Web「このたびの風流」 (「奥の細道の風流」第二章)

瀬谷こけし
第二章 ここに至る風流

 ところで、この「風流の初め」の句は、『細道』の中の、もう一ヶ所の「風流」の語の使用例である「このたびの風流、爰(ここ)に至れり」の言葉と重ねあわせて考えなければならない。この言葉は、六月二十九日、立石寺を拝した後、大石田で最上川に乗ろうと日和を待つ間に、高野平右衛門亭にて巻かれた連句(さらに多少は新庄で巻いた連句)を念頭に置いての言葉と考えられる。そこのところ少し長く引用するとこうである。

> 最上川のらんと、大石田と云所に日和を待。爰に古き俳諧の種こぼれて、忘れぬ花のむかしをしたひ、芦角一声の心をやはらげ、此道にさぐりあしゝて、新古ふた道にふみまよふといへとも、みちしるべする人しなければと、わりなき一巻残しぬ。このたびの風流、爰(ここ)に至れり。

 「わりなき一巻」とは、「五月雨を集て涼し最上川」を発句とする歌仙のことを指したものだが、「わりなき一巻」という言い方は、そこに不本意なところがあることを示しており、そのことは「このたびの風流、爰に至れり」の解釈にも関わってくる(*12)。「このたびの風流、爰に至れり」、というこの表現もなかなか難解である。尾形仂はこれを「須賀川での『風流の初めや』の句に照応し、大石田連衆の風流心をたたえたことば」と解説する(*13)。しかしわれわれはわれわれの問いを提出することにしよう。「このたびの」とは何を指すか。奥の細道の旅のということか、それとももっと限定して、田植歌の発見から連なるもののことか。また「風流」とは何か。これも京や江戸の風流なのか、それとも奥の風流のことなのか。「爰(ここ)に至る」とはどういうことか。「ここ」はさびしく、絶望的な所なのか。「ここに至る」という表現は、ある面で到達を、つまり何かの終りを語っているように見える。だが到達といっても、この後たとえば羽黒山でも酒田でも連句を巻くのであるから、「連句という風流がこんな辺土まで伝わっている」と解釈するのは当たらない。そうではなくて、むしろ芭蕉の内的な何かがここで到達点をむかえ、ここで終ってしまうのである。それは何か。
 しかしまた他方で、「あることのおかげでここまで来れた」、ということを語っているように見える。その場合には、「このたびの風流」とはまさに「奥の風流」、東北的な風流へのめざめのことであり、白河の田植歌でめざめた、ひとの心の基底にある歌舞によってこころをふるわせ、元気づける営みのことである。別言すれば、東北の基底的な文化に目を開く姿勢をもちつづけることができたために、立石寺での「岩にしみ入る蝉の声」の目覚めを得、そしてまた新鮮な感覚をもったままで、こういう大石田という最上川の辺土にまで来ることが出来、そして俳諧の行く先に迷う人々に蕉風を伝え、またみずからも堂々と視野を広げ、蕉風俳諧の新しい姿に目覚めて行くのである。例えば次のような句。

> うし(牛)のこ(子)にこゝろなぐさむゆふ(夕)まぐれ   一栄
    水雲(すゐうん)重しふところの吟            芭蕉

>   ねはむ(涅槃)いとなむ山かげの塔          川水
  ゑた村はうきよの外の春冨(とみ)て            芭蕉

> 星祭る髪はしらがの枯るゝまで              曾良
    集(しふ)に遊女の名をとむる月            芭蕉

>  やもめがらすのまよふ入逢(いりあひ)        川水
  平包(ひらづつみ)あすもこゆべき峯のはな      芭蕉
    山田の種をいはふむらさめ(村雨)          曾良 (*14)

こうした遊女など制外者を歌う姿勢は、

  こもをきてたれ人ゐます花の春 (614)

の句を、元禄三年の歳旦吟に読む、堂々とした、強い肯定的な姿勢の裏付けとなるものである(*15)。尾形仂は、『奥の細道』のここの本文を、「須賀川歌仙に始まる今度の奥の旅の風流韻事は、この素朴で熱心な人々の風雅においてきわまったかの観がある」と評釈している(*16)。この「人々の風雅」が何を意味しているのか、明確でないが、おそらくは江戸でも京でも、はたまた上野でも更級でも見ることのできない、伸び伸びとして生きる人々の姿に目を開かれたのである。そして「風雅」と言うなら、この世間の富から外れた乞食(こつじき)のような人々の姿の中にまことの風雅の道を見つけたのである。この大石田での連句の座の中で、芭蕉の風流はそういう極点へと導かれた。「奥の田植歌」で開かれた、東北の未知の人々の営みに目を開くという姿勢は、ここに来て、新しい天地へと風流を導いたのである。もっとも、この後で、もう一つ、苦痛寒冷きわまる日月行道の月山の経験を、彼は骨身に沁みて味わうことになるのであるが。その苦行は、彼をさらに鍛えることになるのである。



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註(文中で「(*数)で表記」)
(12) 富山奏はこの「わりなき」を「道理を超えて止むに止まれぬ切実な心情を託す芭蕉の慣用語」と注して、「熱意に絆されて感動押えがたく、俳諧一巻を指導してこの地に残した」と解釈する(富山奏校注『芭蕉文集』、新潮社古典集成、1978年、p.136頭注)。しかし、富山がそこで指示するすべての用例においても、「わりなし」に「不本意」とか「理不尽」とかの意を読み取らないわけにはゆかない。「理」という「ことわり」を逸したところがあるのであり、それを芭蕉が自然・当然に受け入れているわけではないのだ。
(13) 頴原退蔵・尾形仂『新版おくのほそ道』、2003年、角川ソフィア文庫、p.41、脚注。
(14) 中村俊定・萩原恭男校注『芭蕉連句集』、1975年、岩波文庫、pp.102-104。
(15) 句の題材の変遷についてはまた別稿で考察したいが、奥の細道の旅がそれまで以上に多様な人間へのまなざしを芭蕉に与えたと見える。
(16) 頴原・尾形、上掲書、p.118。




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