昨日の沖浦先生の話

瀬谷こけし
 昨日の沖浦先生の話、そのエッセンスは、「ひとは排泄物に関ることを穢れとし、それに関る仕事を賤職としてきた。しかしそれは間違えではないか」という主張だと理解してよいのだろうか?
 わたしはそのように理解し、そしてこの主張に賛同する。


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追加補足:

この、「穢れ」や「賤職」という考えが誤りであることは、(植物・動物・微生物の相互依存的システムとしての)自然のエコシステムの中で、サルの一種にすぎないという人間(ヒト)の位置を自覚することで理解されるはずだ、ということだろう。人はなにも特権的な地位を保証されて地球に生れてきたわけではない。「生れてきてすみません」という太宰治的な自覚が正しいのだ、と。







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