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みんなの「ピラミッド石」ブログ


《コルヴァッチ山 2》

2017/08/26 23:21
瀬谷こけし

 8月7日、コルヴァッチ(Corvatsch)山ロープウェイの中間駅で下りて、こうしてピラミッド石を一つ発見したのだが、それからどうしようかというのが次の問題だった。と言うのも、次にしたかったことは最初に尋ねた女性たちの教えに従って(多分別の)ピラミッド石を探すことだったからだ。だからロープウェイの谷駅まで戻らなければならない。既に中間駅から200mほど下りているので、それをまた登るのはしんどい。このところ足をまったく鍛えていないわたしにとってはむしろ下る方が楽に思えたのだ。それで谷駅に向かって下りて行くことにした。だがそんな道はコースにはなく、パノラマ道を外れてショートカットしてゆく他はなかった。
 はじめは軽快である。苔亀石とか、ウサギよりも大きそうな生き物を見つけたりして順調だったのだが、すぐに限界に来た。何と10mほどの崖に出たのだ。ここは下りれない。左手は崖が更に高くなっている。右手はだんだん崖が低くなって見える範囲ではまだ3mはある。だからその先まで行けば崖がなくなっているかもしれない。---そうして100mほど右手に進んだが、崖こそなくなっていたものの滑落した石や岩だらけの山肌で下りて行けそうにもない。---ここはあきらめてパノラマ道まで戻ることにした。戻るのは上り道になるのでかなりこたえる。小さな峠を一つ越えて、カウベルの音が聞こえてきた時はすごくうれしかった。ハイカーたちの姿も見える。しかし、今は使われていない古いロープウェイの下を越えて更に南にゆくと、谷駅からは遠ざかるばかりだった。しかしともかくパノラマ道には復帰した。やがてスーレイ行きという道案内があったが、それが谷駅方面に行く道がどうかわからず、しかも道が踏み分け跡すらはっきりしていないところなので、見過ごし更に南に進む。だがこれではらちが開かないと思い、あるパーティーの人たちに尋ねた。どうすれば谷駅に行けるのだろうかと。そのグループのリーダーとみえる女性が地図を出してルートを検討してくれた。わたしは観光用の鳥瞰図しか持っていなかったのだ。その人が言うには、さっきやり過ごしたスーレイ行きの道を行くのが一番確実だ。だがこの草原をショートカットして行けるのならそうやってあそこの建物まで行けば後は行けるだろうと。わたしは草地の斜面をショートカットして行くことにしてそのグループと別れた。
  行くと、草地とは言え相当難ものだった。草地とはいえ、その下は崩れ落ちてきた角の立った石や岩だった。石の上には短い芝のような草が生え、石と石の間には背の高い草が生え、その間の空隙がどうなっているのかは見通しようがなかった。短い草の上だけを踏んで行かなければならない。そうやって北へ向かって下って行くと、この先へゆくなとばかりに、杭が打たれ二本のロープが張られていた。ロープの直径は6mm。これなら足を踏み外した時にも身体を支えられる。だが手袋がない。そこで手ぬぐいを出して右手に巻き、それでロープを掴むようにしていった。その冊の先は水が流れ、岩の落差も大きかった。こうして建物近くの太い道まで出た。太い車が通る道だ。
  その太い道を少し下へ辿ると、今度は幅15mほどの土石流の跡と思える土石道が下に続いていた(この土石流の上方、標高2300mあたりのところで先ほどブルドーザー二台が工事をしていたが、その工事の音が止まった。さっきのい岩雪崩のせいだろうか? 谷筋は違うのだが)。そこの土石流跡に乾いた牛のフンらしきものが一つだけ落ちていた。これはとても励ましになった。四つ足が歩けるなら人間も歩ける。こうしてわたしは道を外れ、土石流の跡らしきものの上を歩いていった。約1km程だろうか、掴まる木も草も岩もないので、自分が滑落しないように十分注意しながら下りた。下りた先には人が集まっていて、飲食を提供してくれそうな家が見えた。後で聞いたのだがここがアルプ・シュレイ(Alp Surlej)というところだった。

遠望者
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これもピラミッド岩。
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苔石。
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四足動物。
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岩雪崩。

