天へと叫びをあげる時ですらその叫びを発しているのはおのれの自己満足であり、おのれの罪のなかにあるケチ根性そのものなのである。

 こうしてツァラトゥストラの「大いなる軽蔑の時」という教えは深刻な危機に直面する。「大いなる軽蔑」を行う者がまれであり、「大いなる軽蔑の時」という高いステージに達するまで自分を追い詰める者がきわめて稀なのである。その激しさに達するためにはほとんど稲妻に打たれるような強さが必要であり、狂気に突き動かされる激しさが必要なのである。そのような稲妻はどこにある? そのような狂気はどこにある? それこそが問題になるのである。

> だが、その舌であなたがたをやきほろぼすような稲妻はどこにあるのか? あなたがたに植えつけられなければならない狂気はどこにあるのか?
> Wo ist doch der Blitz, der euch mit seiner Zunge lecke? Wo ist der Wahnsinn, mit dem ihr geimpft werden müsstet?

 その答えが超人である。

> 見よ、わたしはあなたがたに超人を教えよう。超人こそ、この稲妻、この狂気なのだ!---
> Seht, ich lehre euch den Übermenschen: der ist dieser Blitz, der ist dieser Wahnsinn! –

 必ずしも明瞭に述べられているわけではないが、「大いなる軽蔑の時」というひとが体験できる最大のものに達するために、それに必要とされる強度をひとが受け取りうるために、超人が将来され、呼び出されているように見える。しかし、稲妻に打たれることは、人間にはなかなか難しいことであるように見える。しかしそれは、人間に可能な経験として幾たびか語られてきたことである。こうして稲妻=超人という最高度の強度的契機を導入することによって、少なくとも成立可能なひとつの経験領域として、「大いなる軽蔑の時」が持ち来たらされたと見ることができるだろう。だが、超人という強度的な装置が、国家の外で作動する没落機械の中にどのように(組み立ての)変化をもたらすのか、われわれはまだほとんど何も理解していない





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《ヴィットーリオ・エマヌエーレ 二世》

2017/03/05 12:39
瀬谷こけし


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ローマの「ヴィットーリオ・エマヌエーレ 二世公園」にて



(去年のこの日、3月5日にローマでFBに書いたものを再録します)

 いちばん下の娘が今日大学を卒業した。
 めでたくて、そして寂しい。

 一か月のイタリアを中心にした旅も今日から(もしかしたら昨日から)後半を迎えた。妻子と一緒に回った、目まぐるしく楽しかった最初の一週間。それは自分の人生の楽しさそのもののようだった。

 今日は休養にあてていたが、気づくと夜の八時を回っていた。---このまま自分の仕事に入れない。さっき弘前の友人にフィレンツェで買ったはがきを書いた。その切手を売っている店がないか、見に駅の方まで探しに歩いてきた。もちろんないに決まっている。タバッキは遅くとも七時には閉まるだろう。確認ができればいいというところだ。それよりなにより外が歩きたかった。子供を育て、子供とともに家族と過ごしてきた楽しい時間…。

 しかし他方、夜の街に出ると、この町を車で走り、高速で走り抜けたいという気持ちがいつでも湧く。ローマならローマ弘前なら弘前。京都なら京都。そんな自分をなだめ、時には解放し、これまで生きてきた。しかしこのスピードの感覚がなくならないように。脱出への加速能力を失わないように…。

 今日は近所のヴィットーリオ・エマヌエレ二世公園で手帳にものを書いていた。ここローマで、そしてシチリアのカターニアで、このエマヌエレ二世の何かに守護されている気がしていた。カターニアの宿で預けていたバッグをとりに行ったとき、宿の若いおねえさんと、今朝朝食で一緒になったフランス青年と、ふたりからあなたはまた戻ってくるまた会おうと言われた。わたしの最後の言葉も「ォルヴォワール」だった。「ル(re)」をはっきり発音しようとした。また来る気がしていた。なぜカターニアの町がたった三日で、こんなに愛しい町になってしまったのか。初日に、大変な困惑の中、助けてもらった経験が大きいのだと思う。そしてその最初のきっかけは、どこを歩いているのかさっぱりわからなくなったとき、道でバスを待つ高齢のおばさんに尋ねたのが、ヴィットーリオ・エマヌエレ通りに行くにはどうしたらよいのか、と尋ねたことだった。駅の方まで戻って行きなおさなければだめだとその人は教えてくれた。地図を見て考えていた確信があったので逆らいたかったが、結局それに従った。そしてそのおかげで正しい道をみつける第一歩に戻れた。そのときにも導いてくれたのはヴィットーリオ・エマヌエレ二世の名だった。前にfbで語った助けてもらった話はさらにその次の段階の話だ。そのときは自分がジョバンニ通りを歩いていることが通り名と地図とで一致してわかっていたからだ。そして宿からのメールに書かれていた通り名と地番は、すでに地図で調べて見つけていたので、その番地に宿が(事務所でなく)存在していれば、自力でたどり着ける可能性は多少ともあったはずだ。---結局わたしは何に導かれていたのか? ヴィットーリオ・エマヌエレ二世の何かではないのか? 彼はイタリア王国を作り上げた。オーストリア帝国から独立を勝ち取るとともに、法王からの破門を受け入れ、法王の権力を最後まで拒否しイタリアを建国したこの王の何か? それに守護されているという気持ちがどこかでしていた。まったく偶然のなりゆきなのだが。

 末の子の大学卒業は子育ての一段落だが、それで終了というわけではない。これからは私の仕事の部分を増やしてゆかなくてはならない。次の旅を考えよう。今日はローマで10度ぐらい、ベルリンやミュンヘンは2度だ。トリノが4度で、ドイツよりは少し暖かい。この時期のローマは暖かくて過ごしやすい。計画を立てよう。


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《『ツァラトゥストラ』の国家論(3) 「国家の終わるところで」》

2017/03/05 04:26
瀬谷こけし


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北イタリアのオルタのモンテ・サクロのフランチェスコ門


   3.「国家の終わるところで始まること」

 国家は終わる。そう『ツァラトゥストラ』は記す。しかしそれがどんな終わり方をするかは「新しい偶像」のアフォリズムの中では記されない。まずはこの国家という新しい偶像、この冷ややかな怪獣の放つ悪臭から逃れ身を守ることをツァラトゥストラ自分の弟子たちに勧める。先にも見たように、「余計な者たち」の「国家」という「偶像」はみずから悪臭を放つが、同時にこの偶像の崇拝者たちも残らず悪臭を放つのである。腐敗はまず嗅覚で感じ取られるもののようだ。

> かれらの偶像、この冷ややかな怪獣は悪臭を放つ。かれら、この偶像を崇拝する者ことごとく悪臭を放つ。
> Übel riecht mir ihr Götze, das kalte Unthier: übel riechen sie mir alle zusammen, diese Götzendiener.

