バイパス酒場 ---郡山時代 1

瀬谷こけし
郡山で最初に住んだ台新二丁目の小さな借家で、同じ借家仲間で、夏の夕方、「バイパス酒場」と称して、外の道の歩道の段に坐って、バイパスを見ながらビールを飲んでいた。
子どもを寝かしてからだ。サイジョウさん、キクチさん、フクハラさん、そして一番お世話になっていたひとが思い出せない。
フクダさんだったか。ご主人はミヤゴ運送の支店長をしているひとだった。ご主人はどこの家も帰りが遅かった。
夕方は近くの林を巣にしているのか、コウモリがたくさん飛び交っていた。
方角としては、西の猪苗代湖の方を向いて。
額取山が二つ、ちょうど額のように山並みを作っている。
それを越えると猪苗代湖だ。
その額取山の一方、北の方が安積山だ。万葉集に
  安積山影さへ見ゆる山の井の浅き心をわが思はなくに
と歌われ、古今集の序にも述べられている山だ。
そこから更に北の方に目を移すと安達太良山が見える。
そしてその空はどこか確実に安達ヶ原につながり、黒塚につながっていた。
時にどんよりと重たい空が立ちこめていた。バイパス酒場からのそんな景色。
長男はその夏に三歳になった。
職を得て、こどもを育ててゆける見通しができたことが嬉しかった。
家の前を通るバイパスがまだ工事中で、「軍用道路」まで通じていないころのことだ。

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  • 東北へのめざめ --- 郡山時代 4

    Excerpt:   ◆ 東北に住む前  わたしは五年間東北にいた。一九八六年から一九九一年までのことである。福島県郡山市の女子大学に縁あって職を得て、大学入学以来十七年を過ごした京都から赴任していったのである。.. Weblog: 「世界という大きな書物」  中路正恒ブログ racked: 2007-06-07 10:22