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この上のところまで引き返す。
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この草地をショートカットして下の道まで下りれるか?
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張られた6mmのロープで身を支えながら下りる。
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土石流の残した道?
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アルプ・シュレイの店。このヌス・クーヘン(Nuss Kuchen)はとても美味しかった。






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《コルヴァッチ山》

2017/08/26 22:57
瀬谷こけし


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 8月7日の話。わたしがコルヴァッチ山に行ったのはそもそもニーチェのピラミッド石を探してのことだった。ニーチェ・クロニークの1881年のところに掲載されているピラミッド石を地元の人に見てもらって、この石を探しているんだがどう行ったらいいんだろうと二人目の人がコルヴァッチ山ロープウェイの谷駅の係りの人だったことによる。最初に尋ねたのはその谷駅のすぐ下の大きなレストランで開店準備の掃除をしているおねえさんだった。だがその人は自分の一存で答える自信はなく、店の奥へ行って、コンピュータの前で仕事をしている別の女性にそのプリントを持っていって更に尋ねてくれたのだった。そのデスクで仕事をしている女性は今度はPCを使って慎重にいろいろと調べてくれていた。その最初の結論は、あのロープウェイの建物に入って、そこから散歩道に通じる出口があるから、その道をシルス・マリーアの方に歩いていったらいい、ということだった。わたしはこの他人にいい加減な情報を与えてはいけないとして、最大限正しい情報を伝えようとしてくれたこの女性達の仕事をとても正しく、また有り難い仕事と考え、その情報に従って探さなければならないと考え、実行しようとしていたのだ。今から思うとこの女性たちの教えてくれた岩は、いわゆる「ニーチェ石」と言われているものだと思う。結局その道を辿ってその石を確認することは出来なかったのだが、多分滝の隣の道を下りてくる道だったろうと思う。
 だがわたしには尋ねた女性の答を完全に聞き取れた自信がなく、それでその理解を確認すべく、ロープウェイハウスで仕事をしていた若い男性に尋ねたのだった。その答が、前にも言ったロープウェイの中間駅からパノラマ道をシルス方面に行ったところにある、という答だった。その指示に従って見つけたピラミッド石の写真はすでに補足的に紹介した。---これで尋ねた二番目の人の教えに対する義務は果たしたのだ。そしてこの二番目の情報に基づいて発見したピラミッド石は、ニーチェがこんな標高2500mものところまで歩いてきた可能性は少ないのではないかというのが目下のところのわたしの判断だが、ニーチェのトリープシェンでの行動計画などを読んでいると、ニーチェが山登りに意外と強い足腰を持っていた可能性があることはは否めない。しかしそれでもコルウ゛ァッチ中腹2500mのこの石が『この人を見よ』に言われる「ピラミッド状の塊」だとは考えにくいと思う。だが『ニーチェクロニーク』に掲載されている石の写真がこの石かどうかは、実際掲載写真の先鋭度から言って目下のところ何とも言えない。二番目のに受けた教示に正当性がないとはとても言えない。それが今語って置きたいことの一つだ。



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《ニーチェとピラミッド型の石塊》

2017/08/10 15:33
《ニーチェとピラミッド型の石塊》
瀬谷こけし


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 問題は割合簡単で、出発点になるのは『この人を見よ』の中の『ツァラトゥストラ』の誕生にかかわる次の説明だ。まずはその原文を紹介する。

> Ich ging an jenem Tage am See von Silvaplana durch die Wälder; bei einem mächtigen pyramidal aufgetürmten Block unweit Surlei machte ich halt. Da kam mir dieser Gedanken. (EH, Zar 1)

一応訳しておく。

> あの日わたしはシルヴァープラーナ湖のほとりを、森をいくつも通り抜けながら歩いていた。シューレイからほど遠からぬ、ある力強い、ピラミッド型に積み上げられた塊のそばで、わたしは立ち止った。その時わたしにこの思想がやってきたのだった。(拙訳:逐語訳的)

