後藤惠市歌集『さみしいうさぎ』から

瀬谷こけし
 後藤惠市歌集『さみしいうさぎ』(2012年8月11日、ながらみ書房)から、幾つかの歌を紹介しよう(まだ半分も読めていないので、後でさらに追加する予定)。
 (*の小文はわたしの感想)


01 側溝の蓋と蓋との隙間から茎をのばしてたんぽぽ咲けり
   *こういう観察、発見、関心はいいな、と思う。

02 薄暮れてまんまる月の顔を出し向かうの屋根に腰かけてゐる
   *京都では月は山の端から出て山の端に沈むが、都会ではビルから出てビルに沈むのだと気づく。これも月の味わい方だ。

03 梅雨の世を雨にも負けず酒飲めば魚焼く煙のまなこに泌みる
   *この巧みさ。賢治もよろこぶだろう。下の句はやや弱く感じる。

04 雨止みて駅のホームに水たまりビルのかたへの青空うつす
   *ホームの小さな水たまりに映っているのが、青空なので、気持ちが晴れる。

====================2012.08.11================

05 背広着て甲州街道よろけ行き何処にも逃げられぬ摂氏40度
   *熱夏。屋外にいてはどこにも逃げ場所がないという一種の地獄感を定着。

06 勤め終へ電車に乗れば会社消えわが家もなくて夜の流るる
   *多分会社を退職した(させられた)という歌ではなく、電車に乗ると、束の間、会社からも家庭からも解放された時間が経験できるということ。そうして「夜」が経験できるのだ。

07 中国人は小樽の町にあふれゐてメルヘン購ふ北の日本海
   *中国人観光客が、意外と日本のメルヘンチックなアイテムを買い求めているという観察。的確で新鮮。


========================2012.08.12================

08 幾すぢの暗き流れの合流し改札口に吸い込まれゆく
09 ホームには無言の群れの立ち並び兵馬俑となりて何を護るか
   *この二首は通勤するサラリーマンの普通の風景だが、その主人公たるべきサラリーマンが死後の皇帝を護る兵馬俑に見立てられている。お前は実際は何を護っているのか、と問われながら。


 この歌集には、こうしたサラリーマン生活を送る自分の日常を、少し離れたところから見直しているような歌が多い。その中でもっとも辛辣な認識を示していると思えるのが、次の歌だ。

10 百年も家に鎮もりし株券を何故いまごろ追ひたてるのか
11 黄ばみたるペラペラ紙に価値あるや樺太製紙に満州電電
12 ニッポンの擬制資本を支へたる株券たちを名簿から消す
13 株券もカネも電子化しニンゲンたちも端末機となる

 これらは、数年前の、株券電子化に業務として携わった著者の痛い感想に他ならないであろうが、これらの歌が、われわれの今日の現実生活をまぎれもなく照らし出している。例えば「樺太製紙」の株券はある一家の家伝の宝物であり財宝であったものだ。われわれは今日米国国債もまた安定した財産でありえないことを知っている。われわれの経済生活の根の危うさ。それは覆い隠しようもない。この不安定さの明晰な自覚と相関するような、細やかな感覚の歌が、この歌集には珠玉のように散りばめられている。
 中でわたしが最も感心した歌はこれだ。

14 梅雨の夜に前から傘の近づきて今し摩れあふ雨音強し

 傘と傘が摩れ合うかというときの傘を打つ雨音の強さ。こういう歌人には、人生によろこびが数多くあるだろう。
 そしてかの3.11を迎える。

15 被曝地に捨て置かれゐる千体の屍(かばね)の眼から泪流れず

 この痛ましさは、歳々年々繰り返される人々の営みと、はっきりと切断される何かを告げているだろう。その先のあたらしい歴史は、この歌集には記されていないけれども。











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