 まずは彼ら偶像の崇拝者(Götzendiener)たちが口と欲望から発散している毒気や汚臭に窒息することを避けるべく、教える。

> わが兄弟たちよ。あなたがたは、かれらの欲望の口もとから出てくる毒気(Dunste)のなかで窒息する気なのか? むしろ窓を打ち破って、外へ飛び出すがいい!
> Meine Brüder, wollt ihr denn ersticken im Dunste ihrer Mäuler und Begierden! Lieber zerbrecht doch die Fenster und springt in's Freie!

 ここにはまだ「外」があるのである。国家にはまだ「外」があり、窒息死を避けるべく身を処する可能性は残っている。

> 悪臭(dem schlechten Geruche)から逃れよ! あらずもがなの人間たちが営む偶像礼拝(Götzendienerei)から逃れよ!
  悪臭から逃れよ! この人身御供からたちのぼる濛気(もうき; dem Dampfe)から脱出せよ!
> Geht doch dem schlechten Geruche aus dem Wege! Geht fort von der Götzendienerei der Überflüssigen!
Geht doch dem schlechten Geruche aus dem Wege! Geht fort von dem Dampfe dieser Menschenopfer!

 その「外」は、「大地」が、国家と独立して存立していることによって開かれているのである。

> 大地はいまもなお、大いなるたましいたちのためにひらかれている。孤独なるひとりぼっちの者、ふたりぼっちの者のために、いまもなお静かな海の香りが吹きめぐる多くの座がある。
> Frei steht grossen Seelen auch jetzt noch die Erde. Leer sind noch viele Sitze für Einsame und Zweisame, um die der Geruch stiller Meere weht.

 ここで多少注意しておくべきことは、この大地の国家からの独立した(frei)存立は、「いまもなお」(auch jetzt noch)という時代的限定がつけられているところである。国家による、あるいは余計な人間たちによる、世界規模の汚染から、大地がいつまでものがれて存続しうることを『ツァラトゥストラ』が保証しているわけではない。『ツァラトゥストラ』の叙述も、ここで内面性への傾きをもつことになる。

> 大いなる魂たちのために、いまもなお自由な生活がひらかれている。まことに、物を持つことのすくない者は、それだけ心を奪われることもすくない。ささやかな貧しさは讃えられるべきかな!
> Frei steht noch grossen Seelen ein freies Leben. Wahrlich, wer wenig besitzt, wird um so weniger besessen: gelobt sei die kleine Armuth!

 ここにはアシジのフランチェスコへのニーチェの共感が読み取れるように思うが、清貧の教えは『ツァラトゥストラ』のこの箇所においても肯定されている。

 こうして弟子たちに国家崇拝の毒気からの一時退避を勧めた後で、『ツァラトゥストラ』は国家の終わりについて記す。

> 国家が終わるところ、そこにはじめて人間が始まる。余計な人間でない人間が始まる。必要な人間の歌が始まる。一回限りの、かけがえのない歌が始まる。
> Dort, wo der Staat aufhört, da beginnt erst der Mensch, der nicht überflüssig ist: da beginnt das Lied des Nothwendigen, die einmalige und unersetzliche Weise.

 国家が終わるところ、そこでではじめて「人間」がはじまる、というのである。それは、国家とともに生まれた「余計な人間」ではなく、また国家以前の民族の中で生まれた人間でもなく、新たな人間、国家による疎外から回復し、一回的で取り換えのきかない仕方でのおのれの生を生きる必然的で必要な人間であり、またそのような必然的な人間を歌い讃える歌である。必然的な人間を歌う歌が、国家や民族に向けてではなく、宇宙に向けて歌い開かれるのである。宇宙に向けて、彼方に目を向けることをツァラトゥストラは勧める。

> 国家が終わるところ、---そのとき、かなたを見るがいい、わが兄弟たちよ! あなたがたの眼にうつるもの、あの虹、あの超人への橋。---
> Dort, wo der Staat aufhört, - so seht mir doch hin, meine Brüder! Seht ihr ihn nicht, den Regenbogen und die Brükken des Übermenschen? - Also sprach Zarathustra.

 そこに君たちは虹を見るのではないだろうか、とツァラトゥストラは問う。虹は超人へのさまざまな橋(die Brükken)なのである、という。---ここにわたしは「大道無門、千差有路」という『無門関』の偈と同じ教えを見るのだが、どうだろうか?




