「世界という大きな書物」  中路正恒ブログ

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help リーダーに追加 RSS 嶽キミは甘い

<<   作成日時 : 2008/09/02 16:47   >>

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瀬谷こけし
 最後の最後、青森駅に入る直前に「嶽(だけ)キミ」を買った。駅前に出ていた店でだ。嶽キミは甘い。これを今回の青森・津軽旅行の最後の土産にするためだ。
 今年は県立郷土館と県立美術館を見学するために、はじめに青森に行った。美術館でいまやっている岩井康頼(いわいやすのり)展を見るためだ。
 考えてみると郷土館も見学したことがなかった。そして去年開設された美術館も、行っていなかった。美術館では「青森犬」もぜひとも見たかったのだが。

 8月28日昼前に青森駅前に着いた時にも嶽キミの出店を見つけ、どこかで昼ご飯に食べようと思って一本買ったのだった。そしてはじめに郷土館へ行った。はじめて訪れた郷土館だが、その陳列にはとても感動した。話は縄文時代の生活から始まる。三内丸山中心ではないのが嬉しい。ここにあると聞いていた亀ヶ岡出土の「遮光器土偶」はあいにくレプリカだったが、生活道具についての説明がこまやかで、当時の生活の必然をよく説明してくれていて、よかった。この配慮がいいのだ。わたしの知識から欠けていた平安期以降の歴史も少し埋めることができた。
 また、その「歴史」の説明の最後にあたる時期の弘前第八師団の配置地図も有り難かった。秩父宮雍仁親王のいた第31連隊の位置もわかった。雍仁親王はおそらく皇族としてはじめて岩木山に登拝した方だ。その意味はきちんと考え抜かなければならない。こうしてこの郷土館の陳列を見ていると、このようにしか有り得なかった青森・津軽の運命のようなものが見えて来るのだ。「民俗」の展示のさまざまな豊かさ。そこにはこうでしか有り得なかった人々の運命が刻まれているのだ。青森・津軽の文化をひとわたり知るためにはこの郷土館が最善の施設だと思う。

 県立美術館の方は、常設の巨大なシャガールの展示でも、奈良美智でも、寺山修治でも、棟方志功でも、やや食い足りない印象があったのだが(それぞれもっとスペースと、精選された作品の展示がほしい)、志功の「鷹」の画をみて「ああ、いいな」という余韻をもって岩井康頼のコーナーに入るといっぺんに目が覚める。緊密な絵だ。その構成の緊密さ。オレンジ色の画面にコスタリカのコーヒー袋のようなものが二ヶ所に貼付けてある。これは漂着物というわけではないのだろうか。
 岩井さんの作品の特徴はまさに現代の作品になっているということだ。シャガールからも、棟方志功からも、はっきりと時代は進んでしまっている。この緊密さ、そしてこの時代への着地なしには、作品は思い出になってしまうだろう。その立体作品では、漂着した木材の配置の中に、どこかを白塗りされた一体の彫像が置かれる。この「白」は、どこか「鼻白」ともつながる。鼻に縦一筋に塗る胡粉の白は、この時ひとがひとでなくなっていることのしるしだ。この白は辻の地蔵に施される白の化粧ともつながる。見事な着地であり、土(大地)からの飛行でもある。

 8月31日に授業が終わり、わたしは弘前でレンタカーを借りて恐山に向かった。その夜の恐山のことはまた語ることがあるだろう。9月1日朝にもう一度恐山に行った。中門手前右手の地蔵尊の表情にとても感動した。この地蔵尊については前夜もとても感銘を受けていたのだが、前夜は恐ろしくてとても撮影はできなかったのだ。この日は日中でもあり、とりあえずは撮影ができた。そしてそれからここにあるすべての地蔵尊の顔の写真を撮ろうと思った。今度もう一度来て、それをしようとおもっている。
 恐山では心が安らぐような経験はできなかった。それで、安らぎがほしく、酸ヶ湯に行くことにした。酸ヶ湯温泉はいつものように素晴らしい。酸に荒びた木材の肌がことのほか素晴らしい。
 それから城ヶ倉大橋に寄った。学生の見学地ということを考えると、青森という場所の自然の雄大さを味わうには絶好の場所だ。今年はまだ紅葉には早く、やや時期が合わなかったのだが。

 そしてそれからの青森への帰り道。その光差すブナ林の素晴らしさ。

 この道はわたしにとってもっとも幸せを与えてくれる道だ。この道を教えてくれたのは長野隆だった。その時に感動した道だった。岩井(康頼)さんと、そして沖縄出身の学生ひとりと、四人で通った道だ。長野は十和田湖を、そして奥入瀬を案内してくれた。そしてそのあと、この道を通った。ブナ林の美しさをわたしはこの時初めて知った。長野はそのときテープで五輪真弓の「時の流れに 鳥になれ」をかけていた。絶好のマッチングだった。この上もないBG音楽。そのときの長野の精神の苦闘もよく分かる気がした。

 昨日のこの時、わたしは、前日買った中島みゆきの「ララバイSINGER」をかけて走っていた。それはきっと長野隆への挽歌になっただろう。そこのブナ林に車を止めて、ビデオを撮っていた。撮り終えたときには涙がこぼれていた。これで長野にさよならがいえる。そう感じた。

  「歌ってもらえるあてがなければ 人は自ら歌びとになる」
  「ララバイ ララバイ 眠れ心 ララバイ ララバイ すぐ明日になる」  (YCCW-10030)

 中島みゆきのこの歌は、歌うことの本質を衝いている。わたしが長野と共有していた問題でもある。さようなら、長野。またここへ来れば思い出すだろう。このブナの林と、あの日々のことを。

 「嶽キミ」は甘い。「嶽」は岩木山山麓の地名で、トウモロコシの産地だ。「キミ」とは「トウキビ」のこと。岩手・青森地方ではトウモロコシのことを「キミ」とか「キビ」とか呼ぶ。
 その甘い嶽キビを、わたしは特急つがるが動き出すとともに食べはじめた。



ララバイSINGER
ヤマハミュージックコミュニケーションズ
2006-11-22
中島みゆき

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