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《御岳 1998年8月21日》

2017/04/03 05:11
瀬谷こけし

 写真を整理していたら家族で御岳に登ったときの写真が出てきた。この日甲子園は決勝戦で、横浜高校の松坂投手が投げていたはずだ。長男が時々その実況を聞かせてくれた。その日の写真は家族の貴重な宝物になったが、山頂付近の風景は大きく変わってしまったのだろうか? この日も山体には蒸気をふかせているところもあり、激しい登り風が吹き上がってくる場所もあった。御岳はやっぱり大いなる山だという印象が強かった。巨大な力をひそめた山。その力のゆえに神聖な山と仰がれて当然の山。山は、とりわけ岳と呼ばれる山は、巨大な力をひそめている。油断をしてはならない。
 下までおりた時、あたりはもうすっかり暗くなってしまっていた。だがそんななかでも、8合目当たりの簡単なお堂に籠って、山上で夜を明かそうとしている人もいた。行者さんなのだろう。こうして、人生は豊かだ。翌朝、下の清滝でも行をする人がいた。


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1998年8月の家族旅行 御岳

2012/03/26 00:15
瀬谷こけし

8月21日に御岳に登って
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翌日は妻籠を観光
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23日には京都で地蔵盆
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 家族で御岳に登ったことがあるのだが、それがいつのことだったかずっと分からないでいた。今日写真を整理していて、写真の日付からそれが分かった。御岳に登ったのが8月21日。それは甲子園で松坂の投げる横浜高校が優勝した日だったはずだ。息子が時々ラジオを聞いて教えてくれた。
 その前日は信州木曽の王滝村の、銀河がよく見えるというキャンプ場で野営した。そして21日は、御岳の麓のスキー場近くの民宿に泊った。何せその日登り始めたのが2時を過ぎていて、山を下りて駐車場に戻ったときにはもう日も落ちて、暗かったのだ。
 それからその後のことも分かった。22日は妻籠などに行っていた。行ったことがなかったので物見がてら回って、観光をしていた。だがその日のその後のことがよく分からない。高山の実家に戻ったのだと思っていたが。それなら安房峠を越えていったのか、中津川からなのか? どちらも記憶がない。高山に着いたとしたら、それは夜も相当遅かったはずだ。あるいは、その日のうちに京都に戻ったのか? 今はそれが一番ありそうに思える。8月23日には子どもたちは地蔵盆に参加しているのだから。

 ともあれあるとき高山の妻の実家で、あるいは電話で、御岳に登るのになぜ飛騨の方から行かないのかと妻が問われていた。何と答えたのか? 
 
 王滝村のキャンプ場から見た銀河は、それ以前にも、以後も、それ以上に美しい銀河を見たことがない。それだけで十分なほどだった。その上御岳にも登れてとても充実した家族旅行だったのだ。
 

 今日(3月25日)は同僚の中ノ堂先生の定年記念の祝賀会に参加していた。




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御岳山麓 九月十四日の写真

2010/10/01 22:43
瀬谷こけし
御岳麓。この雄大さが分かってもらえるだろうか。
飛騨側の濁河温泉への途中、大平というところの展望台で。
(Mamiya C3, 180mm)


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