ツァラトゥストラは こう言った 上 (岩波文庫)
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《『ツァラトゥストラ』の国家論(2) 「国家論」》

2017/03/03 02:10
瀬谷こけし


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   2.「国家」について

 ニーチェの『ツァラトゥストラ』の国家論は大層特異なものに見える。その特異さは、何よりも、国家の消滅したその先のところから国家を捉え直しているところにあるように見える。かつてニーチェは哲学者を性格づけて「国家以上の理想をもっているもの」と語っていた(『反時代的考察』)。『ツァラトゥストラ』においてわれわれは国家以上の理想をもった者のまなざしに映る国家を、しっかりと見て取ることができる。しかしわれわれはここですでに「国家以上の理想」と言うに加えて「宗教以上の理想」とつけ加えておくべきではないだろうか? 『ツァラトゥストラ』がここで提示してくる国家の消滅後に現れてくる世界像は「宗教」と呼ぶべきものでもないのではないだろうか? それは、少なくとも、終末論的世界観とはまったく異なったものである。---しかし急ぐのはやめよう。そしてまずは『ツァラトゥストラ』が語っているところを適切に理解するように努めよう。『ツァラトゥストラ』によっれば、国家は次のような性質をもっている。


1) 国家は最も冷ややかなものであり、冷ややかに嘘をつくものである。
 国家は民族を死滅させて登場してくるものであるが、それはその登場の出発から嘘をつきながら登場してくる。

> 「このわたし、国家は、すなわち民族である」、こんな嘘がかれの口から出てくる。(『ツァラトゥストラはこう言った』I-11「新しい偶像」、氷上英廣訳、岩波文庫。以下同じ)
> …und diese Lüge kriecht aus seinem Munde: "Ich, der Staat, bin das Volk." (『Also sprach Zarathustra (German Edition)』Kindle。以下同じ)

  「わたしは民族だ」と嘘を言いながら国家は登場してくるというのである。民族の破壊者である国家は。

> いま多数の人間に対しておとしあなを仕掛け、それを国家と呼んでいるのは、破壊者たちである。かれらはそのおとしあなの上に、一本の剣と百の欲望とを吊下げる。
> Vernichter sind es, die stellen Fallen auf für Viele und heissen sie Staat: sie hängen ein Schwert und hundert Begierden über sie hin.

 (民族の)破壊者たちこそが多数の人間にむけて落とし穴を仕掛け、ただ一つの覇権と多くの欲望を目指してやってくる人々を国家という落とし穴に落とし込むのである。この国家という落とし穴に群がり集まるとき人々は、それと気づくことなく、おのれの育ってきた民族の善悪を、風習と掟を、捨て去ってしまっているのである。

> 国家は、善と悪についてあらゆる言葉を駆使して、嘘をつく。---国家が何を語っても、それは嘘であり、---国家が何を持っていようと、それは盗んできたものだ。
> Aber der Staat lügt in allen Zungen des Guten und Bösen; und was er auch redet, er lügt - und was er auch hat, gestohlen hat er's.

 国家はあらゆる民族の舌(Zungen、ことば(複数))の善悪を語る。あらゆる民族の善悪が盗み取られ混雑雑然と通用せられる。

> 善悪に関することばの混乱。わたしはこの徴候を、国家の徴候としてあなたがたに教える。まことに、この徴候は死への意志を示す。まことに、この徴候は死の説教者たちに目くばせして、かれらを招く!
> Sprachverwirrung des Guten und Bösen: dieses Zeichen gebe ich euch als Zeichen des Staates. Wahrlich, den Willen zum Tode deutet dieses Zeichen! Wahrlich, es winkt den Predigern des Todes!


2) 余計な人間たちのために国家は発明された。
 国家がこのような一つの覇権とさまざまな欲望という落とし穴の罠の下に集められた出自の雑多な多数の人間の集合体だとすると、そのようなものはだれのために発明されたものだと言えるだろう? ここに『ツァラトゥストラ』の国家論のもっとも傑作なところがある。
 
> あまりにも多数の者が生まれてくる。余計な人間たちのために国家は発明されたのだ!
> Viel zu Viele werden geboren: für die Überflüssigen ward der Staat erfunden!

 「余計な人間たちのために」というのが国家の存在理由である。---民族においては、だれひとりとして余計な人間は存在しなかった、と言えるだろう。だが国家においては、万人が余計な者なのだ、というわけである。---ニーチェが「死の説教者」のにおいを嗅ぎつけるのは彼が国家の本質とみなすこの性質においてである。「余計な人間たち(die Überflüssige)」とは、「おのれの存在理由を自覚しない者たち」という意味ではなく、まさしく「存在理由をもたない者たち」の意味である。だからその誘惑の声はツァラトゥストラの弟子たちの心の中にも入ってくる。

> ああ、あなたがた大いなる魂よ、あなたがたの耳にも、国家はその暗鬱な嘘をささやく。ああ、国家は、惜しげなく自己をささげる豊かな心情の持主をすかさず見抜いているのだ!
 そうだ、またあなたがた、古い神を征服した者たちよ! 国家はあなたがたの心中をもすかさず見抜いている。あなたがたはその戦闘によって疲れている。そこでいまは、あなたがたのその疲労が、新しい偶像につかえることになる!
> Ach, auch in euch, ihr grossen Seelen, raunt er seine düsteren Lügen! Ach, er erräth die reichen Herzen, die gerne sich verschwenden!
Ja, auch euch erräth er, ihr Besieger des alten Gottes! Müde wurdet ihr im Kampfe, und nun dient eure Müdigkeit noch dem neuen Götzen!

 こうして国家が大いなる魂たちの耳にささやきかける「暗鬱な嘘」(seine düsteren Lügen)とは、「地上にはわたしより大いなるものはない。わたしは神が秩序を与える指である」("Auf der Erde ist nichts Grösseres als ich: der ordnende Finger bin ich Gottes")という嘘であり、この嘘の前に、大いなる魂の持主たちもひざまずきかねないのである。たとい彼らが「わたしが神の指だ」と言う国家の嘘を見抜いているにしても、である。それは彼らもおのれの存在理由のなさをおのれ自身によっては克服することができないからである。


3)国家とはすべての人間の緩慢な自殺が「生きがい」と呼ばれるところである。
 「人生」とは緩慢な自殺のことである、とはいかにもゆったりとした規定である。一方ではもちろん適度な人生の刺激もあり(「教養」など)、他方でだれにも王座(覇権)につこうとする狂気に取りつかれることがゆるされる場所である。---しかしそうしたことはまだ国家の記述にすぎないだろう。『ツァラトゥストラ』の国家の本質規定としてはやはり次の言葉に依拠しなければならないだろう。

> 善人も悪人も、すべての者が毒を飲むところ、それをわたしは国家と呼ぶ。善人も悪人も、すべてがおのれ自身を失うところ、それが国家である。すべての人間の緩慢なる自殺---それが「生きがい」と呼ばれるところ、それが国家である。
> Staat nenne ich's, wo Alle Gifttrinker sind, Gute und Schlimme: Staat, wo Alle sich selber verlieren, Gute und Schlimme: Staat, wo der langsame Selbstmord Aller - "das Leben" heisst.