 このドイツ語の表現では[bei einem mächtigen pyramidal aufgetürmten Block]のところのいくつかの語を正しく押さえておくことが必要である。まずは「ある塊のそばで」と言われていることである。これは、ここで中核とされている名詞が「石」としてではなく「塊」として名指されていることである。もちろんモノとしては「石の塊」ということで理解しておけばよいのだが、ともかく単に石と呼ばれているわけではないことに一応注意しておくことが必要である。まずは「ある塊のそばで」([bei einem ... Block])である。
 次いでこの「塊」を修飾限定している形容詞であるが、二つの形容詞「力強い」(mächtig)と「積み上げられた」(aufgetürmt)が「塊」を修飾限定している。「力強い」の方は普通の形容詞だが、「積み上げられた」の方は過去分詞が形容詞として使われているもので、その過去分詞の不定詞形は[auftürmen]である。「積み上げる」がその基本の意味である。
 そしてこの「積み上げる」という動詞に「ピラミッド型に」という副詞がかかって限定している。つまり「ピラミッド型に積み上げる」という動詞が基本にあり、その過去分詞がここで用いられている。ここに多少誤解しやすい点があるのだが、一つには「ピラミッド型に」の意味である。これは、地元で現物とされている「塊」を見てみれば、この「ピラミッド型に」は「角錐型に」と理解した方がよいように思う。というのも、このあたりでは、一方から見るとピラミッド型に見えるが、他方向からはそう見えない岩塊が数多くあるからである。この「ニーチェ石」と呼ばれている岩塊が特異なのは、湖に出ている方の形は見えないものの、湖に向かって左手から見ても正面から見ても右手から見ても、更には右手奥の方から見ても、この石は角錐に見えるのである。これがこの辺りのとんがり石(ピラミッド型石)の中でもこの石がもつ際立った特性である。
 さらにもう一点注意しておきたいのは、「ピラミッド型に積み上げられた」と表現すると、われわれはエジプトのピラミッドが、四角形の地面の上に水平に石を積み上げていって四角錐の形を作り上げたものだと知っているが、この「ニーチェ石」の方はそうした積み上げ方をしたものではなく、大きな褶曲と切断と落下の結果この場所とこの角度に落ち着いたものに見えるからである。この点に関しては地質の専門家ならもっと適切に形成過程を語れるだろう。ともかくピラミッドのように頂点に向かって積んでいったものではないのだが、そこが誤解されかねない。
 そしてこの石の塊は、大きくみてこの地方の屋根葺き(鱗形屋根)に多く使われているものと同じものでないかと思う。地質学的には結晶片岩と言うのだろうか。この石はアルプスの山塊の北側にも南側(イタリア側)にも広がっているように思う。北イタリアのオルタの町でも、屋根は昔からおおむねこの石で葺かれていたと見えたのを思い出す。
 そして「力強い」であるが、このニーチェ石には、堂々とした張り出しがあると言えると思う。つまり、いわば老孤のような、老獪に秘密の隠しどころや隠し事をたくさんもっているような石ではなく、非常に堂々と、すっきりした形で自分を示しているように見えるのだ。大きさとしては高さ3mにも満たない、巨石と言うほどではない岩塊だが、その270度どちらから見ても美しいとんがり石なので、わたしとしてはある種のかわいらしさを感じたのだった。だが、その細部を見れば、非常に緻密で力強いものを感じる石である。
 実は一昨日にもこのピラミッド型の岩塊の前を通り、多少は気になったのだが、写真を一枚撮るだけで立ち去ってしまったのだった。今は、今度はこれこそが地元で「ニーチェ石」と呼ばれているものだということの認識の上で、ニーチェの散歩道を辿るべく、シルス・マリーアからシルヴァープラーナ湖の東側の湖畔にそって、多少は森を抜けて、ここに着いたのである。一昨日もコルヴァッチ山の山腹・山麓で「ニーチェのピラミッド石」を探して多くの岩塊をみて歩いたが、その経験を踏まえて言っても、地元で「ニーチェ石」と語り伝えられている「石塊」が『この人を見よ』に言われる「力強い、ピラミッド型に積み上げられた塊」であることに間違いないと思う。
 そうして、この石塊に「いつまでもここで元気で居れよ」と心の中で声をかけて、わたしはシューレイのバス停に向かったのだった。




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