 われわれはこの規定を最大限重要視しなければならない。「民族」は民が毒を飲むところではなかった。そこでは生きることは緩慢な自殺ではなかった。しかし国家においては、すべての人間の緩慢な自殺が生であり、生きがいであり、それこそが生きることだと規定されるのである。
 2)で見たように、国家の成員は「余計な者たち」である。そしてその彼らに崇拝される偶像が国家である。

> かれらの偶像、この冷ややかな怪獣は悪臭を放つ。かれら、この偶像を崇拝する者ことごとく悪臭を放つ。
> Übel riecht mir ihr Götze, das kalte Unthier: übel riechen sie mir alle zusammen, diese Götzendiener.

 『ツァラトゥストラ』の国家理解はこのようなものである。しかしツァラトゥストラ自身は、弟子たちに対して、この悪臭立ちのぼる毒気に満ちた場所から外へ逃れることを勧めるだろう。次にはそこのところを見てみたい。




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《ピザを焼いてみた》

2017/02/24 21:14
瀬谷こけし

ナウムブルクのフラムクーヘン
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 去年8月(16日)ドイツのナウムブルク(ザーレ)のレストランで食べたピザ風のものがとてもおいしかったので、ちょっと練習にとピザを焼いてみた。ピザを焼くのはまったくの初めて。ナウムブルクの「フラムクーヘン」(Flammkuchen)というそのピザ風のものは、ごくごく薄い生地とトマトの酸味と食感、それチーズの酸味のマッチングが絶妙だったのだが、写真を見てみるとバジリコも加えてあるようだ。スーパーで薄い生地を見つけたので、思いついたのだった。チーズは何が合うのかよくわからないので「タレッジョ」にしてみた。トマトを乗せて、それに塩とオリーブオイルを加える。味付けをしたオリーブの実も加えてみた。
 ご覧の通り、焼きが足りなかったが、一応はおいしく食べれた。ただトマトの酸味は全然足りない。チーズもミルクっぽくないものの方がよさそうだ。しかし何といっても、スーパーなどの近いところでドイツのピザ用食材を揃えるのは、そもそも難しい。一応は食べれたが、あのフラムクーヘンの絶妙な味とはくらべものにならない。「フラムクーヘン」、これは炎のような色合いから名づけたものだろうか。ナウムブルクの特産料理なのか、それともザクセン=アンハルト州あたりには広がっているものなのだろうか。薄い生地のピザ風の料理を少し探究してみよう。



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《『ツァラトゥストラ』の国家論(1) 「民族論」》

2017/02/23 18:32
瀬谷こけし


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オルタのモンテ・サクロで


    はじめに

 ニーチェの『ツァラトゥストラはこう語った』第一部には重要な国家論がある。「新しい偶像」のアフォリズムがそれだ。その深さ、鋭さは、今日でもまだ未来の彼方に輝き続けているように見える。例えばベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』(Imagined Communities)やドゥルーズ&ガタリの『アンチ・エディプ』(L’Anti-Œdipe)はそれに本質的な示唆を受けて考察を進めた仕事だと思われるが、しかし彼らの仕事によっても『ツァラトゥストラ』の思考の深さは汲みつくされていないと思う。それについて論じるのは今日でも危険な行為であるように見える。ニーチェの超人論もここから論じられるべきだと思う。論じることは、今なお難しい。しかしわたしは、この『ツァラトゥストラ』の国家論を世界の知性は理解すべきだと思う。---とはいえわたしもここではそれをきちんと論じるのではなく、要点の幾つかを提示するにとどめるだろう。いわば「万人のために」。---こういう問題を、1882年8月のタウテンブルクで、ニーチェとルー・フォン・ザロメは議論していたのだ。

    1.「民族」について

 彼は、国家と民族を区別すべきことをその議論のはじめに据える。

> いまもまだどこかに民族と畜群が残っているだろう。しかし、われわれのところにはない。わが兄弟たちよ。ここにあるのは国家である。 (『ツァラトゥストラはこう言った』I-11「新しい偶像」、氷上英廣訳、岩波文庫。以下同じ)
> Irgendwo giebt es noch Völker und Heerden, doch nicht bei uns, meine Brüder: da giebt es Staaten.  (『Also sprach Zarathustra (German Edition)』Kindle。以下同じ)

 われわれは民族ではなく、国家の中にいる、という認識であり、自覚である。ごれが議論の出発点である。
 それでは「民族」とは何なのだろう。『ツァラトゥストラ』はこう言う。

> 民族の特徴を、わたしはあなたがたに教えよう。民族は、どの民族でも、善と悪について、独自のことばを語っている。隣の民族にはそれが理解できない。民族はみずからのことばを、みずからの風習と掟のなかでつくりだしたのである。
> Dieses Zeichen gebe ich euch: jedes Volk spricht seine Zunge des Guten und Bösen: die versteht der Nachbar nicht. Seine Sprache erfand es sich in Sitten und Rechten.

 氷上は「Zunge」を「ことば」と訳している。けだし適訳だろう。「Zunge」は「舌」であり(英語の「tongue」に相当する語であり)、「seine Zunge」は独自の発音や話しぶりをも含む「ことば」で、それぞれの民族は(おのれの)「善と悪について独自のことばを語る」のである。ここには行動規範についての厳命があり、それは、その民族にとっては、逆らうことの許されないものなのだろう。それ(=ことば、舌)を隣の民族は、たとい翻訳はできたとしても、理解はできない。善悪の表を共有できないのである。この断絶性をしっかりと理解しなければならない。
 この文章で次に出てくる「ことば」は、「Zunge」ではなく「Sprache」であり、民族はみずからのことばを「風習と掟のなかで(in Sitten und Rechten)」つくりだしたのである、と言われる。「風習(Sitten)」は特定の土地での生活の中から生まれてきた諸慣例であり、「掟(Rechten)」は多少とも法律に近い権威を持った規則になるだろう。その「権威」がどこから生まれたのかと問いたい向きもあるかもしれないが、ここでは「風習」と「掟」は無冠詞複数のまま「と(und)」で結合され、「〜のなかで(in)」の示す場所の限定の中で結び付けられているので、その問いはあえて問うべきではないであろう。また「つくりだす(erfinden)」と言われていることからも、その権威が、国家にも国家の神にも基づくものではなく、むしろその民族の創造者と、そして生命そのもの以上のものに基づくことはないのである。

> かつてもろもろの民族を創造し、その頭上にひとつの信仰、ひとつの愛をかかげたのは、創造者たちであった。このようにして、かれらは生命に奉仕したのだ。
> Schaffende waren es, die schufen die Völker und hängten einen Glauben und eine Liebe über sie hin: also dienten sie dem Leben.

 国家は「ことば」や「舌」ではなく、それらの創造者でもないように、国家は民族でもなく、民族の創造者でもない(1)。

    ◇   ◇

 しかし、ここでおそらく、それでは国家はどのようにして世界に登場したのか、という問いを問いたい向きもあることだろう。それについて『ツァラトゥストラ』は何も答えを提出していないようにも見えるかもしれない。その答えはきわめて斬新なものに思えるが、それを聞き取るためにはきわめて敏感な耳を必要とするであろう。それについては少し後に語ることにして、ここではまず民族にとって国家はどのようなものと見えるか、という問題についての『ツァラトゥストラ』の洞察に耳を傾けておきたい。ドゥルーズにとっても、ピエール・クラストルにとっても、洞察の核心はこの『ツァラトゥストラ』の言葉にあるだろう。

> 民族がまだ存在しているところでは、民族は国家などというものを理解しない。民族は国家を災禍のしるしと見、風習と掟に対する罪として憎む。
> Wo es noch Volk giebt, da versteht es den Staat nicht und hasst ihn als bösen Blick und Sünde an Sitten und Rechten.

 「bösen Blick」はなかなか訳しにくいところだろうが、通例の日本語では「邪視」(英語では「evil eye」)と訳される語だ。ドゥルーズはここから「悪夢」という概念を見出したと思われるが、「風習と掟」を一つの地域的な技に解消しようとする国家が悪夢と見えようが邪視と見えようが、さほど変わりはない。いずれにせよ国家とは、民族にとってはまったく理解のできない邪なまなざしであり、禍事(まがごと)の予兆と見えるものなのだ。それは不要なもの、余計なものを生かし、その代償としてみなに緩慢な死を与える存在なのだ。国家につての『ツァラトゥストラ』の洞察ほど恐ろしく、そして国家というシステムの終焉後を考えさせる国家論はない。わたしもまたそこに希望をいだくのだが。



(1) 国家の中で「ことば」や「舌」は、「方言」としてその価値を切り下げられるだろう。




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《『ツァラトゥストラ』の真理の水 これは何なのだろう?》

2017/02/20 01:16
瀬谷こけし


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 ニーチェの『ツァラトゥストラはこう語った』の中に「真理の水」という言葉が(私の知る限り)二度出てくる。いずれも第一部の「三段の変化」と「純潔」の中でだ。その後者の方を紹介したい。

> 認識に生きる者が、真理の水のなかにはいるのをいとうのは、真理が汚らわしいときではなく、真理が浅いときである。

 認識をこととする者にも当然価値評価があって、彼も浅い真理を探究し認識したいとは思はないということだ。---これはこれで当然のこととしてよくわかることだが、しかしそもそも「真理の水」とは何なのだろう? 「水」はどんな風に「真理」とかかわるのだろう? 
 こんな疑問をもつのも、ヘルダーリンの「生の半ばに」(Hälfte des Lebens)という詩に、「お前ら〔白鳥たち〕は頭をくぐらせる/貴くも冷やかな水の中に」(川村次郎訳、岩波文庫、〔〕内は引用者の補足)という詩行があるからである。このヘルダーリンの白鳥たちが頭をくぐらせる水はどのような水かという問題にぜひともこだわりたいからだ。前にも言ったが、ヘルダーリンはここで「Tunkt ihr das Haupt / Ins heilichnüchterne Wasser」と記しているのだ。この白鳥たちが頭を浸す水も「真理の水」と言えるような性質を持っているのだろうか? ここにある覚醒や正気の水のその神聖な冷ややかさの正体は何なのだろう? それはニーチェが「真理の水」と言うときに感じていたものと共通するものではないのだろうか?

 ここでは問題を提起しておくだけにとどめよう。最後に上記の『ツァラトゥストラ』のドイツ語の原文を紹介しておく。

> Nicht, wenn die Wahrheit schmutzig ist, sondern wenn sie seicht ist, steigt der Erkennnende ungern in ihr Wasser.

「真理の水」は「ihr Wasser」であり、「ihr」が「真理」を受けるのは疑問の余地もないが、しかしこうして「ihr Wasser」と「ihr」を所有冠詞として使う使い方には、読み込むべきところがあるだろう。真理が持ち場としている場所をニーチェは「水」と名指しているのだろうか? そういういわば(ニュートラルで)「冷ややかな場所」なのだと。とすればヘルダーリンの白鳥が頭を浸す水と、共通性を感じておくことができるだろう。




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《ポンヌフの恋人---その感覚の命》

2017/02/18 01:01
瀬谷こけし

 何年ぐらい前になるだろうか、この映画が一番好きな映画だったことがある。レオス・カラックス監督にも主演女優のジュリエット・ビノシュにも惹かれていた。そのBR版が出ているのを知って、手に入れて、見ていたのだが…。
 どのシーンが一番ショッキングかと言うと、ミシェルがジュリアンの住まいを見つけ出し、そのドアののぞき窓に銃口を当てて、彼にピストルを撃つところ。---後で「撃った」とういのはミシェルの錯覚だということになるが、気持ちの上では撃とうとして引き金を引いた。---その行為で、彼女にとってはジュリアンのことが忘れられるようになる。
 しかしその経緯でもっともよいと思うのは、地下鉄の通路で流れてくるチェロの音をちょっと耳にするだけで、それがジュリアンの演奏だと理解し、追いかけてゆき、そしてその住まいまで突き止めてしまうところ。フレーズをひとつ聞いただけでそれが彼の演奏だとわかる。それは当然のことだが、そうした当然の感覚が映画の中できちんと生きていることだ。主人公たちがその感覚を共有して行動していること。---こんな映画は少ない。
 情報の断片だけでその全体を理解してしまうこと。それは、手術をすれば治る可能性があるということを告げようとするメッセージを、アレックスが彼女の目に触れさせるまいと地下道のポスターすべてに火をつけて燃やしてしまっても、ラジオから流れるほんの少しのメッセージで彼女はそれを理解してしまい、その翌日にはアレックスを捨てて、自分の目の回復に向けた行動に進む彼女の決然とした行動にも同じ鋭さがある。切っ先をつねに鋭く保っているのだ。そして、何かを得るために何を代価として支払えばよいかの計算も鋭い。例えば辛うじて見える右目で最後にレンブラントを見て目に焼き付けておきたいという願望とその代償。そこに生の片鱗があるという認識も現実的できびしいものだ。
 今回BRで見直してみて、ビノシュも(最後のクリスマスのシーンを除けば)それほど美しく撮られてはいない。あのにこっとしたスマイルも一回だけだろうか。---わたしも映画を撮りたいという気持ちがまた湧いてきてしまった。







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《1883年2月13日---『ツァラトゥストラ』の誕生》

2017/02/14 23:13
瀬谷こけし


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写真はジェノヴァから東の半島を遠望。この半島の東端がおそらくポルト・フィーノで、半島の東側付け根の湾がラパッロ)

 ニーチェとルー(フォン・ザロメ)がタウテンブルクに滞在していた1882年8月13日から6か月が経っていた。この日二ーチェは『ツアラトゥストラはこう語った』第一部を完成させた。書き始めたのは2月3日だったという。10日間で書き上げたのだ。書き上げたのはイタリアのラパッロ(Rapallo)だった。
 去年の8月、彼らがタウテンブルクに滞在していた時期に、わたしはタウテンブルクで4泊したのだったが、その日からニーチェがたどった凄まじい6か月の苦悩をわたしは十分たどれているわけではない。しかしわたしにも6か月は流れた。
 第一部の最終節「贈り与える徳」は多分この13日に書かれた。この日までニーチェにどれほど克服しなければならないものがあったかは、その間の手紙を読めばいくらかはつかめる。もっともその後のライプツィッヒでの出来事がどのようなものであったかはほとんどわからないのではあるが。ともあれ、「贈り与える徳」を書いたとき、ニーチェは何かを克服していた。「老いた女と若い女」も一見(ルーとの関係を)克服して書かれたもののように見えるが、実際は何も克服していないだろう。ただ、レーやエリザベトの語りから解釈していた虚偽に満ちたルーの像の、その虚偽の部分はすっきりとそぎ落とされて、軽蔑すべからざるルーの真の像は間違いなくはっきりと掴めるようになっていたのだ。紛らわしい情報の山の中からルーの首尾一貫性を読み取ろうとして、真のルーの像に達したニーチェの精神力には実に感心すべきものがある。
 その克服の後に書けるようになったのがこの『ツァラトゥストラ』だったのだ。



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《ヘルダーリン1802年12月2日の手紙》

2017/02/09 11:30
瀬谷こけし


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 ヘルダーリンの1802年12月2日付のべーレンドルフ宛の手紙の最後の部分をみてみよう。ここでヘルダーリンはすぐに返信をくれと切望しているのだが、それはプシュケあるいは「われわれの思想の発生」についての非常にデリケートな事情を明らかにしてくれているように思う。
 まずはそこのところ、原文の紹介から。

≫ Schriebe doch nur mir bald. Ich brauche Deine reinen Töne. Die Psyche unter Freunden, das Entstehen des Gedankens im Gespräch und Brief ist Künstlern nötig. Sonst haben wir keinen für uns selbst, sondern er gehöret dem heiligen Bilde, das wir bilden. Lebe recht wohl!
Dein H.

 実を言えばこの文章の「Sonst」から始まる一文の意味が、わたしには今一歩よくつかみきれないのだ。この文中の「keinen」は「keinen Gedanken」のこととしか捉えようはなく、またその後の「er」も「Gedanken」を受けているとしか理解しようがない(男性名詞は他にはFreundしかない)。しかしそうなると、「sondern」の手前までは、《「友たちの間で分かちもたれる魂(Psyche)」や「対話や手紙の中での思想(Gedanke)の発生(Entstehen)」、---それは芸術家たちに必要なものなのだが、---それの他にはわたしたちはわたしたち自身のために何(の思想)ももっていないのだ》という文意になる。上記の「魂の共有」と「思想の発生」は、同じ事態のことを表現を変えて言っていると考えられ(「ist」と単数として受けている)、これこそが(芸術家にとって)極めて大事なことであり、この手紙のやり取りでもわたしが君に求めているものなのだ、ということである。ここまでのことは大変よくわかる。

 問題は「sondern」以下である。ここまでのことを極めて大事なこととして理解するとき、「sondern」以下の文はどういう意味をもつことになるだろう? 「sondern」は前文の否定語「keinen」に対比される。《われわれは「こうして発生した思想」をわれわれのものとしてもっているが、それ以外には(どんな思想も)ももっていない》と先に確認された。しかしここでヘルダーリンが「er(それ)」を使うとき、この「er」は厳密に「こうして発生したわれわれの思想」を受けていると取らねばならない。そして《こうして発生したわれわれの思想は神聖な像に属するのだ》と言われる。そしてさらに敷衍して「この神聖な像」は《われわれのかたちづくった》ものだと説かれる。「sondern」以後をまとめると《こうして発生したわれわれの思想は、まさにわれわれのかたちづくる神聖な像に属するのものなのだ》と訳せるだろう。神聖な像はこのようにしてわれわれによって形作られるのだというのである。対話において生まれる「魂」や「思想」がストレートに「神聖な像」の形成に結び付く。神聖な像の神聖さは、対話の中で生まれる泡立ちの泡の神聖さのように思える。---対話は、神聖を生み出す竈なのだと、ヘルダーリンの主張を語ってよいだろうか? 「生み出す竈(Entstehungsherd)」という語は、ニーチェの使う用語であるが。

 ともあれこの最後の部分、「er」の捉え方で混乱を導きやすいが、このように理解してヘルダーリンの考えと相違することはないだろう。そして、まったく外連味のない書き方をする彼の文章の性格とも相反することのない解釈となるだろう。

 最後にここのところの浅井健二郎の「ドイツの人々」(『ベンヤミン・コレクション3』ちくま文庫)の訳を紹介しておく。

≫ どうかすぐに便りをくれるように。君のうちから湧き出る純粋な響きを、ぼくは必要としている。友人同士のあいだに魂(プシュケ)が通うこと、会話や手紙のなかで思想が生まれ出ること、そういったものが芸術家には必要なのだ。それ以外にぼくたちは、自分自身のためのいかなる思想ももってはいない。そしてぼくたちの思想は、ぼくたちがかたちづくる神聖な像に捧げられるのだ。それじゃあ、お元気で! 君のH

 「捧げられる」という語にやや違和感を感じるところあるかもしれないが、ヘルダーリンが考えまた実践したことは、このようにまさに献身といえるような純粋な行為であっただろう。




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《ヘルダーリンの「生の半ば」》

2017/02/08 03:18
瀬谷こけし


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 わたしが30歳ぐらいのことだったと思う。生協の食堂で上田閑照先生をみつけて、少し話したことがある。わたしは最近ヘルダーリンの「Hälfte des Lebens」を読んで考えていると言ったつもりだったのだが、わたしは「Hälfte」の発音に自信がなく、よく通じないようだったので、ヘルダーリンの「命の半ば」を読んで考えていると言いなおしたのだった。
 先生は、人生の半ばを過ぎると、後は衰えてゆくばかりだ、という感慨を語られた。主に体力的なことを言っておられたようだが、また気力の衰えのようなことも含めて言ってらっしゃるように感じた。先生はわたしより二回り年上なので、そのころ55歳ぐらいだったことになる。それからのお仕事ぶりを拝見すれば、衰えどころか、さらに明晰に西田哲学の、あるいは禅の、本質を語ってゆかれるところにさしかかっていらしたはずだ。いわば命の半ば、命の頂点に到達されていたように思う。
 今わたしは再びヘルダーリンの「Hälfte des Lebens(生の半ば)」について少し論じたいと思っている。それはその詩の中の「heilichnüchternes Wasser」にこだわりたいからだ。この「heilichnüchternes Wasser」の中には「聖なる夜」というべきものがあって、それはアポロン的なものとディオニュソス的なものの両方を含むものではないか、と思うからだ。そしてそれはニーチェが「アポロン的なもの」「ディオニュソス的なもの」と概念化するとき取り逃がしていたものではないかと思えるからだ。あるいは言い換えれば、ヘルダーリンの言う詩人=バッコスの司祭とは、聖なる夜の覚醒的な本質を保ち続ける者のことではないかと思えるからだ。それはニーチェの語る「Rausch(陶酔)」とは微妙に違う。大変デリケートな概念化が要求されるが、それをやってゆきたい。




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《K's電気へ》

2017/02/08 02:10

瀬谷こけし


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 午後意を決してK's電気へ歩いて行った。こんな時期道を歩いている人などほとんどでいない。何ということもないのだが、ほんのちょっとのことで行倒れになる可能性だってある。ただの当たり前の午後なのだが。K's電気ではイヤホンを買った。1000円以内で、1,2mはあって、ウェストポーチに入れて持ち運べるもの。ちょうどこの条件に合うものがあった。

 それとハズキメガネがあって、試しているうちに、やっぱり使いやすそうで買ってしまった。大型のブルーライト対策のしてあるものは置きがなく、注文に一週間かかるということなので、あきらめて、普通の大型のものを買った。

 帰りも歩いて帰った。体力的にこれがいっぱいだった。あとはスープを飲んでパンを食べてバッファリンを飲んで寝ているだけ。これで体力の限界。咽喉の風邪から熱が出ているようだが、薬屋による気にもならなかった。あと、ヘルダーリンの1802年のベーレンドルフ宛の手紙。ベンヤミンが「ドイツの人々」で取り上げている手紙だが、それのドイツ語テキストをキンドルから作って、プリントした。プリントにしておくとずいぶん使いやすい。最後のところが読み切れない。けれんみのある書き方をする人ではないのだが、ここはやはりまっすぐな書き方というわけではないと思う。「自分たちの思想」の誕生する契機を、実に的確に捉えた文章だと思う。いずれ紹介したい。



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《高山は冬》

2017/02/06 20:44
瀬谷こけし


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 昨日の夜から高山は時々雨が降るようになり、だいぶ暖かだった。それでも、ボイラーの火力が低いので、湯量の乏しいまま家でシャワーを浴びて、そのせいか今日は風邪気味だった。午後にバッファリンを飲んでからはまずまず調子が回復してきたが。---ともかく今日は暖かかった。道路もシャーベット状だったものがジュクジュクシャーベットになっていた。家の前の雪も昨日のこちんこちんの凍結状態からはだいぶ柔らかになっており、鶴嘴の先がさほど難なく、路面にまで届いていた。そんな路面の雪かきを隣のおばさんがやってくれていて、わたしは仕事をすべく図書館に行っていたのだが、風邪のために調子が悪く、結局ほとんど仕事も進まなかった。早々に家に戻ってバッファリンを飲んで寝ていたということだ。ともあれ春の気配のある一日だった。咽喉の方は朝イソジンを濃くして嗽して、いがらっぽいのがまずまず治ってきたが、舌の方はまだまだで味覚がめちゃくちゃだった。
 思うのだが、わたしは高山は断然冬がいいと思う。冬に来てはじめて生活に緊張が感じられる。毎日どうしてもしないといけない仕事がある。家の前の道路の雪踏みや雪掻きだし、屋根の雪の配慮だし、水道の凍結の管理などだ。家の前の融雪水路の水を流れさせておく配慮も必要だ。そして町中を歩くのでさえ、滑りやすい雪道を歩く細心の注意が必要だ。それをしないと簡単に転んでしまう。だから急いで歩くこともできない。そんなことを町のみんなが知っている。建物について、徒然草に「夏を旨として建つべし」と言われているので、吉島家などその夏の暑気よけのいろいろな工夫を説明してくれるが、実を言えば冬の屋根に積もる一メートルを越す重たい圧雪にも堂々と耐えられる構造ができていて、その上での話だ。飛騨の家は雪に強い。その前提があっての話を勘違いしては話にならない。そして実際積雪は怖い。今日図書館への往復にあるいて見回ったところ平均して30から40センチの積雪。多い家は50センチぐらいだった。一昨年よりはこれで20センチほど少ない。---もっとも寒中であればもっと積もっていただろうと思うのだが、そのころは高山に行くこともできなかった。そして雪の原の中で降るままに雪を載せた家こそ飛騨の家、飛騨の建物だとわたしは感じる。このたくましさがわたしが飛騨で味わう一番大きな感動なのだ。豪雪地帯であればもっと別の工夫がいるだろう。飛騨は豪雪地帯ではないが、それなりに雪は降る。飛騨の人々の強さを感じるのは冬が一番だ。そしてまた飛騨の人々の繊細さを感じるのも冬が一番だ。その格子窓の繊細さは、極寒の冬の夜にこそ感じ取れるものだ。こんな風でわたしは飛騨も高山も冬が一番好きだ。
 今日は一日暖かだった。細切れに雨が降り、軽く雪が降り、時々は陽がのぞいていた。だが明後日からはまた零下6、7度まで下がるという。水道管のヒーターを忘れないようにしないと。


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《左鎌の額》

2017/02/06 02:46

瀬谷こけし


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 昨日2月4日、美並の星川神社に行った。円空を見にだが、この地域の気の濃厚さには並々ならぬものがある。絵馬の額が並べてあったが、左鎌を掛けた随分念の入ったものだ。「鎌」というと、これまで風よけ、風害避けの祈願のものしか知らなかった。しかしここの鎌絵馬は、それとはまた別の祈願が入っていそうだ。久々に民俗の深みを見せられた気がした。民俗学には、きちんとやれば、まだ生命がある。特に左鎌なのもなぜだろう? この世の外の春をいささか連想させられた。木地師の寺も目に付いた。濃厚な地域だ。ここで円空は得度した。


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《炭坑節》

2017/01/31 23:18
瀬谷こけし

 何年前か、芭蕉庵(深川)の近くでお月見会をした時、あの時はIさんがリーダーで、炭坑節を歌ってくれた。それに合わせて、みなで適当な踊りで体を動かしていたと思う。隅田川の河川敷でのことだ。お月見の歌というと、やっぱりあの炭坑節がもっとも景気がいい歌だと思う。そこには祭があった。そしてその源というべき三池炭坑の景気のよさがあった。だが、井上陽水が「お祭りはふた昔」と歌う時、生きた祭りはもう20年も昔のことに、死に亡びてすでに十数年も経過したことになっていただろう。陽水はお祭りの死亡宣告を出したのだ。そこには早すぎるとはいえ、的確な診断があった。そうわたしは思う。---もう10年以上も前になるだろうか、北島三郎の「まつり」がよく流れていることがあった。これは何とも気持ちの悪い歌で、一体どこの何の祭りかも分からないまま、取り敢えずは日本中の何処でも間に合うような祭として歌われているものだった。祭はそれを支える集団の景気がなければ、何の意味も無いだろう。よその土地の景気を借りて来るならいい。どこの土地にも属さない祭に何の意味があるだろう? ありはしない。どんな集団の祝いでもない祭りに何の意味があろう? ありはしない。その誰のものでもない死んだ祭りを(より正確に言うなら生きたこともない祭りを)ミイラのように祭り上げていて、北島三郎の「まつり」はだからきわめて気持ち悪かった。死んだものを生きたもののように見せかけて歌う、その気持ち悪さ。マイケル・ジャクソンの「スリラー」に出て来るリアリティーのあるゾンビとはまったく違うものだった。
 お祭りはふた昔。景気がなければ祭は生まれない。一昨年の久高島の満月祭も、さびしい祭りだった。歌も踊りもない。しかしそれは清らかだった。死んだものを生きているかのように利用することはなかったのだから。
 月見に景気をつけるならば、「炭坑節」が一番よいだろう。かつて現実にあった景気ならば、「ここ」に借りて来ることもできるのだから。



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《清洲橋の見えるところで》

2017/01/31 13:46
瀬谷こけし


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  1月29日、清洲橋の見えるところで食事をした。清洲橋は京都造形関係で最初にお月見会をしたところ。その最初の仕合せが今も続いている。
 夜の清洲橋でした「チヨコレート遊び」やそのひとりが歌ってくれた「オーバー・ザ・レイボー」も。どこかで『ポン・ヌフの恋人たち』を思い出しながら。隅田川はどこかセーヌ川に似ている。



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《フランス風序曲は》

2017/01/26 00:05
 期末テストではあったが、今日が2016年度の最後の授業。学生の試験の出来がいまいちだったのが、つらい。自分の教え方のせいだが、この痛みは容易には消えない。結局グールドの『フランス風序曲』を聴くまで解決の道がまったく見えなかった。その「エコー」の、痛みにまさる速い加速のスピード。これだけが解決法だ。この曲に関してはスコット・ロスよりもグールドの方がよいと思う。バロックの建築的な構築性ではなく、生と魂の実存的な走りが。バッハ自身にもこの実存的疾走性があったのだと思う。これこそが解決だという予感があったのだと思う。


https://youtu.be/mZqCdCzRlHc







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